全種族の男の子、コンプリートを目指す魔女っ娘♂のお話

水無月

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08 おれもお手伝いする!

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🌙







 額が冷たい。

「……?」

 瞳を開けて、周囲を確認する。青と黒の自分の部屋だった。人の気配を感じ、億劫ながらも顔を横に動かすと燕尾服が見える。
 ゴージャスな燕尾服がしゃがみ、金の瞳が覗き込んできた。

「ごっちん様? ご気分はいかがですか?」
「キャットか……」

 掠れた声が出た。有能な執事はすぐに水差しを取りに行く。

「少しずつ、飲んでください」
「……ああ」

 背を支えられ、水差しの先端が少しだけ唇を濡らす。おかげで唇がすんなり開き、先端を咥えることができた。
 冷たすぎない水が、喉を流れていく。おいしい。
 そこでようやく、ごっちんは己の身体が発熱していることに気づく。

「キャット?」
「はい」
「どのくらい、私は寝ていた?」

 右腕は仕方なさそうに苦笑する。

「ごっちん様がお倒れになってから、一日が経過しております」

 一日。

「そんなに。寝ていたのか」
「ええ。三十分ほど前。エイオット達が様子を見に来ましたよ。いつ起きるの? と、三回ほど聞かれました」

 キャットの目が笑ってない。

「そうか。心配をかけた」

 逞しい腕が、そっと自分を寝かせる。

「ナナゴーは? どうなのだ?」
「ええと……。主人の知り合い? の虫使いが。その。ナナゴーの口に合う、虫を。いくつか中庭に置いていきました。水と葉野菜で簡単に育つそうなので。白蚕(かいこ)のように増やせば良いと」

 目が泳ぎまくっている。私も虫はそこまで得意ではないが、あとで見に行こうかな。

「ナナゴーの飯問題は、解決したようだな……」

 瞼が重い。眠くなってくる。

「別の問題が浮上していますがね」

 キャットが遠い目をしたが、それが何かは教えてくれなかった。今はとにかく寝ろと、掛け布団を顎下まで引っ張りあげられる。
 むう。気になる。

「何かあれば、お呼びください。元気になられたら説教ですよ」
「……お手柔らかにな」

 目を閉じるとすぐに意識は闇に沈む。
 キャットは小さく息を吐くと、汗に濡れた服やタオルを持って部屋をあとにした。





 部屋を出ると廊下でオーバーオール姿のおじさんが腕を組んでいた。自分を見つけると手を振ってくる。……疲れた顔で。
 カリスが中庭から出てくるのは珍しいことなので、キャットは目を丸くする。

「どうしました?」
「……無理なんだけど」
「はい?」

 キャットが通り過ぎると、おじさんも半歩遅れてついてくる。神妙な顔をしているので真面目な話かと気持ち身構えていたら……

「おじさんも虫、無理なんだけどぉ‼ それなのに。馬鹿じゃないの! あんなに虫かご置きやがってよぉ! キモくて中庭に近寄れなくなったじゃんかああっ」

 おじさんの情けない泣き声にがくっと膝が砕けかけた。

「あなたも駄目なんですか? 虫」

 俺も無理なので、世話をこいつに押し付けようと思っていたのに。
 おじさんが縋りついてくる。やめんか、みっともない。

「嫌いじゃないけど、好んで関わりたいとも思わなかなぁあ! 屋敷に虫が出ても、奥さんが処理してくれたんだもん! Gを一撃で仕留めた雄姿に惚れなおしちゃったよお父さん」

 隙あらば惚気てきやがる。

「ええー……」

 じゃあ、あの虫共の世話、どうすんだよ。俺? 俺がするの? 野菜を育てるのはちょっと楽しそうだなと、シャドーリス様のところで思ったけど。虫は育てたいと思わないな。

「いいよ! お前が産まれてからは。お前がずっと冷気を垂れ流していたから、虫が湧かなくなって快適だったのに! もう夜中に虫が耳元で鳴ること無いなと喜んでたのにィィ! なんだこの仕打ちは」

 うっさい。
 冷気の制御ができない俺と、妙に一緒に寝たがるなと思えば。

「あの」
「え?」
「邪魔なんで一回、離れてくれませんか?」

 余計に抱きついてきた。

「なんだよおおっ。母さんの生霊でも乗り移ってんのか! うらやましい代われ‼」
「そんなに嫌なら母上のところへ帰ってはいかがです?」
「出来るわきゃねーだろ。その奥さんに『ジュリスをお願いしますね?』って、鈴みたいにきれいな声でお願いされちゃったんだぞ! もうおじさんメロメロよ!」

