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肆意
02 パンケーキ
しおりを挟む窓ガラスに映った自分を見てガラスを割ってしまったが、パンケーキ作りを頑張るぞ。
『アイラブ未成年』と強烈に犯罪臭のする文字が書かれたエプロンのボタンを後ろで留め、白い三角巾を頭に巻く。
ホットケーキミックス粉という便利すぎるものがないため少々面倒だが、もう慣れた。ぱかぱかと卵を割り、ミルクと一緒に混ぜる。……卵を割る際、ムギの顔をちらっと見て見たが、無反応だった。無精卵と分かっているが反応が気になっちゃうんだよね。
粉を加えてまた混ぜる。
「「……」」
作り方が気になるのか早く食べたいのか、背中によじ登ったアクアとファイアが手元を覗いている。あの、俺はキャットではないから、子ども二人は重いんですが。でも、きみたちがずっしりしているのは嬉しい。
食堂ではエイオットとムギがテーブルを拭いてくれている。
「あの……。エイオットさま」
「んー?」
「その」
雑巾を握りしめ、ムギは言い淀んでしまう。
エイオットは手を止め、近くに来てくれる。
すると増々ムギは赤くなってしまうわけで……
「ムギちゃん?」
「エ、エ、エイオットさまとお兄様は、じゃなくて、ご主人様はどういった関係なのです、か?」
最後の方は蚊の鳴くような声量だったが問題はない。
大きな狐耳の先が揺れる。
「関係? ごしゅじんさまはおれのこと、『俺の子だ』って言ってたよ?」
「そうなの、ですか?」
「どうしたの?」
首を傾げるエイオット。小麦色の髪がさらりと流れる。
「え……う、いえ。だって、さっき……キ、キキ、キスをしていらっしゃいましたし」
「?」
「む、胸にも」
先ほどの光景が目に焼き付いてしまっていた。
身を屈めて、ムギの顔を覗き込む。
「ムギちゃんも、ちゅーしたいの?」
「えっ⁉」
「いいよー? っていうか、嬉しいな。おれ、ファイアとアクアのように、気軽にちゅーできる相手がいないから。ムギちゃんがそうなってくれると嬉しい」
「えっえ! いえあの!」
「ねえ。ちゅーしてみようよ」
雑巾をぽとっと落としたムギの両肩に手を置いて、額をこっつんする距離まで迫る。良い電波を受信した主人はフライパンを持ったままシュバッと移動し、壁からそっと顔を覗かせる。
「お」
何か言いかけたアクアの口を塞ぎ、真剣に見つめる。
「エイオットさま!」
「嫌なの? 嫌ならしないよ?」
言いつけを守っているエイオットに涙が出る。ファイアはよく分かってない顔でよしよしと金の髪を撫でる。
「い、いえ。嫌ではないのですが、あの、何と言いますか、あの」
「ん?」
動揺しているのか、身体より大きくなりつつある黒い羽がバサバサと音を立てる。
「そ、え、あ、う。い、いいの……ですか?」
大人びた顔を真っ赤に染めてエイオットを目だけで見上げてくる。エイオットはにっこりと微笑む。
「うん! わーい。嬉しい。ムギちゃんありがと~」
「んんっ?」
お礼を言うなりムギを抱きしめて唇をくっつける。
よっぽどやりたかったようで、羽までカチンコチンになってしまっているムギに気遣う素振りはない。満足いくまでムギの唾液を吸うように舐め取っていく。
「~~~――――んうッ」
ぎゅうっと目を閉じるムギ。
「……んー。いいきもち」
時折角度を変えて、潤んだ唇同士が擦り合う。
目を閉じてうっとりと快感に浸るエイオット。まー、キスって気持ちいいからね。虜になっちゃうのも分かるよ。……ただ、ムギちゃんが倒れそうなほど真っ赤になっているのには、気づいてあげて。
満足した主人は双子を抱いたまま厨房に戻る。
「なんだよ急に! 口塞ぎやがって」
「ごめん。天使同士が戯れてたから」
アクアがそっと額に手を当ててくる。熱は無いです。
