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どこなのお巡りさーーーん!
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「な、何? なに? 離してよ! 帰るんだから」
「どうせ帰って寝るだけだろ? 俺の家で寝ていけよ」
引き剥がそうとするがビクともしない。人間の手と思えないほど皮膚が固く、親指の爪も大きい。
「い、いやいや。用事があるんだって!」
「へえ? なんの?」
ぐいぐい引っ張られる。すごい力だ。なんだこいつ熊か。
「深夜アニメをリアタイ(録画とかではなく放送時間に合わせて視聴すること)で見るという俺の日課が!」
通り過ぎていく車と、排気ガスのにおい。夜とは思えない喧騒。
「……」
すげー残念なものを見る目を向けられた気がするが気のせいだろう。
「はいはい。俺の家、テレビあるから。大丈夫大丈夫。お前テレビ見とけよ。俺はお前の尻にチンコぶち込んでおくから」
「そんな状態でテレビ見れるわけないだろーーーっ?」
すごいこと言われた。いやああ放して助けて。お巡りさん。お巡りさーーーん!
じたばた暴れるも虚しく、連れていかれたのはボロイアパートだった。遅い時間帯なせいか迫力がすごい。
トタンの壁に、風化した看板の文字が血文字みたく垂れている。○○壮って書いてあるけど読めない。近所にあったかなぁ、こんなアパート。
カチカチっと近くの街灯が点滅する。
「な……なんだこの怨霊が住んでそうな……」
鞄を抱いたまま愕然とする俺に謎の男はケラケラと笑う。
「ボロイけど生きてる奴しか住んでねーよ。たまに階段で女が逆さまに立ってたり、窓から飛び降りたやつと目が合ったりするだけだ」
叫びながら逃げようとしたが首根っこを掴まれる。
「いやだ! そんなびっくり人間が住んでるアパート。まだ霊の方がマシだよ」
「腹減ったな。なんか食うか? ラーメンしか作れないけど、いいよな」
暴れる俺を気にすることもなく階段を上り、角部屋の扉を開けている。幸い、誰とも何とも遭遇しなかった。
部屋の中に押し込まれる。
ひんやりした室内に一気に怖くなった。チラッと存在感しかない男を見上げる。
「な、なあ。お金が欲しいなら後日渡すから……さ。い、いい、家に帰してくれよ」
「え? 金くれんの? ラッキー。お前いいやつじゃん」
手を離してくれない。
男はぱちっと電気をつけた。眩しさに一瞬目を細め、次の瞬間には見開いていた。
パンパンに膨らんだゴミ袋の山。玄関から散乱するゴミ。飲みかけのペットボトルに、蓋の無いペン。絡まったコードがとぐろを巻いている。ゴミに混ざる黒ずんだ靴下や服。床に散らばるこまかなゴミ。食い物のカス。埃、埃、埃。
汚部屋、である。
「……」
放心している俺を置いて、男はゴミを踏んずけて中に入っていく。
「ほら。遠慮せずあがれよ」
ゴミの中で男が手招きしている。俺は回れ右した。
すぐに捕まった。
「逃げんなよ」
ぶんぶんと首を横に振る。
「い、いやだ。こんな全焼した方が良いレベルの部屋! 入りたくない」
「ははっ。言うねぇ」
また襟首を掴まれ引きずられる。
俺は公園とかにある公衆トイレを使用するのも躊躇うきれい好きだ。床が汚すぎて靴を脱ぎたくない。スニーカーを履いたまま廊下を進む。
「ちょ、靴脱いでないって」
狭いアパートなので廊下など一瞬だった。
通された部屋も……
