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無礙
20 武器をどう使う
しおりを挟む周囲の席から会話が消える。ほーん? 俺たちの会話に聞き耳立てるとはいい度胸だ。
椅子を引いて立ち上がりかけた赤ランク最強に、他のハンターは蜘蛛の子を散らすように部屋に逃げて行った。
「……」
邪魔がいなくなったので話を続ける。
「〈優雅灯〉ともデートしたんだろ? なら。俺ともしてくれても、いいよな?」
ふわふわと、狸尻尾を撫でながら魔女っ娘の反応を窺う。狐っ子は絵に描いたようなぽかん顔で見てくる。気の強そうな方の狸は何故かこっちに手を振っている。
魔女っ娘はビール片手に固まっていた。
「……お前。〈優雅灯〉に張り合う癖があるよな。ムキになってないか?」
「いや? 俺は単純にお前とデートしたいね」
エイオットが派手ローブを引っ張る。
「デートって何?」
「え? あー。そうだな。一緒に出掛けて飯食って……。お出かけする、みたいな感じ」
子ども向けの説明だ。
「じゃあ、皆で行こうよ!」
「可愛い奴め」
主人は狐っ子の頬をもちもちもちもちと揉んで堪能する。
あー。この流れだと、子連れでデートする羽目になる……とタイムが内心ため息をついた。
「でもごめんね。デートってのはふたりでするものなんだ」
「……」
「そうなの? なんで?」
ガーンと、狐っ子はショックを受ける。
こいつが未成年の提案を蹴った……?
タイムは今起こった自体が受け入れられず、尻尾に手を置いたまま固まる。
主人はだれたように頬杖をつく。
「そういうものさ」
「……ふーん」
「おい。背筋伸ばして座った方が、カッケーんだぞ!」
アクアが指摘してくる。そういえばやけにアクアは、背筋真っすぐで座っているな。
「そ、その通りだね」
主人は驚きながらも姿勢を正す。いけない。子どもの前でだらけ過ぎたか。
アクアはどーんと腕を組んだ。
「――って、ごっちんが言ってた!」
ファイアが拍手している。エイオットもつられて手を叩く。魔王様の教育の賜物でしたか。ありがとう。
主人は石像化しているおじさんに目を向ける。
「お前も元の姿で、とか言い出すのか?」
ハッと我に返る。
「いや! 俺はその姿が好ましいからな。そのままでいい」
何が楽しくて青年とデートせにゃならんのだ。俺が憧れたのは、チビ魔女の姿のお前だ。
「ほう。……分かった」
了承してくれるとはな。魔法でぶっ飛ばされる覚悟はしていたが。
正直、舞い上がっている。いつ以来だ? こんなにドキドキするのは。両足の踵が小刻みに床を叩く。
「ドラゴンの変異体は強かったか?」
もうおしまいか。
あとちっとだけデートの話をしたかったが。
「強いって言うか、固い。ドラゴンはどうしても鱗がな。俺の刀折れたぜ」
「えっ。赦乎丸(しゃこまる)折れちゃったの?」
……俺の武器の名前を憶えているとは思わなかった。今日は驚きの連続だ。
主人的には偶然思い出せただけだが、タイムの機嫌は抜群によくなる。
「まあな。長年連れ添った相棒だけに、ショックだったぜ」
「……の割には口笑っていないか?」
そういえばこいつは刀使うんだったな。レアだ。
「そー……だ、な。ひとつ、武器庫で余っている刀があるんだが。使ってみないか?」
「なんだと?」
〈黄金〉が親切すぎて気味悪くなってきた。俺、幻覚と話してないよね?
