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掃除だ。掃除!
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前回靴を履いたままだったので、今回も靴のまま廊下を進む。どうしても物を踏まないと歩けない。靴の下からバキッだのベキッだの、不吉な音が鳴る。
人の家の物を踏むのは抵抗があったが、忍者のように天井を歩けないのだから仕方ないと諦める。ボールペンの蓋のようなものを踏んで転びかけた。
「うわっ!」
背中からひっくり返りかけたが、伸びてきた腕が手首を掴んで引っ張ってくれた。男の逞しさにドキッと胸が鳴る。
ぱっと目を逸らす。
「あ、ありがと」
「どんくせえな」
「掃除してないせいだろ!」
怒鳴るも、広い背中はすたすたと行ってしまう。
ゴミの樹海をかき分け、テレビのある部屋へとたどり着く。
「もう疲れた……」
昨日お世話になったソファーに腰掛け項垂れる。洗濯をしてここまで歩いてくるより、この家の中を数歩歩いただけの方が疲れた。
やる気のない埃っぽい風が頭に当たる。顔を上げると伸一郎が扇風機のスイッチを入れてくれていた。クーラーのリモコンはまだ見つかっていないようだ。最新型のクーラーあるのに、勿体ない。
「ありがと」
「ああ」
どかっとでかい身体が隣に腰掛ける。体重もそこそこあるのか、反動で尻がわずかに浮いた。
偉そうに両腕を背もたれに乗せ、両足を限界まで広げて座るもんだから狭い。藤行は端っこに小さくなって座る。
せっかく端によってやったのに、肩を抱かれ引き寄せられた。ぽすっと男の胸にもたれかかる形になる。
「暑いからくっつきたくないんだけど……」
「何しに来たんだよ。お前」
どう見てもカタギではない眼光が見下ろしてくる。怖いはずなのに。
ちらっと肩に目を向ける。大きい手のひらががっちりと藤行の肩を抱いている。
ドキドキと鼓動がうるさい。さっそく何かの病気になったんだろうか。
「何しに来たって……」
うつむいていると顎に手を添えられ、目線を合わせられた。
「っ」
男の整った顔に、ぶわっと顔が赤くなる。伸一郎はからかうように笑う。
「なんだその初心な反応は」
「う」
「まあ、まだ童貞だもんなぁ? 仕方ねぇか」
「童貞童貞言うなよ。非童貞がそんなに偉いかよ」
拗ねているとするっと頬を撫でられ、くすぐったさに肩が小さく跳ねる。
「んっ」
文句を言おうとしたが伸一郎の唇が間近に迫っていた。唇が重なる寸前で――
「掃除しにきたんだ!」
勢いよく立ち上がった。
「ああ?」
ぽかんとした伸一郎が口を半開きにする。
藤行はふんっと腕まくりをする。
「掃除だよ。掃除! このくっっそ汚い部屋を。片付けるんだよ」
鞄から黒のエプロンを引っ張り出し、後ろで結ぶ。こっちがやる気を出しているのに部屋の主は大あくびをしていた。
面倒臭そうに手を振る。
「あー。よせよせ。いるんだよたまに。そうやって世話焼きたがる奴」
エプロン姿を眺めながら長い足を組む。
「そーいうの、求めてねぇんだわ」
あーウゼェーとぼやく男を、藤行はぎっと睨む。
「お前は良くても俺は良くねぇの! こんな火事になったらよく燃えそうな家を近所に置いておけるか。火事になってみろ! 俺とここら一帯の人が焼け死んでも良いけど、弟になんかあったらどうしてくれる」
「…………」
「手伝わないのなら、外に出てろよ。邪魔なんだよでかい図体で」
「…………」
