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惨劇に挑め
06 下山
しおりを挟む話を聞いてくれるというので、主人は手当てを手伝った。具体的に何をしたのかと言うと、杖の石突で地面をコンッと叩くと、里全員の怪我が治ったのである。死人に変化はないが後遺症などは残らないだろう回復ぶりに、長は信じられず脇腹をぺたぺた触っている。
大怪我を治すのに一千万必要なのに、コンッで治ったのだ。信じられないだろう。
じろじろと視線集中率が高いので、主人はゆったしりたフードを目深に被る。こっち見ないでほしい。
長の少女は部屋を用意すると言ってくれたが、すぐ帰るので大丈夫ですと断っておく。部屋って、辛うじて残ったあの大きな屋敷しかないし。入った途端崩れてきたら嫌だ。
「何が目的だ」
狩猟頭と老婆が長をかばうように一歩前に出ている。お仕事ご苦労様です。クロスくんは母親が避難所に引きずって行こうとしたが頑としてこの場を動かなかった。不敬にも長にしがみついたので困り果てている。長も話し合いを優先したので背中に男の子をくっつけたままだ。なんだその可愛い光景は。
非戦闘員は避難所で待機を命じられたが、長が気がかりなのか窓や入り口から顔を出せるだけ出している。いいから大人しく引っ込んでいてほしい。あまり見られると魔法をぶっ放しそうだ。
主人は落ち着かなさそうに前髪を弄る。
「あーえっと。……子どもが一人ほしいんだよね」
ざわっと動揺が広がる。あああ、魔女っ娘に戻りたい……。でもまだスキルが続いているから、いま下手に戻ったら確実にぺちゃんこになる。
老婆が睨んでくる。ヴァッサーとは違い、おどろおどろしい迫力がある。
「子ども……何のためです?」
主人のこの一言が彼らの逆鱗に触れることとなる。
「金策に決まってんだろ」
驚いたように硬直していたおばあさんやおじさんだったが、徐々に顔を怒りで歪ませ、怒号や罵声が飛び交った。そりゃあそうだろう。水晶種にこの言葉は禁句のようなものだ。最初に力の差を見せつけていなければ襲い掛かってきただろう。現に、狩猟頭とかいうおじさんは柄に手をかけ抜剣寸前だ。
水晶種……彼らの涙は水に落ちると宝石のように固体化し、泪石(るいせき)という宝石に姿を変える。彼らを水槽に落とし、涙を流せ続けるという遊びが富裕層の間で広まっていたな。もちろんそんなこと大っぴらには出来ないが、奴隷の身分に落としてしまえばいい。黒鳥人の乱獲は、俺がこの世界に来る前から流行していた。
どうして彼らの涙だけがそうなるのか。調べても明確な答えは出てこなかった。……この世界のスマホ並みに物事に詳しい魔王様曰く、
『カラスは光物を好むというが、彼らもまた同じ。大昔、彼らが神の宝石を奪ったために呪いを受けた……と言う話がある』
『ははーん。神様に喧嘩売った系の神話ね』
こちらの世界にも神話はある。涙が宝石になるとは。皮肉な罰だ。
しかし魔王様は首を横に振った。
『その話は正確ではない』
『そりゃあね。神話なんて作り話だし……』
『彼らを呪ったのは私だ』
『ほーん。……何してんの⁉』
『おっと。おやつの時間だな』
……何か、あったんだろうな。ごっちんもあれで長生きしているし。
罵声を浴びながら遠い目をする主人に、長が二人を宥めていく。
幼児をくっつけたままの長が前に出るも、彼女もまた怒りを隠せていない。地雷を踵で踏みつけてぐりぐりしたからね。殴りかかってこないだけ冷静だ。
「……貴方の装備や衣服を見るに、それほどお金が必要とは思えないわ」
「子どもがいるからね」
「……子どもがいるのに、子を攫おうというの?」
「うん」
「……」
彼女らの目がだんだん怒りから気味の悪いものを見る目に変わっていく。
すると、先ほど〈優雅灯〉の虫の川に恐れて逃げたカップルが何かを引きずってきた。
気がついた長が目を見開く。
「貴方たち⁉ 何しているの?」
同意見だ。だが彼らは長の言葉に耳を貸さず、持っていたものを俺に放り投げてきた。
「おっと?」
両手が勝手に受け止めていた。と、いうことは。
目を落とすと、それは今にも栄養失調で死にそうな、やせ細った子どもだった。
「……え、え?」
こんな細い手足は見たことがない。
主人はあたふたしながら回復魔法をかけようとするが、栄養不足を魔力で補えるわけではない。魔力不足には魔力を。栄養が不足した身体には食べ物を流し込む必要がある。
カロリーだ。カロリーがいる!
「お、おい! 早く食べ物を……」
「ムギ」
俺の言葉を遮って長の背中で蝉になっていた幼児が走ってくる。慌てて狩猟頭が子どもの腕を掴むが、じたばた暴れている。
「ムギ」
カップルがやせ細って意識のない子どもを指差す。
「ガ、ガキが欲しいんだろ! それを持って行け」
「その子をあげるから……早くどっか行って。里から出て行って!」
互いを守るように抱き合い、悲鳴のような声を出す。
え? もらっていいの?
