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無礙

15 タイムに頼もう

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「さっき『果汁園』に行ったけど。妙に静かだったのはその変異種のせいか」
「おいおい。まさか間違って討伐してないだろうな?」
「全財産29ギルだっての」
「弱体化が分かりやすすぎる」

 あれ? じゃあ、今は俺の方が強いんじゃないか……?
 グラサンに隠された瞳が少女の横顔を見つめる。
 邪な思いがむくっと顔を出したが、なんとか理性で押しとどめた。

 ――こいつのこの少女の姿は張りぼてだ。

 本性は薄気味悪いほど美しい青年の姿。あの姿の時は冗談抜きで世界最強だろう。日当たりのいい場所に座っているのに寒気がしてくる。

「?」

 暑いほどなのにタイムの奴は腕を摩っている。まさか寒いのか? だからいつも海岸とか熱いところに出没するのかこいつは。

「これから討伐に向かうのか?」
「そうだよー。扉開けたら化け物がいるとは思わないじゃん? 今頃宿の娘さんをナンパしてかっこよく討伐に向かってたってのに」
「ナンパ……? 未成年には見えなかったぞ?」
「自分を基準に物言わないで?」

 モンスター図鑑の開いたページを見せてくる。
 ヒャクパードラゴンのページ。『果汁園』のボスだ。若い頃、三十体は狩ったことがある。大量発生していてうじゃうじゃいた。
 ちょっと待て。

「ドラゴンの変異種だと⁉」
「そうだぜー。大変だぜ」

 タイムはお茶らけたように肩をすくめる。
 ただでさえ強いドラゴン。見た目にドラゴンみがなくとも、名前にドラゴンと付いていればまったく油断できない。金ランク共にも名前にドラゴン付ければいいと思う。
 小さな手がぽんと肩に乗せられる。

「変わってやろうか? その依頼」
「目が『ギル』マークになってんぞ」
「ぐう」

 う、うううう羨ましい! ドラゴンなら褒賞金も高いし、剥ぎ取れる素材もいいものばかり。

「俺の金の杖や三日月君をレベルアップさせることができるかもしれないのに!」


 ♢主人メモ♢
 武器や防具の類は、モンスターの素材や鉱石などで強化することが可能だ。
 ミニ四駆に良いパーツを装備して速くするのに似ている。
 終わるよ。


「やめな? そんなに強くなっても世界征服するくらいしか使い道ないって。……お前が統一したら未成年は無償で学園に通えそうだな。……俺は、応援するわ」

 頬杖ついて図鑑見ながら適当なことを言う。

「いつ出発するんだ?」

 魔女っ娘がテーブルで突っ伏している。

「え? これ飲んだら出るけど?」

 マンゴーのように甘いジュース。それが入ったグラスを持ち上げる。

「出発、夕方にしないか? ほら、暑いじゃん?」
「いやいや。なんでだよ」

 夜はほとんどのモンスターが活発になる。

「変なこと言うな。どうしたんだよ?」

 図鑑をポッケに仕舞う。魔女がくるりと顔をこちらに向けた。

「俺もこれから討伐に行くんだよ」
「一緒に行く?」
「死ね。俺が戻ってくるまで、お前宿に居てくれよ……」

 フラれたグラサンは頭上に曇天を浮かべて項垂れる。
 だが〈黄金〉の台詞が引っかかったのか、ぱっと顔を上げた。

「何か大事なアイテムでも置いていくのか? お前から盗む変態なんていないと思うぞ」
「子どもたちを連れてきてんだよ」

 面倒な気配を感じたグラサンは立ち上がる。

「ここは俺が払っといてやるよ」

 伝票を持ってさっさと去ろうとする。関わるなと警鐘が脳内でガンガン鳴っていてうるさい。

 ――ここはスマートに去るが吉!

 ふっ。悪いな〈黄金〉。危機察知能力の高さも、ハンターは求められるんだぜ。あと今度一緒に酒でも飲みに行きませんか?

「タイム……。助けてくれ」

 ぽつりと唇からもれる、小さな声。
 巻き戻しボタンを押されたように逆走すると、タイムは静かにラタン椅子に戻った。
 猛然と顔を両手で覆う。

(畜生おぉぉォォォッ!)

 戻ってんじゃねぇぞ自分!

 これが惚れた弱みというやつか。すごく俺をぶん殴りたい。
 魔女っ娘が呆れたように半笑いで見てくる。戻ってきてくれると分かっていた顔だ。

「よしよし。いい子だ。お前はお人よしだからな。断らないと思ったぞ」
「……」

 お前限定だ。馬鹿。
 グラサンの位置を調整する。

「……はあ。いいのか、俺で?」
「この場で俺を除けばお前が最強だろうが。他に誰に頼むんだよ」

 にやけそうになる口元を、顔を背けることで隠す。

「そうじゃなくて。俺がガキどもに何かするとか、思わないのか?」
「どこ見て喋ってんだ? なんか見えてんの? 精霊とか、いるの? 思わないけど」
「……なんで言い切れる?」

 魔女っ娘は怪訝な顔で頬杖をついた。

「? お前俺のことバケモノバケモノ言ってるじゃないか。お前はそんなことしない」

 タイムはさっと腰を上げる。

「ひとつ貸しだぜ?」
「お前もデートか?」

 かっこよく去ろうとしたのに転びかけた。

「デート⁉ だ、ふぁっ、誰かとしたのか……?」
「そんな驚く? あいつだよ。アゲハちゅわぁん」

 タイムの目が据わった。このおじさんがすると不穏な表情に見える。実際、なにか黒いオーラ的なものが身体から出ているし。こいつの魔力、こんな色だっけ。

「さっさと行ってこい。この宿は俺が、命に代えても守る」
「急に気合入ったな。どした?」

 まあいいわ。こいつがいてくれるなら安心だ。さっと依頼をこなしてこよう。
 魔女っ娘はひょいと椅子から降りる。

「じゃ、子どもらに行ってきますのチューしてくるわ」
「何それ羨ましい(おう。行ってこい)」

 何か言い間違えた気がしたが、気のせいだろう。


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