マスクと軍手を装着し、窓を全部開けていく。空気籠ってんだよ。
風を通す。風を。
がたがたと素直に開かない窓と格闘していると、伸一郎がのそりと腰を浮かす。
「なに。お前ってブラコンなの? アニメオタクでブラコンとか痛すぎだろ」
「はあ? アロエちゃんが気になるならDVD貸してやるぞ?」
「いらね」
「ふん」
年の離れた弟だ。母親と父親はよく仕事で家に居ないから寂しいだろうに、そんな顔を一切見せずバスケ頑張ってんだぞ。兄として、応援して気にかけるのは当然のことだ。
ようやくすべての窓を開けると、伸一郎が背後から腕を回してきた。ホールドされる。
「どうした?」
「昨日無茶させたかと思ったが、元気そうだな」
のしっと藤行の頭に顎を乗っけてくる。お、重い。
「元気だよ。尻以外は」
「あんな小せえケツの穴は初めてだぜ。小柄だもんなーお前」
小柄? 平均はあるわ。ふざけんな、と内心で叫ぶ。
熊の横に並べば誰だって小柄に見えてしまうだろう。
「お前がでかいんだろ。つーかどけよ。力ありそうだし、重い物運ぶの手伝えよ」
「えっらそうに」
がしっと尻を掴まれ、飛び上がりかけた。片方の手でもみもみと胸も揉まれる。
「やめろ!」
「うーん。肉が少なくてプリケツには程遠いな。もっと肉付けろ、肉」
「う……」
左手が胸を掴んだまま、右手はエプロンの中にするりと忍び込む。ズボンの上から足の付け根を擽られ、昨日の熱がぶり返す。
「あ、ちょ……。俺は掃除しにきた、だけ、でっ」
「男の部屋に入り込んどいて何言ってんだ。こうされたかったんだろ?」
「違……ぅ、ん」
「なにが違うんだよ」
胸と股間を同時に触れられ、まったくその気じゃなかった身体に快感が染み出す。逃れようとするたびに胸をきつく掴まれる。心臓を鷲掴みにされている気がした。
「あ、やだ。そんなとこ……くっ」
股の間に入った手が、かりかりと股間をくすぐるように引っ掻く。ズボンと下着に守られているのに、刺激がソレに伝わる。
「んぐ。さわ、るなって……ああ」
「んー? どこを触らないでほしいんだ?」
「あ、あ、あ……。やだ、ん」
「言えって」
耳朶にふうっと吐息をかけられ、膝から力が抜けそうになる。
「はあっ、あ、はあ……ん、いやっ」
膝から頽れそうになるも、がっちりと胸と股間を堪能している腕がそれを許さない。執拗に揉まれ、大杼な個所をくすぐられる。
「はっ、は、ん……ああ」
「濡れてきたか?」
平らな胸を揉んでいた手が、脇の下に潜り込む。
びくっと震えた。
「あははは! ちょ、そこ、そこはやめえええ! ひゃああ、あひゃあははははっ」
「お」
色気のない声に面白いオモチャを見つけたような表情で、伸一郎は指の動きを速める。
「ああっ、ははああ! ひゃめてええ。駄目、だめそこあはははは!」
「ほーん。くすぐりに弱いのか」
突然のくすぐったい刺激に、打ち上げられた魚のように暴れる。
「無理無理! やめ、いやあああ」
「胸では感じないのに。敏感なのかそうでないのか、分っかんねぇな。お前」
「そこは誰でも弱いだろ! あひゃああはははははっ。ちょ、くるし……」
流石に立っていられなくなりその場にへたり込む。支えていた腕はすんなりと離れた。
鼻ではなく口からも酸素を取り入れる。ぜーはーとしばらく肩を上下させたのち、脱いだエプロンを男の顔面に叩きつけた。
「何しやがる」
「こっちの台詞! いらん汗かいただろうが。掃除全然進んでないのに!」
びっと男を指差す。
窓を開けただけだぞ、まだ!
