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無礙

06 エイオットウインク

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「はぁ~。この子のご飯が欲しかったんですね?」

 ナナゴーの部屋で、水槽を見上げるアゲハ。全身青いので、ほとんど溶け込んでしまっている。

「―――」

 青い頭の上に鎮座するカナブンに目を輝かせたナナゴーが釘付けになっている。短い手でたしたしと水槽を叩くが、割れることはない。
 背もたれの無いソファーでぐったりしている金髪と、その背を適当に撫でている龍人。
 アクアファイアは、水の街で買ったバルーンズボンに着替えていた。疲れたのかホッとしたのか、エイオットのふわふわ尻尾を枕にして大の字で転がっている。
 ムギはそんなふたりに毛布をかけていた。
 枕をしているエイオットはこてんと首を傾げる。主人は高速で振り向いた。

「この人たち、だぁれ?」
「こっちの角生えている方が龍人」

 地味な着物姿に戻った角生えている方が、頭を下げる。

「どうも。初めましてぇ。シュリンと申します」
「あ。え、エイオットです。こっちはムギちゃん。それにアクアとファイア、です」

 カナブンを乗せている方は、人の良さそうな笑みを浮かべた。

「俺はアゲハ……。長いのでアゲハと呼んでね」
「エイオットです。こっちはムギちゃん。アクアとファイアです」
「ど、どうも」

 きっちり全員を紹介しているエイオットが可愛い。
 主人は床に直座りのまま、ソファーにもたれかかる。足は投げ出しているのでずるずると滑っていく。

「……」

 シュリンはソファーに座らせようかと考えたが、ソファーから転げ落ちるだけだなと思ったのでやめた。二枚目のせんべいを齧る。せんべいを取り出した途端、顔が同じ狸っ子たちが同時にこちらを見た。

「ンフォ!」

 急にせんべいを吹き出したシュリンを無視して話を進める。

「アゲハは虫使いでね。ナナゴーが気に入る虫料理? を作れると思って呼んだのさ。居場所が分からないから、こいつに頼んだけど」

 床に転げ落ちてゲホゲホ咽ている背中を軽く叩く。こいつは何にツボったんだ?

「蒸し料理? おれはねー。ほっぺまんが好き!」

 自分も作ってもらえると思い込んでいる笑みが尊い。ほっぺまんは、肉まんの姉妹のような料理だ。この名前を付けた者は表彰していいと思っている。安価だし、田舎でよく見かけるので、エイオットも口にしたことがあるのだろう。じゅるりとよだれを垂らしている。

 アゲハの虫料理のことを知っているムギが、あせあせと訂正する。

「エイオットさま。虫です、虫。足がいっぱいある方の、虫です!」
「………………は?」

 ぱきーんと固まっている。
 そんなエイオットにぎゅっと抱きつくムギ。今のうちに、と思ったのか。ふざけんな可愛い過ぎるだろ。金払わせろ。

「人魚族が好みそうな虫とか……分かるかな? 海の中ではこういう、細い、うねうねしたオロロロロロ」
「思い出しただけで吐かんといてぇ」

 あの光景がフラッシュバックした! 嫌だこれ絶対夢に出てくるじゃんショート中だってのにどうでもいい記憶は鮮明に残るんだから。忘れたい記憶ほど覚えている。面倒だな人間の脳みそは。
 どしゃっと崩れた主人に駆け寄ろうと手を伸ばすも、しっぽは枕にされ、胴体は抱き枕にされている。動けず、じたばたと手を振るだけに終わってしまう。手を振っているエイオットが可愛い。

「ごしゅじんさま。大丈夫?」
「……エイオットがウインクしてくれたら治る」
「え?」

 覚えがあるのか、シュリンとアゲハは経験者みたいな顔で見守る。

「ウインクって、なーに?」
「やれ! 手本を見せてやれ銀河系」
「ぎん……何?」

 アゲハはうんざりしたような声と顔だったが、エイオットの方に顔を向けると、バチコンと片目を閉じた。

「!」

 衝撃に、かぱっと口を開けてしまうエイオット。危ない。これが(惚れっぽい)ムギちゃんだったらハートをぶち抜かれていた。ムギちゃんがエイオットの腹に顔を埋めていてよかった。

