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七つの宝に勝るもの
03 子どもの言うこと……だよな?
しおりを挟む「……」
「なんだよ」
「ジュリスおめー。将来俺の嫁になるのに、亭主が座ったくらいで怒るなよ」
天から降る雪まで一瞬止まった気がした。
主人が吹き出し、面白そうな気配を察知したごっちんがすごい速度で振り向く。子どもたちはぽかんとし、キャットは真っ白になって固まっていた。
「……ファイア?」
エイオットがちらっと嫉妬の権化(ファイア)に視線を向けるが、特に思う所は無いのか、ほへーっとアクアを見つめている。
にやけ面の主人が滑ってきた。
「詳しく聞こう」
「へ? ジュリスは俺とファイアと結婚すんだろ?」
ンンッ、ゴフッ、ングっと、ごっちんが咽るのを我慢している。ムギがその背を撫でて水を差しだす。
エイオットも話に混ざる。
「どうして? ファイアも、お兄ちゃんが相手でいいの?」
「ゆ? いいよ」
キャットが「え?」みたいな目をファイアに向ける。
「アクアはキャットが好きなのか?」
主人は満面の笑みだ。
アクアは腕を組む。
「俺たちを好きなのはジュリスの方だろ? 毎日飯作るんだから」
「めし……?」
幻獣種なので情報は不足しているが、もしかして狸獣人に飯を作る=求婚、なの、か?
主人まで笑いを堪えるのに必死になり出したので、エイオットが訊ねる。
「おれ、アクアはファイアと結婚すると思ってたよ!」
「するぞ? そこにジュリスも混ぜてやるんだよ。有難く思えよ? 大人すじんもたまにパンケーキとか作ってくれるけど、回数的にはジュリスの方が多いし」
モテちゃって困るぜ、と言いたげにふんぞり返る。ふよふよ飛んできたナナゴーが、アクアの頭上に寝そべった。
小さな手でぱちぱちと手を叩く。
「おめでとう」
「待て。勝手に祝福するな」
話がややこしくなると感じたのか、キャットはナナゴーを掴んでムギに放り投げる。うまくキャッチしてくれた。
「なんだよ。せっかくナナゴーが拍手してくれたってのに」
「……そうだな。子どもの戯言にムキになる方がおかしいな」
口の端が引きつっている。
確かに子どもの言うことだ。「大きくなったらお父さんと結婚するー」と同じぐらいの意味だろう。明日には忘れている、はずだ。
主人も苦笑するが、アクアとファイアは不気味なほど何も言わなかった。
「……おい」
なんで何も言わないんだろう。
冷や汗を流した魔女っ娘はアクアに抱きついた。
「いやだあああ! アクアは俺のものだああ。キャットといえど、嫁にはやらんぞ!」
アクアはうるさそうに耳を畳む。
「なんだよ。ごすじんも混ぜてほしいのか? 俺はファイアとジュリスだけでいいんだけど」
「ぞんなああああっ!」
抱きついてくるうるさい魔女っ娘の髪を撫でる。
「しゃーねーな。ごすじんは髪がきれいだし、特別だからな?」
あれ? ここってアクアのハーレムだっけ?
砂が落ち切ったので、エイオットは魔女っ娘を引っ手繰った。
「ごしゅじんさまはおれのものなの! ほら。交代してね?」
「いいぞ」
ひょいっと膝から降りる。何やら特大の爆弾を置いていかれた気がしたが、アクアたちはこれ以降、この話をしなかった。それが余計にモヤモヤする。
エイオットが膝に乗り、絵本をキャットに渡す。
「読んでー」
「え? ああ……」
落ち着かない表情で絵本を受け取るとゴンゴンッと、扉を誰かが叩いた。
ここには今、カリスを除くと全員集結している。
キャットが即座に抜剣し、主人がポッケに手を突っ込んだが……
「おーい! ごっちん様! ジュリス。俺だーーーッ」
扉がたわむほどの大声。神速で剣を投げ捨てたキャットがアクアファイアの耳を塞ぎ、主人はエイオットの耳を守る。
ムギはごっちんに抱きしめられていた。無敵の守りを付与されたナナゴーだけはハテナを浮かべていたが。このはた迷惑な大声は……
「ンやかましいわ!」
キャットが思いっきり扉を、向こう側にいるであろう人ごと蹴り飛ばした。
「はっは! 邪魔するぞ」
あぐらをかいているシャドーリス。扉を直しているキャット。
ごっちんは工事現場の頬をむにっと摘む。
「子どもたちの耳のことも考えよ」
