全種族の男の子、コンプリートを目指す魔女っ娘♂のお話

水無月

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無礙

14 雨と一緒に降る

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 部屋は広く、ベッドも大きい。窓辺には小さな鉢植えが置かれ、可憐な花が揺れている。

「必要な物があればお呼びください」
「ありがとう。お嬢さん」
「い、いえ」

 少女にお嬢さん呼ばわりされ、照れたように笑いながら下がっていく。

「そこ狭いだろ。ベッドにおいで」

 バスケットの中を覗くも、アクアはいやいやと首を振る。

「うぐ、ぐう……」
「もうここに、怖いのはいないよ」

 あふれる涙を擦りながら首を振るうだけだ。泣いている姿も可愛いが、やはり笑顔が一番かな。

「お邪魔するよ」

 靴を脱いで主人もバスケットの中に入り込む。流石に四人は狭いか。子どもたちも大きくなってきているし。
 狭くなったのに、文句を言わない子どもたち。どさくさに紛れてファイアはアクアに全身で抱きつく。

「ファイアは? 怖かったかな?」
「ゆ~。ちょっとだけ……」

 幸せそうな顔だ。

「そうか。エイオットは?」
「ううん……」
「ホントに?」
「……ちょっとだけ」

 左右の指をつんつんする。素直でよろしい。
 ふかふかのバスケット内で膝を抱えて座る。金の髪が邪魔なので首に巻いておく。

「……」

 微動だにしなくなった主人に、アクアはずずっと鼻をすする。

「……じごと、いっでごいよ」

 おや。俺の(財布の)ことを心配してくれるのか。

「アクアは優しいね」

 でも、恐怖で泣いてる子を置いていけるほど、俺は人間が出来てないよ。

「別に時間制限がある依頼ではない。しばらく一緒にいさせておくれ」
「……いいけ、ど」

 広い部屋なのに、狭いバスケットの中に納まっている四人。
 ここが一番温かくて、誰も出ていこうとしなかった。





 怖かったのか疲れたのか、子どもたちはぐっすり眠ってしまった。
 広いベッドがあるのに、バスケット内で三人丸まって。猫動画思い出す。踏みつけられていても平気で寝るよな。
 便所に行った帰り、なんとなく売店を眺めた。とりわけレア物が置いてあるわけではない。金を出せば手に入るものばかり。

(中古品の中にたまに、レア物が紛れている場合が……)

 雑に置かれた中古品。使いさしの回復薬。作動しないかもしれない落とし穴キット。古びた指輪。ふむ。オブラートに包んで言えば全部ゴミだな。

「うげっ」

 来客を告げる鐘の音と当時に、おっさんの声が聞こえた気がする。
 宿の扉が開いたかと思えば、即閉まった。

(なんでここにあいつが。よし。見なかったことにしよう)
「やあ。グラサン野郎じゃないか」

 赤ランク最強。世界中にギルドはあるが、こいつより強い赤はなかなか見かけない。
 タイム・ビーセントは閉めたはずの扉から声がしたことに凍りついた。悲鳴を上げる間もなく、身長百九十センチ超えは宿内に引きずりこまれる。
 店内で尻餅をついた赤ランクの背後でしゃがむ魔女。

「いちち……。ホラー演出やめない? おじさん、怖かったよ?」
「何故逃げる?」

 短く刈り上げられた髪を、がしがしと掻くグラサン男。

「会うたびに視界に入るなって言ったのは誰かな? 気を遣ったんだよ」
「なあ。顎髭野郎。怖い話聞きたくないか?」
「タイム・サービングです。結構っす」

 逃げようとするアロハシャツを捕まえる。

「聞けや」
「嫌だよ! 金ランクの怖い話とか! 聞いただけで呪い殺されるやつウゥゥ」

 どんなガチ恐怖話をすると思ってんだろうか。
 力を込めるが、相手は赤ランク最上位。つまり人類の最高峰だ。先のとんがった魔女っ娘の靴はずるすると床を滑る。

「大丈夫大丈夫。冒頭だけでいいから」
「ざっけんな! 助けてええええっ!」

 恥も外聞もなく叫ぶおじさん。無理もない。どれだけタイムが人類の中で最強でも、この小さな魔女は怪物。モンスター以上の化け物に服を握られているのだ。
 宿の玄関付近で暴れる金と赤に、他のハンターはひそひそと遠巻きで見守る。

「あ、あの。騒ぎは……困ります」

 恐怖を押し殺し、宿の女性が声をかけてくる。ハンターの恐ろしさを知っているのか涙目だ。世話になっている宿の方に迷惑をかけるのはよくないな。

 お詫びに飲み物を注文し、テラス席に移動した。
 ずっと日に当たっていたので、椅子があちちだ。
 ラタンチェアっぽい椅子にゆったりと腰掛け、宿自慢の果肉入りジュースをいただく。おいしい。果肉がゴロゴロしており、これだけでお腹が膨れる。
 ファンキー親父は人生最悪の日とばかりにずぅんと落ち込んでいるが無視しよう。金をもらってもおっさんの機嫌取りとかしたくない。

