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一人目

20 緑の護石

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 ギルドに戻ると受付に並んでいたハンターは一斉に逃げ出し、ギルドにくっついている食堂で飯を食べていた人たちは飲み物を噴水の如く吹き出す。
 急にボスモンスター二体が現れたのだ。受付嬢も悲鳴を上げて奥の部屋へ隠れる。
 阿鼻叫喚の騒ぎだったが、鍛えられた人間が多いだけに五秒もかからず誰もいなくなった。
 ガランとするギルド内。主人は舌打ちしそうな顔で、背後のアホを振り返る。

「……」
「一体どうしたんだ?」
「きみのでっけぇ虫にビビってんだよ。なんで仕舞ってないんだ? アホか?」

 従えたモンスターや獣も出入り自由なギルドの建物。頑丈に出来てる。ギルドでなかったらこいつの虫モンスターの角が天井突き破っているし、羽ばたきで吹き飛んでいるからな! 仕舞え。
 棍棒の青年は訳が分からないという風に首を傾げる。

「は? カブト君もマダムもこんなに美しくて凛々しくて可愛いのに? あ、あまりの神々しさに耐えきれなくなったのか!」

 ぽんっと手を叩いている虫馬鹿を無視し、ギルマスの部屋にレムナントを放り込んだ。このアホのツッコミより治療が先だ。
 






🌙






 魔族と遭遇して数日が経った。
 身体の傷は癒えたが心の傷が深く、レムナントは一言も発することなく部屋で閉じこもっている。初日が地獄だったのだ。家族も無理に引きずり出そうとせず、気にかけながらも見守ることにした。
 唯一父親だけがイラついた様子で自身の部屋の中を歩き回る。

「おい。レムのやつはまだ部屋に閉じこもっているのか?」
「ええ」
「いつまで閉じこもっておる気だ。部屋に一人でいて何が変わる! どうしてこの父の胸に飛び込んでこないのだ!」
「落ち着いて。あなた」
「落ち着いてくだされ。旦那様」

 妻や家令に諭されても父親は苛立たし気に踵で床を叩く。

「旦那様」

 控えめなノックの音。家令が扉を開けるとメイドが客の訪問を報せに来た。

「誰だ? 今日は来客の予定はないぞ」
「それが……」



 メイドから話を聞いた父親は息子の部屋の前に行く。

「レム」
「……」

 返事はなかったが構わず続けた。

「いま、ハンターが来ている。お前に渡したいものがあると」

 ばんっと扉が開き、やつれた顔のレムナントが出てきた。
 痩せた息子の姿に父の瞳は一瞬、会えた嬉しさと痛々しさで揺れる。

「……ど、なた、ですか?」
「行ってこい」

 頭をくしゃりと撫でると、息子の背を押した。

「……? は、い」

 熱いほどの陽気のなか、艶やかに破蕾する庭園の万花。その間を通り、レムナントは門へ向かう。髪も乱れ服装も人前に出るようなものではないしわくちゃ加減だったが、レムナントはそんなこと頭になかった。
 ふらふらと歩くと、一人の青年がぼうっと空を眺めていた。が、すぐに足音に気づき目線を向けてくる。
 青年は実に気安く片手をあげた。

「やあ」
「……」

 レムナントの表情を見て、わたわたと敬礼? をする。

「失礼。貴族相手に無礼だった……でしたね。えっと、その」
「い、いえ。貴方は?」

 実力主義でならず者が多いハンターに礼儀を求めても虚しいだけだろう。そう思うと、どれだけ宵の明星がきちんとしていたのかが分かる。

「――……」

 膨大な魔力を一気に失ったがためにいまだに頭が全く動かず、夢の中をふわふわ歩いているような心地なのだ。敬語でないかどうかなど、心底どうでも良かった。
 相手は胸に手を添え、形だけの礼を取る。

