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双子
20 この国の金ランクたち
しおりを挟む魔族の再来に、帝国の金ランク全員に召集がかけられる。
……一ヶ月も何をしていたのかと言うと、自由人の多い金ランクがなかなか捕まらなかったのだ。多忙。どこに居るのか分からない。招集無視。
〈狩人の会館〉にて。
「魔法帝がブチギレ寸前だったぞ」
自身も噴火寸前のギルマス・ディビィに睨まれても、一名を覗き誰も反省しない金ランクたち。
「換金に来ただけなのに……もういやだあの受付嬢。受付やめてハンターになれよ」
――クッション三段重ねにして座り、テーブルに頬をつけてダレている魔女っ娘。〈黄金〉。
「いや~。魔族とか、ついにギルマスもボケたかって思ってなー……」
――机に脚を乗せて天井を仰いでいるチンピラ。〈泥の王〉。
「アタイはすぐに行くつもりだったわよ? ちょぉぉ~っと道に迷っただけで」
――会館の床にめり込んでいる大槌(ハンマー)の使い手。〈赤花(せっか)〉。
「すみません。遅れてしまって……」
申し訳なさそうに頭を下げている青い髪の青年。〈優雅灯〉。
「あーーー。……もう〈優雅灯〉以外と会話したくないですな」
太い指で眉間を揉むお疲れ気味のギルマス。
今からこのメンツで話し合いをしなきゃならんと思うと、肩も凝るし胃も痛むだろう。
「これ、よければどうぞ」
見かねた〈優雅灯〉が無音で席を立ち、小さな水筒をディビィに渡す。
「これは?」
「カモルーミです。心が落ち着きますよ」
ギルマスが蓋を開けると、ふわんといい香りが会館内に広がる。
(リラックス効果のある紅茶……みたいなやつだっけ?)
主人は紅茶が苦手なため飲んだことはないが、かつてのハーレムの子の中に、紅茶大好きっ子がいたのだ。当時の姿を思い出し、ふっと頬が緩む。
ギルマスは鼻をすすり、目じりを押さえる。
「貴方だけですよ。こんな優しい……。あとでお小遣い上げますからね」
「稼いでいるのでいらないです」
ギルマスの肩をポンポン叩いていると野次が飛んできた。
「天下の金ランク様がポイント稼ぎですか? 金ランクが低く見られますよー?」
口を思いっきり歪ませながら手を叩いているのは、サングラスをかけたファンキーな外見のアロハシャツおじさん。
事態が事態なだけに金ランクの他に、もっとも金に近いと言われる赤ランクも数名、呼ばれていた。
敵意剥き出しのタイムに、〈優雅灯〉はぺこりと一礼する。
「お久しぶりです。タイムさん」
「カァ―――ぺっぺっ。こっち見んな話しかけんなおおん?」
親戚のおじさんに会ったかのようなにこやかな笑顔に、アロハシャツは立ち上がってビシッと中指を立てて喚く。
「やめなさいって……。あんたなんでその子と話す時だけ著しくIQ下がるのよ」
グラマーなお姉さんがアロハシャツを摘み、年下に怒鳴っている駄目なおじさんを窘める。
誰も行きたがらない『腐敗の地』の最奥初踏破の功績を持つ、ドラモンズ。……初めてこの名を聞いた時、主人は押し入れで寝る青タヌキがぽんと脳内に浮かび、前世で自分の子と観たのを思い出して複雑な心境になった。
〈黄金〉はすっと席を立つ。
「じゃあ、帰るわ」
「始まってもいないのに⁉」
驚いてはいるが若干予想はしていたギルマスの声に、魔女っ娘はこの場にいる者を指差す。
「うるせー! こんな未成年のいない空間に長居してられっかよ」
「なんですかその、死亡フラグが建ちそうなセリフは」
「シャアァラップ! 俺は今すぐエイオットの尻尾を……」
荒々しく会館の扉を開けると、「ここは通さない」と両手を広げたシロンくんが立っていた。
目を点にする主人。
「え? 何その帽子かわいい……」
シロンはその場でくるんと一回転する。ふわりとセーラーの裾からお腹がチラ見えした。
両拳を顎の下に添えると、シロンはきゅるんと瞳を潤ませる。
「魔女のお姉ちゃん。おじいさまのお話……聞いてくれるよね?」
「では、今回現れた魔族の少年の話ですが……」
「一人死んでるやついるぜー? いいのかー?」
防具ひとつ身につけておらず、シャツにズボンという簡素な服装の〈泥の王〉・テレスアリスが、席に戻ったは良いがうんともすんとも言わなくなった金髪を顎で示す。
「もういいです」
孫を膝に乗せ、小さな頭を撫でているギルマス。にこにこと、一仕事終えたシロンは大人しく座っている。
〈赤花〉が腕を伸ばし、放心状態の主人の頬をぷにぷにとつついている。
「皆さんもすでに聞いているでしょうが……魔族は最優先駆除対象です。できれば一致団結して、早期の討伐を期待したいですが」
ちらっと、人海戦術能力を保有している者に瞳を向ける。