「はぁー……。似合わねぇな。〈黄金〉。こんなレベルの低い狩場に来るなんて」
「俺の話、聞く気になったか?」
「それ。聞いても死なないやつ?」
「……」
「なんで何も言わないの?」

 愛嬌のあるつぶらな瞳が(珍しいことに)タイムを見つめている。少女にしか見ないふっくらした頬に、グラスを握る小さな手。ふわふわ波打つ痛んでいない金の髪。成長すればさぞ美女になるんだろうなと親のような気持が一瞬浮上するが、こいつは男だった。

(しかも俺より年上っ)

 外見詐欺野郎が。俺の初恋返せ。いや! 初恋じゃない。憧れ。憧れただけ! ……誰に言い訳しているんだろうか。
 脱力したタイムはどこからか取り出した団扇であおぐ。

「しょうがないから聞いてやるよ。感謝しろよ」
「俺の全財産29ギルだ」

 テラスに昼の陽気がぽかぽかと降りそそぐ。

「なんて?」
「29ギル」

 タイムも飲み物を口に含む。マンゴーのような甘さだ。俺には甘ったるすぎるかな。

「……お前、全財産一兆ほどあるんだろ?」
「どこ情報だ」
「無くなったの? 嘘だろ? 信じないぞ」

 無言で財布をテーブルに乗せ、おっさんの方へ押しつける。

「……」

 〈黄金〉の持ち物。それも財布に触れる日が来るとは。
 タイムはグラスを置くと、財布を手に取った。中を開くと、銅貨が数枚。嘘じゃなかったんかい。

「なんじゃこりゃ。二つ名が泣くぜ?」
「お前、稼いでいるんだろ? 金寄こせよ」

 まさかのカツアゲだった。
 財布を少女モドキの前へ戻す。

「しょぼいことするなよ。金ランクともあろう者がよ」
「んあああああん! もうっ! なんで金って使うと無くなるんだあぁ」

 椅子が軋むほどじたばた暴れる魔女っ娘。何を当たり前のことを。
 でもま、こいつの場合は物理的に金貨が消えるからな。

「気になってんだけど。お前の消えた金貨って、どこ行っちゃうの?」
「……適当な場所に雨と一緒に降る」

 世界七不思議のひとつ。正体こいつだったか。なんとなくそうかなとは思っていたけどよ。ではいま、世界のどこかで一兆枚の金貨の滝が降ってるわけだ。

(直撃した人、大丈夫かねぇ)

 俺は毎回こいつの愚痴を聞かされているな。俺を愚痴吐いてもいいサンドバッグだと思っとるんだろうか。そう思うと、嫌な気はしない。こいつのこんな姿〈優雅灯〉にはまず見せないだろうし?
 優越感から口を弧の字に曲げる。

「一兆枚も金貨使う事態になったのかよ。怖すぎねぇか? 何に使ったんだ?」
「未成年に決まってんだろ」
「……うん」

 一ミリもブレねぇな。この外見魔女っ娘。

「なあ。顎」
「タイムです。いい加減覚えようぜ」
「お前は何用だ? プライベートなら、邪魔したな」

 こいつなんか、丸くなったか?
 〈黄金〉が他人に気を遣うなんざ、キモいな。
 おじさんは両足を全開にしてだらしなく座る。

「いいやー? お仕事よ。し、ご、と」
「お前が出張るほどのモンスターが、出たのか? 教えろ」

 タイムはアロハシャツの胸ポケットから、分厚い本を取り出す。

「ここに『果汁園』あるじゃん」
「さっき行ってきた」

 モンスター図鑑を開く。

「お疲れ。変異種が出たんだよ」
「お。いいじゃないか」
「何がいいのよ。人類で言う金ランク(お前ら)だろーが」
「誰が変異種だ」

 二十世紀梨のような突然変異モンスター。レアな素材が捕れるので、引っ張りダコ依頼だ。強敵だが、それに見合った素材が剥ぎ取れる。羨ましいくらいだ。
 グラサンは舌打ちする。

「簡単に言ってくれるぜ。これだからバケモンは」
「お前もだろ」
「他の奴ら、この依頼受けたがってたけど。危険すぎるって言ってギルマスが断ってた。で! ギルマスに手渡されたんだ。見つからないように隅っこに座ってちびちびビール飲んでたってのに。あんな腹立つ笑顔初めて見たわ」

 ようやく俺らの気持ちが理解出来てきたか。

「なーによ、その笑顔」

 〈黄金〉の顔は笑みでいっぱいだ。可愛いが、こちら側へようこそみたいな食虫植物感がある。


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