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双子

09 アクアとファイア

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「げほっ、ゴホッ……もういや、リスカしよ……」
「なにしてんだい」

 外で気絶している男たちを邪魔にならない場所に捨てて、戻ってきたヴァッサーが水の入ったグラスを差し出す。
 エイオットは若干慣れた顔で、乙女座りの青年の背中を摩っていた。

「この店、お前のために薄暗くして鏡置いてないのに、何で死にかけてんだ?」
「ウヴ……。双子との落差で気分が……オロロロロロ」

 飲んだ水を即行逆流させる青年に、奴隷たちが目を逸らす。

「……はあ」

 客にため息をつきやがった。
 魔法使って眠らせろよ、と言いたげな目を向けてくるヴァッサー。
 だって一億使ったばっかなんだもん! 心と財布の余裕的にあんな奴らに金貨一枚たりとも使いたくないわ。

「でも助かったよ。ああいう客はこっちが対処しなくちゃならないのに。ありがとうね。この歳になって庇われるなんて……。あんたが気持ちの悪い変態じゃなかったら、惚れてたよ……」

 感謝された気がしないなぁ。

「オメーを庇ったんじゃないよ」
「知ってるよ……。それで? どうすんだい?」
「なにが?」
「双子の服だよ」

 シャッと隣の部屋のカーテンを開けると、子ども用の服がずらりと並んでいる。

「ヴァッサー。これは⁉」
「どっかの変態の真似をして、奴隷に可愛い服を着せるのが流行り始めているんだ。その流行に乗っかったのさ……」

 戻していたのが嘘のような足取りで、主人は鼻息荒くして並べられている服に近寄る。
 お嬢様が着るようなゴージャスなドレスに前世を強烈に思い出すブレザーに似た服。白エプロンがついた桃色のメイド服(標準カラー)。見慣れた執事服。

「こ、これはビキニアーマーとかいうやつか?」

 うおおおおお……。子ども用の物を初めて見た。あ、涙が。産まれたのがファンタジー色の強い世界で良かった。この世界って、素敵。

「びき……? 密林の戦士たちの鎧だよ。まあこれは見た目を楽しむだけの服だから、鎧のような防御力はないがね」
「あっ。セーラー服もある!」

 なんてこった涎が止まらん。うへうへうへ。生きてるって楽しい。
 夢中になっていると尻を触られる。ぎょっとして振り返るとエイオットだった。ローブを掴んだ位置がたまたま尻だったようだ。

「ゴフッ」

 お願いだからこの姿の時には触らないで……。

「ど、どうしたんだ? エイオット」
「ごしゅじんさま。おれをほったらかして、楽しそうなの、駄目」

 むうっと眉根を寄せ見上げてくる。

「わ、分かったよ。このままじゃ死にそうなんで魔女っ娘の姿に戻るわ……。離して?」
「むうー」

 なんだよ「むうー」って。可愛すぎて心停止したらどうしてくれる。

「離してほしい?」
「え? うん」
「じゃ、ぎゅーってして。抱きしめて」

 「ん」っと両腕を俺に向かって伸ばしてくる。
 抱っこ待ちの破壊力よ……。なんで、なんでそんなにぐううううっ胸が!
 震えながらもエイオットを両腕でしっかりと抱きしめてやる。言うこと聞くって、言ったもんな……。あー。お日様の香りがする。深呼吸しよう。
 エイオットは満面の笑みで背中に手を回す。

