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豪放磊落
03 シャドーリス
しおりを挟む廊下を歩くも明かりがもれている部屋はなく。家主のおじいさんたちは眠ったようだ。
子どもたちに布団をかけ、キャットは静かに家を出る。
ぬるい風が吹き、木や畑の作物を揺らす。
井戸のところまで歩くと、地味な服だが目立つ金の髪が揺れていた。
「この村。余所者を警戒しなさすぎだろう。熟睡してやがる」
「きみがよく働くからね。子どもたちを寝かしつけてくれて、ありがとう」
キャットはずっと働いていたな。掃除に壊れた農具の修理。おばあさんが嫁に来てほしいと呟いていたのは笑ったわ。少し離れた位置で止まったキャットが、折り畳んでいた袖を戻す。
「ミシミシうるさいぞ」
「ほっとけ。それよりシャドーリスとやらについて、簡単でいいから教えてくれんか?」
「は? お前……未成年以外に興味が出てきたのか? 死ぬのか?」
ぐわっと振り返る。
「ちっげーよ! 流石にレベル二万は警戒しとかにゃならんだろうが」
四天王とか、やばい奴しかいないに決まっている。もしかしたら戦闘になるかもしれないのだ。多少でも知っておく方が知らないより断然いい。
モノクルの青年は腕を組み、自身の顎を撫でる。
「二万? 確かに馬鹿強いお方だが、二万は無かった気がする。というか、そんな簡単に二万の壁は突破できないぞ」
その前に一万すら届かないけどね。人類は。
よいせっと井戸の縁に腰掛ける。
「では?」
「一万八千か九千ってとこじゃないか? しばらく会ってないから、知らないけどな」
なるほど。二万か。
「予想通り化け物だな。もう一回聞くけど、ショタではないと?」
「ねぇよ」
「どうしても? シャドーリスがショタの可能性は⁉ 一ミクロンくらい無いか⁉」
「お前もう寝ろよ」
縁の上で丸まって泣いた。あああん。何が楽しくて成人男性に会いに行かねばならんのだ。
キャットは切り株に腰掛ける。
「俺より年上だつってんだろ」
「はーあ。やる気が失せてきたな。俺ももう」
寝るか、と続くはずだった言葉は中断された。
文字通りの横槍によって。
流星の速度で切り株に突き刺さった槍は――大爆発を起こした。
地震かのように大地が揺れ、夜空まで届く水しぶきが上がる。圧縮されていた大量の水が、刃となって二人に襲い掛かった。ダムの放水のような。水の暴力。
「――っ!」
意識を一瞬とはいえ失っていた。
樹木より遥か高く飛ばされた主人は、人形のように地面に叩きつけられた。何度もバウンドし、ようやく止まる。ローブも三角帽子も身につけていなかったため、全身の骨が砕けている。
右手首はきれいに切断されており、左足も膝から下が無い。呼吸ができず、全身が小刻みに震える。顎もぱっくり裂けているし、歯もほとんどないな。
この身体のレベルは百。つまりそれ以上の攻撃を受けたと言うことだ。
キャットは?
眼球しか動かない身体で彼を探すと、いた。
見覚えのない男と睨み合っている。
「え?」
主人は思わず声を零した。
キャットまで片腕を失っていたのだ。右肩から先がなく大量に出血している。
――嘘だろ? 今は完全に主夫だが、魔王の右腕とまで呼ばれた戦士なんだぞ。
あり得ない。キャットを傷つけられるなんて、それこそ魔王か四天王くらいだ。
……つまり今、キャットと向き合っている生物こそが、
「久しいな兄弟! 元気そうで何よりだ」
「……シャドーリス様」
探していた水使いか。
アゲハと同じでここまで近づかれても気配がしない。影と喋っているかのようだ。
水色だが毛先に近づくにつれ銀色に変色する、グラデーションの美しい髪。ここからでは顔が見えん。
長髪男は両腕を広げて駆け出した。
「感動の再会といこう! 胸に飛び込んでこいっ。愛しい弟よ!」
腕吹っ飛ばしといて言うことがそれか。しかしキャットは予想に反して動かない。大人しく抱かれるつもりなのか。
もしかして仲良しさんか? 魔族流の挨拶だということか。物騒過ぎる。
「ハアッ‼」
「ぐ?」
キャットの放った掌底が男の顎にヒットした。……ですよね。
槍のように突き刺さった手のひらがグラデーション男の顎を粉砕する。
長身がぐらりと傾き、男は大の字で倒れ込んだ。
正直すかっとした。贅沢は言わないからもう二~三発叩き込んでほしい。
レベルが雲の上の掌底を受けても、男は原型を保っていた。それどころかふらつくこともなく起き上がった。「おー痛ぇ」と顎を掻いている。主人は目を逸らしたくなった。あーもうバケモノの領域にいる奴だ。
