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無礙
04 洋館の防御力
しおりを挟むいっぱいおしゃべりした。どれだけ部屋を散らかしても、どれだけだらだらお菓子を食べても、叱る大人はいない。水族館のように神秘的で薄暗いナナゴーの部屋で、遊び回った。
エイオットとムギの話す、シャドーリスや海底のお話が面白くて、ファイアと夢中になって聞いた。ちょびっとだけ「俺も行けばよかったな」と悔しくなったけど。
ナナゴーの奴の話も興味深かった。こいつ、でかい龍の腹の中にいたんだとよ。よくウンコにならなかったな。
食べたものって、ウンコになるんだぜ。ごっちんとお留守番している間に教わったもんね。だからゆっくり食べると良い、と二回くらい言われた。ちんたら飯食ってたら盗られるだろ! とムキになって反抗したが……エイオットたちはそんなことしない。それにもし取られても、執事がすぐにおかわりを持ってきてくれる。
そうか。もう、焦って食べる必要ないのか。
そう呟くとごっちんは頭をひとつ撫でてくれた。なーんかあいつって、妙に大人びてんだよな。
甘い果実水もがぶ飲みしているとトイレに行きたくなった。
「ションベンしてくる」
「行ってらっしゃい」
手を振って見送ってくれるエイオットとムギ。当然のようについてくるファイア。
「もう俺の側にいなくても、お前を虐める奴は……」
いないからついてこなくていいぞ、と言いかけて、奴(おっさん)の顔が浮かぶ。
アクアはしっかりとファイアの手を握る。
「しっかりついてこいよ」
「うん」
ぽてぽてと廊下を歩く。なんだか以前より歩きやすくなった。
「今度は俺たちも、海につれてってもらおーぜ」
「うん」
「俺、貝のつぼ焼きってやつ食べたい」
「キャットしゃんに、作ってもらおね……」
「キャット」の部分を強調し、にこにこ微笑んでいるファイア。
黒ばーのところに来る前から、分かってたんだ。俺じゃ、ファイアを助けられないって。繋いだ手が冷たくなっている夢を何度も見て、呼吸も忘れて飛び起きる。ファイアを急いで抱き締め、生きていることを確認して再び眠る日々。
辛かった。泣いてしまいたかった。誰かに寄りかかりたかった。大丈夫だって言って、包み込んでほしかった。
――叶わないことくらい。分かっていた。
パシャッ。
ファイアの酷いやけどを、変な金髪があっさりと治してしまった。
もう思い出せないと諦めていたファイアの顔を、見ることができた。嬉し、かったんだ。
これからも、俺が守ってやるからな。
窓ガラスが砕け散った。
大きな音に、びくっと跳ねる小さな身体。
――なんで?
割れた窓から、得体の知れないモンスターがするりと入り込んでくる。
――なんで? ここって安全なんじゃ……
ミミズのように長い図体に、ムカデを思わせるずらりと並んだ脚。ガチガチとうるさいクワガタのようなかんむり。
巨大だ。廊下を埋め尽くすほどに。
アクアとファイアは知らない。主人とキャットが別のことに気を取られている今、洋館の防御力と警備が著しく下がっていることを。
足に、生温かい水が伝う。震えが止まらない。ファイアは腰を抜かしてしまっている。
この手を離して走れば、自分だけなら助かるかもしれない。が、ファイアのいない世界で生きる意味を感じなかった。ファイアがぐいぐいと手を引っ張ってくる。逃げてと叫んでいるのだろうが、耳に入らなかった。
ただ、目の前の光景をいつまでも見つめていた。
目の前で揺れる三つ編み。
――主人だ! 助けに来てくれたんだ。
がばっと抱きつくと、「おおっと」と、聞き慣れない声がした。
「ふえ?」
「大丈夫? 怖かったね」
振り向いたのも青い瞳だったが、主人ではなかった。ぱっと離れ、ファイアの元まで下がる。
「……誰だ?」
「アゲハです」
「シュリンで~す」
たんこぶを生やしているモンスターの上でダブルピースをしている二本角の男。敵意は感じない。
ぽとっとアクアも尻餅をつく。
助かったことだけは理解できた。
割れた窓ガラスを泣きながら掃除しているカリス。
の後ろでアクアを抱っこしている青髪の青年。
双子が揃って漏らしたため、廊下を拭き掃除している二本角に、ぺこぺこ頭を下げているファイア。むしゃむしゃと、モンスターを食べている更に大きい緑のイモムッチ。人からすればかなり広い廊下だが、イモムッチの巨体はむっちり詰まっていた。
お掃除タイム。
「世界が終わるところでしたね」
赤子を眠らせる時のように身体を揺らしているアゲハの呟きに、シュリンは雑巾を絞りながらケラケラと笑う。
「マジギレ通り越して爆発しますからねぇ~。お父様。あっはっはっは」
カリスは八つ当たり気味に叫ぶ。
「あちこちから、モンスター侵入してんだけどー!」
掃除が終わると、カリスは別の場所から入ってくるモンスターを蹴散らしに行く。
青年ふたりはファイアも抱き上げて廊下を進む。
懐かしい扉を蹴破った。
「お邪魔しまーす」
「うわっ。引くほど変わってませんねぇ。引くわぁ……」
どやどや入ってくる青年たち。エイオットの部屋で座り込んだままの主人はのろのろと顔を上げた。
「……借金取りかと思ったよ。扉は静かに開けなさい」
アゲハが狸双子を突き出してくる。……なんだかお尻が湿っているような。
「この子たちが怪我するところだったんだよ。猛省して。早く」
「感謝の言葉が聞きたいですねぇ。五文字のやつ」
勝手に椅子に座ってニヤニヤしているシュリン。
なんだこの可愛くねーやつらは。
「アクア。ファイア。怪我は?」
二人纏めて抱きしめると、やっと感情が追い付いてきたのか、わっと泣き出してしまう。
「うえええええ~。ファイアが、いなっ、ぐなるがど……うえええええん」
「あぐあのばがあああ。にげてって、いっだのにいいい」
ローブにしがみついてくる二人を撫でる。こっちは信じられないほど可愛いな。
「そっか。ごめんね。怖かったね」
キャットやカリスがいるからって油断してた。俺のせいだ。
「ごめんね。大丈夫。もう、大丈夫だからね」
「うわああああ」
「ああああああん」
泣き喚く子どもと金の髪を見下ろし、アゲハも一人用椅子に腰かけた。子ども用なので小さいが何とかお尻は入った。
ここに来ることとなった経緯を思い出す。
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