全種族の男の子、コンプリートを目指す魔女っ娘♂のお話

水無月

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04 大浴場

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 ごっちんのことを想い作られたお弁当はとても優しくて美味しくて。
 これを作ったのが気性の荒い兄ちゃんだと知ると、驚愕に彩られた顔でエイオットは二度見した。
 すかさず満月の瞳がぎろりと睨んでくる。

「なんか文句あんのか?」
「ぴゃ!」

 半泣きでごっちんの背に隠れる。この二人がどういう関係なのかは分からないが、ごっちんの背に隠れればお兄さんは手を出してこないと学んだ。
 そのお兄さんにぴきぴきと青筋が走る。

「こんのガキャぁあ……。ごっちん様を避難所にするとは良い度胸だ。尻を出せ。ぶっ叩いてやる」
「ふえええええ……」

 空気が軋むような怒気(嫉妬)だったが、ごっちんは涼しい顔で少なくなってきた弁当の具を指差す。

「次はあれを取ってくれ」
「ははぁ! ただちに!」
「おーい。もう生ハムないのかい?」
「雑草でも食ってろ!」

 近くの草をぶちっと抜くとむしゃむしゃ食べだした女の子に、またもや二度見する。

「な、なにしてるの? おなかこわすよ?」

 流石に声をかけると、女の子は首だけでこちらを向く。

「おや。心配してくれているのかい? 嬉しいよ。ありがとうね」
「……っ!」

 微笑んだ少女に、どきっと胸が高鳴る。
 会話が出来ただけで、一気に宇宙人から人間に見えてきたからだ。しかも人形のように整った顔立ちに、ゆるやかに波打つレモンイエローの髪。自分より小さな女の子。

(爪も宝石みたい……)

 一体何に怯えていたのだろうか、エイオットは顔をわずかに赤くしてうつむく。

「あの、お姉ちゃんって、お貴族さま、なの?」

 微笑みから真顔に一瞬で切り替わる。

「ご主人様と呼べと言わなかったかい? 一度は許そう。次はないよ?」
「びゃああ⁉」

 やっぱり怖い。





 🌙





 不自然に曲がりくねった木々ばかり。陽光知らずの森。
 ごっちんの後ろで、巨大猫に跨ってキャッキャしていたエイオットは到着するなり振り落とされた。

「わああんっ」

 地面にぶつかる寸前で、いつの間に降りたのか分からないごっちんが先回りして受け止めていたが。

「あ、ありがとう」
「ああ。己が不甲斐ないと思うなら、主人殿に稽古をつけてもらうといいぞ。ま、考えておけ」
「……」

 そんなことを言われても兵士でもない子どもはぽかんである。
 降ろしてもらい、洋館を見上げる。

 渦巻き模様が際立つ三日月を背にした黒レンガの建物。ところどころに蔦が巻き付き、妖しさ満点である。恐怖と迫力から、狐っ子はごくりと唾を呑む。
 洋館と聞いていたが、こんな大きな建物を見たことがないエイオットからすれば城のようであった。

 口を開けたまま立ち尽くしていると、優しく背中を押される。

「中に入りたまえ。まずは風呂だな」
「お、ふろ?」

 レモンイエローの少女はにこりとほほ笑む。

 洋館に踏み入る。
 広い。大理石のような床なのに足音が反響しない。
 思ったより空気は澄んでいる。ところどころ窓ガラスが割れているし壁にはヒビが入っているが、直さないのだろうか。ひゅうひゅうと隙間風が吹き込んできている。
 到底道を覚えられそうにない。何かあっても、玄関に戻るのにかなり迷いそうだ。
 前を歩く金の髪に見惚れていると、風呂場に到着したらしかった。




 騒ぎは風呂場で起きた。
 フローライト(光る石。蝋燭より光は弱いが長持ちする)が淡く輝く脱衣所にて。

 主人と猫執事が揉めに揉めていた。

「この子は俺が風呂に入れるから。しっかり洗うし、問題ない」
「問題しかない! テメーみたいな変態に預けられるか。神聖な風呂場で何する気だ? お前は部屋で本に埋もれてろ」
「なんでだー。本に埋もれるのも好きだけれど、今までの子たちも俺が面倒見てきたんだ。今回も、うへへ、狐っ子だぞ! 誰が何と言おうと俺がごしごしするもーーーん」
「「……」」

 脱衣所の長椅子でジュースを飲んでいる黒髪とエイオット。
 ぎゃあぎゃあ騒ぐ大人を眺めながら飲むジュースは美味しい。反対にエイオットは味が分からないといった顔で青不安を口にする。