「えへへ。ごしゅじんさま。ぎゅー」

 すりすりと顔をこすりつけてくる。
 一瞬意識が飛んだ。

「おやおや……。よく懐いているね」
「げふっ。そうだろう? エイオット。疲れてないか?」

 頭を撫でると、元気よく頷く。

「うん。ごしゅじんさまより元気だよ」

 それはなによりだ。
 エイオットが満足するまで抱きしめてやる。口内が鉄の味するけど、今は耐えるときだ。

「「……」」

 その様子を、双子がじっと見つめていた。

「ありがとう。ごしゅじんさま。でももっと抱きしめてね?」
「ハグが足らなかったかな? 分かった。気を付けるよ」

 ローブを離してもらい一安心。
 よし、魔女の姿に……

「その前に、ちょっといいかい? 〈黄金〉」
「ん?」
「五分でいいからまともな顔して、店先に立っててくれないかい?」

 まともな顔してないみたいに言うな。どういう意味だ。理由によっちゃ乱闘が始まるぞ。
 青筋を浮かべた笑顔で訊ねる。

「何が言いたいんかな?」
「せっかく無駄に顔が良いし。人目を引く姿になってんだ。客寄せパンダにしようかと」

 ギルマスもだけど、顔褒めるときいつも「無駄」って言葉がセットでついてくるんだけど。悪意を感じる。
 あとそんなこと言われるとパンダ獣人が欲しくなるだろうが。でもふざけたことにこの世界パンダいないんだよ。パンダいないのになんで客寄せパンダって言葉はあるのさ。
 俺がこの世界に来る前に滅んだとかか? 調べても分からないんだ。こういう時すごくネットが恋しくなる。調べたらすぐに分かる時代がこういうとき恋しい。
 帰ったらごっちんに聞こう。

「お断りだよ。何が悲しくてこんなゲロ姿を晒さにゃならんのだ」

 置いとくならエイオットの方がいいだろ。

「そうかい。残念だよ。私の作った衣装を見せてやろうと思ったんだけどねぇ……」
「なん、だと……?」

 服を作った?
 この世界は衣服にそこまで力を入れている者は少ない。職人は多いのだが「もっと服を可愛くしよう」や「エッチな服を作ろう」という考えの者が少ないのだ。なんてことだ。そりゃ獣人たちは着飾らなくても存在が可愛いからいいだろう。だが! 質素でシンプルなものばかりでは可愛い服を着せたい俺の欲求が満たされない。

 なので、材料を集めチクチク一人で作る日々。

 俺にも仲間が⁉ ついに可愛い服を作ろう同盟が! 俺の百年による孤独な戦いが終わるというのか?

(いや待て! ヴァッサーのことだ。孫に着せるようなもっさりした服かも知れん。ぼんぼりのついた毛糸帽子とか腹巻とか半纏とか……。それはそれで可愛いが露出が足りん)

「なにブツブツ言ってんだい? こんなのを作ってみたんだよ」

 がーっとヴァッサーが台車を押してきた。

 その上には木製の服を着た木製の人形(マネキン)が。

「お?」
「……わあ」

 主人とエイオットの声が重なる。
 そのマネキンが着ている衣装が……
 首元の赤いリボンに、肌にぴったりくっつく黒いスーツのような上下一体の服。こここ、これは。

「バニー服(うさ耳と尻尾ナシ)だと……⁉」

 しかも足は網タイツ。背中は大きくVの字に開いている。尻尾穴ももちろんある。

「ほっほっほ。どうかね?」

 自慢げに笑うおばあちゃん。

「なっ、正気か⁉ ヴァッサー。こんな、こんな……」

 栄養状態が良くなかったのか、ツインズは拾ったばかりのエイオットのようにひょろい。だが飯を食わせていたらやがて子ども特有のむちふっくらボディになる、はずだ。むっちぃぃぃとした狸っ子たちが双子コーデでバニー衣装……この年齢だし、まだ恥ずかしがったりしない……してくれたら最高……。

