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無礙

16 くちゃい

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 まだバスケット内で眠っていたので寝込みを襲っておいた。ふかふかのほっぺにちゅー! 夢中になって依頼のこと忘れるところだった。
 歯軋りしながら『果汁園』へ向かう。金貨一枚だが、所詮青ランク程度でも倒せるモンスター。一撃で沈めてやる。
 草花を駄目にする毒の息――瘴気とも言う――をまき散らす害悪モンスターの駆除。まさにハンターのお仕事だ。
 この辺が瘴気モンスターの縄張り。草花が枯れて別世界が広がっていた。腐った大地。森の一角が完全に死滅している。踏んだ地面がねっちょりと靴底にへばりつく。ガムを踏んだような不快感。汚れを一瞬で浄化できるシャドーリスの顔が浮かんだ。あの能力羨ましい。

「臭い」

 きゅっと顔のパーツが中心に集まる。嫌なにおいの毒霧だ。レベル上げしていない一般人なら高山病に似た症状に見舞われて、最悪死に至る。
 『聖領域』のような加護を持っているわけでもないのに毒耐性が恐らく世界一の〈優雅灯〉は、深呼吸して昼寝できるだろうが、主人にはちとキツイ。においが。
 子どもたちにも渡していた洗濯ばさみを装着。

「よし」

 あとは瘴気の発生源を粉砕するだけ……気配を感じないな。縄張りに一歩でも入れば視線を感じるのに。

(昼寝中か? そりゃラッキー)

 襲い掛かってくる雑魚モンスターを穴ぼこにしながらぬちゃぬちゃと巣穴に近づいていくと、先客がいた。

「あれ?」

 人が小人に見えてしまう巨大な森の中でも、巨大だと感じる肉体。
 頭の角から枝が伸び葉が生い茂り、瑞々しい果実を揺らしている翼を持つ生物。

(ヒャクパードラゴンじゃん! あれもしかして、顎髭が駆除任された固体か?)

 隠れる気など無いオランジを思わせる鮮やかな橙色の身体。長い尻尾。名前が可愛いだけで、愛嬌など微塵もない冷たい眼。
 びっしり並んだ牙が、屍肉を貪っている。

「俺の駆除対象を食うなーぁ! ばかぁ。金がもらえんだろうが。死活問題なんだぞ」

 ぴゃーと泣き言を言いながら飛び出していく。急に出てきた似たような色の生物にドラゴンは睨みを利かせるが、吠えることもせず森の中へと消えて行った。

(襲ってこない……か)

 知能も高い。今のうちにあれも倒して素材剥ぎ取ろうかとも考えたが、留守番してくれているタイムに対し、あまりに不義理すぎる。

(あれが変異体。ほとんど違いは無いが、身体の色がわずかに濃い)

 グラサン付けてるけど、あいつ見分けつくかな。
 瘴気モンスターの残骸。鼻の細胞が死滅しそうな腐臭を放っている。眼球がちりっと痛む。
 さすが不人気依頼。あたり一面一掃したいほど不快だ。
 うろうろしながら耳を探す。討伐の証になるので、剥ぎ取って帰らねば。

「これかな?」

 レベルに物を言わせ、素手でモンスターに触る。防護手袋は持ってきているがあれ装着するのに片手五分かかるんだ。面倒だからいいや。
 金貨を消費せずに倒せた。一気に機嫌が良くなる。

「いやあはっはっは! 顎髭に何か、酒でも奢ってやるかな」

 ルンタッタっと場違いなほど明るいスキップで帰った。









「うげ……」
「くちゃい」
「……にゅう」

 飛び跳ねながら帰ると、外でキャッチボールをしていたチビたちが全員顔をしかめた。
 そうだった。死の大地の主の一部を持っているし、腐臭に長い時間包まれていたんだ。
 距離を取られる。

「あっち。水場。行って」

 鼻を摘んだエイオットに水場を指差され、主人は泣きながらそちらへ向かった。



「はっはっはっ! あっはっはっはっは! ……笑わせるぜ。いい性格してやがるな。お前のガキ共」

 山からの水を引き、生活用水としている水汲み場。途中、『果汁園』を通るのでほんのり甘い香りがする。その水で身体を洗っていると、グラサン長身が歩いてきた。
 腹抱えながら。

「うえええぇぇぇ……。うぐええぇぇぇええ」
「ガチ泣きしてやがる」

 タワシを拝借し、石鹸で装備一式洗う。
 背中にふわりと温かいものがかけられる。おじさんのアロハシャツだった。

「なんの真似だ? 遺書は書いてあるんだろうな」
「怒らないで? 少女が素っ裸でいる方が悪いんでしょうが。嫌ならその外見、なんとかしなさい」
「……」

 言い返せない。

「早いと思ってたが、早かったな」
「俺が行ったら死んでた。瘴気モンスター」
「……お前と戦いたくなくて自死を選んだか」
「ちっげーよ。きみの討伐対象が食い荒らしてたんだよ」