「ありがとう」
くるっと背を向ける侵入者に、長もどうすればいいのか迷っている様子だ。ただ唯一、父の手を振り払った男の子が俺の足にしがみついてきた。
「待て! ムギを返せ」
「……ん?」
ムギとはこの子の名前かな?
この二人は友人関係なのだろうか。それならお別れの言葉くらい、言わせてあげるべきだな。
主人はしゃがむと、自身の膝にもたれさせるようにムギを座らせる。
「ムギ。ムギ!」
「クロス。あれほどその子どもには話しかけるなと……ごっ」
何かを言いながら、父親が割って入ってこようとしたが杖で腹を殴打しておく。未成年同士の尊い友情が繰り広げられようとしているんだ。俺の視界に入るな。ノイズはすっこんでろ。
クロスはムギの頬をぺちぺちとやわらかく叩く。うーん。すっげぇ可愛いなこの子も。
目を開けたムギが柔らかくほほ笑む。
「クロス……しゃま」
「ムギ! 僕が分かるか?」
「いままで、ありがとう……ございます。あなたのために、死ぬことを……おゆるしください」
カップルが説明しておいてくれたのか、ムギとやらは覚悟が決まっているようだった。
なんか勘違いしてるっぽいけど、殺さないよ?
「馬鹿言うな! 僕は狩猟頭の息子だぞ! おい。僕を連れていけ」
クロスが白いローブを引っ張ってくる。んふふふふ……可愛いなぁ。
「……」
ムギはよろよろと立ち上がる。クロスはすぐに駆け寄り、手を貸して支えてやる。邪魔にならないように主人は全力で風景と同化する。
「ムギ! お前は生きて……むぐ」
汚れが目立つムギはクロスの頬を手で挟み込むと、ちゅうっと口づけした。
「っ」
「まあ」
狩猟頭は泡を吹き、長は口元を押さえている。のけ反って両腕を掲げ、主人は応援していたチームが優勝したような喜びようだった(無音)。
「む、むぎ……?」
「……クロスさま。あなたがわたしの神でした」
ぺこっとお辞儀する。
黒い着物の女と母親が、狩猟頭を起こそうと揺すぶっている。おばばは不服そうだが口は出さなかった。
初めからムギは、何かあった時のための生贄として生かしておいたのだ。それ用の子ども一人でこの悪魔を追い払えるなら安い。
ムギは自分から主人の膝の上に戻る。青年はやさしく抱きしめると腰を上げる。
「お、おい。ムギをどうする気だ!」
「俺の館で生活してもらう。成人したらポイするけどね」
クロスは少し迷ったようだ。ここでこのまま暮らすよりかは……。でも、ここなら僕がそばで守ってやれる。こんな得体の知れない男に渡すより良いはずだ。
でも、でも……。
ぐっと拳を握り、ビシッとムギを指差す。
「む、ムギ! 自由になったら絶対僕の元に戻ってこい。なにがあっても生きろ」
「……クロスさま。はい……お言葉にしたがいます」
ムギは嬉しそうに微笑んだが、帰ってこれないことを理解しているような顔色だった。だから殺さないって。俺そんなに人殺しそうな顔してる?
クロスの言葉はまだ続いていた。
「そうしたら、祝言をあげよう!」
里に静寂の風が吹く。
これは無視してはいけないことだと、主人は真面目腐った顔でもう一度しゃがむ。
クロスと目線があったムギは口元を引きつらせぱちくりしている。
「ふぇ……?」
「だって、キスしただろ?」
「あ、あれは。お、お別れの……」
「キスしたらけっこんしなきゃ、いけないんだぞ?」
クロスの両親が石化している。長は気まずそうに目を泳がせ、おばばは長が冷えないように上着を肩にかけている。
クロスはぎゅっとムギの砂だらけの手を握る。
「キスしたよな?」
「……ひゃ、はい」
射抜くような真っすぐな赤い瞳に、ムギは汗だくで頷く。
「僕は好きな子がいるんだけど、ムギも嫁にしてやる。帰ってきたお前を迎え入れられるように、僕も強くなっておくから。お金も、いっぱい蓄えておく」
「……ふぇ、は、ふぁ」
予想外の展開のようで、ムギもがくがく震え出す。
「? どうした? 僕の言葉に従うと言え。今ここで、長の前で誓え」
狩猟頭の息子が口にしたのは、黒鳥人の誇りを賭した宣言をしろ、と言う意味だ。里の守り神である長と、脅威を退け未来を守る剣である狩猟頭(の息子)。その二人の前で契りを交わす。重たい意味を持つが、これはムギを黒鳥人と、里の仲間だと認めている言葉だった。
なにより――次期狩猟頭に絶対になってみせるというクロスの誓いでもある。……長は悩むようにした唇を親指の腹で押さえた。
ムギは目を細め、手を握り返した。
「はい。あなたが望むのなら。したがいます。……わたしはあなたのものになります」
