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双子

13 エイオットの活躍

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「いって!」

 男の腕から血が噴き出し、握っていた狸が消える。

「おまえ……」

 あたたかなものに抱きしめられ、アクアは目を見開く。

 ひらひらした美しい着物姿の、狐少年だった。男の腕を斬りつけると同時にアクアを奪い取ったのだ。
 男から離れた位置に一回転してから着地し、刃物を銜えたまま睨む。全身の毛を、激しく逆立てて。

「……なん、で」

 狐の腕が、自分を苦しいほど抱きしめる。怒っている……。あれだけほんわかしていた奴が、目を吊り上げ、全身で男を威嚇している。なんで……? 俺のために、怒ってる……のか?

 ぼろぼろと熱い滴が、目からこぼれる。
 エイオットは一度だけアクアを見ると、すぐに男に目を戻し、銜えていた刃物を左手に持ち替える。その辺の新人ハンターより堂に入った構えだった。
 ずっと村で狩りをしていたエイオットのステータスは、同年代より高い。不意さえつければ傷を与え、アクアを取り戻すくらい簡単だった。

 男は傷口を押えながらゆらりとエイオットの方に身体を向ける。

「……なんでこんなひどいことするの?」
「おじさんこそ、おれの弟を虐めないで」

 おと、うと? 俺の、こと?

 ひくっ……ひくっと涙を堪えようとする音がする。温厚なエイオットの体温が上がり、頭まで熱くなる。自分は何をされても悲しいだけなのに。
 優しいエイオットが人生で初めて、怒りを表に出した瞬間だった。

 男は怯むことなく指を差す。

「俺は助けようとしただけだよ? その子が人を探しているっていうから。手伝ってあげてたんじゃん」

 どこか壊れた笑顔。濁った瞳。見るものが見れば、一発で薬をしていると分かっただろう。

「それなのにさ! 果物ぶつけられて、手まで斬られて。酷いよ。こっちは善意で手伝ってあげたのに。感謝してほしいくらいなのに!」

 唾を飛ばして怒鳴る男は気づいていなかった。エイオット以上に怒っている者が、真後ろに迫っているということに。

「そうか。俺の子が世話になったな。産まれたことを後悔しろ」



 








 
 倒れた薬中を踏んずけて、エイオットを迎えに行く。

「怪我はないか?」
「酷い怪我してるよ。顔が……」

 エイオットに怪我が無いか聞いたのだが、抱き上げた狸っ子を突きつけてくる。そんなに近づけられたら逆に見えないよ?

「アクア!」
「!」

 キャリーケースのように引きずられていた三日月に乗せられたバスケットの中から、小さな男の子が飛び出してくる。アクアに抱きつくと有無を言わせず腫れた顔をべろべろべろと舐め回す。

「いててててて!」
「アクア! 怪我してる! アクアが! 怪我を!」

 べろべろべろべろべろべろ。
 小さな怪我は舐めて治してきたのだろう。こうすれば治ると信じ切っている勢いだ。早く治さなきゃ! という気迫を感じる。

「いてえってば!」

 唾液でべちょべちょになった頃、ようやくファイアは離れた。はあはあと肩で息をしている。こんなにアクティブなファイアは初めて見る。

「……ファイア。無事、だったのか。どこ行ってたんだよ?」
「う、えっと……。ねてた(気を失ってた)みたいで……」

 目を覚ますと誰かに運ばれていた。アクアでもない。黒いおばあさんでもない。あの魔女っ娘でもなければやさしそうな狐のお兄さんでもない。

『う、あ、ああああ』

 ファイアはめちゃくちゃに暴れたが、運んでいた人に悪意はなかった。倒れている子がいたので病院に運ぼうとしたのである。

『アクアああっ』
『落ち着けって』

 背中に翼を生やした人物は着ていた上着でファイアを包み、病院へ急ぐ。その途中で主人たちとすれ違ったのだ。

『あ』
『あ』

 同時に気づいた二人がこれまた同時に追いかけ、事情を離してファイアを受け取った。衰弱していたのでバスケットに放り込み、串焼きと飲み物も放り込んでもう一人を探す。
 すぐ食べると思いきや、アクアが見つかるまで頑として口を付けなかった。アクアがお腹を空かせているかもしれないのに、自分だけ食べることが出来ないのだろう。絆の深さがうかがえる。
 でもそれだと脱水の危険があったので、エイオットに食べさせるように頼んだ。

