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一人目

13 魔法帝国のギルド

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 出かける予定だったが意識を失ったせいで明日へズレることになった。
 魔女っ娘の姿の俺をキャットが適当に部屋へ放り込んでくれたらしい。おかげで元の姿を見られることはなかったが朝起きると腹にエイオットがしがみついて寝ていたのを目撃。
 もう一回ダメージを受けた。

「はい。皆さん。俺は今日、出かけてきます」

 鑑定を使わなくてもステータスが半分になっているのが分かる酷い顔色だ。
 だいたいいつも食堂に集まって話すのだが、食堂まで行く元気がなく玄関ホールに皆を集めた。ホテルのロビーのように椅子やソファー、小さなテーブルを置いてある。観葉植物も置きたいがこの世界の観葉植物は少々派手なものが多い。文化の違いだろうか。元日本人の俺にはなんだか合わない。もうこちらの世界歴の方が長いのに、俺の魂はどうしても日本人のままだ。獣人っ子たちはどれだけ派手でも「ほわ……尊い」しか思わないが。
 いつもは立っているキャットだが、今日は珍しく腰掛けている。その膝に頭を乗せたごっちんが悪夢を見ているようにうなされていた。俺よりダメージが深刻そうなのは、舌が肥えた王族故だろうか。うーん。それなら俺だって元日本人として優秀な舌を……一回死んだからリセットされてるか、そりゃ。
 俺の隣に座っているエイオットがぎゅっとくっついてくる。嬉しいし可愛いけど、昨日の出来事が脳裏で爆発する。

「ど、どうしたの?」
「ごしゅじんさま。顔色良くないのに、出かけてだいじょうぶなの?」
「おおう。大丈夫だ」
「えっと、はーれむを、さがしにいくの? しばらく様子見るって、言ってくれたのに。うそだったの?」

 俺を見上げる瞳が潤みだし、主人はぎゅっとエイオットを抱きしめ返す。

「嘘じゃないよ。ハーレムを探しに行くんじゃないんだ。単なる金稼ぎ、だよ。俺はキャットとごっちんともう一人、それとエイオットを養わなくちゃいけないからね」

 キャットがぴくっと反応する。

「おい。キショイことを言うな。そんな風に言うなら、俺が稼いでくる」

 気持ちよさそうにエイオットの髪を撫でながら、キャットには馬鹿にするように「へっ」という顔をする。

「おいおい~。キャット君は家のことしてくれないと。この館、埃まみれになっちゃう」
「ぐっ」
「それでも、どこか行っちゃうんでしょ?」
「え……あ」

 ハーレムの人員を増えることを嫌がっていると思っていた主人は、ようやくエイオットが自分から離れたくないと言っていることに気づく。

(一人が寂しいんだな?)

 とはいえ、金稼ぎは大事だ。キャットとごっちんは放置していても生きていけるが、子どもたちにひもじい思いをさせたくない。ただでさえ自分勝手に誘拐して連れてくるんだ。せめていい暮らしをさせてやりたい――
 などという高尚な思いはなく。単に衣装代とむちむちボディが好きなので子どもに食わせる飯代。それと子どもを攫う時にどうしても武力が必要になるときがある。
 そのために大量の金が必要だ。

(毎回、キャットがついてきてくれるわけじゃないしなー)

 自分は、戦うには金貨が必要だ。厄介な固有魔法のせいで。
 じっと非難げに見つめてくる愛らしい狐っ子に、主人はキャットたちに視線を向ける。

「ほら。今回はキャットたち(ごっちんが撃沈しているせいで)留守番しているだろうし。一人じゃないよ。大丈夫」
「おれも、いっしょに行く」
「連れていけないよ。危ないし」

 さっさと行こうとして、ローブを掴まれる。

「やだ! なんで? なんで置いてくの? ごしゅじんさま。おれのこと、きらいなの?」
「?????」

 あ、もしかして俺が帰ってこないと思っている? 帰ってくるに決まってんじゃん。こんな可愛い子がいるんだから。

「ちゃんと帰ってくるよ。遅くとも夕方には帰る」
「おれも行く!」
「怪我するかもしれないのに、連れていけない。聞き分けたまえ」
「むーっ」
「そんな可愛い顔しても駄目です。キャットとお勉強でもして待ってて。そしてキャットがぶん投げた筒の二号をあげるから、尻に入れられるようにしておくこと。いいね? おっとあぶね」