「あの、あの二人は、なんの話をしている、の?」
「私にもよく分からん」

 分かるけれど理解したくない。
 (無価値な)言い合いが長引きそうだと判断したのか、ごっちんは空になったグラスを椅子に置く。

「もうよい。二人で洗えばよかろう。私も汗を流したい。どうせだ。皆で入ろう」
「「えっ!」」

 猫と狐が異口同音に驚いた声を発する。
 まずはキャット。

「そそ、そんな……ごっちん様と共に入浴など恐れ多い……そんなこと、許されるのですか?」
「許可する。背中を流してくれ」
「おぶがぁ!」
「おい。死ぬな」

 吐血したキャットの背を摩っている魔王様。
 エイオットはもう脱ぎ始めている女の子に駆け寄る。

「ま、待って待って! お……ごしゅじんさま。お風呂は女の子と一緒なんて、だめだよ……」
「俺は男だ」

 時間停止の魔法を喰らったかのように石像化するエイオット。

 三角帽子を取っ払った主人が腕を組む。

「どうして固まっているんだ?」
「オメーが女装してるから間違えたんだろ変態。土に還れ」

 悪態をつきながら執事服を脱いでいく青年。割れた腹筋が凄まじくその身体は彫刻のようで、ぽにぽにボディのごっちんは羨ましいやら憎らしいやら、そんな表情だった。

「女装などしていない。だいたい、これのどこが女装だ」

 ワンピース状のローブに長い髪の毛。それだけならともかく、顔も声も小さな女の子のものだ。くりくりした瞳は透き通った青色で、つやぷるの唇。

 ――確かに女装しているつもりはないのだろう。ただ外見が完膚なきまでに女の子なだけで。

 キャットは遠い目をする。

「お前もっとおっさんとかに化けろや」
「なんで⁉ 鏡見るたびにおっさんを見てたらゲボ吐くだろ。俺は外見を変えるつもりはないっ」

 ぷいっとそっぽを向く主人にげんなりし、固まっている狐の肩を叩く。

「ぴゃ! な、なんでしょう?」
「おい。あいつはぱっと見女の子だが、中身は変態親父だ。女だと思って接していたら損するぞ」
「……」

 エイオットの頭がますますこんがらがったのは、言うまでもない。

 こんがらがった狐っ子はぽけーっとしていると執事にバッと襤褸切れのような服を脱がされ、浴室に放り投げられる。危ないから人間の皆はマネしないでね。




「え、すごい!」

 すっぽんぽんになったエイオットはピンっと耳を立てる。
 外壁とは異なり白に近いクリーム色の素材の床と天井。大人十人は足を伸ばせる大きな円形の窪みには、なみなみとお湯がたまっている。指を突っ込んでみると、熱いくらいだった。このほどのお湯を用意できるなんて。どれだけの薪が必要か。
 床付近の壁には暖色のフローライトが間接照明のように煌めき、落ち着く空間を演出している。天井の中央は浴槽と同じ円形に切り取られ、夜空が拝める仕様となっている。

「エイオット」

 充満する湯気が肌や髪を湿らせる。
 別世界のような光景にぼうっとしていると、やさしく肩に手を置かれる。
 振り返るとご主人様だった。

(女の子の裸!)

 狐っ子はぴゃっと赤くなった顔を背けるが、そういえば男だと言っていたような。

「……」

 ちらっと手で顔を隠し、指の隙間から女の子の裸体を確認する。
 正直性差が分からないほどのツルペタ具合だったが、下半身には男の象徴がぶら下がっていた。
 小ぶりだが、自分と同じもの。

(ほんとうに、男の人だったんだぁ……)

 安心して、ホッと息を吐く。

「あっちで身体を洗ってから入ろうね?」
「はい……」

 当然のように手を繋がれ、てくてく歩いていく。
 田舎暮らしの狐っ子ではよく分からない設備の前に、執事の兄さんと黒髪の男の子が座り、泡で髪や身体を擦っていた。
 おかしなことに、執事のお兄さんはモノクルをつけたままだった。
 エイオットが隣に来ると、執事は「おっ」と言って顔を上げる。

「まずはしっかりお湯で流して、汚れを浮かさねぇとな」
「あ、俺がやるよ」
「貴様に任せられるか。犯罪者が」
「違うよー。未成年が好きなだけだよ」
「……」

 ごっちんまでちらっとこちらを見てきた。
 キャットは桶にお湯をためると、エイオットの頭からぶっかけた。

「ゆぴーーーっ!」

 熱い。耳に入る。一言かけてほしかった。

「俺も俺も」

 飛び上がる狐っ子に構わず、主人と執事は競うようにお湯をかけていく。

「ぶべえぇ。ごぼごぼごぼ……」

 絶え間なくお湯をかけられ溺れかける。
 見ていられず、止めに入ったのはやはりと言うかごっちんだった。

「止せ」
「はっ!」
「ありゃりゃ。ごめんよ」

 目を回しているエイオット。
 大の字で倒れている彼の身体を、主人は洗っていく。負けじと、キャットも石鹸を泡立てる。
 二人がかりであわあわにされていくエイオット。擦り傷まみれなのに、まさかの配慮ナシだった。
 あきれ顔のごっちんはもう何も言わなかった。