「相変わらず照れ屋だなぁ。お前は。昔は素直に甘えてきたと言うのに。……反抗期長くないか?」
キャットは血を止めると深々と低頭した。束ねてある髪が顔の横で垂れる。
「お久しぶりです。シャドーリス様」
「うん! 堅っ苦しいのも変わってないな。『魔族、三日会わざるは刮目して見よ!』と言うだろ? お前はちょっと変わった方が良いぞ。俺のようにな!」
白い歯をキラリと輝かせ、自信たっぷりに自分を指差す。
グラデーション男はクワを担ぎ、農民と変わらぬ作業着に身を包み、泥で汚れている。
「……」
住民に溶け込んでいるつもりなのだろうが、中身の美しさが邪魔している。ひとまずその夜でも月のように光っている髪を隠したらどうだろうか。
キャットも同じような思いなのか、すっと目を逸らす。
「……シャドーリス様は? この村で野菜を育てていると聞いたのですが」
「おん? まさか俺の野菜が食べたくて来たのか? ははっ! なんだ、可愛いとこがあるじゃないか。あ、いや違うぞ! お前はいつも可愛いぞ? 今のは可愛げがないという話で……ん?」
ごっちんから聞いていたが、なかなかのお馬鹿のようだ。
「何か変なことを言った気はするが、それがなんなのか分からない」といった表情で顎を撫でていたが、まあいいやとぱっと表情を笑みに変えた。
「野菜が欲しいんだったな。好きなだけ持って行くと良いぞ。ついでにこいつも持って行けぇ!」
井戸から飛んできた水がシャドーリスの手の中で形を変える。ぽよぽよとピコハンにも見えるが、あれはピッケル、か。
それを握り、キャットの顔面に突き立てようと迫る。
「……」
キャットは残像が残るほどの速度でそれを躱す。空ぶったピッケルは地面を叩くが、衝撃を受けた瞬間、水の武器はまたもや爆発した。シャドーリスが井戸から抜いたのは手のひらで掬えるほどの水。
だが、破裂したピッケルからは津波のような水が溢れ出す。どうなってんだよ。
「ふん。この村がやたら、水が豊富なのは貴方様のおかげか」
民家の屋根に着地したキャットが鬱陶しそうに髪を払う。民家を壊す気は無いようで、濁流は家や畑をきれいに避けていく。見えないパネルで囲われているかのように。
畑の上に落ちた主人はそのおかげで無事だったが、樹木などは根っこから引き千切られ、流されていく。渦を巻くほどに流れが強い。あれだけで人類はどうすることもできないだろう。地震大国出身の主人は津波と洪水の恐ろしさを理解していた。
人族獣人蟲人はよくこんな種族と戦争して滅びなかったな。多分、ごっちんが上手く調節したのだろうが。
静かな村に、滝が流れ落ちるような轟音が溢れ出す。シャドーリスは濁った水の上を歩いてくる。
「どうした? 久しぶりに会ったのだ。もっと遊ぼう!」
「貴方様に会いに来ましたが、貴方様に用は無いんですよ」
「ははっ! お前の言うことはいつもよく分からんな!」
「なんでだよ同じ言語だろうが。だからお前、命令無視して突っ込んで行ってたのか。アホ!」
これまでの鬱憤のようなものが月夜に響く。それでも――やはり分かっていないような顔色でシャドーリスは跳躍する。軽いジャンプで、民家の屋根に届く。
「俺が適当に暴れるより、お前の指示に従った時の方がより多くの人類を殺せたぞ。お前は賢いな」
少量の水が跳ねると、また手の中で形を変える。バルーンアートに使う細長い風船のような……槍? か?
〈泥の王〉の雑な泥人形もそうだが、強い奴って形にこだわらないのだろうか。
「だったら素直に指示にだけ従っていて下さい。猪馬鹿!」
「? イノシシなのか馬なのか鹿なのか?」
頭悪そうなことを言いながら槍を振るう。キャットは後ろに跳んで避けたが三日月の軌跡が走り、空間がわずかにズレる。
濁流を避け、畑の上に着地する。
「こうなると思いましたよクソが」
「逃げるだけか? 退屈な奴め」
「そうですか」
キャットはいたっていつも通りの声音だったが、なぜか「言ってはいけないことを言ってしまった!」とでも言うようにシャドーリスは慌てだす。
「違うぞ! 退屈なだけで……お前のことを悪く言ったのではない! ちょ、ちょっと向かってきてほしいだけでな? 勘違いするな」
見上げているキャットの目が据わる。
「さっきから妙に気を遣いますね。どんだけ俺のこと小僧扱いしてるんですか」
シャドーリスは腹が立つほどにきれいな瞳を泳がせる。
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