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一人目
17 宵の明星
しおりを挟む赤ランクとはいえ嘶きの空は気軽に来られるような場所ではない。特に高位のモンスターが多い『奥地』ともなれば。
奥地とはその場に住むモンスターの上位種の縄張りのことで、『始まりの草原』のような平和なところも奥地に行けば動く粘液(スライム)の上位種が蔓延る危険地帯となる。
転移に失敗した宵の明星とレムナントが飛ばされたのは『嘶きの空』の―ー奥地。
「チッ。今日も居やがる」
深い霧の中。地響きじみた足音と影だけがぼんやりと浮かび上がる。
この地のボス的存在である超大型モンスター、暴君・麒麟(タイラントホース)。足だけでその辺の低山より高く、伸びきった毛が滝のように足首まで垂れ下がっている。メスだけ頭部に角を持つ。
あまりの巨体から背には草木が生い茂り、集落のようなものがあると囁かれている。誰も全容を知らないのは、まだこの化け物を討伐したハンターがいないから。
大昔、魔王が足として使っていたという記録があり。そのため背中の集落には魔族が潜んでいるのでは? との噂もある。とはいえ、噂は噂だ。
麒麟がうろついているせいで、宵の明星は洞窟に滞在を余儀なくされた。あれは人間が相手をするようなものではない。奴が眠りにつくか、どこかへ行くのを待つしかなかった。
「あの。私が足手まといなら、皆さんだけでギルドに戻ってください」
弱々しくもこんな提案をしてくる。
食料などは優先的にレムナントに回しているとはいえ、彼は精神的な衰弱は見られない。こういった場所でじっとしているのは得意、といった顔色。彼の事情はあらかた聞いているが、とても貴族とは思えない忍耐強さだ。
ミョドモンは「馬鹿言いなさんな」と大笑いする。
「はっはっはっ。なんの心配をしているのか分からねぇが。あんたを置いていく気はないぜ? 正義感じゃねえ。あんたといる方がこっちも生存率が高くなるからだよ」
「え? それはどういう? 私はそんなスキルなど持っていませんよ?」
「説明してやるが。おい。デーネ。見張りは怠るなよ?」
「あたぼうよ(当たり前だよ)」
唯一の出入り口付近でぐっと緑の護石を握るデーネに頷き、ミョドモンは真っすぐに二色の瞳を見る。
「簡単に言えば、救助と援軍を待ってんだよ。こちとら帰還予定日を一日も過ぎている。あんたの両親がどういった人物が知らねぇが、大事な三男坊様だ。救助を寄こすだろうよ。ギルドだって俺たちを斡旋しておいてむざむざレムナントさんを死なせるわけにはいかねぇ。きっと今頃運の悪い金ランクあたりを捕まえようと躍起になっているはずさ」
金ランク。見たことは無いが、話では人間をやめた方々だとか……。
「こんな短期間で救助が来ると? 草原から大きく移動しているというのに?」
「金ランクは、この国には四人もいる。それ以下となるともっと多い。『嘶きの空』で狩りをしているパーティーと合流できる可能性だってあるさ」
ミョドモンは鎧の欠けた部分を無意識に撫でる。良くも悪くも自分たちは目立つ赤ランクだ。俺たちに恩を売りたがる奴らが鎧の欠片をギルドに持ってってくれる可能性も、1より低いがゼロではない。
宵の明星は希望を捨てていない。ならば守られるだけの私がうじうじするのはやめよう。
「そういうことでしたら。分かりました。私にも出来ることがあれば、遠慮なくおっしゃってください」
「ハンター歴一日とは思えねぇ肝の据わりようだ。その意気だぜ。レムナントさんよ」
笑顔でばんばんと背中を叩かれる。防具を付けているのに痛かった。
「リーダー! 二体来てるぜ。馬竜(ホースドラゴン)だ」
デーネの声に、ミョドモンはすぐさま立ち上がり洞窟の入口へ駆ける。
血の色の鬣(たてがみ)に銀の身体。あきらかに草食獣のものではない牙に、蹄ではなく爪を生やした馬とコモドドラゴンを足したような外見。長くふさふさの尾は三つに編まれ、その先に分銅のようなものが備わり、アンキロサウルスのような尻尾攻撃も得意とするモンスター。
尻尾をぴんと伸ばせば五メートルにもなる。でかいがタイラントを見た後ではそこまでインパクトはない。しかし「竜」と付いていることから、絶対に油断できない相手である。
「出やがったな。お前のどの辺が馬なんだモンスターめ」
「どうする?」
「二体か……。倒せない相手じゃねぇ。やるぞ」
「ラジャー」
奴らは蛇のようにしつこく、レベル百を超えたミョドモンでも逃げきれない。草原ならともかくここは奴らの得意な岩場。