 一度、頭ぶつけて気絶しないかな。このおっさん。
 どうせ母上。うるさいおじさんを俺に押し付けただけでしょうよ。

「~……。虫が平気な方って、おられましたっけ?」

 人差し指で額を掻く。魔族も虫嫌いが多い。誰か、暇で虫の世話もできそうな生贄は。
 しがみついたままのカリスが「おーそうだ」と呟く。

「シャドーリスはわりかし平気そうだったな」
「では、頼んでおきますか」



「……! ……ッ⁉」
 二枚目の絵手紙を受け取ったシャドーリスは増々困惑した。







『ナナゴーの虫の値段は?』
『そうだね。……父さんなのでまけてあげるよ』

 おお。いい子だな。

『一匹七万ギルでいいよ』
『この虫たちは繁殖できるのか? 俺みたいな素人でも』
『餌と気温に気を付けていたら勝手に増えるよ。世話もそこまで大変じゃないし』
『そうか。千匹ほどくれ』
『まいど』

 触りたくないので虫かごだけ用意して、そこに入れてもらった。穴が空いていないか死ぬほど確認したので、虫が脱走することはないだろう。ナナゴーの大事なご飯なのだ。それと洋館に、虫が平気な者がいないため、確実にパニックになる。
 虫かごは大人一人余裕で入れる広さだ。虫たちも快適だろう知らんけども。
 虫菓子という寒気のするレシピももらっておいた。菓子にする際は虫たちには眠ってもらい、変身魔法で外見を変えさせてもらう。でないと取り出すことさえできない。いっそ虫を平気な人を雇ってもいいが、他人をあまり洋館に入れたくないのだ。

「七千万か~。二億予想よりだいぶ安く済んだな」

 転がって進むビー玉のような外見の虫だ。きれいなのだが、やはりあれだけいると見ているだけで体温が下がる。手足もない球体なのに、器用に木に登っていくのは謎だ。
 カリスが中庭に近寄らなくなっちまったので、何か対策も考えないとな。

「稼いでくるね。ひとまず金が要る。金が」

 食堂。
 飯を食べ終わった後なので、空気は緩んでいる。
 エイオットが元気よく手をあげた。

「はい。エイオット君」
「おれも手伝ってあげるよ!」

 今日も可愛いエイオットが意気込んでいる。暦の上では秋になったが気温は夏のままなので、アラージュの衣装を身につけている。人差し指を咥えたムギちゃんが、ちらちらとエイオットの素肌を見ているのが可愛い。

「手伝う、とは?」

 『スクリーン』で登録して、ハンターとして稼いでくるということだろうか。有難いがエイオットを傷つけたモンスターは根こそぎ消えてもらうので、ギルマスから苦情が来そうだな……。無視すればいいか。
 エイオットは自分の頬を指で押さえる。

「おれって可愛いでしょ?」
「はい」
「だからね。おれの耳や尻尾のお触り券を売り出せばいいんじゃない?」

 すっかり自信がついている狐っ子。バランスのいい食事に毎日の入浴。ぺろぺろ舐めて毛づくろいしてくれる仲間。エイオットの肌や髪、毛並みはサラサラのツヤツヤ。尻尾など、手を乗せればどこまでも沈んでいく。毎晩、アクアファイアとムギが抱き枕にしているのがちょい羨ましい。
 主人は肺の中を空にするほどのため息を吐くと、頭の後ろで手を組んでいるアクアに話を振る。

「……言ってやれ、アクア」
「じゃあ言うけど。ばっかじゃねーの?」
「えっ」

 ばかって言うんじゃない。あとでお仕置き……

「メッ、でしょ?」
「あ。また言っちまった。悪かったな」

 ファイアがぷいぷいと頬をつつき、叱ってくれたので言うことがなくなった。
 まだつつかれているアクアは、ちらっと主人を見る。

「そんなチケット、ごすじんが買い占めて終わりだろー? 意味ねぇよ」

 いやいや流石に買い占めはしないよ。ムギちゃんの分を一枚残しておくに決まっているだろ。
 ぷくっと頬を膨らませる。

「ごしゅじんさまが買い占めちゃ、駄目でしょ?」
「無茶言わないで」

 俺以外の生き物が勝った瞬間、撃ち殺すわ。

「じゃあ、どうすれば……。おれだってお手伝いしたいよ」

 頬は膨らんだままだが、狐耳が垂れ下がる。
 気にしなくていいのに。いい子だなぁ。椅子から降りて撫でまわす。

「おーよしよし。ありがとうね」
「え? えへへ。えへえへ。じゃあね? お屋敷で奉公してくるってのは、どうかな? ほら。おれってぷいん作れるし。喜んでくれると思うんだ」

 主人とデザートを運んできたキャットの顔色が悪くなる。

「お。今日のデザートはなんだ?」

 身を乗り出すアクアの尻に抱きつくファイア。幸せそうに尻に頬を埋めている。カメラ作ってくれた者に十億ギル払うって依頼でも出そうかな。たまには俺が依頼出す側になってもいいだろう。