「今のみたいに片目を閉じることだよ。ぐへへへへ」
「なんか、どぎゅんってなったよ! 胸が」

 ふはははは。そうだろう。じゃあそれを俺にもしてください。お願いします。

「う、うん……。うむ~」

 片目だけ閉じようと頑張っている。何故か顔を前に出てしまっている。両目を細めている表情が……

「おい、アゲハ。景色を記録できる虫とかいないか?」
「いない」

 せんべいを食べているシュリンの膝に縋りついて泣いた。
 なんでいないんだ。

「ごしゅじんさまっ。おれが練習してるのに、見てないってどういうこと?」
「はい。ごめんなさい」

 すっと正座をする。ぷんっと頬を膨らませていたエイオット。

「シュリン。景色を」
「無いわぁ」

 どんっと床を両手で殴った。アクアはうるさそうに寝返りを打ち、ファイアはアクアの髪をべちゃべちゃとしゃぶる。ウインクしなくても元気そうじゃん、というツッコミはしないであげた。

「うむむ~……えいっ」

 バチン。
 両目を閉じてしまうエイオット。神々しい光を浴びて灰になる主人。

「惜しい。両目閉じてるよ」
「ええ~。むうぅ」

 優しそうなお兄さんが隣でしゃがむも、エイオットは露骨に身体を遠ざけてしまう。目線が頭上に固定されているので、そういうことなのだろう。
 ばんばんっと、水槽を叩く音が強くなる。見れば、ナナゴーが涎を垂らし尾びれをびちびちと揺らしていた。すごく興奮状態にあるが、そのカナブン、そんなに美味しそうに見えるのだろうか。主人たちからすれば一刻も早く首飾りに仕舞ってくれ、という感想しか湧かない。
 主人は水槽に近寄る。

「よ。ナナゴー」
「―――」
「通訳しようか?」

 エイオットがそわそわと身体を揺らすが、きみ今動けないだろう。

「いや。大丈夫。ムギちゃんたちを見ててあげて」

 一時的に聴力を上げる魔法もあるから問題ないよ。
 これでナナゴーの声も聞こえる。
 
『はじめまして……?』

 うん。はっきり聞こえる。……はじめましてって……ああ、この姿のままだった。説明しておかないと。

「はじめまして。俺だよ。あの魔女っ娘です」
『あのおじょうさんは? どこなの?』

 大人主人を完全無視して魔女っ娘を探すナナゴー。
 水槽の前で膝を抱えて泣き出した金髪の背を、しょうがない者を見る表情で撫でる。気持ちだけもらっておくから早くそのカナブン引っ込めろ。

「……まあいい。今からこの虫野郎が色々な虫料理を出すから、味見してくれないか? 毎回ごっちんの点滴も味気ないだろう?」
『はぁん? 毎回、あの光でもおっけーおっけー』

 可愛く両手で、親指をぐっと立てる。
 美味しかったの⁉
 でもキャットとカリスがぶち切れるから却下。

「虫、食べたいでしょ?」

 こくん、と頷く人魚さん。かわいい……。贅沢を言うと、十匹くらい持って帰りたかった。

「さ。出ておいで」

 主人が差し出した手が、水槽を陽炎のように通り抜ける。

「父さん! それ以上、魔法を使っ……」

 止めようとするアゲハの腕を、シュリンが掴んで引き寄せる。金ランクでもある自分が力負けした。アゲハは気持ち悪い物を見る目を向けてしまうが、シュリンはニヤッと笑うだけだ。

『ここから、出られるの?』

 水槽は広いが、やはりエイオット達と遊びたいという気持ちはあるようだ。ナナゴーがつんつんと、主人の手をつつく。なんだその小さな指はフハハハハハ! 可愛いじゃないかフッーハハハハハ。
 じろっと見てくるアクアファイアに頭を下げる。ごめんね。うるさかったね。

「陸地でも水槽の中でも変わらずに生活できるようにしてあげよう」

 無理矢理連れ帰ったのだ。不自由な思いをさせるなど変態の風上にも置けない。ここは魔法の世界だ。魚が陸地で生きていけても、なにも不思議ではない。人魚族が陸地にいるなんておかしい! というやつは、単に魔法の鍛錬が足らんのだ。

『……どうすればいいの?』
「簡単な話だ。覚悟が決まったら、俺の手に掴まると良い」

 ナナゴーはじっとエイオット達を見つめる。それから、カナブンに目を向けた。……カナブンのことは、いったん忘れませんか?

『えいっ』


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