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無礙
25 紫の目
しおりを挟む室内の気温が、氷点下まで下がった気がする。レムナントの表情が凍りついている。これは、地雷を踏まれた者の目だ。
「……は? ――ど、どういう……」
金髪とロイツ君は完全に委縮してしまっている。ただ、魔王と言う言葉よりリーダーの機嫌の方を気にしているあたり、うまくいっているパーティーのようだ。
「魔族と魔王については、知っているかな?」
「っ、は、はい。牢の中でひたすら、書物を読んでおりました」
俺と似たようなことしているな。俺は牢に入れられてなかったが。
魔族と魔王の文献が普通に家に置かれているとなると、伯爵以上の家……だな。え、めっちゃお坊ちゃまじゃね? このポニテ。何をトチ狂ってハンターやってんだ。今すぐ実家に帰れ。
……人の勝手か。
「魔族の歴史も、ある程度は知っていると?」
「は、はい」
話が早くて助かる。
主人は靴底の届いていない椅子の上で足を組む。
「かつて、魔王を裏切った者がたったひとりだけいる。俺もにわかには信じられない話だが」
あの慕われっぷりを見るとな。ごっちんの目を抉ろうと思う者がいたことが信じられん。しかもそれを実行できるほどの何かがあったのか。多少レベルが高い程度では、ゴルドバードはどうにもならん。
……俺の考えだが。ごっちんは魔族に激甘だから、油断していた説が有力だ。
「魔族は恐ろしい種族だと聞いております。実際恐ろしかった……。裏切るのは、そこまで信じられない話ではないかと」
あ、そっか。文献でのごっちんしか知らないとこういう評価になるよな。
「うん……。そいつがごっちんの宝せ……ゴホンッ! 魔王の目を奪って逃走したんだ」
「それって!」
察しの良い金髪が反応する。
「きみの右目だ」
サアッと、レムナントの顔から血の気が引く。
束縛から抜け出したロイツも、かける言葉がないように見守っている。
「どういうことですか⁉ どうして盗まれた目が、レムナント様に? そもそも! 本当に魔王なんていたんですかっ⁉」
金髪が詰め寄ってくる。
「さあな。きみの先祖と裏切者がなにか取引でもしていたか。それか、たまたま貴族の手に渡ったが……お腹の子と融合したか……。分からん」
眼球だけとはいえ、ごっちんの一部だからな。人知の及ばぬ事態を引き起こしていてもおかしくないんだよ。
カタカタ、カタカタと、第三の目の今の持ち主は小刻みに震え出す。
「――で、では? あ……あの魔族が? わわ、私のことを魔王だと言ったのは? き、聞き間違いでは……なかったと?」
「ん? 何の話だ?」
色の違う瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
「レムナント様は過去、世話になった人を魔族に殺されているんです。あなたと、〈優雅灯〉が助けてくださったと、聞いておりますが」
話してくれたのは、痛ましげな表情でリーダーの肩に手を添える金髪だった。
「…………あー。あの野良魔族か」
結局アゲハが追い払ってくれたが、赤ランクではキツイ相手だろう。魔族の最低ラインは金ランク。つまり雑魚でもレベル1000を超えていることになる。
「野良魔族ってなんです? 魔族と違うのですか?」
ロイツ君も泣きそうな顔をしている。
「魔族は基本、魔界と言うところに(引きこもって)いるんだが。理由は知らないが、魔界暮らしを選ばなかった者もいる。ってだけの違いさ」
「そんな化け物がいるってことですか⁉ 嘘。何で今まで平和だったんです?」
「落ち着きたまえ、ロイツ君。魔族は基本、よほどのことがない限り、『こっち』の生物には手を出さない。魔王がそう命じたからだ。そしてどこで暮らしていようと、彼らにとって魔王の言葉は絶対だ」
金髪は動揺しながらもリーダーの前に立つ。
「お、おい! レムナント様が、レムナント様から魔族にちょっかいをかけたって言いたいのかよ! ……ですか? リーダーはまだ、その頃は駆け出しも駆け出しだったんだぜ? そんなこと……するはずが……」
金髪の勢いがしぼんでいく。理解したのだろう。野良魔族を引き寄せた原因が。ちょっかいをかけたことでも、縄張りに踏み込んだことでもないことに。
――残酷な話だ。
レムナントの口が、笑うように引きつる。
「……わ、私? 私が? ……デーネさんが、『宵の明星』が死んだのは、私のせい……?」
「レムナント様!」
「違う! リーダーのせいじゃ……! やめろっ」
レムナントの細い指が、ぐちゅっと眼窩に差し込まれる。気持ちは分からんでもないが、俺やごっちん以外が眼球を取り出すと死ぬぞ。
「落ち着け」
椅子から降り、レムナントの腹を蹴り上げた。
「――っぐ!」
ドゴンと衝撃音が響き、レムナントが倒れ込む。
「リーダー!」
咄嗟に、金髪が支えていた。
「レムナント様! 回復薬を……あれ?」
ロイツが急いで鞄から取り出すが、眼球に傷は見当たらなかった。それどころか腹の傷も大したことはなさそうだ。
おかしいな。結構強めに蹴ったのに。
眼球はごっちんの目だから勝手に治るとして……防御力高すぎではないか? シュリンかこいつは。
「ちょっと失礼」
「あ」
「何を……!」
レムナントの黒服を捲り上げると、紫のインナーが見えた。おーう。アゲハのやんけ、これ。
念のため確認しよう。
「この紫の服って?」
「え? ああ。〈優雅灯〉が、ぽんっとくれました」
「僕にはくれませんでした」
むすっとむくれている。おうおうおう。可愛いのぅ。じゃあ俺が何かプレゼントしてあげよう。
クリアがレムナントをベッドに寝かせる。
「でも、あんまりじゃねぇか? リーダーはその魔族に、魔族を殺して仇を討ちたいと願ってたってのに」
「そんなことは知らん」
「知らんって、そんな……!」
「静まれ。問題はそこじゃない。魔王の側近が、取り返しにくる危険性があるということだ」
クリアとロイツが、街中で恐竜を見たような顔色になった。
じりっと、金髪が一歩下がる。
「……な、なあ。ちょっと聞きたいんだが。魔族と魔王って、滅んだんじゃ……?」
滅んだと言ってほしそうだな。
「魔界に引っ込んでいると言っただろう?」
「どうしてそんなことを? 知っているんですか?」
藍色の瞳が覗き込んでくる。おおお可愛い。
「金ランクならだいたい知っているよ。俺以外にも、テレスも詳しいぞ。というか、あいつの方がよっぽど詳しい」
「〈泥の王〉……。探索能力がえげつねぇって聞くな」
俺もあいつの力と脳みそは意味が分からん。
「魔王の側近って。つ、強い……やっぱ強いんだよな? ですよね?」
「側近一人だけで人類をほぼほぼ蹴散らせるからな」
キャットは強さもだが、頭も回る。ただ強いだけのシャドーリスより面倒臭いぞ。
さらっと告げられる事態に、クリアはとうとうついていけなくなった。椅子の上に、ぼすんと座り込んでしまう。
「……」
(ちょっと頭を整理する時間をやるか……)
〈黄金〉は少し散歩してくると言い残し、部屋を出た。
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