「申し訳ありません!」
ごっちんに会えて嬉しそうな顔でまた爆音波を放つ。いつ会っても元気だな。深夜に会いに行ってもこのテンションで出迎えてくれそう。
「羽のお兄様」
ムギが駆け寄る。そうじゃん。せっかく来たんだし、ムギちゃんに飛び方教えてってくれよ。
その前に、
「何用だ?」
馬鹿になった耳を摩りながら魔女っ娘が対面に立つ。立っていても座っているシャドーリスと目線がそう変わらない。お話したそうなムギには悪いが、抱き上げてエイオットにパスした。
「うん? ごっちん様が、『お前は虫が平気だったな』とおっしゃっていた気が……」
「えっ?」
ばっとごっちんに目を向ける。
黒髪十歳児は「だ、だって」と唇を尖らせた。可愛いことをしたので修理中のキャットが崩れ落ちる。
「ナナゴーの虫を、虫の世話をする者が必要なのだろう?」
「お、俺がやってるけど、一応……」
「主人殿いつも死んだ目で中庭に向かうから、キモ……気の毒でな」
それはごめんね。
「だからシャドーリスに声をかけてくれたのかい?」
「そうだ。ナナゴーに何かあってはいけないからな」
フンッと腕を組む魔王様。一向に懐かないナナゴーのために四天王を引っ張り出してくるとは。しかも頼む内容が餌の世話って。
(流石にシャドーリスも断るよな。最強としてのプライドがあるだろうし)
「虫の世話なら任されよ! 昔、虫を紙飛行機に括り付けて遊んでいたのでな!」
(知ってた)
というかそれはどういった類の遊びだ、楽しいのか、それ。
「工事現場も洋館で暮らすのかい? 成人男性はお断りだぞ?」
「ナナゴーがお腹空かせてもいいのか? 見損なったぞ主人殿!」
「へばぁ!」
珍しくごっちんに殴られた。メガホンで。気安く無から有(メガホン)を生み出さないでいただきたい。殴られたのにキャットが羨ましそうに見てくる。そんな目で見るな。俺は特に嬉しくないねん。
いまのうちにと、ムギがシャドーのお膝に乗っかる。
「お兄様! わたしもお空を飛びたいのです」
「うん? ああ。まだ飛べないのか」
「はい! なので……」
「操っている水の力で浮かんでいるだけなのでな! 羽の動かし方など知らんぞ!」
「へ? え、あ」
ムギは何とか笑顔を維持しようとする。
「しょ、そうでしたか……。あ。失礼しまししゃ……」
ふらふらとごっちんの方に歩くと、ぎゅっとしがみついた。えぐえぐと涙を零す。飛べるようになると思ったのにね。カランコロンと涙の上に落ちた雫が宝石となる。
(シャドーリスは全く悪くないのだが)ごっちんの紫目がじとーっと水使いを見つめる。役立たずの烙印を押されては困ると思ったのか、シャドーが慌てて手を振った。
「あ! えっと。その辺の翼族にでも飛び方を乞えばよろしいのでは?」
帽子を被りなおした魔女っ娘が腕を組む。何うちの子泣かせてんだこいつ。
「ムギちゃんは黒鳥族だ。むやみに他人の目に晒すことはできない」
そこの魔王様の呪いのせいでな。
「ふむ……。まあ、水で羽を作る際に翼族の羽を参考にしたのだ。どこまでできるかは知らんが、飛行訓練をするなら付き合おう」
ニカッと白い歯を見せて笑うと、ようやくムギちゃんも頷いてくれた。
「ふぐ。お願いします。キャット様のお兄様」
「うむ! 俺のことはシャドーリス……長ければシャドーで構わんぞ!」
「は、はい」
「声量を下げろ」
メガホンでぽこぽこと銀髪を叩く。耳の良いエイオットとアクアとファイアが、地震時のようにクッションを被っているだろうが。可愛いなそれ。
「そ・れ・と! 俺の兄ではない」
キャットがツッコむがムギは首を傾げた。
目撃情報の場所に行く予定だが、長旅になる。しっかり未成年成分を補充していかないと。
「誰に相手してもらおっかな~ぐへへぐへへ」
わきわきと指を動かす。
アクアファイアはさっとごっちんに隠れ、ムギはシャドーリスの背に隠れる。キャットは特大のため息をつき、ごっちんがゴミを見る目を向けてきた。エイオットは特に嫌がらず座っている。
その中で、よく分かってないナナゴーがボールを持ってくる。
「キャッチボールしよう」
子どもたちとめちゃくちゃキャッチボールした。
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