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一人目
10 魔法がある世界で良かった~
しおりを挟む日中の小さな魔女っ娘の姿は、魔法で無理矢理作り変えた偽りのものだ。
だって、鏡やガラスにいちいちおっさん(成人)の姿が映っていたら俺の身が持たないからね。
視界に入るものは未成年でなければ許せない。鏡とガラスを割る方も考えたけれど、雨の日や雪の日にえらいことになる。ならば自分を縮めるしかない!
どうせだ。自分好みの外見にしてしまえ。
髪や目の色を変えられなかったのは残念だ。俺は金髪には青い目ではなく、緑の目が好きなんだよ。俺がガチ恋した男の子が金髪緑眼だったんだ。同じ色になりたい。
……俺を産んだ男と女が青い目だったから、俺の一族はみんな青いんだろうな。
とてもいい感じのグリーンアイと出会えたら、眼球入れ替えようかと考えている。でもなー。見たことないんだよな、緑の瞳。この世界にはないのだとしても……諦めきれない!
おまけにこの縮んだ姿はステータスも大幅に下がるし、しょぼい魔法しか使えなくなるデメリットはある。が、そんなことは成人が視界に入ることに比べれば些細なことだ。
理想の外見を作り上げるぞ。
そうして完成したのが日中の魔女っ娘だ! どうだ、愛らしいだろう。
しかし問題なのは無理に身体を縮める反動で、長くても十二時間しか維持できない。これ以上続けると骨が折れそうになる。これは俺の修行不足だ。徐々に時間を伸ばせるとは思う。
夜になると元の醜い姿に戻ってしまう。テンションだだ下がりだよ。
大きくなる身体に合わせ魔女っ娘の派手な服は真っ白のローブへ、髪は勝手に三つに結われていく。窓から月が見える頃には、主人は元の青年の姿に戻っていた。
「クソ……」
俺のヘブンタイムが終わってしまった。
仕方ない。
未成年のことを考えながら寝ようと鏡の前を通った時、ついちらっと鏡を見てしまった。
「っ、おええええええ……っがぁあ」
汚らわしいものが視界に入り、胃の中が逆流してきた。ゴミ箱に頭を突っ込んで戻してしまう。
「うげぇ……。ふざけんな……」
こういった事故でよく吐くので、髪を束ねていないとえらいことになる。
しばし床で死んでいたが、ランドセルを背負った子どもたちのことを考えていると元気が出てきた。横断歩道で旗を持って一生立っている人になりたい。
学校を作って俺の楽園にしようとしたこともある。計画を練り無料でランドセルを配ろうと涎を垂らしていたが、この世界は貴族か魔力持ちでないと学校は通えない決まりがある。そもそも庶民では入学金を払えない。一ヶ月くらい落ち込んだ。王を殺して法律を変えようかと真面目に思った。
「はあ。辛い。もう寝よう……」
どうして人間は成長してしまうのか。子どもの頃の輝かしい日々……
今では十二時間以上キープできるようになったが、身体がギシギシ鳴ってる。この大人の姿を誰にも見られたくなくて、主人は必死だった。
眠るのに邪魔なローブを脱ごうとしたところで、扉の前で足音がしたような気がした。
気付けたのは見られたくないという思いで、主人はこの時間帯は気を張っている。そのおかげだろう。
ざっと青ざめた。
(誰だ? キャットか……? いやでもあいつは俺がもう寝るわ~って言ったら一切こっち来ないし。ていうかごっちんのそばから離れないし……。誰? ごっちん?)
とにかく鍵! 鍵閉めたっけ?
パニックになっていた。あの剛力猫や魔王に鍵など無意味なのに。ひとまず鍵を閉めようと扉の前まで行く。下の方でノックが聞こえ、飛び上がった。
「ごしゅじんさま!」
(まさかのエイオット⁉)
こんな時のために迷わせる魔法を廊下にかけているのに。
「――えっ⁉ あ、エイオット?」
そういえば、以前もこんなことあったな。あれは魔力の多い子どもだったからだと思ってたけど、もしかして獣人にはあまり効果なかった? せっかく苦労して常時魔法を発動させていたのに? え? えっ? 心折れそう。
焦るあまりどうでもいいこと考えていると、ドアノブが握られる。
「ごしゅじんさま? 開けていい?」
「待って待って! エイオット。ちょっと待っ――」
無情にも、扉は開かれた。
呆けたように固まるエイオットに冷や汗が止まらない。
――見られた。見られた。こんな気持ち悪い姿……。
カタカタと足元から震え出す。
これがキャットなら始末すればいいだけだが、主人に未成年に傷をつけるという概念はない。
(しかもスケスケのネグリジェ着て、めっちゃくちゃ可愛いし……)
妖艶な服を何も知らないような幼い顔で身につけているギャップがたまらない。自分の裸を晒すことがどういう危険に繋がるのかもわかっていない無垢な瞳。こんな姿でなければ息子がハイパー元気になっていただろう。
「……」
「……」
見つめ合っていたが、パチパチと暖炉の火が弾ける音で我に返った。
「はぁ」
こうなっては仕方がない。見られたのは痛いが、主人にごっちんのような記憶をどうこうする力はない。
足は震えたままだが、背もたれの無い椅子を暖炉の前に置く。
「入れ」
「あ、はい」
ぴしっと気を付けしたエイオットが、ぎくしゃくしながら入ってくる。素早く扉を閉め、薄い背中を押す。
「座れ」
そこでハッとした。もしかしたら俺だと気づいていない可能性もある。ここはいっちょ、別人のふりをして誤魔化す手も……。
うん。悪くない。いい考えだ! 魔女っ娘の時とは全然違うしな。
ふっ。日頃の行い、かな?