 浴室は壁の一部はお湯が出る滝のようになっており、常にお湯が流れている。

 その前に並べられた椅子に腰かけ、桶にお湯をため、身体を洗うのだ。石鹸は無香料、花の香り、低刺激と好きなものを選べる。
 使用したお湯や髪の毛は、浴室の隅にある網の中へ流れて行くよう、床は若干傾いている。
 ぶっちゃけ浴室の設備だけは魔王城よりきめ細かく整っており、キャットは悔しくて、ごっちんは快適に思っていた。

「おお」
「見違えたぞ」

 感動するような主人の声と、キャットの驚いた声が重なる。

 水浴びなど村でたまにできたらいい方だった。
 汚れに汚れた身体。それが洗われピッカピカになった。
 獣の耳と尾はぺしゃんとなっているが、金にも見える小麦色の髪。傷塗れだった肌はプリンのように滑らかになっており、傷一つない。狐獣人特有の吊り目がちな瞳は灰色に近い黒で、元気そうな美少年だった。

 ガッツポーズしている主人を無視して、キャットは小麦色の頭に手を乗せる。

「ぼさぼさの髪は、風呂から出たら切りそろえてやる」
「え? あ、ありがとうございます……。お兄さん。あの、キズが治ったのは、なんで?」

 自信満々に答えたのは主人だった。

「この石鹼は軽い傷なら治せるのさ! あっはっはっ」

 キャットは後回しにしていた己の泡を、ざばぁとお湯で流す。

「……ふぅ。お前、風呂に金をかけすぎだろ」
「何言ってんさ、キャット君。風呂は魂の洗浄だよ」
「煩悩を洗浄しろ」
「キャット。頭洗ったから、背中流してくれ」
「ぎょぎょぎょ御意」

 挙動不審になったお兄ちゃんを眺める。

「このしつじ、さん? ごしゅじんさまに仕えているんじゃないの? 黒髪の子の言葉にばかり、従ってる気がする、けど」
「あはは。まあね。まーぼちぼち分かっていくさ」

 ごしごしと頭皮を洗い出す主人。執事と主人を交互に見て、エイオットはその場でしゃがむ。

「あの……。うまくないけど、おれも、ごしゅじんさまのせなか。な、流そうか……?」

 カッと青い目を見開いた。
 ビクッと肩が跳ねる。

「湯につかってゆっくりしていてもいいのに。働き者だね。では、頼もうかな」

 くるりと背中を向けられる。
 ホッとしながらエイオットはキャットの真似をして、石鹸を泡立てる。

(すごく泡立つ)

 村にひとつだけあった石鹸とは大違いだ。

 ぽあぽあっと、透明な泡がひとつふたつ舞い上がる。

 思わずそれを追いかけそうになったが、青い瞳がどうしたんだろうと振り返っていた。
 ハッとなり、もあもあの泡を背中にそっと押しつける。

「ど、どうです、か?」
「もうちょっと強くこすってくれるかい?」
「痛くない、です?」
「うん」

 ごしごし。

「うふふへへへ。気持ちいいよ。ありがとうね?」

 笑い方気持ち悪いなと思ったが忘れることにした。

「い、いえ……」

 家の手伝いをして同じように父親に尽くしたけれど、褒められたことのないエイオットは頬が桃色に染まる。

「ね、ねえ。ごしゅじんさま」
「ん?」
「おれ、ここで何をしたら、いいの? 家の手伝いくらいなら、一通りこなせる、けど」
「んふっふ」

 主人は答えずに、「背中流して」と桶を渡してくる。
 受け取った桶を滝の中に突っ込み、満タンにしたお湯で背中の泡を流す。
 お湯が満杯の桶など重くて子どもでは持てないだろうが、獣人の腕力は人間の限界を超える。

「手慣れてるね」
「お、とうさんに、やってたから」

 声が小さくなる。人間の主人の耳では声が拾いにくくなる。ただでさえ横でお湯が常に流れているのだ。
 主人は身体ごと振り向く。

「帰りたくなったかい?」

 狐っ子は首を振った。

「ううん……。父さん殴ってくるし、からだも……おちんちんとかよくさわってきたから、好きじゃない」

 水が流れる音だけがする。
 不思議に思い顔を上げると、笑顔のまま主人の瞳が凍りついていた。振り向くと、お兄さんと男の子も愕然とした表情でエイオットを見ている。

「?」


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