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惨劇に挑め

16 黒ランクの先輩

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「信じられないです! 普通、こんな子どもを放置して帰りますか? 剥ぎ取りをしている間くらい、見張っててくれてもいいじゃないですか。レムナント様。聞いてますか?」
「……」

 首都にあるハンターギルド『スクリーン』。
 どれだけ走っても少年を撒けなかった。身体能力は剣士でもあるアーリーロイツの方が高いのだ。むしろ追い付かれてからは少年が自分の前を走っていて、ちょっと意味と状況が良く分からなくなった。
 ギルドまで文句を言いながらぴったりついて来られ、レムナントは戦闘時より疲れていた。足取りがふらついている。
 扉を開けてギルド内に入るとハンターたちによるざわめきで満ちていた。活気が耳に心地よい。戻ってくるとほっとする。
 魔族の恐怖から、ハンターは減るどころか数を増した。戦力増強のためにレベルが一上がるごとに『お祝い金』が出るようになったのだ。手っ取り早く人のやる気を上げるのに、金は最適なものである。受付の話ではハンターの強さの底上げに一役買っているらしい。

「おい聞いたかよ」
「ああ。また新人がやられたって話だろ? ……」
「……」

 もちろん聞こえてくるのは気持ちのいい話ばかりではない。活躍する者の影に、倒れていった者もいるのだ。

 そんなことを思いながら受付に並ぼうとすると、声がかかった。

「これは! レムナント様。見かけないと思ったら、狩りに出ていらしたのですね」

 人懐っこい笑みで近寄ってくるのはロングソードを背負った青年だった。
 街を歩けばたちまち視線を集めそうな顔面に、ウェーブのかかった濃い蜂蜜色の髪。どこかお調子者っぽい黒い瞳は吊り目で、肌は野外を駆けまわるハンターとは思えないほど白い。
 白の一つ上、黒ランクのハンター。

「クリアさん」

 つい名前を呼んでしまい、レムナントはハッとして口を押える。気が緩んでいる。
 名を呼んでもらったメリークリアはにこっと白い歯を見せた。

「光栄です。レムナント様。どうです? そろそろ俺とパーティあぎゃっ⁉」

 急に、クリアがイケメンにあるまじき悲鳴を上げた。下を見ればアーリーロイツが彼の足を思い切り踏みつけていたのだ。
 足を押さえ蹲る先輩ハンター。ぐいっと腕を掴んでアーリーロイツを叱る。

「何をしているのです!」
「なんですか。この無礼者は? 僕のレムナント様に、馴れ馴れしい!」

 よく通る少年の声に、ギルド内の視線がレムナントに集まる。どっと汗が噴き出した。やめてほしい。未成年とそういう関係を持っていると思われてしまうような発言は。
 何を言うべきかおたおたしていると、痛みが引いたのかスッとクリアは立ち上がった。

 流石は先輩ハンター。新人の無礼にも顔色一つ変えず対処――

「なーにしてくれとんじゃ? クソガキィィ……」
(⁉)

 顔を真っ赤にして少年の頭を鷲掴みにした。

「てめっ、ざっけんなよ? このまま頭パーンしてやろうか」
「触らないでください。近いんですよ! レムナント様との距離が……」

 ぽかぽかとクリアを叩くも『ダメージゼロ』の文字が見えるようである。
 少年にマジギレしている先輩ハンター。い、嫌だ。

「……」

 レムナントの引き気味の表情に、ふたりは暴れるのをやめてさっと距離を取る。

「ゴホン……。レムナント様。お疲れさまでした。怪我はしていませんか?」
「お気遣いどうも。それでは」

 一礼してから受付に向かうと仲間のような顔でふたりはついてきた。なんでどうして?

「クリア様。あっち行ってください。不快なので。存在が」
「それが目上への口の利き方かあぁぁぁぁ~ん?」
「…………」

 後ろから相性悪そうな会話が聞こえる。

 アーリーロイツ一人の証言だけではやはり駄目だった。討伐した証(モンスターの一部)がなければ依頼達成とは認められない。これもきちんと魔法学園が教えているはずだが……

「そういえば。忘れてました」
「……」

 小さく舌を出しうつむく少年の頭を撫でかけ、ばっと手を引っ込める。危ない危ない。慣れ合うつもりはないのだ。

「それでは。レベルが上がったかどうか、測定させてもらいますね?」

 受付がにっこり笑いながら虫メガネを覗く。
 レムナントは別にお金が欲しいわけではないが、自分の強さが知れるのはありがたい。自分のレベルを知ろうと虫メガネを持って鏡の前に立っても、上手く表示されないのだ。きっと鏡というノイズを通しているからだと考えられている。鏡で自分のレベルを視られる者がいれば、そうとう才能に恵まれているだろう。

「おおっ。レムナント様。おめでとうございます」

 受付が個人情報を堂々と言うわけにはいかないので、どれだけ上昇したかを紙に書いて渡してくれる。
 ぺらりと紙を開くとレベルが書かれていた。

(三も上がってる……。纏めて倒したから、か?)

