全種族の男の子、コンプリートを目指す魔女っ娘♂のお話

水無月

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無礙

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 夜。
 部屋でぶすっと拗ねていた。そりゃもうこれでもかと拗ねていた。
 クッションでは味気ないのでファイアを抱き締め、ムギには「頭撫でて!」と頼んで。
 「どうしたものか……」みたいな表情のファイアをぎゅうぎゅうしながら、ムギになでなでしてもらっている。それでも胸のモヤモヤは取れない。
 アクアにも何か頼もうとしたら、部屋からいなくなっていた。おれがこんな状況なのにぃっと、ますますふてくされる。

「おーい。エイオット」

 アクアが戻ってきた。なんと主人と一緒に。
 見かねて連れてきてくれたらしい。エイオットの瞳が輝く。

「大人ごしゅじんさま!」
「ごめんね。エイオット。話があって来てくれたのに。すまなかった」

 精神的に痩せた気がする主人が、エイオットの近くで膝をつく。その膝に飛び乗った。

「うう~……」

 存分に顔を擦りつける。

 おれは怒ってるの。寂しかったの! なんとかして!

 ぶすっとした顔を見せつけてやる。

「ごめんね。悲しかったね。話を聞いてやれずにすまない」

 そうだよ! 悲しかったんだから。ばかばかぁ!

「すまない。エイオットは悪くないよ。悲しい思いをさせたね。俺が悪かった」

 ……ばか。

「エイオット。会いたかったよ。会いに来てくれたの、嬉しかった」

 ……。

「愛してる。愛してるよ」

 頭や背中を、大きな手でいっぱい撫でてもらった。なんでこんなに安心するんだろう。
 ぎゅっと白いローブを掴む。

「……」

 言葉が見つからないので、半眼で主人を見つめる。美しい人は困った顔で額にキスしてきた。

「可愛いね。エイオット。俺、夢中になっちゃうよ」
「……」
「落ち着いたら、何を話そうとしていたのか教えてくれないか? それまでこうしていようね」

 包み込むように抱きしめられる。エイオットの頬がむにっと潰れるが、苦しいほどではない。心地よい締め付け。抱きしめられていると、安心できる。
 チビたちはそんな二人の周りをうろうろ。ごめんね。順番ね。ちょっと待ってね。
 大きな手は絶えず頭や背中を撫でてくれる。時には髪をすくように。長い指が滑っていく。

「……おれをないがしろにしたら、駄目なんだよ?」
「反省してます」
「今日は一緒に寝てね?」
「はい」
「おれのこと好き?」
「愛してる」

 はむっと狐耳を甘噛みされる。くすぐったいよ!

「もうっ。ごしゅじんさまだから許してあげるんだからね? お兄ちゃんだったら甘いもの作ってもらうからね?」
「甘いもの? 明日何か、お菓子作るよ。お菓子の材料余ってるし」

 アクアたちもじっと見上げてくる。

「パンケーキ?」
「そうだね。クッキーでも焼こうかな」

 エイオットが微妙そうな顔をする。

「クッキー? ごしゅじんさまってば。クッキーをお菓子だと思ってるの?」

 この世界のクッキーと言えば、固く焼いてフォークやスプーン代わりとして「お菓子を食べるための物」として使われている。ゴミを減らすいい工夫だが、クッキーフォーク自体は甘くも美味しくもない。
 期待していたらしい狸ツインズも尻尾を床にぺしょっとつけてしまっている。カリスの炭クッキーを思い出したのか、ふたりで慰め合うように抱き合っている。そんな凹まないで! 炭とか出さないから。
 ムギはエイオットの尻尾を触りたそうに眺めている。飢餓状態を体験したムギを、お菓子より魅了してしまうエイオットの尻尾。俺もすごく顔を埋めたい。
 主人はちっちっちっと人差し指を振る。

「俺のクッキーは一味違うぜ」
「ふーん? 美味しかったら食べてあげる」

 すごい。期待値ゼロだ。
 ふわふわと尾が揺れ出したので一安心。狐は尾で喜びを表さないというが、多分、俺やムギちゃんが喜ぶからやってくれているんだろうな。

「ごっちん君にも話してたんだけどね? おれ、また狩りがしたいよ」
「うん」

 狐耳に唇を押しつける。いい香り。

 聞いてるから続けてね?

「おれだって稼げるもん」
「……分かった。では、エイオットにも手伝ってもらおうかな」

 目を見て言うと、エイオットは分かりやすく耳を立て、表情を明るくさせた。んんっ可愛い。

「いいの?」

 ぐいぐいとローブを掴んでくる。

「いいよ。その代わり」
「『俺のそばにいろ』でしょ? 分かってるもーん」

 おう。流石だ。
 だが主人はエイオットの顔を両手で挟みこむ。目と目を合わせる。

「本当に。モンスターを甘く見るなよ」
「……っ」

 きゅっと、エイオットが唾を呑む。
 毒や麻痺物質を吐き、個体によっては首を刎ねても動き回る。知能も高く、人類以上に環境に適応し進化している。暴力の化身。人類の敵。ゆえに「モンスター」と呼ばれる。
 きりっとした瞳で、エイオットは頷く。

「うん」
「いい子だ。……いや、本音を言うとエイオットが手伝ってくれるのは嬉しい。癒されるしやる気が上がるし集中力途切れないし。エイオットが横にいてくれるだけでバフ(能力地やステータスにプラスの効果)がすんごいのよ。俺のレベル、レベル上げ過ぎたせいで狩りなんて作業にしかならないし、素材を持って帰らないと討伐証明にならないから気楽に黒焦げにできないからモンスター殺すのにも気を遣うし。なんでモンスター殺すのに気を遣わないといけないんだよ。何も考えず粉微塵にさせろ、といつも思ってる」

 あぁ、スッキリした。
 おっと。いけない。子どもの話を聞かないといけない場面で、つい俺が愚痴を言ってしまった。

「え、えっと」

 ぽかん顔を見て言葉を重ねようとしたが、狐っ子はにこっと笑ってくれた。

「つまりおれといると、元気になるんだね?」
「その通りだ!」

 一言で纏めてくれた。可愛いし聡いし言うこと無いな。

「そんなわけで、きみたちは留守番よろしくね」
「なんかエイオットにだけ、甘くないか? ごすじん」

 ドキッ。
 バレちまったか……。俺は長男を一番愛して一番甘やかす。「長男だから我慢しなさい」とかいうお決まりの呪いの言葉を吐くと、長男の不満は自分より弱い下の子に向けられる。
 泣き喚いている赤ん坊の前で長男にキスの嵐をするぐらい愛情を注げば、愛情を注がれない下の子を不憫に思い、長男は優しく接しようとする。……かもしれない。
 これでいままで大した問題なくやってこられたので、変えるつもりはない。

「そうかもね。でも、きみたちも愛してるよ? 頭から丸吞みにしたいくらいには」

 アクアがベッドまで遠ざかった。ごめんて。冗談だよ二割くらい。
 ムギちゃんの横にエイオットを座らせる。

「じゃあ俺もついてってやるよ」

 おっとぉ?
 アクア。きみが手を上げたら……

「ぼくも」

 ついてくるよね~。

「この前は留守番しててやったんだ! 次は俺! 俺っ」

 ぷくーんと頬をぱんぱんにして迫ってくる。危ない。可愛くて丸呑みにするところだった。

「危険なところに行くんだってば」

 ムギに抱きついている狐っ子を指差す。

「なんだよっ! エイオットばっか、ひ、ひーき? にしやがって。俺のことは好きじゃないのかよ‼」


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