 暗器が飛んできたが、三角帽子を盾にして防ぐ。釘のようなものが帽子を貫いて止まった。おいおい。暗器なんて仕込んでいるのかよ。流石戦闘執事。
 六角手裏剣か。懐かしいな。日本で言う棒手裏剣(釘のような形状。万年筆ほどの太さ)と似ている。名前の通り鉛筆のような六角形になっているだけで。
 ずぼっと引き抜き、懐へ仕舞う。

 そのまま外まで走る。エイオットがついてきたので扉を開けずに振り返る。

「どうした?」
「きき、わけるけど。ちゃんと帰ってきてね? じゃないと」

 耳元で囁く。

「大人のごしゅじんさまに、えっちなことするから」

 偉そうに腕を組んでいた主人は膝から倒れかけた。何とか踏みとどまる。
 ふっと前髪を払い、穴の開いた帽子を被る。

「も、もちろんさ。ちゃ、ちゃんと帰ってくるから。あああ、安心したまえ」

 おおおおかしいな。優しい子を拾ってきたはずなのに。Sの片鱗が見える。俺か? 俺のせいか? くっそ大人の俺。いらんことを……!
 ぎくしゃくしながらもなんとか余裕の顔を取り繕う。
 ちゅっと、背伸びしてエイオットの頬にキスした。

「ごしゅじんさま」
「じゃ、行ってくるよ」
「おれも、ちゅーする」

 おっと。これは嬉しい。
 どれだけ時間が迫っていようと、これを無視はできない。
 わくわくしながら目を閉じる。
 ちゅっ。

「嬉しいよ。ありがとうね」
「えへへへ」

 ほがらかに笑っているエイオットが可愛い。いやされる。後ろでゴミのような視線を向けてくるキャット君。なんでだよ。無理矢理させたんじゃないだろうが。

「ごしゅ……」

 近づこうとしたが手のひらで制止された。

「そこで止まれ。言ってなかったがこの扉の向こうはすぐ崖なんだ」
「あ」

 ゴギイイイィィと耳障りな音を立て、扉が開く。高所故に吹き込む風。ほぼ裸体のエイオットの体温を奪う。

「キャットに温めたミルクでも作ってもらいなさい」

 そう言うと、主人は小さな三日月に乗って飛んでいってしまう。

「いってらっしゃーい!」

 大声を出し、エイオットはぶんぶんと両手を振る。
 エイオットの新しい家族。離れるのは寂しいけど。
 くるっと後ろを振り返る。

「お兄ちゃん。ミルク作ってー。あったかいの」
「……はいはい」





🌙





 三日月に乗り、やってきたのは魔法帝国・首都ブルーフェリシア。
 初めて首都の名前を聞いた時は躓きかけたが、調べると地球のフェリシアとなんの関係もなかった。知恵の女神の名前なんだとか……。なぁんだ。
 入国審査――検問の列が出来ている。上空から、好みの男の子がいないかさっと目を通すが見当たらない。主人は興味を失ったように進路変更し、もう一つの列の最後尾に音もなく飛び降りた。数人がちらっと振り返っただけで、それ以外は無反応だ。飛んでいく三日月の方が目立っている。
 主人が並んだ列の方が進みは早い。
 二十分もしないうちに主人の番となる。首都とは思えない早さだ。
 帝国の紋章が刻まれた鎧姿の門番が慣れた様子で手を差しだしてくる。最初の頃、うっかり握手しちゃったのが懐かしい。いい加減忘れたい。

「身分証の提示をお願いします」

 こっちの世界に免許証やマイナンバーカードといった便利なものはない。その代わり、これがある。
 主人は懐から一枚のカードを取り出す。
 金の輝きを見た門番が「おぉ……」っと声をもらす。サッと受け取り、裏と表を確認する。

「貴女が噂の〈黄金〉でしたか。どうぞ」

 髭面の門番は娘でも見るようにニコッと笑うと、持ち物検査も何もなく通してくれる。

「ああ、ありがとう」

 カードにオスって書いてあるけど、見えなかったんだろうか。まあええわ。訂正するの飽きたし。
 慣れた主人は凪いだ海のような心地で門をくぐる。
 魔法帝国。その名の通り杖持つ人が多い。身体が不自由なのではなく、魔力増加効果のある杖の方だ。あからさまに魔法使いが優遇されている国で、国の頂点に君臨するのも魔法帝。名前が思い出せない。魔法帝があと五十若かったら絶対覚えているのに。
 だからといって魔法使い以外が見下されているわけではない。魔法使いの育成にこれでもかと力を入れているだけだ。
 ゆえに主人にとってここは居心地がいい。空を見上げると、箒に跨った少年少女が当然のような顔で飛行している。あの鞄と制服は魔法学園に通う子たちか。……いかん、涎が。
 魔力有りと言うだけで莫大な入学金免除だからな。魔法帝、魔法使い大好きだな。なんてね。国力増強のためだろう。戦争多いからね。規模では前世、頻度ではこちらって感じか。