エプロンを投げ返してくる。
「なんだよ。エプロンなんか持ってきているから、エプロンプレイをしたいのかと」
「なんだそれ!」
エプロンを後ろで結び直す。
「掃除だ掃除! いったん全部外に出して仕分けるぞ。売れる物は売るから、大事なものはこの青いシートの上に避けておいてくれ」
エプロンと一緒に持ってきたビニールシートを広げる。
伸一郎は心底うんざりした顔を見せた。
「はぁー……だっる。だがまあ、掃除するのはお前の勝手なんだ。手伝ったら褒美になにかくれるなら、考えるぞ?」
ニヤついた端正な顔が近づけられる。
「うう。まあ、確かに」
わずかにのけ反り、藤行はポッケに手を突っ込む。手にした物を彼の手の上に乗せる。
ころんと転がる、でかでかと黒糖と書かれた丸い物体。
「……ああ?」
「褒美欲しいんだろ? 黒飴」
「なんで?」
「美味いぞ?」
黒糖が大好き。あのまろやかな甘さ。健康にもいいって聞いたぞ。
「…………」
「お前その、残念なものを見る目やめろよ。失礼だぞ」
「はあ」
大きなため息をつかれた。
しかしながら意外なことに、伸一郎は家具の運び出しを積極的に行ってくれた。目はずっと据わったままだったが。
人の家の物を踏むのは抵抗があったが、忍者のように天井を歩けないのだから仕方ないと諦める。ボールペンの蓋のようなものを踏んで転びかけた。
「うわっ!」
背中からひっくり返りかけたが、伸びてきた腕が手首を掴んで引っ張ってくれた。男の逞しさにドキッと胸が鳴る。
ぱっと目を逸らす。
「あ、ありがと」
「どんくせえな」
「掃除してないせいだろ!」
怒鳴るも、広い背中はすたすたと行ってしまう。
ゴミの樹海をかき分け、テレビのある部屋へとたどり着く。
「もう疲れた……」
昨日お世話になったソファーに腰掛け項垂れる。洗濯をしてここまで歩いてくるより、この家の中を数歩歩いただけの方が疲れた。
やる気のない埃っぽい風が頭に当たる。顔を上げると伸一郎が扇風機のスイッチを入れてくれていた。クーラーのリモコンはまだ見つかっていないようだ。最新型のクーラーあるのに、勿体ない。
「ありがと」
「ああ」
どかっとでかい身体が隣に腰掛ける。体重もそこそこあるのか、反動で尻がわずかに浮いた。
偉そうに両腕を背もたれに乗せ、両足を限界まで広げて座るもんだから狭い。藤行は端っこに小さくなって座る。
せっかく端によってやったのに、肩を抱かれ引き寄せられた。ぽすっと男の胸にもたれかかる形になる。
「暑いからくっつきたくないんだけど……」
「何しに来たんだよ。お前」
どう見てもカタギではない眼光が見下ろしてくる。怖いはずなのに。
ちらっと肩に目を向ける。大きい手のひらががっちりと藤行の肩を抱いている。
ドキドキと鼓動がうるさい。さっそく何かの病気になったんだろうか。
「何しに来たって……」
うつむいていると顎に手を添えられ、目線を合わせられた。
「っ」
男の整った顔に、ぶわっと顔が赤くなる。伸一郎はからかうように笑う。
「なんだその初心な反応は」
「う」
「まあ、まだ童貞だもんなぁ? 仕方ねぇか」
「童貞童貞言うなよ。非童貞がそんなに偉いかよ」
拗ねているとするっと頬を撫でられ、くすぐったさに肩が小さく跳ねる。
「んっ」
文句を言おうとしたが伸一郎の唇が間近に迫っていた。唇が重なる寸前で――
「掃除しにきたんだ!」
勢いよく立ち上がった。
「ああ?」
ぽかんとした伸一郎が口を半開きにする。
藤行はふんっと腕まくりをする。
「掃除だよ。掃除! このくっっそ汚い部屋を。片付けるんだよ」
鞄から黒のエプロンを引っ張り出し、後ろで結ぶ。こっちがやる気を出しているのに部屋の主は大あくびをしていた。
面倒臭そうに手を振る。
「あー。よせよせ。いるんだよたまに。そうやって世話焼きたがる奴」
エプロン姿を眺めながら長い足を組む。
「そーいうの、求めてねぇんだわ」
あーウゼェーとぼやく男を、藤行はぎっと睨む。
「お前は良くても俺は良くねぇの! こんな火事になったらよく燃えそうな家を近所に置いておけるか。火事になってみろ! 俺とここら一帯の人が焼け死んでも良いけど、弟になんかあったらどうしてくれる」
「…………」
「手伝わないのなら、外に出てろよ。邪魔なんだよでかい図体で」
「…………」
マスクと軍手を装着し、窓を全部開けていく。空気籠ってんだよ。
風を通す。風を。
がたがたと素直に開かない窓と格闘していると、伸一郎がのそりと腰を浮かす。
「なに。お前ってブラコンなの? アニメオタクでブラコンとか痛すぎだろ」