ツインズを床に置き、パンケーキ生地を焼き始める。双子はよじよじと俺を登ってくる。
「どうして俺で木登りするのかな?」
「だって見えねーじゃん」
「おいしそう……」
生地の入ったボウルを置くと、右手で指を差す。
「あそこに踏み台あるよ?」
「「……」」
「踏み台。あそこ」
「「……」」
あれ? 急に俺の声聞こえなくなった⁉
コアラごっこしている方が楽しいのだろうか。俺はちょっと作業しづらいしぐらぐらするんだけど。あったかいしもちもちしているから降りろと言えない……。
いい香りが立ち、太い尾がふたつ揺れる。
「ほわ……」
「おい! もっと早く焼けよ」
二人とも、涎が。全部俺に垂れているんですが! ありがとう。
「パンケーキは弱火で焼くんだよ……。暇ならエイオットのところに行ってなさい」
「「……」」
膨らんでいく生地から目を離せない二人。
一人二枚として八枚も焼かないといけない。お腹の空いている子もいるようだし、フライパンをもうひとつ引っ張り出す。
これで倍速で焼けるぞ。
焼けたケーキを皿に移していく。
「アクア。ファイア。皿をテーブルに置いてきてくれる?」
「もう食べていいかっ?」
「みんなの分が焼き上がるまで待ってね? あと三分ほどだから」
「くそ~」
涎を垂らして文句を言いながらも、てってっとパンケーキが二枚乗ったお皿を運んでいく。ファイアはそろそろと歩いて運ぶ。歩くのは偉いがパンケーキばかり見ているとぶつかるぞ。
アクアファイアが食堂に行くとテーブルはピカピカに磨かれており、エイオットが花瓶に花を数本さしているところだった。ムギは……テーブルに突っ伏した状態で目を回していた。きっと空腹が限界なんだな! 目の前にパンケーキを置いてやれば元気になるはず。
「おーい。羽。これ見ろ」
椅子の上にジャンプし、ことっと皿をテーブルに置いてやる。ふるふると揺れる生地から甘い香りが立ち上り、ムギの鼻をくすぐる。
「ふわ……? わ、なにこれ。何この食べ物?」
顎をテーブルに置いたまま目を輝かせるムギに、えっへんとアクアが椅子の上で腕を組む。
「パンケーキだぞ!」
「ジャムつけると美味しいよ。持ってくるね」
つやつやしているエイオットが厨房に向かう。涼しい厨房では甘い香りが充満していた。
「ごしゅじんさまー。ジャムって冷たい箱の中だよね?」
「……あ、ああ。そうだよ」
冷蔵庫のことか。一瞬「?」てなってしまった。エイオットはやたら読み書きの上達が早いし、扉に「これは冷蔵庫です」って書いて貼っておくか。
色とりどりの瓶を取り出して厨房の机に並べて置いていく。
「冷たいぃ……。全部運べないよー」
「これ使いなさい」
すっと横からトレイが差し出される。エイオットは上機嫌でジャム瓶を置き、食堂へ持って行く。
「ごしゅじんさまも早く来てねー」
「はーい」
ったく、可愛いんだから。
最後の二枚を同時に皿に盛りつけ、三角巾とエプロンを机にポイすると自らも食堂へ行く。子どもたちは楽しそうにジャムを選んでいた。
「俺、キイチゴ」
「ぼくも……」
「エイオットさまは、どれがおススメですか? 食べたことないので、分からないのです」
「おれはオランジジャムがおススメだよ! ……あれ?」
フタを開けるとエイオットの尻尾が床につくほど垂れる。エイオットの前に皿を置くと瓶を突きつけてきた。
「ごしゅじんさま! オランジジャムがないよぅ」
「おや……」
俺としたことが。冷蔵庫の中身を怠るとは。
「すまないね。代わりに果物を切ってあげるから許しておくれ」
「……いいの?」
頷くと全員、皿を俺の近くに持ってきた。……もしかして皆、果物ほしいの⁉
ぱぱっと果物を切って、ざるに入れて食堂に戻り、パンケーキの上に飾り付けていく。
グレードがアップしたパンケーキ。
はい。では手を合わせて。
「いただきます」