「はい。あの……ごしゅじんさまですか?」
主人は膝から崩れ落ちた。
「ええっ? どうしたんですか? 具合、わるいですか?」
液体から気体になって消えたかった。
のろのろ顔を上げると、狐耳と鼻がひくひくと動いている。んあー。かーわいいー。動いている獣耳って、どれだけ見ても飽きないし可愛いんじゃ……。
でもあれで見破られたと思うと複雑だった。
震える膝を叱咤し、立ち上がる。
「エイオット……。なにか用事か? こんな、時間に」
馬車に轢かれたカエルより醜い姿をしているせいで、至高の存在である未成年(エイオット)の目を見て話すことができない。声も震えていた。
なるべく見られたくなくて、暖炉の火から顔を背ける。
それなのに興味津々といった黒い瞳が視界に写り込んできた。
急にでかくなった主人にどうなっているのか気になり、本当に主人なのか確かめたいのだろう。
どれだけ背を向けても顔を見上げてこようとするので、ふたりしてその場でくるくると回ってしまう。
死にたくなってきたので両手で顔を覆う。
「エイオット……。用件があるなら、早く言え」
「ごしゅじんさま、なんで大きくなったんですか?」
好きで大きくなってないよ。
「説明してやるから、座れってば……」
やっと離れてくれた狐っ子はちょんと、ふかふかの椅子に尻を下ろす。
「ごしゅじんさま。おへやの中で焚き火して、いいんですか? 本の数もすごいです。よく燃えそうですね」
「いいんだよ。暖炉なんだから……って、一応言っておくけど、本をくべて燃やしてるわけじゃないからね?」
暖炉の火と月光以外に光源はなく、主人は影の濃い部屋の隅へ行ってしまう。
エイオットは寂しくなって後を追って隅に歩いていく。
またもや近寄ってきたエイオットに、ぎょっと主人は目を剥いた。
「どどどどうした⁉ なんで近寄ってくるの?」
普段は近寄ってきてくれて何の問題も無いが、今は状況が悪い。姿も悪い。
驚きのあまり出てしまう素の表情。それが偽りのない表の顔だと感じ取ったのか、ローブを掴み、エイオットはますます見上げてくる。
「やめて見ないで! こんな醜い姿、見るな……っ! 気持ち悪い、から。具合悪くなるよ!」
クッションを頭に被せ、ベッドの横に蹲る。
昼間とは声も性格も姿も違いすぎる。エイオットはよしよしと背中を撫でた。
「ごしゅじんさま。きれいだよ?」
「っ!」
びくっと背中が跳ねる。
恐る恐る振り返る大人の顔は泣きそうで、瞳には涙が滲んでいる。
その表情が、父の暴力に怯える自分と重なった。
無性に抱きしめたくなり、腹に腕を回しエイオットは背中に頬をくっつけていた。
「エイオット。何してんだ」
「ごしゅじんさま。わるい魔女さんに、まほうをかけられちゃったの? 大人の姿にされちゃったの?」
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大人の声を聞いているだけでも吐き気がしてくる。
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安心して、頬を擦りつける。
「エイオット。頼む。忘れてくれ。見なかったことにしてくれ! 見られたくなかったんだ。ごめんなこんな邪悪な姿で……忘れてくれ忘れてくれ忘れてくれ」
自分勝手に懇願する。可哀そうに思ったのか、エイオットは静かに立ち上がった。
「ごめんなさい……。部屋に、もどるね?」
だが、伸びてきた手がエイオットの腕を掴んだ。
「っ」
心臓がびくりと跳ねる。父親に腕を掴まれた記憶がよみがえったのだ。反射的に腕を振り払いかけたが……
「ごしゅじんさま?」
腰が抜けたような姿勢で、でも青い瞳はしっかりとエイオットを映していた。
「ど、どうしたの?」
「いや。すまん。エイオット。何か用があって来たんだよな? それだけ教えてくれ」
初めの頃は子どもたちを物扱いしていた。彼らの話を聞こうともしなかった。そのせいで悲しい事件が起きた。
俺のせいだ。
だから、二度と繰り返さない。人の話を聞くのは苦手だし、会話下手だし、宇宙人と話している気になるとか初代ハーレムっ子たちにボロクソ言われた。いや、言ってくれたから。
話は絶対に聞くんだ。
「……」
エイオットはその場でしゃがむ。
「……寂しくなっちゃって。ごしゅじんさま、いっしょに寝よう?」
熱い鉄板に触れたような速度で手が離れた。
「ひいぃ。マジで言ってる? こんなキモイ生物と、眠れるの?」
「……なんの話?」
キョロキョロと首を動かし、「キモイ生物」とやらを探す。しかし室内には自分と月の精霊しかいない。この耳では二人分の呼吸音しか聞こえないが、主人にはなにか見えているのだろうか?
「ねない、の?」
枕を抱きしめて、反応を窺うように見上げてくる。
意識が遠のきそうになるほど可愛い。
だがこんな可愛い生物を、成人男性(自分)と寝させていいのだろうか。
しかし、しかし!
(これを、拒むなんて……っ!)
ぐぎぎぎぎぎっと床に爪を立てる。
主人が葛藤している間、暇なのでエイオットはもう一度鑑定を使い、主人を除いた。
名前 「保」h@♬弩
種族 人間だったもの
(あれ? ちょっと変化してる)
名前の一部の文字化けが解消されている。だからといって読めるわけではないが――
スキルが変化、したのだろうか。
(もしかして、読み書きできるようになれば、ごしゅじんさまの名前、わかる? 名前で呼べるようになる?)
これがエイオットの勉強しようという原動力になった。スキルのことも、明日お兄さんに聞けばいい。
主人は疲れたような顔で頭を上げる。土下座っぽい姿勢を取っていたので、鑑定されたことには気が付いていなかった。
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