満足したようにクロスはムギを抱きしめる。
「僕は将来、お前を自由にしてやって、お前と肩を並べてこの里を守っていくんだと、ずっと思っていたんだぞ」
「……はい」
「元気でな?」
「はい」
声音が変わる。
「約束、忘れるなよ?」
「ひゃい!」
生贄を抱いて、白い悪魔は去っていく。
この後、里がどうなるかは知らない。でも、あまり殺さないでおいてやったんだ。なんとか復興出来るだろう。
虫を仕舞った〈優雅灯〉と合流し、がたがたに削れた山を下りる。
「お疲れ様です。金ランクの恥さらしみたいな戦い方でしたね」
すごく優しい眼差しで毒を吐いてくる。んだこいつ失礼な。
「お、俺は真面目にやってたぞ……」
「背後とったのにわざわざ長に声をかけて……。どうせ未成年の声が聞きたかったんでしょ? アホですね。それと、攻撃魔法でも攻撃するスキルでもないのにダメージを喰らっているところと、子どものナイフに刺されているところが最高にアホでした」
顔面が怒りマークになった主人は青い三つ編みをぐいと力任せに引っ張る。
「生意気な。だいたいお前! 俺の魔法の威力を弱めただろ。お前の虫の羽音がしたぞ! あいつだ。顎髭野郎にも使っていた魔法使い殺しのあの虫で、俺の魔法の威力を削いだだろっ」
「……」
三つ編みからしゅるっと出てきた細いムカデが手首に巻き付き、乙女のような悲鳴を上げた。
「イヤぁーーーーッ! 取ってとって!」
「……俺に不用意に触るとこうなりますよ」
戻っておいでと言うと、ムカデは嬉しそうにアゲハの指に移動する。百の足が肌を歩く感触が気持ち悪く、男の子を抱いたまま地面に倒れた。
「ぐふ……」
「このくらいで気絶しないでくださいよ。ムカデちゃんが可愛いからって、ね?」
にこっと虫に微笑み、ちゅっとキスしている。メロメロになったムカデは、照れたように青い髪に潜っていく。二度とこいつに触らない。
「おごごぐがががが……」
「また年季入った奴になってますよ。それよりこの子の栄養状態が深刻ですね」
痙攣している主人のわきにしゃがみ、彼が抱いている男の子を撫でる。
「俺のお菓子を食べさせましょうか」
がばっと起き上がった。
「やめろ! お前の虫飯は健康体でもキツイ! トドメ刺す気か」
「虫って高たんぱくなんですよ?」
「ビジュアルの問題だわアホが! ……いやでも鳥人だし。いけるか?」
寝かせておいてあげたいが何か軽く口にした方が良い。
背中を摩ると目を開けてくれた。
「んゆ……」
「お菓子ですが、食べれますか?」
「……ぁえ?」
金髪の三つ編みが青色になっていることが不思議なようだ。……金髪三つ編みなら後ろにいますよ。
「おかし……?」
「キャタピラー芋虫とレモンの花。××××を練り込んだお菓子です。栄養が……」
男の子は「びゃああっ!」っと泣き出し俺の顔面に飛びつく。主人も後ろにひっくり返った。
二度とそれを俺に近づけるな。
「美味しいですよ? もぐもぐ」
「黙れ! 横で食うな。虫と言ったら蜂蜜だろうが。蜂蜜出せ」
「蜂蜜プリンならあります」
「真っ先にそれを出せよ⁉」
少し硬めのプリン。前世の一口羊羹のように手で食べやすいよう、長方形をしている。
袋を破き、ムギの口元に持って行ってやる。
「ほれ。お食べ」
「……」
顔が真っ青だ。これにも虫が入っていると思っているのだろう。……入ってないよな?
「入ってないよな?」
「蜂蜜と卵とミルクです」
五分ほどして、ようやくムギが口を付けてくれた。むちゅーるに夢中になる猫のように、舌先でぺろぺろ舐めている。その表情は真剣だ。甘いものが気に入ったのか。はたまた口にしたことがなかったのか。
そのおかげで、それを眺める主人は満天笑顔だ。
「んん~。可愛いいぃ」
「……」
少し拗ねたような顔を見せる〈優雅灯〉。
ひと口プリンを差し出してくる。
「……父さんも食べます?」
主人は視線も向けない。
「父さんと呼ぶな。ぶち殺すぞ」
「……」
下山する間、何故かアゲハがぼこぼことテントウムシモドキを後頭部にぶつけてきた。こら! もっと違う暇潰しをしなさい。
【つづく】
🌙この章に出てきた黒い川の虫は、映画『ハム〇プトラ』から参考にパクりました。
現ハーレム子たち
エイオット
アクア
ファイア
ムギ 肺が弱かったが、命にかかわるため勝手に主人が魔法で治した。そのためムギは肺が健康になったことを知らない。まだ飛べない。片目が潰れている。未来のクロスの嫁。
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