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双子

14 幸せすぎる

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「ごしゅじんさまー」
「っと。まだ起きていたのか?」

 エイオットは縄の上を器用に渡り、主人の後ろのクッションに腰掛ける。

 うわうわうわ。すげえな。三日月が光っているとはいえ真っ暗な中、移動している綱の上を歩くとは。サーカス団も真っ青だよ。獣人の運動神経には毎回驚かされる。

 主人の側にいくと、小さくミシミシと骨が軋むような音がした。ぴこぴこと耳を動かす。

「大きな街に着いたら双子ちゃんたちとお別れしちゃうの? 何が何でも連れ帰る感じだったじゃん! せっかく会えたのに……」
「そういえばエイオット。アクアを助けるために勝手に刃物持って飛び出したな」
「え? う、うん……」

 ビクッとエイオットの肩が揺れる。
 主人は一瞬だけ振り返った。

「よくやった。かっこよかったぞ?」
「……ごしゅ」
「でも言わせてもらう。エイオットでは手に負えないような者が相手の時は、迷わず俺かキャットに頼るように」
「え、でも……」
「俺かキャットを頼ります」
「え?」
「復唱」
「……」
「俺かキャットを頼ります」
「た、たっ、頼ります。ご、ごしゅじんさまとお兄ちゃんを!」
「……ありがとう」

 エイオットはしばし無言で、左右の指を絡める。

「それって……おれが怪我をしないように?」
「ああ。それとさっきの質問に答えておく。狸たちは連れて帰る。街に置いていっても衰弱死するだけだ。とにかく飯を食わせないとな……。俺の気がおさまらん」

 エイオットは主人の背中にもたれる。

「お兄ちゃんのご飯を食べさせたいんだね?」
「うん。風呂にも入れて睡眠もしっかりとらせて! 健康状態がごっちんの許可が出るほど良くなれば! それでも洋館から出て二人で生きていきたいのなら考えてやる」

 考えるだけな、と小さな声が聞こえて、くすっとエイオットは苦笑する。

 何かごちゃごちゃ言っているがつまりは――

「元気になってほしいんだね」
「うん」

 元気じゃない子どもを見て平然としていられるほど、俺は強くないぞ。多分過呼吸になる。

「エイオット、もう寝なさい。バスケットは狭いと思うが……その着物も、寝にくかったら脱いでいい」
「ごしゅじんさまは? 寝ないの?」

 さっきの回復薬で宿代が、な。もう少し進むまで節約節約。

「俺は運転しておくから。寝たまえ。朝まで起きてくるな」
「大人ごしゅじんさまになっちゃうから?」
「……まあ、うん」

 エイオットはぎゅっと抱きついてくる。

「っ……っ……!」

 抱きしめ返したいのに、背後から抱きつかれては。運転中で後ろ向けないし。あたふた腕を動かすがどうにもできないので、エイオットの手の甲に手のひらを重ねるだけにしておく。

「おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」

 お休みのキスもできねーじゃないか! 車だけ自動運転してズルいぞ。愛する故郷がどうなっているのかは知らないが、滅びていないのなら自動車も自動化している気がする。いやこっちにも似たようなものはあるのだが、ギルドがなぁ~。

「良い夢を、エイオット」

 バスケットに戻り寝息が聞こえるようになった一時間後。
 魔女っ娘は消え、三日月には大人が腰かけていた。

「夜でも鮮明に写せるカメラがあれば……くそぅ。子どもたちの寝顔が……」

 ブツブツうるさかった。








 それから狸たちは一度も脱走することなくバスケットに収まっていた。起きるなり服を新品(ヴァッサーが詰めてくれたもの)のものに着せ替えさせ、汚水のにおいが染みついたバスケット内の毛布を取り替える。
 休憩時にはもぐもぐとご飯を食べてくれた。

『焦らなくていいよ』
『はぐはぐはぐっ』
『おいひい。おひいいよ』
『口の周り、ついてるよ。ぺろぺろ』
『うぷっ……。やめろよ!』
『ぺーろぺーろ』
『……ファイアまで』

 アクアはぐぬっと眉根を寄せる。主人は机に額をぶつけたまま動かなくなっていた。

 トイレ休憩。

『おトイレ。ついてってあげる。暗くて怖いでしょ?』
『ひとりで行ける! 馬鹿にすんな』
『早く行こうよ……もれるぅ』
『し、しかたねーな』

 トイレの個室。扉の前から、はあはあはあとずっと聞こえてくる。ばっと開けるも誰もいない。アクアとファイアは気味悪がっていたが、エイオットだけは誰が立っていたのかなんとなく察した。