「き……ったねえ」
床が見えない。キッチンも洗い物や鍋で埋まっている。ベッドの上の一部だけ物がなくて、あそこで生活しているんだろうな、というのはなんとなく分かった。
思わず顔をしかめるも、男は機嫌を損ねるでもなく可笑しそうに笑う。
テレビのリモコンを手にする。
「男の一人暮らしなんざこんなもんだろ? で、ナンチャンだ?」
「え?」
「そのアニメ」
「……」
どこでアニメ見るんだよ。
テレビらしきものはあるけど、座れそうな椅子も床もない。
立ち尽くす俺に、男は積み上がった物を押し倒す。どさどさと倒壊した物の下から黒いソファーが出てきた。あったのか。ソファー。
こんなお菓子のカスやごみにまみれたソファーは初めて見る。あまりの汚さにぼーっとしていると強めに突き飛ばされた。
「うっ」
ソファーの上に倒れたので痛くはなかったが、さっきのゴミ袋の山より変なにおいがする。
急いで起き上がろうとするも、男がのそりと乗っかってきた。
「え? ……え? え?」
垂れ目が俺を見下ろし、舌なめずりをする。
デカい手が俺の顎を掴む。
「な、なに……?」
「ふーん……? 暗くてよく見えなかったけど、結構きれいな顔してるな? 美人だな。お前」
鮫のような笑顔がめっちゃ怖い。かたかたと歯が鳴る。
「あ、あの……。どいてくれないと、掃除できないんだけど」
「は?」
「身体で払えって。この部屋掃除しろって、意味でしょ……?」
男の目がスンっと据わった。
無言でリモコンのボタンを押す。完璧に覚えてあるアニメの主題歌が流れる。
「あ! もう始まってる」
このソファーの位置からだと見えにくい。
身を乗り出して見ていると鞄を引っ手繰られた。テレビに目を固定したまま手を伸ばす。
「え? 返してよ」
「こんなん持ってたら邪魔だろ」
ぼすっとソファーの下に捨てられる。ゴミに埋まる鞄。
「……」
主題歌のサビに差し掛かり、主人公の仲間のアロエちゃんの変身シーンになる。文句を言うのも忘れて見入る。オープニング限定の変身シーン。主人公ではないため映るのはほんの二秒ほどだが、ちょっとエッチな衣装で、泣き虫なのに頑張り屋さんで仲間の中で一番弱いアロエちゃんが大好きだ。
「す、素敵……はわわっ」
目を輝かす俺に跨ったまま、男も退屈そうにテレビ画面を見ている。ふふん。このアニメの良さがわかるとは。もしや同士か?
オープニングが終わり、CMに差し掛かる。俺は涙を流した。
「う……ぐすっ……。最っ高だよ、アロエちゃん」
「……」
変な奴拾っちまったなぁ、みたいな目が見下ろしてくる。
「どうせ帰って寝るだけだろ? 俺の家で寝ていけよ」
引き剥がそうとするがビクともしない。人間の手と思えないほど皮膚が固く、親指の爪も大きい。
「い、いやいや。用事があるんだって!」
「へえ? なんの?」
ぐいぐい引っ張られる。すごい力だ。なんだこいつ熊か。
「深夜アニメをリアタイ(録画とかではなく放送時間に合わせて視聴すること)で見るという俺の日課が!」
通り過ぎていく車と、排気ガスのにおい。夜とは思えない喧騒。
「……」
すげー残念なものを見る目を向けられた気がするが気のせいだろう。
「はいはい。俺の家、テレビあるから。大丈夫大丈夫。お前テレビ見とけよ。俺はお前の尻にチンコぶち込んでおくから」
「そんな状態でテレビ見れるわけないだろーーーっ?」
すごいこと言われた。いやああ放して助けて。お巡りさん。お巡りさーーーん!