「……………………」
「ごしゅじんさま、放心しちゃった」
「お気に召したようだね」

 ケッケッケッと笑うヴァッサー。
 バケツから箒を引き抜き、檻の中に入って狸たちを掃き出す。

「ほら。飼い主が決まったんだ。早く出な」
「わあん」
「何すんだよーババア!」

 困り眉の方が泣き出し、強気な方がシャーッと威嚇してくる。
 エイオットは好奇心のままに近寄り、狸たちの前でしゃがむ。
 狸たちはビクッと肩を揺らす。

「あのね。初めまして。おれはエイオット」
「……アクア」
「ファイア……でしゅ」

 威嚇している方がアクアと名乗り、気弱そうな方がファイアと名乗った。

「アクアちゃんととファイアちゃんね! ねえねえ。どっちがお兄さんなの?」

 ふりふりと尻尾を振るエイオットに敵意が無いと伝わったのか、ツインズは顔を見合わせる。

「知らない……」
「分かんないよ……」

 だろうね、と心の中で頷きながら、ヴァッサーは突然バケツの水を双子にぶっかける。

「びゃああー?」
「ぶふーっ」

 エイオットは突然の事態に耳をピンと立てる。

「何するの? おばあちゃん。虐めちゃ、メッ!」

 ずぶ濡れで身を丸くしている二人を庇うようにアリクイの威嚇ポーズを取る。

「なにって……きれいにしておきませんと」
「……はっ!」

 そうだった。洋館が快適過ぎてうっかりしていたが、自分も身体を洗う時はこうだった。

「ほら。手伝いな」

 ポイと投げ渡されたタオルを受け取り、ヴァッサーと一緒に狸たちをごしごし拭いていく。今どっちを拭いているのかいまいち分かっていないが。

「うう~」
「やめよよ! やめろよ」

 ファイアは嫌そうだが大人しく、アクアはエイオットの手を振り払うように暴れ出す。

「じっとしてなきゃ駄目でしょ!」
「うゆしゃい! しゃしず(指図)するな」

 難しい言葉を知っている。
 逃げ出そうとするアクアを、エイオットが「逃がさん!」と抱きしめる。逃げるものは反射的に追いかけたくなる狐っ子。

「むがーっ。はなせよ、なんだよおまえー!」
「ちょ、暴れないで」

 力の限り手足を動かすが、同じ獣人とはいえ体格的に負けているアクアは逃げ出せない。

「落ち着いてね。ぺーろぺーろ」
「……う」

 真っ赤な舌を出し、アクアのフケや汚れを舐め取っていく。獣人にとって毛づくろいは健康維持に必要で、友好と愛情の証。

「……」

 気持ち良いのか、それとも母との記憶が微かによみがえったのか。ぎゅっと目をつぶったまま大人しくなる。

「はあ~~~。魔具とかいう便利なものがある癖にカメラが無いのはおかしいだろこの世界……」

 視界に、金の髪が眩しいどえらい美人が入ってくる。ごしゅじんさまだった。
 どんよりした顔でよく分からないことを呟いている。

「やっと復活したのかい」
「戻ってこれないかと思った……花畑まで逝った」

 しゃがんで「手伝うよ」と言って手を差しだしている。その手にヴァッサーがタオルをパスする前に、狸を抱いたままエイオットがローブを引っ張る。

「ねえ! ごしゅじんさま! この子たち、お風呂に入れてあげてよ」
「うぼあっ!」

 幼い子を抱きしめているエイオット。可愛いが可愛いを抱っこしている。
 青年は心臓を押さえて倒れたまま、また動かなくなってしまう。チーンという幻聴が聞こえた。

「ごしゅじんさま、お昼寝……?」
「役に立たないね、こいつ」

 濡れたタオルで青年をぺしぺし往復で叩き、目を覚まさせる。

「くそ……油断した」

 先代ハーレムの子たちも同じようなことしていたのに、耐性が一向につかない。毎日見ても新鮮な可愛さに驚かされる。

「いいからこの子らに着せる服を選んできな……。このままでいいなら、構わないが」

 狸たちが着ているのはサイズの合っていないぼろぼろのワンピースだ。ヴァッサーの店なのでそこそこ良いものを身につけているが、どうしても汚れが目立つ。

「あのバニー服、おいくら?」
「……買うのかい? 素人作品だよ?」
「買うに決まってんだろ。早く言え」

 血走った目で財布を取り出す。謙遜しているがヴァッサーの裁縫の腕はなかなかだ。これを機にヴァッサーが衣装づくりにのめり込んでくれることを願う。そのために多めの金を渡しておく。
 まあ、バニー服はもっと双子がふっくらしてきたら着せるので、今は別の服を選ぼう。網タイツはむっちり足に映える。


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