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惨劇に挑め
03 薄氷の平和
しおりを挟む「あ。父上」
狩猟頭が広場に通りかかると、我が子と数人の友人が駆け寄っていた。
「クロスさまの父ちゃんだー」
「なになに? いっしょにあそぶー?」
「ははっ。元気そうだな」
わらわらと寄ってくる。
破顔してしゃがみ、ひとりひとり頭を撫でていく。貴重な日光に当たっていたためか髪はふわふわして温かい。里の子どもは宝だ。誰の子など関係なく全員で慈しみ育てている。
「クロス。今晩から警備がさらに強くなる。いつも以上に戸締りをしっかりして、夕方以降は出歩くな。このことは里の皆に報せておけ」
「……父上は?」
「大丈夫だ、この里とお前たちを必ず守ってみせる。お前は長男なんだ。母さんと皆を頼むぞ?」
妻に目元がよく似ている息子は幼いながらも真剣な面持ちで頷き、さっそく友人たちにも言い聞かせている。
いつも一緒に寝てやれなくて、寂しい思いをさせてすまない。
(母さんもな……。そろそろ怒られそうだ)
あれは怒らせると長いのだ。次は何で機嫌を取ればいいのか……。頭が痛い。
先祖が命を懸けて勝ち取った土地。子どもたちの元気な声。家族がいる幸せ。
薄氷の上の平和に亀裂が入ったことに、気づいた者はいなかった。
「しまった! 三日月君が使えないからいつもの集落壊滅テンプレが使えないぞ」
上空から落花星。だいたいこれで終わる。その後は混乱に乗じて、好みのお子様を攫って行けばいい。特定の者だけ殺さないというのはちょっと面倒だが、このくらいの魔法の精密操作は可能だ。……〈優雅灯〉がいなかったら子どもを残してさくっと皆殺しにしている。
〈黄金〉のストッパーはスティック状のお菓子を齧っている。なんだそれ美味しそうだな。
「スキップして帰りますか?」
「『空の封印』くらいで帰ってたまるか!」
成果ゼロでスキップしていたら俺は変態だろうがっ!
とはいえいつも落花星でラクしていたからなぁ。どうしたものか。正面から堂々と喧嘩売るか。それだと思わぬ反撃を喰らう危険性もある。こんなところに住んでいる者たちだ。油断禁物。
「う~む」
『グギャアアアアッ!』
人が真剣に考えているのにうるさいぞ! モンスターが……っと思って金貨を握りながら横を見たら、骨になっていた。どんなモンスターだったのか視認するより早く〈優雅灯〉の虫モンスターによって肉を引き千切られていた。もぐもぐと美味そうに咀嚼しとる。
「おい。そのお菓子俺にもくれ。お前らばっかり食うな。腹減ってくるだろ。いい香りがするな」
「どうぞ。白アリと乾燥タランチューラを練り込んだお菓子です」
「お前ふざけんなよ」
高速で後退った。せめてイナゴとかだろ。
狩猟頭の息子、クロスはしきりに周囲を確認していた。
前髪の一部だけ色が違う、燃えるような真っ赤な髪。魔力の高さをあらわす赤い瞳だが、水晶種にとっては平凡な色だ。里の子よりわずかに良い服に身を包み、背中には黒い羽を生やした男の子が里外れの物置小屋の扉を開ける。
そろっと声を出す。
「おおい。ムギ。こっちに来い」
ごそっと小さな影が動く。
「……クロス、さま?」
ちょこちょこと近づいてくるのはクロスより年下の男子だった。クリクリした瞳に、ぼさぼさの赤い髪は長く、まったく手入れがされていない。瞳も片方が潰れていた。やせ細り、腕などは触れただけで折れてしまいそうだった。
クロスはにおいなど気にせず、さっと男子の前にしゃがむ。
小さな手を握り、しっかりと目線を合わせる。
「侵入者だ。いいか? ムギ? しばらくは警戒が強くなるから、『仕事』はしなくていい。ここでじっとしているんだ。いいな?」
ムギは……かつて水晶種・黒鳥人を裏切った者の子どもだ。金に目がくらみ、里の場所を外の世界の者に教え、仲間が数人攫われ、殺された。酷い事件だった。
ムギも両親共々処刑されるところだったが、前長がそれを良しとしなかったため、底辺の仕事をすることでなんとか飯をもらい、生かされている。
ムギと口を利くことすら禁じられているが、クロスにとっては父の言いつけ通り「里の者に報せている」だけである。真面目な性格のクロスはこの里で唯一、ムギになんの感情も抱いていない獣人だった。
当然、ムギにとっては唯一の話し相手である。
「クロス、さま。はい……わかりまし、た。けほっ、けほっ」
