クズとグラブジャムン

水無月

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弟が可愛い

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「伸一郎さん。今日はありがと。楽しかったよ」
「おーおー。早く弟の顔が見たいって書いてあるぜ」

 電車を待つ間も彼の腕に抱きついていた。なんせ伸一郎が荷物をすべて持ってくれているので、両手が退屈。

「なんでそんなに荷物持ってくれるの? 俺そんなに非力に見える?」
「荷物持っただけでお前が抱きついてきてくれるから」
「……」

 確かに重い荷物を持っていてはこんな風に抱きつけない。
 自販機の横のゴミ箱の横で顔を覆って蹲る。

「おい。電車くるぞ」

 ちょっと甘い言葉を言ってもらえただけで、喜びすぎだろ、俺。
 電車内でも顔を上げることが出来ず、彼の背中にくっつき顔を見られないようにした。
 当然のように、家まで送ってくれる。ここまでずっと彼が裸足だったことが面白い。

「ありがと。送ってくれて」

 伸一郎は藤行の左頬をそっと撫でる。

「何かあれば俺の家に来い」

 彼の言葉に胸が詰まる。
 何も言えず、礼の言葉だけなんとか口にする。

「……ありがと」
「ついでにスーパー行って食材買って飯作ってくれ」
「自分で作れバカタレが」

 荷物を受け取り、借りていた靴を返して我が家の扉を開ける。

「ただいまー」

 玄関に一歩入ると、焦げ臭いにおいが鼻についた。

(えっ⁉ 火事?)

 鞄を捨て、口と鼻を押さえて家の中に入る。逃げるより消防車を呼ぶよりもまず、弟を助けようとしたのだ。

「青空!」
「あ、兄ちゃん。おかえりー」

 ひょいと顔を出した弟に、フローリングなので思いっきり滑りかけた。

「あ、青空? なんだこのにお――うっ」

 弟が手にいていたフライパン。そこには活火山のように黒い煙を噴出する黒い物体が。
 兄の表情に、青空は目を泳がせる。

「こ、これは、その」
「えっと。何を錬成しようとしているのかな?」
「違うんだってー。これ卵焼き」

 卵……?
 兄の愛情メガ盛り料理で舌が肥えていた青空は、たった一日と言えどコンビニ弁当生活に耐えられなかった。我慢できずに部活中だというのに家に戻り、自分で料理をしようとしたらしい。
 その結果が暗黒物質の誕生。
 藤行はひとまず家の窓を全部開けて、リビングでお互い正座で向き合った。

「ごめん。兄ちゃん……。卵とフライパンもごめん」

 無機物にまで謝っている弟が尊くて浄化されそう。

「誰でも初めから上手には作れないさ。ほら。弁当作ってやるから、学校に戻れ。叱られるぞ。明日から合宿なんだし」
「兄ちゃん鼻血!」

 おっと。弟が可愛すぎてつい。
 手の甲で擦っていると青空はティッシュ箱を持ってきてくれた。

「旅行、楽しかった?」
「ああ。温泉が良かった。また行きたいくらいだ」

 ぷくっと頬を膨らませ、甘えるように抱きついてくる。

「お土産はー? 次は俺も連れてってよー」
「んぼおおおおっ」
「兄ちゃんんんん⁉」

 一日会わなかったせいか弟が輝いて見える。鼻血が止まらない。

「ぐう……。俺の弟が世界一過ぎる」
「誰か輸血出来る人はいませんか!」

 生死の境をさ迷ったがなんとか弁当を拵え、弟を見送った。青空は最後まで「本当に大丈夫?」といった顔だった。兄の心配をするなんて、なんていい子なんだ。



 夕食も食べ終え、部屋で寝る前のアニメ視聴を楽しんでいた時。
 コンコンとノックの音。
 イヤホンを耳に入れていた藤行は気づけず、キィッと部屋の扉が勝手に開く。

『いやー! みんな助けてえぇ』

 助けに来たはずのアロエちゃんが仲間に助けを求める、いわゆる「お約束」のシーン。

『あんた何しに来たの。弱いんだから出しゃばるんじゃないわよ!』
『だって、わさびちゃんが心配で』
『っ! ば、ばかね……。ほら。立ちなさい。二人で倒すわよ』
『うん!』

 主人公わさびちゃんとアロエちゃんが共闘する伝説の回。もう何度視たか分からないほど視た。

「うっ、ぐう……ううっ。あ、アロエちゃんがかっこいい……」

 ぐすぐす泣く藤行の背後に立つ影。
 伸ばした手が、藤行の肩に置かれた。

「!」

 イヤホンを引っこ抜いて振り返ると、弟だった。

「おわ! びっくりした。ど、どうした?」
「ごめん。勝手に入って」
「いや、それはいいけど……」

 青空はキリッと表情を引き締めると、両腕を広げた。

「明日から合宿でしばらく会えないから。ハグして!」

 もうめちゃくちゃ抱きしめた。
 撫でまわしたせいで髪がぼさった弟が兄のベッドに腰掛ける。

「なあ、青空。なんか今日、親父変じゃなかった? 妙に静かだったというか、魂抜けてたというか」
「え? あ、うん。最近親父うざかったから、母ちゃんに相談したんだ」
「へっ⁉ 母ちゃん?」

 海外でバリバリに働いている我が家の大黒柱。
 御曹司の親友がいたり、一日に十人から告白されたり、誕生日に車をプレゼントされたりと。過去話が少女漫画を超越するお母様である。
 その中からお母様を勝ち取ったのが我が家の親父。プロポーズするまで戦争だったと聞く。
 なにより――親父の頭が上がらない人物でもある。

「電話したのか? 母ちゃんなんて?」
「あーうん。『話は分かったわ、私の可愛い青空~。お父さんに電話代わって?』だって。怖かったから後は知らない。親父にスマホ投げて俺は逃げた」

 藤行は額を押さえる。

「母ちゃんに叱られたってわけか……」

 弟は肩を竦める。

「親父すぐ俺たちに当たるからさー。母ちゃんに叱られてもこうやって、数年後には忘れてるし。母ちゃんもう帰ってきてほしいぜ」
「そう言うなよ。……ああいや、ごめん。お前には言う権利があるな」
「なにそれ。別に甘えたいとかじゃないぜ? 俺もう高校生だし」
「高校生だからって、親の愛情がいらないってわけじゃないだろ?」

 青空はごろんとベッドに転がる。

「あー。兄ちゃんのにおいがして落ち着くー」

 おいこら撫でまわすぞ。
 藤行も腰掛けると、弟に引き倒される。

「えーい。兄ちゃん抱き枕―。へへっ」
「んぼふっ」
「兄ちゃん! これ以上血ぃ出したらやばいって」

 母親がおらず父親は甘えさせてくれる性格ではないため、すっかり俺に甘えるようになってしまった。ぎゅうぎゅう抱きついてくる青空を、藤行も抱きしめ返す。

「ちょっとベッド狭いな」
「昔はふたりで寝ても余裕だったのになー。兄ちゃんの飯のおかげで、俺が大きくなったってことだな! ……あれ? 兄ちゃん? 兄ちゃあああん?」

 可愛い弟に嬉しいことを言われすぎて気絶した。
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