「夏の果物が残っていますので、ゼリーにしてみました」

 透明な器の上でぷるるんと揺れる赤いゼリー。緑のミソトの葉がいいアクセントになっている。アクアは面白そうに皿を左右に揺らして遊ぶ。

「すげー。おもしれぇ。ファイアのほっぺみたい」
「……」

 じゃあ、ファイアのほっぺで遊んであげてください。横で拗ねてますよ。

「奉公は?」
「却下です」

 エイオットの前にもデザート皿が置かれる。

「なんで?」
「キャット並みの家事能力がないと、採用されないよ」
「んうう~」

 そんな可愛い顔でキャットを睨んでも、家事能力は生えてこないぞ。

「どうすればいいのッ⁉」
「まずはゼリーを食べよう」
「ちぇー」

 何種類もの果肉がみっちり詰まっている。アクアはゼリーと片割れのほっぺを交互につんつんして遊んでいる。なにそれ俺もやりたい。

「こら。食べ物で遊ぶな」
「むっ」

 キャットが手のひらをアクアの頭に乗せる。

「ちょっとくらいいいじゃんか」
「遊ぶな。食え」
「……」

 赤い半透明の物体をぺろぺろと舐めだす。飴ちゃんだと思ったのか。ハテナを浮かべているアクアに、キャットがスプーンを渡す。

「掬って食え」
「なーんだ」
「あ」

 アクアがスプーンを握った途端、ファイアがお口を全開にする。

「ちょっと待てよ」

 アクアはゼリーをぷるんっと掬い取ると、ファイアのお口に持って行く。

「はいよ。あーん」
「あーん」

 むしゃむしゃと可愛らしく咀嚼する。ナチュラルにいちゃつくなぁ。素晴らしいぞ。親の育て方が良かったんでしょうね(自慢)。
 ムギは何も考えず、ミソトの葉っぱを口に入れる。

「!」

 その瞬間口内で広がる、お子様には強烈な清涼感。

「う、うえ~……」
「ムギちゃん? どうしたの?」

 よだれが垂れるのも構わず口を開けてスースーする感じを逃がしている。

「ムギの口には合わなかったか」

 しょうがない。取ってやるか、と椅子を下りる前に、エイオットがムギの下の上のミソトを摘んで、主人の口に押し込んだ。

「もう大丈夫だよ。ムギちゃん! ジュースでお口直ししようね?」

 自分のジュースを手渡す。

「んくんく……。あ、ありがとうございます。エイオットさま」

 まだひーひーと舌を出してはいるが、幾分か落ち着いた様子。

「でも。ご主人様は大丈夫なんですか?」

 エイオットは主人の方を見もせずに胸を張る。

「ごしゅじんさまはね。雑草も食べることができるから大丈夫なんだよ!」

 昔の食糧難の時に身につけたやつね。びっくりした。俺のことゴミ箱だと思っているのかと思ったよ。

「そうなんですか? ご主人様。雑草を食べるのは良くないと思いますよ?」
「俺くらいになれば平気さ」

 とりあえず前髪を払ってカッコつけておく。

「ゼリーは美味しいですけど、ナナゴーさまは食べられないんですよね」
「まぁ、ね」

 寂しそうな顔をするムギ。仕方ない。深海という全く違う世界の住人なのだ。アゲハの虫が口に合っただけでも幸運だった。
 ナナゴーはまだ幼いためか、一日に二回はお昼寝をする。眠るときは水槽に戻るので、今部屋に行くと水槽の中で浮きながら眠っている人魚を見ることができる。かなり神秘的な光景だ。気に入ったのかその様子をごっちんがキャンバスに描いている時もある。
 ナナゴーのために無理をしたごっちん。喧嘩でもしたのかキャットと二日ほど気まずそうだったが、ようやく普段通りになってくれた。一言もしゃべらないが、お互いを見る目に熱がこもっているような……。きみたち何か……
 いや止そう! 仲直りできたのなら良かった。深入りしないでおこう。俺は他人の惚気話を聞かされると拳が出そうになる。
 俺もようやく魔女っ娘に戻ることができた。
 この少女にも見える姿のせいでエイオットに「まま」呼びされたのが引っかかっていたので、エイオットに相談した。昨日。この姿を変えようかなと思っている、と。

『駄目』

 と言われたので、俺は今日もお気に入りの魔女っ娘姿だ。

「おれは役に立てないの?」

 稼ぐのを手伝おうとするエイオットの気持ちは嬉しいが。

「これは俺がやらなきゃいけないことなんだ。ありがとうね」
「……はぁ~い」

 返事はしてくれたが、表情は全然納得していないようだった。


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