「水と食料を持ってきた。少しずつ食え。……これらが見つかったらちゃんと僕が持っていたと言うんだぞ?」
汚い髪を撫でて、埃を摘んでぽいぽいと取ってやる。たまに水浴びさせてはいるが、一向にきれいにならないなぁとクロスはのんきに思っていた。
木製の水筒を握ったまま、ムギはおどおどと見上げてくる。
「で、でも、それだと、クロスさまが、また。罰せられます……」
「気にしなくていい。僕は狩猟頭の息子だから」
ガラスのような目に、ムギが映る。
このことがバレた時、父や母、長のお側仕えにまで烈火のごとく叱られたが、どうしてなんだろう。
クロスはさっぱり分からなかった。今考えても謎だ。里の者を守るのは、狩猟頭の息子として当然なのに? ……まあ、たまたま大人たちの機嫌が悪かったんだろう。
(クロスさま……)
こんな考えを抱くこと自体、おこがましいことなのだが。ムギは真っすぐなのにどこかズレたクロスのことが心配でならなかった。
でもうまく伝えられない。言葉をあまり知らないのだ。「もう関わらないでください」この一言でいいのに、それを言うにはムギは幼すぎた。孤独で、クロスが来ないと気が狂いそうなほど……寂しいのだ。
きれいな服の袖で、ごしごしとムギの顔を拭う。
「そうだ。僕のお古を持ってきたんだ。これを被って寝るといい」
毛玉が目立つごわごわした上着をムギに巻きつける。僕のお古は弟や妹がたまに着ている。一枚くらいムギにやっても良いはずだ。里の子は皆の子、なのだから。
「……ありがとう、ございます」
「礼はいい。ではな? じっとしているんだぞ?」
「……あい」
最後に、いつものようにぎゅっと抱き合い、ふたりは別れる。クロスは会うたびに身体が大きくなる。自分は小さいままだ。
しばらくクロスが出て行った扉を見つめていたが、やがて小屋の隅っこにぴゅうっと跳んでいく。もらった上着を顔に押し当て、大きく息を吸い込む。
「――ッ、げほげほっ、けほ、けほっ……」
肺が弱いムギはさっそく咳き込むが、なんとも幸せそうな表情だった。何度も何度も、咳き込んでは上着を顔に擦りつける。
(……クロスさまの、におい)
里の中が世界のすべての水晶種。そのなかでもさらに狭い世界しか知らないムギにとって、クロスは神にも等しかった。……例え、自分の両親を殺した者の子だったとしても。
(クロスさま。クロス……さま)
咳き込むたびに、ムギの黒い羽はひらりと抜け落ちた。
持参した携帯食を齧りながら夜を待った。今宵は、雪雲のせいで月が見えん。
鳥目とも言うし……鳥の獣人は夜視力が低下するのかと思いきや。知り合いの鳥獣人に聞いてみるとそんなことはなかった。むしろ、夜に視力が使い物にならなくなる鳥はごく少数だとか。それでも主人が選んだのは夜。
骨がミシミシうるさいし全身痛いので早速仕掛ける。
「いい頃合いだ。黄金消費魔法」
俺の固有魔法――某カードゲーム風に言うなら金貨を生贄に魔法の威力を上昇させる。……だけ! 以上‼
本当にこれだけ。威力が上がる、のみ。判明したときの何とも言えない気分を思い出す。固有魔法って、もっとスペシャルなものじゃなかったのか。威力上昇だけって。と、現実を受け入れられずに魔導書を読み漁った。読み漁って分かったのは、俺の固有魔法は珍しいものではなかったということ。固有魔法自体が珍しいが、その中では平凡オブ平凡。
『威力上昇』。
魔法を使えることに多少は興奮したさ。しかし元の世界が、魔法と変わらぬ科学技術の発展した世界。スイッチを押せば部屋が明るくなるとか魔法じゃないか。本物の魔法を使えるようになってもうーーーん……三日ぐらいで魔法に対する感情が「無」になったな。もっと心が若ければ一年くらいははしゃげただろうに。記憶を持ったままの生まれ変わり……だったからな。
まあ、いい。上昇幅が大きかったのは幸いだ。
金貨を使わなくとも魔法は使える。だが、使ったら威力が百から千になるので使うしかない。使わないとこの姿の俺はあまりにへぼすぎる。金ランク最弱の自信がある。
「〈黄金〉。虫ちゃんたちの教育によろしくないので、あまり趣味の悪い魔法は使わないでね?」
俺に似た青い瞳がじろっと見つめてくる。さっきから無礼な奴め。
「俺の魔法を趣味悪いとか言うな。――落花星・鞠!」
キンッと弾かれた金貨が光となって消えた。
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