主人は帽子から、にゅっと長い棒のようなものを取り出した。
机に置く。
「こいつは……?」
タイムが使用していた物に比べるとわずかに短い。鞘には波紋のような鱗のような金模様が刻まれ、角度によって緑に光る。
重い……。
「刀身を見てもいいか?」
「どーぞ」
許可を出しながら酒が飽きたのかジュースを注文している。お腹タプタプになるぞ。
鯉口を切り、すらっと引き抜く。
あまりに静かで美しい。黒と銀。
「……〈黄金〉お前これ。どうした?」
故郷が恋しくて作った代物だ。幻の種族・シュリンが協力……ほとんどあの子が頑張ってくれたのでいいものが作れた。
出来が良すぎたため、その辺の奴に渡すのも勿体ない。かといって、俺は刀を使えない。地球では銃に頼りっぱなしだったからな。ナイフを使う時もあったが、素人に毛が生えた程度だ。
そのため、たまにセンチな気分になって眺めるだけとなった。倉庫の肥やしの一つ。
刀身には不思議な魅力がある。じっと見ていると、心が落ち着くのだ。早く地球に行きたくて急いていた俺を宥めてくれたのも、こいつだった。
主人はどうでもよさそうな顔を作る。
「どうもこうも。知り合いが作ってくれたんだが、俺は魔法メインだからな。心配しなくてもきちんと手入れはしてある。名は『翠鱗(すいりん)』。……かわいがってやってくれ。そいつなら、ドラゴンを殴っても折れることはないだろ」
なんせ防御力ではモンスターすら敵わない種族が、自身の鱗を用いて作ったものだ。鞘は鈍器としても一流だ。
「……」
グラサンの奥にある瞳が、じっと俺を見てくる。
「やめろ。隠し事などしていない」
見抜こうとするな。黙って持って行け。
鬱陶しそうに手を振ると、タイムは刀を鞘に戻した。
「返せって言っても、返さねぇぜ?」
「質に入れたらぶっ飛ばすぞ」
「んな勿体ないことするかよ」
タイムが子どものように笑う。しっかり両手で握り締めている。
ファイアがぺちぺちと鞘を叩く。
「ざらざらしてましゅ」
「模様が彫ってあるからね」
「おい。かっこいいな。あれ! 俺も欲しいぞ」
見惚れていたアクアが騒ぎ出す。両手で机を叩く。
「ずりいよー。なんだよー。ごっちんもカッケェ剣、持ってたんだぞー」
「?」
ごっちんは、剣を使ったっけ?
ああ。寒柝のことか。魔剣に分類されるが、製作者が製作者なだけに神剣と思った方が良いかもな。はた迷惑なもの作りやがって。
主人はメロメロな顔でアクアの頭を撫でる。
「アクアはどんな武器が良いかな?」
「そりゃもちろん。カッケーやつ!」
椅子の上に立ち、花の咲いた木の枝をびしっと天井目掛け突き上げる。エイオットは弟を見る目で、ファイアはガチ勢の勢いで拍手する。
「アクア。かっこいー」
「かっこいい……でしゅ!」
「おお……おぼぼぼぼ……」
めっちゃ泣いてる魔女っ娘から目を逸らすおじさん。
「俺にもくれよ」
アクアはぱかぱかと、三角帽子を外したり戻したりを繰り返す。ここから出てきたので、ここに何か入っているはずだ。
ぱかぱか、ぱかぱか。頭が涼しい。
「意地悪すんなよ! 出せよ」
「アクアは、その武器をどう使うの?」
「ああん? 決まってんだろ?」
主人の問いに、拾った木の枝を振り回す。
「やっつけんだよ! あいつを」
(あいつ?)
(あいつ?)
(かっこいい……)
(ガキだなー)
タイムものほほんと眺めている。
「あいつって誰?」
「あのおっさんに決まってんだろー? ファイアのケツぺんぺんしたんだぞ!」
主人の首がグラサン野郎の方向に人形のように動くが、タイムに心当たりはない。
アクアは違うと言いたげに、主人の顔の向きを戻す。
「ジュリスの親父だよ!」
「あー。そっちのおじさんね。はいはい。あとで叱っといてやるから。木の枝は振り回さないの」
「なんでだよ」
シュッシュッと枝を振り回すアクア。勇者になり切っていてとても可愛い。
俺たちのようにレベルがぶっ飛んでいる者はともかく、
「ファイアやエイオットの目に当たったらどうする?」
「……」
はたっと動きを止めたアクアが、枝の先とファイアを見比べる。
こちらを見つめているファイア。ふかふかのほっぺ。ウルウルの瞳。
ささくれが目立つ、固い枝。
「……当たったら、駄目だな」
「そうだね。力は守るためにあるのに、守りたいファイアを傷つけては意味がない」
失明しても治すけどさ。治すけど、目が潰れた恐怖というのは残るよ。ただでさえファイアは火傷のトラウマと戦っている最中なのに。ごっちんの魔法で和らいではいるけどね。
「で、でも、このおじさんは剣を使ってるじゃないか。刃物の方が危ないだろ」
「顎髭野郎は力の使い方を知ってるから。俺がとやかく言うような人物じゃない。もうベテランもベテランよ」
グラサンを頭に乗っけて、涙を拭っている。よく分かってないエイオットがよしよししてあげていた。
なんで泣いてるんだこいつは。
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