『任せる』
『うん!』

 バスケットの中にひらりと入り込む。

『はい。あーん』
『……ちゃべないっ』

 ぷいっ。

『……はい。あーーーん』
『もごっ? もごおおおっ』

 すごい悲鳴にばっと後ろを振り向けばエイオットが串から取り外したテナス(鰻モドキ)を、ファイアの小さなお口に押し込んでいるところだった。涙を浮かべてじたばた暴れる子を取り押さえ、水で流し込んでいる。

『はい。よく噛んでね?』
『ごぼごぼごぼ!』

 溺れかけていたがエイオットは良い笑顔だったので、見なかったことにした。
 あれかな。飯を残すと執事が怒るからかな? ファイアが怒られないようにと頑張ったのだろう。そ、そう。これはエイオットが心を鬼にしているのであって、けっしてSの片鱗が顔を見せたとかそんなんでは……。

 食事を摂り(強制)喉も潤ったファイアは多少元気になったようだ。アクアの顔を舐め回せるくらい。ナイスファイト!

「これ! アクアの分! ごめんね? 先に食べちゃって……」

 ずいっと串焼きをアクアに突き出す。べちょっと鼻にタレがついた。反射的にペロッと舐めてみる。

 ……うまい!

 口にしたことのないフルーティで濃い味付けに、一気に空腹が刺激された。口の中が涎で溢れる。
 ごっくん。

「た、食べないぞ! ほどこしなんて、うけない」
「いいから、食べて!」

 こんなに我を通すファイアは初めて見た。おとなしいファイアが必死になって勧めてくる。……何故か、ちらちらと狐野郎の方を見ながら。何かあったのか?

「食べて食べて食べて! 食べてよぅ」
「う、わ、わかったよ……」

 口を開けると押し込まれる。噛むとじわっと溢れるうま味。
 こうなると理性ごと記憶が飛んだ。気がつけば刺さっていた魚はなくなり、串だけとなっていた。

「……う、うまい」
「お水飲んで! 飲んでよ」
「せ、せかすなよ。分かったって」

 ごくごくと一気飲みする。
 久しぶり……いや、人生初かもしれない満腹感に、アクアはぼーっとなった。

「……アクア」

 ホッとしたファイアが抱きつこうとする前に、
 バシャッ

「ぶ」
「はい。回復回復~」

 不思議な香りの液体をかけられた。すぐにごしごしと左手で拭うが、顔の痛みと右腕の痛みがすっと消えた。

「……え?」

 呆然とするアクアに今度こそ抱きつく。

「よかった! アクア……。アクア」
「……ファイア」
「もうどごにも、いがないでよ……。アクア。遠くに行っちゃいやだよ……」
「お、俺はただ果物を取りに行っただけで……。……っ」

 ファイアの寂しさを感じ取ったアクアの耳が垂れる。そんな二人を、エイオットがまとめて抱きしめた。

「バスケットに乗ろうね」
「……」

 ファイアもこいつも、ちっとも俺を臭がらないし邪険にしない。きれいな着物が汚れるのも構わず抱きしめてくる。
 で、でも。

「俺はお前らなんかに……」

 ついて行かないぞ! とは言えなかった。勢いがしぼむ。怖い経験をしたばかりだ。足がすくんで当然だろう。
 金髪魔女がぱんぱんと手を叩く。

「いいからバスケットに乗れ」
「っ、そ、で、でも……。う」
「ここは治安が良くないからな。治安の良い大きな街に行こう。逃げるならそこで逃げろ」
「え……?」
「その方がまだ二人でも生きていきやすいだろう。とにかく乗れ。大きい街まで運んでやる」

 まじまじと魔女を見つめる。

「え? おまえ……何のために俺たちをおりから出した、んだ?」
「もちろん可愛い服を着せるためだ‼」

 ヒュウゥと冷めた風が吹く。主人は「決まった……」と言わんばかりの顔で三日月に乗り、エイオットは目を点にして固まっている双子をバスケットに運び込んだ。自身もバスケットの中で座る。
 車輪が回り、三日月はすいーっと夜道を進む。




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