 レムナントの魔法は複数の雑魚を一掃するのに向いている。おかげでレベルは上がりやすいがレベルが高くなってくると、レベルアップ速度は緩やかになってくる。
 受付の女性に礼を言い、『お祝い金』を仕舞いながらレムナントは依頼書が貼られたボードへ向かう。雑魚の掃討依頼が無いか眺めていると、換金を終えたふたりが押し合いをしながら走ってきた。

「レムナント様。お昼ですよ? 食事にしましょうよ」
「クリアさん邪魔です。どっか行けよ!」
「……」

 この二人はどうして自分に……。いや、どうでもいい。
 毛先が揺れるくらい頭を振り、ボードを見上げる。

「レムナント様? もしかしてまたすぐに仕事に行かれる気ですか?」
「おい! ……失礼。帰ってきたらまず休みませんと。身体もたないですよ?」

 右から少年が、左からクリアが話しかけてくる。
 口をへの字に曲げると、肩にかかる髪を払う。

「疲れてません」
「え? いやいや! そんなはずは……。……ああまあ、レムナント様の魔力量を思えば、そりゃそうでしょうけど」

 レムナントが雑魚一掃に使用した魔法・ブラックホール。闇魔法と空間魔法を合わせた融合魔法。特に空間魔法は大魔法の域。修得に人生を捧げ、それに加え莫大な魔力を必要とする魔法の極致の一つ。だがレムナントはその両方をクリアしていた。幼少期と青春時代を犠牲に魔力操作に明け暮れ、膨大な魔力は生まれつき備わっていたのだ。
 じくじく痛んでいた右眼も、今は落ち着いている。

 紫目。

 レムナントは立派な魔力タンクだった。融合魔法を使用してもケロッとしているほど。その辺の魔法使いが疲労を感じるほど魔法を使っても、レムナントからすれば魔力を一割も消費していないことになる。

(そりゃ、休憩は必要ないな……)

 彼は見事に抑えているが、敏感な者や黒ランク以上の実力があればどうしても内包された魔力の波動を感じる。魔力の海が波打っているような。
 でも、

「それはそれ。これはこれです!」
「ガキの言う通りだな。昼食にしましょう」
「ちょ」

 左右からがっちり腕を掴まれテーブルまで連れていかれる。頑張ればアーリーロイツは振り払えるかもしれなかったが、クリアの腕はどうしても無理だった。

 逃げられないように円形のテーブルに、ふたりが挟むように椅子を近づけて座る。狭い……。

「レムナント様は何にします? 僕はこの半熟卵ケチップライスがおススメです」
「はあ~? 肉だ肉! ハンターは肉食っときゃいいんだよ!」
「……」

 レムナントはわずかに驚いた顔でクリアを見つめる。ばちっと目が合ったクリアは微かに頬を朱に染める。自分からはぐいぐい来るくせに、なんだその初心な反応は。

「レムナント様?」
「クリアさんの素は、そういった口調なのですね」
「ん? ……あっ! こりゃ失敬」

 やっちまったと後頭部を掻く。桃色髪の少年はじとっとした半眼を向ける。

「猫被ってるからですよ」
「ああん? 俺とレムナント様の会話に入ってくんなよ」

 がばっと、アーリーロイツが腕に抱きついてきた。レムナントの肩がびくっと跳ねる。

「レムナント様! こんな人の口調に反応しなくていいです! もっと僕とお話しましょうよ」
「てめっ……、さっきから生意気だぞ! 痛い目を見なきゃわからねぇか」
「んべーっ」

 目の下を人差し指で引っ張り舌を突き出している。行儀の良かったアーリーロイツがこんな態度をするとは。魔法学園の制服を着ているので勝手に貴族の子だと思っていたが、違うのだろうか。帝国なら、魔力があれば平民でも学園に通える。平民、か。いやいや! どうでもいいどうでもいい。

「こんのっ……!」
「すみません。半熟卵ケチップライスとステーキとコーヒーください」
「かしこまり!」

 長くなりそうだったので勝手に注文しておいた。



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