 惜しげもなく上裸を晒しているおっさんが目を細める。

「変異体が?」
「結構強そうだったぞ。頑張りたまえよ?」

 ケラケラと笑う少女。

「変異体ごときに苦戦すると思われているとは心外だぜ」
「そうか。頭から食われちまえ」

 泡を流水で流す。きつく絞り、鼻を近づける。

「……まだにおうか? どう思う?」

 ローブを差し出すがおっさんは受け取らないし顔も近づけない。

「どした?」
「やめてちょうだい。少女の服の匂い嗅いでるとこ見られたら、おじさん死んじゃう」
「どう死ぬんだよ。おーい! エイオット。来てくれ」

 おじさんが役に立たないのでエイオットを呼ぶ。
 陽光を反射し、金にも見える髪を振って輝かしい聖命体が走ってくる。

「はーい」

 眩しい。思わず目元を手で覆う。ずっとモンスターやらおっさんで埋まっていた視界に、飛び込んでくる天使。

「なーに?」

 「うわああああ目がああああ」のポーズを取っている変な人の頬をつんつん。

「ごしゅじんさま。どこ行ってたの? 心配したでしょ?」
「はい。ごめんなさい。ところで俺、まだ臭いかな?」

 ローブを差し出すが、エイオットは俺を抱き締めた。
 すんすんと鼻を動かす。

「…………」

 眉間にしわを寄せた。何も言わないが千の言葉より雄弁に、その目が物語っている。

「ごしゅじんさま。くっさいよ。アクアー! ファイア! 集合ー」
「あん?」
「なに?」

 とててーと天使ツインズが走ってくる。アクアは器用にボールを頭に乗せたまま。
 主人はアロハシャツを脱ぐ。

「三人で一緒に、ごしゅじんさまを洗うよ!」
「なんだお前。まだ臭いな! しゃーねー。やるか」
「あい」

 じり、じり……っと三人は石鹸を片手に主人を取り囲むと、ごしごしと洗い出した。洋館石鹸三つのパワーで、すぐに羊になっていく。

「洗え洗えーっ」
「おりゃりゃりゃりゃりゃ!」
「うぃー……」

 泡の量におじさんが引いている。シャボン玉がいくつか舞い上がり、通りすがりの村人の鼻先をくすぐっていく。

「流せ流せーっ」
「おりゃああああ」
「うぃ⁉」

 タライ内の水をぶっかける。タライを持ったままファイアが転び、水はエイオットにかかった。

「ちゅめた!」
「……あ。ごめんなしゃい」
「大丈夫か。ファイア」

 アクアが助け起こし、エイオットは主人に飛びついてきた。

「うあーん。濡れちゃったよ」
「この暑さだ。日光浴していれば乾くさ」
「……うん」

 エイオットはアクアとファイアの首根っこを掴むと、問答無用で引きずって行く。

「この辺で日光浴するよ!」
「それなら俺も水被ってくる」
「ぼくも……」

 三人で水の掛け合いっこをする。日よけに帽子だけ頭に乗せて眺める主人。
 グラサンがのんびり近寄ってくる。

「じゃあ、俺様行って良い?」
「ああ。世話になった。この借りは返そう。欲しいものが決まれば手紙でも寄こしてくれ」

 言いながらアロハシャツを渡そうとするが、タイムは上半身裸のまま『果汁園』に行ってしまう。

「おい。シャツ!」
「ローブ乾くまでそれ着てろ」

 ひらひら手を振る。

「……」

 主人はだっぼだぼのシャツに袖を通し、日向ぼっこに混ざった。

「ぽっかぽかだね」
「そうだね」

 寝返りを打ってエイオットが抱きついてくる。

「喉乾いてないかい?」
「うん」
「宿の人が飲み物くれたの」

 エイオットの言葉に目をぱちくりさせる。首を捻るとアクアも頷いていた。ファイアはもう夢の中。

「お金は?」
「あのサングラス? かけたでけーおっさんが払ってた」

 アクアはそう言うと主人の金の髪を抱き締める。う、動けなくなった。

「タイムが。……言えよ。あいつ」

 今度会ったら色を付けて返しておかなくては。

「……もしかして、飲んだら駄目だった?」

 ファイアの真似なのか、俺の頬を吸いながらエイオットが不安そうな目をする。かわいい……。

「いや。構わない。では、日光浴が終われば少し遊ぼうか。それからご飯にしよう」
「やった! 楽しみ」
「俺は辛い物がいいぞ!」
「おっけおっけ」

 ドライヤーのような生温かい風が吹く。主人がうっすら目を開けると、子どもたちは涎を垂らしていた。バスケットの中でも寝ていたし、お昼寝は短めにしておくか。

 服は、あっという間に乾いたのだった。尻をぽんぽん叩いて起こす。

「ヘイヘイヘイ! 起きーろ」
「んゆぅ……」
「んが?」
「ちゃむちゃむ……」


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