「ふう」

 人が多い。目立つローブのおかげで蹴っ飛ばされることはないが、いつかの満員電車を思い出す。祭りの時とか、人の多さで死人が出そうだ。冗談ではなく。
 レンガが多い建物の中で、目を惹く木造の建物。ブルーフェリシアのギルド『スクリーン』。
 ハンターはモンスターを退治して日々の糧を得ている職種だ。


 ♢主人メモ♢
 モンスターと動物の違いははっきりとはないよ。
 凶暴性や危険度で分けられているくらいかな。分かりづらいときはモンスター図鑑を見ればいいけど、国によって動物に区分されていたりモンスターと表記されていたりするから、頭がこんがらがるよ。言語とモンスター図鑑は統一してほしいね。
 モンスターには瘴気を吐き出したり冷気を操るものもいたりして、めっちゃ怖いし厄介だよ。こいつらとの戦いに楽しさを見出す戦闘狂もいるけど、俺には理解できないね。
 俺の趣味も全然理解されないよ。
 終わるよ。


 もはや案内板も見ずに、主人はカウンターへ向かう。こちらも長蛇の列だが主人は隣の赤いカウンター台に並ぶ。
 カウンターの横に「黄金様」と書かれた紙が貼っつけてある踏み台がある。それを持って移動し、踏んずけてちょい高いカウンターから顔を出す。

「やあ」
「あら。こんにちは。〈黄金〉様。今日も愛らしいですね」
「こんにちは。はいはい。ありがとうね」

 受付嬢の笑みに適当な相槌を返す。この娘らはなんでも褒めるからなぁ。
 ギルドはハンターに仕事を紹介したり、素材の買い取りを行ったりしている組織だ。腹黒い噂も聞くが、本当に助けられているよ。
 モンスターの素材、骨や肉、角は防具や武器、薬や美術品になる。ハンターはリスクもあり死と隣り合わせだが、モンスターは大きな金になるのだ。
 モンスターなんか怖いので商人や前世知識を生かした料理人などになろうと思ったが、手っ取り早く稼ぐにはハンターが一番だった。同時に強くも、なれるし、さ。いまだに怖いし嫌だけど。欲望には勝てなかった。

「ちょうど良いところに。金ランクの〈黄金〉様に受けていただきたい依頼が……」

 ルンルンと書類をめくっている受付嬢に、主人は「うげ」と苦い顔つきになる。
 ハンターにはランクがあり、一番下から白、黒、青、赤となり、一番上が金ランクとなる。これは強さや依頼達成率なんかで決まるらしい。人を勝手にランク付けしないでほしいが、でもこれは新人が高ランクモンスターに突っ込んで無駄死にしないよう、考えられたシステムなのだ。

「あー、あの」
「〈黄金〉様。こちらの依頼書をお読みください。目を通してくださるだけでいいのです! さあ!」

 さあ、じゃないんだよ。ぐいぐいくるな、この娘。
 この「黄金様」というお地蔵様のような呼び方は、俺の髪色と固有魔法とランクをかけたあだ名、二つ名のようなものだ。俺のことを知っている者はだいたい「黄金」と呼んでくる。

「前から思うが、この際だ言っておこう。誰も受けたがらない面倒な依頼を嬉々として勧めるのはやめたまえよ」
「何言ってんです。高ランクの方は誰も受けない面倒で放置されている依頼を片付けるためにおられるんですよ」

 おうおうおう。言うじゃないか。しかもそんな「当然では?」みたいな顔で。まあ、荒くれ者が多いギルドだ。このくらい肝が据わっていないと、受付嬢など務まらないのだろうが。
 可愛くウインクなどしてきても無駄だぞ。俺は別件で来ているのだ。

「あー、あのね」
「目を通すだけ! 目を通すだけで良いのです。でないと私が上に叱られますです! 読んでくださいさあさあさあ!」

 んもおおぉ……。これだから高ランクになりたくなかったんだよ。面倒なことがほぼ回ってくる。
 ぐいぐいと顔に依頼書を押しつけてくる受付嬢。語尾がおかしくなるくらい必死なのだろう。主人は自分のスケープゴート(身代わり)を探すが、ギルド内に他の金ランクは見当たらなかった。ちくしょー。

「……。目を通すだけだよ?」
「ありがとうございます。さあどうぞ!」


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