じたばた暴れるも虚しく、連れていかれたのはボロイアパートだった。遅い時間帯なせいか迫力がすごい。
トタンの壁に、風化した看板の文字が血文字みたく垂れている。○○壮って書いてあるけど読めない。近所にあったかなぁ、こんなアパート。
カチカチっと近くの街灯が点滅する。
「な……なんだこの怨霊が住んでそうな……」
鞄を抱いたまま愕然とする俺に謎の男はケラケラと笑う。
「ボロイけど生きてる奴しか住んでねーよ。たまに階段で女が逆さまに立ってたり、窓から飛び降りたやつと目が合ったりするだけだ」
叫びながら逃げようとしたが首根っこを掴まれる。
「いやだ! そんなびっくり人間が住んでるアパート。まだ霊の方がマシだよ」
「腹減ったな。なんか食うか? ラーメンしか作れないけど、いいよな」
暴れる俺を気にすることもなく階段を上り、角部屋の扉を開けている。幸い、誰とも何とも遭遇しなかった。
部屋の中に押し込まれる。
ひんやりした室内に一気に怖くなった。チラッと存在感しかない男を見上げる。
「な、なあ。お金が欲しいなら後日渡すから……さ。い、いい、家に帰してくれよ」
「え? 金くれんの? ラッキー。お前いいやつじゃん」
手を離してくれない。
男はぱちっと電気をつけた。眩しさに一瞬目を細め、次の瞬間には見開いていた。
パンパンに膨らんだゴミ袋の山。玄関から散乱するゴミ。飲みかけのペットボトルに、蓋の無いペン。絡まったコードがとぐろを巻いている。ゴミに混ざる黒ずんだ靴下や服。床に散らばるこまかなゴミ。食い物のカス。埃、埃、埃。
汚部屋、である。
「……」
放心している俺を置いて、男はゴミを踏んずけて中に入っていく。
「ほら。遠慮せずあがれよ」
ゴミの中で男が手招きしている。俺は回れ右した。
すぐに捕まった。
「逃げんなよ」
ぶんぶんと首を横に振る。
「い、いやだ。こんな全焼した方が良いレベルの部屋! 入りたくない」
「ははっ。言うねぇ」
また襟首を掴まれ引きずられる。
俺は公園とかにある公衆トイレを使用するのも躊躇うきれい好きだ。床が汚すぎて靴を脱ぎたくない。スニーカーを履いたまま廊下を進む。
「ちょ、靴脱いでないって」
狭いアパートなので廊下など一瞬だった。
通された部屋も……
「き……ったねえ」
床が見えない。キッチンも洗い物や鍋で埋まっている。ベッドの上の一部だけ物がなくて、あそこで生活しているんだろうな、というのはなんとなく分かった。
思わず顔をしかめるも、男は機嫌を損ねるでもなく可笑しそうに笑う。
テレビのリモコンを手にする。
「男の一人暮らしなんざこんなもんだろ? で、ナンチャンだ?」
「え?」
「そのアニメ」
「……」
どこでアニメ見るんだよ。
テレビらしきものはあるけど、座れそうな椅子も床もない。
立ち尽くす俺に、男は積み上がった物を押し倒す。どさどさと倒壊した物の下から黒いソファーが出てきた。あったのか。ソファー。
こんなお菓子のカスやごみにまみれたソファーは初めて見る。あまりの汚さにぼーっとしていると強めに突き飛ばされた。
「うっ」
ソファーの上に倒れたので痛くはなかったが、さっきのゴミ袋の山より変なにおいがする。
急いで起き上がろうとするも、男がのそりと乗っかってきた。
「え? ……え? え?」
垂れ目が俺を見下ろし、舌なめずりをする。
デカい手が俺の顎を掴む。
「な、なに……?」
「ふーん……? 暗くてよく見えなかったけど、結構きれいな顔してるな? 美人だな。お前」
鮫のような笑顔がめっちゃ怖い。かたかたと歯が鳴る。
「あ、あの……。どいてくれないと、掃除できないんだけど」
「は?」
「身体で払えって。この部屋掃除しろって、意味でしょ……?」
男の目がスンっと据わった。
無言でリモコンのボタンを押す。完璧に覚えてあるアニメの主題歌が流れる。
「あ! もう始まってる」
このソファーの位置からだと見えにくい。
身を乗り出して見ていると鞄を引っ手繰られた。テレビに目を固定したまま手を伸ばす。
「え? 返してよ」
「こんなん持ってたら邪魔だろ」
ぼすっとソファーの下に捨てられる。ゴミに埋まる鞄。
「……」
主題歌のサビに差し掛かり、主人公の仲間のアロエちゃんの変身シーンになる。文句を言うのも忘れて見入る。オープニング限定の変身シーン。主人公ではないため映るのはほんの二秒ほどだが、ちょっとエッチな衣装で、泣き虫なのに頑張り屋さんで仲間の中で一番弱いアロエちゃんが大好きだ。
「す、素敵……はわわっ」
目を輝かす俺に跨ったまま、男も退屈そうにテレビ画面を見ている。ふふん。このアニメの良さがわかるとは。もしや同士か?
オープニングが終わり、CMに差し掛かる。俺は涙を流した。
「う……ぐすっ……。最っ高だよ、アロエちゃん」
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