 ずっとバスケットの中も良くないので、いい天気の日中は歩かせることにした。

 エイオットがふたりの間に立ち、手を繋ぐ。アクアが嫌がったので右手はアクアの服を掴んでいる。次第に歩きづらさを感じたのか、仕方なくエイオットと手を繋いでいた。

『えへへ。たのしーね』
『なんだよ。年上ぶりやがって!』
『年上だもーん』
『あの……魔女のお兄さんは、おてて、つながないの? つな……ぐ?』

 のけ者にするのは良くないと感じたのか、ファイアが魔女っ娘をちらっと振り返る。
 気味が悪いほどにっこにこ笑顔だった。

『あまり横に広がって歩いているのは良くないからね。気にせず歩きたまえ』

 今にもスキップしそうなエイオットが両手を上げる。双子は同時に宙に持ち上げられた。

『うわっ、すごーい』
『すげー力…………ハッ! 別に! こんくらい俺でもできるしっ』
『そーれ。もういっかーい』

 キャアキャアと楽しそうだ。道行く人もほほ笑まし気に見てくる。三日月の上で萌え過多の主人がじたばたと悶えていた。







 幸せすぎて頭から依頼がすっこ抜けていた。ちびっ子も増えたことだし、ご主人様は頑張って働きますよ!

「ちょっくら片付けてくるから、宿で待っててね?」

 宿のロイヤルスイートを取ったぞ。セキュリティがしっかりしてあり、従業員の教育も行き届いている。貧困地区から離れた観光地。宿はすぐに見つかった。節約のために一部屋しか借りられなかったがな。はい。もっと稼いできます。

 (ぱっと見)子どもだけで宿に入っても受付の人は大人にするような対応をして、身分証(金カード)を見せても騒ぎはしなかった。助かるわ~。

「なんだこれすげえ! めっちゃ跳ねる」
「あ~あ~あ~止まらないよ~。アクア助けて~」

 目を輝かせたアクアと目を回しているファイアはクイーンサイズベッドでぽいんぽいんと跳ねまわっている。かっわいいな~。

 で、ずっと俺に抱きついているエイオットはどうしたのかな?

「エイオット? 部屋のランクが気に入らなかった?」

 ぎゅっと抱きしめ、背中をぽんぽんする。ちびっ子三人とも着ていた衣類は洗濯中なので、今は寝間着のようなゆったりワンピースに身を包んでいる(旅館の浴衣のようなもの)。子ども用はフリルが付いており、天使にしか見えない。なんだ天使か。

 エイオットはようやく離れる。

「ちょっとギュッてしてほしかっただけなの」

 心なしか、寂しそうな笑顔。

「……本当か? 何かあれば隠さず言うように」
「うーん。なんだか、すぐ抱きしめてほしくなるんだ。……おれって、変なのかな?」

 帰ってこい理性。仕事を。依頼を片付けてからにしなさい!

「変ではないし、変だと言われても、俺はエイオットがくっついてきてくれたら嬉しい」
「……嬉しい、の?」
「すごく嬉しい」

 大事なことなので何度でも言おう。

「……ごしゅじんさま、大好き」

 抱きついてくるとぺろぺろと頬を舐めてくる。
 くすぐったいウヒョヒョヒョヒョヒョ!

 ――はっ、幸せすぎて魂が出ていくところだった。危ない危ない。死んでいる場合ではない。

「俺もエイオットが大好きだよ」
「えへへー。知ってるー」

 伝わっているようで安心した。

「ごしゅじんさま。何しに行くの?」

 そういえば……と言った顔で訊ねてくる。

「でかでかモンスターを狩ってくるだけだよ」

 主人は遠い目をしながらギルマスとシロンちゃんを思い浮かべる。誰も引き受けたがらない依頼の面倒くささを舐めていた。超大型モンスター退治なんていやだぁ……。攻撃を始めると暴れ出すから、被害を出さないように素早く倒さなくてはならない。ゲームで例えるなら時間制限付きのようなものだ。時間に追われる系のゲーム……苦手だったな。

 帽子をへにょらせる主人の頬を両手で挟みこみ、少しだけ持ち上げて目線を合わせる。

「怪我しないでね? すぐに帰ってきてね? 遅くなったら、めっ、だよ」

 ぐふううう!

「もちろんだ。夕方までには戻る。宿からは出ないように」
「はい!」

 きちんとエイオットの顔を見る。

「双子を頼むぞ」
「まっかせて!」

 両手を握るエイオットが可愛い。離れるのが辛い……。
 主人は心を無にして宿から出ていくのだった。



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