デーネが虫メガネを覗く。
「ホースドラゴン! どちらもレベル俺と同じ八十六!」
「あいよ。こいつらの倒し方は覚えているな?」
「あたぼうよ」
「レムナントさんは奥で隠れて。だがいざという時は逃げ出せるよう、構えときな」
「はい!」
言うだけ言うとミョドモンは洞窟から飛び出す。魔族相手には抜く暇もなかったハルバードを手にして。
連携もなく、ホースドラゴンはミョドモン目掛け我先にと突っ込んでくる。完全に人間を餌としか見ていない動きである。実にモンスターらしい。
「お前らみたく突っ込んでくる奴にはこれよ」
援護する体勢のデーネが黄色い球を投げる。矢のように飛んだそれはホースドラゴンの鼻先に命中すると、カッと眩い光を放った。
奴らは目を閉じる。
「今だ――っ⁉」
勢いよく突っ込みかけたミョドモンが急ブレーキをかける。ホースドラゴンは冷静だった。光が鎮まるタイミングで目を見開くと、再び元気よく襲ってくる。
デーネが顔をしかめる。
「閃光球(目くらまし)が効かない」
「奴ら! ハンターと戦ったことがある個体だ。学習してやがる」
珍しい事でもない。奥地のモンスターならまああることだ。
もちろんこちらも、そんなモンスターとは飽きるほど戦っている。
「ならば! 正々堂々、真正面から戦うのみよ! ……なんてな」
にやりと笑うと同時に、ホースドラゴンの姿が消えた。大地を揺らすような音と共に洞窟の天井の一部もパラッと落ちる。
ハラハラしながら見ていたレムナントがギョッとして顔を出す。
「消えた?」
「落とし穴だよ」
「ふっ! ハンターがその地に一刻以上いたなら、罠を張り巡らせていると覚えておきな、馬ヤロウ!」
思ったより速く這い上がってきたが、ミョドモンは攻撃態勢に入っていた。ハルバードを振り被り大きく一回転する。先端が重いハルバードに遠心力を加えることでどれほどの破壊力になるや。
『ガッ』
強風を生み出すほどの速度で通り抜けたハルバードが、穴から顔を出したホースドラゴンの首を飛ばす。
「すごい!」
思わずぐっと拳を握るレムナント。
だが、
「へっ。やはり動きやがる」
首が飛んでも数秒は油断ならないのがモンスターである。最後の力を振り絞って振るわれた尾の攻撃を、ミョドモンは地に伏せて躱す。その間に這い出たホースドラゴンのもう一体が飛び掛かる。とんでもない自重なのに、ホースドラゴンは気軽に飛び跳ねるのだ。馬のように。
「へっ。そう来るってことは、読めてんだよ!」
体勢を立て直すと同時にハルバードの先端、槍部分を相手に突き刺す。狙うは急所である喉。
『ギュ、グ』
奥地モンスター鋼鉄蠍(スチールスコーピオン)の表皮から創られたハルバードに貫かれながらも、ホースドラゴンの眼球はぎょろりとミョドモンを捉える。
喉から脳天が串刺しになっているというのに、ホースドラゴンの闘気がまるで消えない。無駄に暴れず、じっと血液と体力を温存している。その生物らしからぬ行動がレムナントには酷く不気味に思えた。
「お前らが串刺しごときで死んでくれるとは思ってねぇよ!」
ミョドモンの四肢がミヂミヂと膨れ上がる。
レベル百を超えたミョドモンは馬鹿力に物を言わせ、なんと一トンは優に超えるモンスターを貫いた鉄の塊を振り回したのである。
ゴゥンと音がして、ハルバードから離れたホースドラゴンは岩山に叩きつけられた。
『シュウウ』
機関車のような鼻息を吹くと、串刺しになったのが嘘のような脚力でミョドモンに突っ込んでくる。
「イノシシかっ」
「おっとぉ! 俺のこと忘れたか?」
飛んできた「黄色い球」を視界の端で捉え、ホースドラゴンは呆れたように目を閉じる。
「――かかったな」
罠にかかった兎を見るように口角を吊り上げるデーネ。何故か布を巻き、口と鼻を覆っている。
球はまばゆい光を――放つことなく、べちゃっとホースドラゴンの鼻先に付着した。
『? ……、……ギュウウ……』
ぱちりと目を開けてみれば、とんでもない刺激に襲われた。付着した物の正体に気づいたのだ。
冷や汗を流し、見る見る顔色を青くしていくモンスター。
『――…………~~~ギュウウウウウッッッ⁉』
やがて限界が来たように暴れ出した。
「ハッハァ! 今だ、リーダー」
「おうよ。往生せい!」
無茶苦茶に暴れるモンスターの尾撃を掻い潜り、ミョドモンはその首を跳ね飛ばした。
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