「はあ? アロエちゃんが気になるならDVD貸してやるぞ?」
「いらね」
「ふん」
年の離れた弟だ。母親と父親はよく仕事で家に居ないから寂しいだろうに、そんな顔を一切見せずバスケ頑張ってんだぞ。兄として、応援して気にかけるのは当然のことだ。
ようやくすべての窓を開けると、伸一郎が背後から腕を回してきた。ホールドされる。
「どうした?」
「昨日無茶させたかと思ったが、元気そうだな」
のしっと藤行の頭に顎を乗っけてくる。お、重い。
「元気だよ。尻以外は」
「あんな小せえケツの穴は初めてだぜ。小柄だもんなーお前」
小柄? 平均はあるわ。ふざけんな、と内心で叫ぶ。
熊の横に並べば誰だって小柄に見えてしまうだろう。
「お前がでかいんだろ。つーかどけよ。力ありそうだし、重い物運ぶの手伝えよ」
「えっらそうに」
がしっと尻を掴まれ、飛び上がりかけた。片方の手でもみもみと胸も揉まれる。
「やめろ!」
「うーん。肉が少なくてプリケツには程遠いな。もっと肉付けろ、肉」
「う……」
左手が胸を掴んだまま、右手はエプロンの中にするりと忍び込む。ズボンの上から足の付け根を擽られ、昨日の熱がぶり返す。
「あ、ちょ……。俺は掃除しにきた、だけ、でっ」
「男の部屋に入り込んどいて何言ってんだ。こうされたかったんだろ?」
「違……ぅ、ん」
「なにが違うんだよ」
胸と股間を同時に触れられ、まったくその気じゃなかった身体に快感が染み出す。逃れようとするたびに胸をきつく掴まれる。心臓を鷲掴みにされている気がした。
「あ、やだ。そんなとこ……くっ」
股の間に入った手が、かりかりと股間をくすぐるように引っ掻く。ズボンと下着に守られているのに、刺激がソレに伝わる。
「んぐ。さわ、るなって……ああ」
「んー? どこを触らないでほしいんだ?」
「あ、あ、あ……。やだ、ん」
「言えって」
耳朶にふうっと吐息をかけられ、膝から力が抜けそうになる。
「はあっ、あ、はあ……ん、いやっ」
膝から頽れそうになるも、がっちりと胸と股間を堪能している腕がそれを許さない。執拗に揉まれ、大杼な個所をくすぐられる。
「はっ、は、ん……ああ」
「濡れてきたか?」
平らな胸を揉んでいた手が、脇の下に潜り込む。
びくっと震えた。
「あははは! ちょ、そこ、そこはやめえええ! ひゃああ、あひゃあははははっ」
「お」
色気のない声に面白いオモチャを見つけたような表情で、伸一郎は指の動きを速める。
「ああっ、ははああ! ひゃめてええ。駄目、だめそこあはははは!」
「ほーん。くすぐりに弱いのか」
突然のくすぐったい刺激に、打ち上げられた魚のように暴れる。
「無理無理! やめ、いやあああ」
「胸では感じないのに。敏感なのかそうでないのか、分っかんねぇな。お前」
「そこは誰でも弱いだろ! あひゃああはははははっ。ちょ、くるし……」
流石に立っていられなくなりその場にへたり込む。支えていた腕はすんなりと離れた。
鼻ではなく口からも酸素を取り入れる。ぜーはーとしばらく肩を上下させたのち、脱いだエプロンを男の顔面に叩きつけた。
「何しやがる」
「こっちの台詞! いらん汗かいただろうが。掃除全然進んでないのに!」
びっと男を指差す。
窓を開けただけだぞ、まだ!
エプロンを投げ返してくる。
「なんだよ。エプロンなんか持ってきているから、エプロンプレイをしたいのかと」
「なんだそれ!」
エプロンを後ろで結び直す。
「掃除だ掃除! いったん全部外に出して仕分けるぞ。売れる物は売るから、大事なものはこの青いシートの上に避けておいてくれ」
エプロンと一緒に持ってきたビニールシートを広げる。
伸一郎は心底うんざりした顔を見せた。
「はぁー……だっる。だがまあ、掃除するのはお前の勝手なんだ。手伝ったら褒美になにかくれるなら、考えるぞ?」
ニヤついた端正な顔が近づけられる。
「うう。まあ、確かに」
わずかにのけ反り、藤行はポッケに手を突っ込む。手にした物を彼の手の上に乗せる。
ころんと転がる、でかでかと黒糖と書かれた丸い物体。
「……ああ?」
「褒美欲しいんだろ? 黒飴」
「なんで?」
「美味いぞ?」
黒糖が大好き。あのまろやかな甘さ。健康にもいいって聞いたぞ。
「…………」
「お前その、残念なものを見る目やめろよ。失礼だぞ」
「はあ」
大きなため息をつかれた。
しかしながら意外なことに、伸一郎は家具の運び出しを積極的に行ってくれた。目はずっと据わったままだったが。
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