〈泥の王〉は大きく欠伸をした。危機感が微塵もないのは、魔族に怯えていない証。金ランクが怯えていたらもっとパニックになるのでそこはありがたいが、話し合いの場ではせめて背筋は伸ばしてほしい。
「ふぁあああ……。あー、俺様の『泥の兵隊』から目撃報告はナーーシ」
「そうですか。ちなみに何体ほど放っておられますか?」
「千ちょい」
彼は土魔法で、泥や土で人っぽい形を作れば自在に操ることが出来る。
その泥の兵隊が見聞き感じたことを共有できる。人形を精巧に作れば作るほど制度は上がるが、彼の人形は溶けたゾンビのように適当だ。夜中、鉢会えば気絶する自信がある。
人間は二本の腕を操るので精いっぱいだ。右手で丸を、左手で三角を同時に描こうとするとこんがらがる。それを、千。
魔法の腕云々より、彼の脳みそがぶっ壊れている。どういう処理能力と速度だ。
ディビィも冷や汗を流す。
「どの辺に配置してますかな?」
「てけとーにばらけさせてるぜー? この国周辺とか、国境とか、水の都とか」
「はい? 水の都? なぜそんな遠い国まで?」
「一体崖から落ちて川に流されてたら到着した」
げらげら笑っているが、彼も崖から落ちったダメージを受けているわけだが。いや、いい。ここにいるのは人外どもだ。
「ふむ。あなたの方は?」
話を向けられた〈優雅灯〉が首を横に振る。それに合わせて背中の三つ編みも揺れる。主人はイラッとした。
「今のところ、うちの子は誰も目撃していません」
人類よりもモンスターよりも数が多い「虫」。それを使役している虫使いの包囲網にも引っかからない魔族。彼の言う『うちの子』とは、使役している虫のことを差す。
〈赤花〉はぷにぷにしながら問いかける。そろそろやめてくれんか?
「その魔族ちゃんはぁ~、どのくらいの強さだったの?」
アゲハは顎に指をかける。
「んー……。マダムよりは強いですね」
全員の頭上にハテナマークが浮かぶ。
ツッコんだのはタイムだった。
「誰?」
「はい? うちの子です。アルタイルの……。タイムさん、会ったことありますよね?」
「お前の虫の名を、お前以外が把握しているわけないだろ」
立ち上がりそうなおじさんの肩を、ドラモンズが懸命に抑えている。
「やめなさいって」
やっと手を引っ込めた〈赤花〉が今度は虫使いの頬をつつく。
「アゲハちゃんと〈黄金〉ちゃんがいて倒せなかったのぉ? 強敵~?」
「それは……すみません」
シロンをデレデレと見つめたまま〈黄金〉が発言する。
「あー、〈優雅灯〉はあと一歩まで追いつめてたぞー。俺が足引っ張ったんだ」
アゲハは三つ編みの毛先が跳ねるほど驚いた。
どういう意味だ? とタイムが偉そうに背もたれに身体を預ける。
「お前が? 未成年でも人質にされていたのか? ……つーかどこ見て喋ってんだお前は」
「シロンちゃんに決まってんだろ話しかけんな殺すぞ」
おじさんは呆れて声も出ない。
「どういうことですかな?」
ギルマスが聞くとやっと答えた。
「魔族が転移寸前だったからな。深追いしないようブレーキをかけさせたんだ。こいつは遠距離で戦えるのに遠距離で戦うタイプじゃないしな」
「ふむ……。〈黄金〉殿にも人の心は残ってたのですな」
「おん?」
それを聞いた〈泥の王〉テレスアリスは鼻で笑う。
「ま。自分のガキがやばくなったらテンパるのは仕方ねーな……」
鼻で笑った割に気遣うようなことを言う。
シロンは「えっ?」みたいな顔で、主人とアゲハを交互に見つめた。
〈優雅灯〉は照れたようにうつむき、その他は責めるような瞳を〈黄金〉に向ける。主人はどうでもよさそうに机にほっぺをくっつける。
「では、取り逃がした責任は〈黄金〉殿にとっていただきましょうか」
照れている場合でないと、アゲハは立ち上がる。
「父さんは悪くありません! ……責任なら俺が」
「黙れ。貴様に「父さん」など呼んでほしくない」
びくっとシロンの肩が揺れる。
〈優雅灯〉は傷ついた子どものような表情を一瞬見せ、会議の場は気まずい空気に満たされるが……
ビーチボールサイズのテントウムシモドキをどこからか取り出すと、〈黄金〉の顔面目掛けてアタックした。
「うるさい! 愛してる」
「ふぎゅっ?」
顔でぼこっとバウンドしたテントウムシモドキは大きく跳ね、床を転がるとててててーっと主の元へ戻っていく。
顔が凹んだ主人は椅子からぐしゃっと落ち、虫が苦手なのか〈泥の王〉とドラモンズはおじさんに登る勢いで抱きついている。
腕を組んだおじさんは黙って青筋を浮かべていた。
我が子のようにテントウムシモドキを抱き上げると、何事もなかったように席に腰を下ろす。
「魔族は俺が見つけ次第、退治します」
「……では〈優雅灯〉に一任しますが、他の方々も警戒は怠らぬようお願い申し上げます」
ギルマスが深々と頭を下げ、会議は終了となった。
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