「「「「いただきまーす」」」」
フォークとナイフを上手に使っているエイオット。その持ち方や使い方をチラチラ見て自分も上手に使おうとしているムギちゃん。両手で食べているアクアとファイア。
主人は爪でコンコンとテーブルを叩く。聞こえたらしい子どもたちが視線を向けてきた。食べる手は止めない。
「アクア。ファイア。ナイフとフォークの使い方を忘れちゃったのかい?」
「えー? 執事がいないからいいじゃん」
「もぐもぐ……」
がたっと席を立つとアクアの後ろに立つ。小さなお手々にナイフを握らせる。左手にフォーク。
「ファイア。アクアの真似して持ってごらん」
「……えっと」
もたもたとお子様用のナイフとフォークを握ってみせる。
「そう。それを使って音を立てないように」
アクアのお手々に自分の手を被せ、ゆっくりと使い方を教えていく。アクアは顔の横に垂れてきた太い三つ編みをじっと見ているので、一度手を放して頬肉を摘む。
「集中なさい」
「むが」
ナイフで一口サイズに切り、それをフォークで刺してアクアの口まで近づける。
「はい。あーん」
「あーむ」
むしゃむしゃとケーキを頬張りご満悦のアクア。ファイアはナイフの使い方が難しいのか苦戦している。アクアの後ろからファイアの斜め後ろに移動して見守ってやる。
万が一自分の顔が映ってはいけないので、ナイフとフォークは銀ではなくプラスチックに似たマイナスチックという素材で作らせたお子様でも安心ナイフ。プラスチックと違い自然に還る物質で、貝殻が主な原料だ。マイナス貝は特殊な海にしか存在しないため、ギルドでは高価買取をしている。
「あむっ」
歪に切れたケーキを口の中へと押し込む。優しい甘さがいっぱいに広がり、ファイアは笑みと共に頬を押さえた。主人は胸を押さえて蹲った。
「おいちい!」
「上手じゃないか。アクア。ファイア。……その調子で使うと良い」
ふらふらと席に戻るとエイオットが拗ねていた。頬を膨らませてぶすっと半眼で見つめてくる。なんだその可愛い顔は。
もう一度席を立つと、エイオットの頭を撫でる。
「エイオットはナイフとフォークをうまく使えるようになったね」
「……」
こっちを見て口を開けている。
えーーーっと? これは? もしやあーんしろという意味かな?
甘えん坊なんだから。
一口サイズに切り、果物と一緒に刺すと口に運ぶ。
「はい。お食べ」
ぱくっ。
にっこり笑顔で尾を振り始めたのでほっと息を吐く。
ついでなのでムギにも使い方を教えておく。同じように後ろに回り、ムギの手に手を重ねる。
「ふえ」
「ムギも上手だよ。片目なのに、器用なことだ」
「い、いえ……」
「……」
おかしいな。教えだすとムギがふらつき出した。手を放すと戻ったので、気のせいか?
「なー。素手の方が楽なんだけどー」
うんざりした顔のアクアが素手で果物を摘んでいる。果汁でべたべたになった手を、ファイアがぺろぺろと舐める。
「くしゅぐったいって!」
「うー。おいち……」
「……」
手首をがっちり掴まれ、ちゅうちゅうと指をしゃぶられている。解放されるまで手は使えないし、解放されても手は別のものでべったべたになっている。
アクアは眉間にしわを寄せるとナイフとフォークを使いだした。俺が何か言う必要もなかった。グッジョブファイア。席に戻り自分も食べ始める。
「ごしゅじんさまは果物もジャムも乗っけないの? キイチゴ甘いよ?」
「んー? 俺はそんなに甘いものは好きではなくてね」
前世障害だよ。食が豊かな日本人に生まれたばかりに。この世界の甘いものが微妙に受け付けない。日本の飯がうますぎた。チョコレート食べたいなぁ~~~。地球に行きたい。この世界が嫌いなわけでは、ないけどね。
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