「お初に――じゃなかった! この前会ってるし! ええっと、も、申し遅れました。自分はアゲハ・アレクサンドラと申します」

 ぐっだぐだな青年をぼやーっと見つめる。

「アゲハ……?」

 たしかこの国に四人しかいない金ランクの化けも……英雄の一人ではなかったか。
 膝裏まである青い髪を太い三つ編みにし、背中に垂らしている。瞳も落ち着いた青で、肌は白く不自然なほど赤みが無い。裏地が地味な色なせいでますますモルフォ蝶を思わすマントに、剣士のような恰好。瑠璃を練って伸ばしたような棍棒や夢かと思うほどでかい虫たちの姿は、ない。
 若い。自分と同じか、数個下くらいか。筋骨隆々だったミョドモンと比べれば女性のように細く頼りない。だがこの柳のような人物が魔族を圧倒するところを確かに見た。

 ――そういえば。この方が助けてくださったんでしたっけ……?

 もう一人いたような気はするが、レムナントはゆるゆると頭を下げた。

「その節は。命を助けていただき、ありがとうございます……」
「あ、いえ! 違うんです。助けたんだから礼を言えよって言いに来たんじゃないんです! これを、貴方に」

 相手は拳を突き出してくる。

「?」

 のろのろと手を差しだすと拳を開き、握っていた物をレムナントの手のひらに落とした。

「……これって」

 目を見開く。
 緑の護石だった。

「いつの間にか俺の服に引っかかっていたみたいで」

 主人に指摘されて初めて気がついた。

「貴方の装備品ですよね? 気づかなかったとはいえ、失礼しました」

 たはーと笑う青年。レムナントはぎゅっと両手で護石を握りしめた。

 ――デーネさんの……首飾り。

 震えたまま動かなくなる貴族に、アゲハは焦る。

「ち、違うんですよ! けっしてパチったとかではなく。偶然……俺の服に! そ、それに俺、護石とか必要ないし」

 レムナントは名残惜しそうにもう一度強く握りしめると、護石をアゲハに返そうとした。

「あの、これ……。私のじゃ、ありません、から」
「ん?」
「宵の明星の……っ、デーネという方が身につけて、いたものです」
「じゃあ、貰っちゃったらどうですか?」
「――え?」

 まじまじと金ランクの顔を見つめる。瞳の濃さがよく似ており、彼の顔と一瞬ダブった。

「そう言うわけには」
「え? なんで? それ結構いい護石ですよ? 魔法防御力をえぐいほど底上げしてくれます。新人が買おうと思って買えるものじゃ……お貴族様ならそうでもないか」
「……でも」
「宵の明星って孤児の集まりですから。親族はいませんので返してもらってもその護石、遺品としてギルドに没収されちゃうだけですよ」

 ギルドに返しに行くのが面倒なアゲハは護石を取り上げると、その紐をレムナントの頭に通した。
 それはレムナントさんのもの。

「はい。決定」
「アゲハ、さん? いい、のですか?」
「誰かが何か言って来たら俺の名前を出してください。よく似合ってますよ。それ」
「…………」

 一部がわずかに欠けた緑の護石が、陽射しを受けレムナントの胸で煌めく。これから険しい道を一人で歩かねばならない、レムナントの背を押すように。

「……っ……ふぅ」
「レムナントさん?」

 泣くまいと堪えていたが、

「あう、ああああっ。うああああああああっ!」
「ちょ、ちょっと!」

 地面に蹲り泣き出した。

「…………っ」

 アゲハはおたおたと周囲を見回す。
 三男坊とはいえ、こんな姿を使用人や他の人に見られたくないはずだ。
 片膝をつきマントで彼の姿を覆うように隠すと、力強くレムナントを抱きしめてやる。

「うううぅ、あああああ!」
(あーあ。また暑い日が続きそうだ)

 真っ白な雲が浮かぶ青い空。
 彼が泣き止むまでアゲハは空を眺め、その周囲を色とりどりの蝶が舞うように飛んでいた。


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