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バドモン島(別名 熊島)
後回し
しおりを挟む「はいはい。そうするよ」
もふっと顔を埋めてくる。
触れるのがレリスの肌ではなく熊の毛なのがムカつくポイントだが、まあ許そう。脱いだら死ぬようだしな。
しばしそうしていたが、レリスは静かに離れる。
火にかけっぱなしの鍋の前に座り、ちょっと底が焦げたシチューを食べ始めた。
(うまい)
波も高い冬の海岸という、人が寄り付かない場所での食事だが、二人にとっては日常。その日常に雪が降っているだけだ。もぐもぐと咀嚼しながら海を見る。
ロッドもレリスも、海が好きだ。
二人が出会ったのも海だった。
『……で? 凍った魚の他には何があったのだ?』
「んー? ああ、面白いのもあったよ。人の家に勝手に入っても良い。むしろ一時間外にいたら近くの家で休むのを推奨されていたんだ」
他の島でそんなことをしようものなら強盗と間違われメッタメタにされる。良くても塩を撒かれるというのに。
『そんなことあるのか?』
「寒すぎてふっつーに凍るから、島全体が休憩地帯になってるんだって」
『馬鹿な』
そんな馬鹿なとレリスも思ったので、試しに見知らぬ民家にノックして声かけまくって、入ってみた。
『どうだった?』
「ジャム入りの紅茶出してくれた。暖炉の前に客用の椅子が置いてあってさ。生き返った。足のつま先が」
家の住人に、本当に他人が入ってくるのか? と聞いてみることにした。
ふくよかで優しそうな奥様はカラカラと笑う。
「ああ。お兄ちゃん、旅の人? そうだよ? お兄ちゃんも寒いと感じる前に、適当な民家に入りなよ? 凍るからね」
クッキーや紅茶、ジャムなどを常備しているらしい。
『ははは。面白いではないか』
「そうだね。……あっ!」
シチューを掬おうとした木のスプーンがコンッと弾かれる。少し会話している間にカチコチに凍っていた。
「うそおぉぉ」
鍋に戻して溶かそうとしたが、皿と一体化しており逆さまにしても落ちてこない。スプーンで何度か殴るが、どんどん固まっていく。
「……うん。あの、こんな風に凍ります」
『のんびり喋っておるからだ』
「もう」
ロッドの口を押し開け、舌の上に皿を置いて口を閉じる。ロッドの体温で解凍させる作戦。
溶けるまで鍋のシチューをかき混ぜておく。
喋りにくいのか、ロッドは目線だけ寄こしてくる。
「ん? あー。寒すぎて一周回って治安はいいらしいよ。龍の卵や龍狩り自体、聞いたことないって人もいたし」
海沿いはそうでもないのだが、島の中心地に行くほど雪が強くなり、気温も下がっていく。
中央に行くにしたがって人の数は減り、獣人が増えていく。さらにその奥に行きたかったが、レリスの耐久度では無理だった。脳がこれ以上は凍ると警告する。自分の足で探したかったのに。
レリスは引き返した。
話を聞いて龍は肩(?)を落とす。
『はあ……』
凍っても良いから探せとは言わなかった。卵が見つかっても、レリスを失っては意味がないのだ。
ロッドはぱちりと瞬きする。
瞬きの回数で会話する目線会話。
「んー? 俺の勘だけど。卵は無さそうな気はしたな。別の、なんだか怖い気配は感じたよ。吹雪の森の奥に、得体の知れないものが潜んでそうな感じ」
ぱちり。
「多分ね? 生き物の気配だったよ。氷の竜かな? とも思ったんだけど。ロッドは何か感じる?」
ぱちっ。
「竜じゃないのか……。確かにじいちゃん(竜)ほどの圧はしなかったな」
端から見ればひとりごとを話す奇妙な人だが、二人の間ではきっちり会話が成立していた。
「この島広いからさ。次は反対側から探そうと思う。北側にも町があるんだって」
ロッドは口を開けた。
レリスはお礼を言って腕を伸ばす。シチューは元のとろりとした姿を取り戻していた。鍋に移し、再びぐつぐつ。
『では、食べたら島の反対側へ移動するか』
「うん。食べるまで待ってねご主人様」
『エ゛ッお……。次それ言ったら海に捨てるぞ』
オタマでかき混ぜながら龍を見上げる。
「俺の立ち位置って、どうなってんの?」
『だから、好きにせよと言ったであろう』
「いま好きにしたら怒ったじゃん」
『口の減らない小僧め』
付き合ってられんと海に潜って行く。
「あ、待ってよ」
『ああ?』
さっきまでロッドがいた場所を指差している。
「潜らないで、そこに居てて。いい風除けだったのに」
『二度と下らん用事で話しかけるな沈め』
プンプン怒りながら自分が沈んでいく。レリスは雪が混じった強風に目を細めながらシチューを平らげた。
ロッドに乗って島の北側へ移動する。
毛皮レリスが座っているため、遠目から見ればロッドがミニ帽子を被っているようだった。
『その熊を着ているとあたたかいのか?』
「うん。すっごくあったかい」
ぎゅっと毛皮を抱き締めている。
『ほーん……』
なんだかロッドは面白くなかった。レリスの中での一番のもふもふは自分でなければ、なんか腹立つのだ。
ロッドの頭をふわふわと撫でる。
「心配してくれているのか? ありがとう」
『自惚れるな』
北側へ近づくとロッドは煩わしそうに目を細めた。
『見られてるな』
「どの辺?」
『森の中』
この島はどうやら北南に分かれている。深い森が横切っているせいだ。
レリスはズームして森の中を探っていく。限界まで拡大すると生き物の影が見えた。
一度まぶたを閉じてから、再び開く。
「……北側の治安は『それほどでもない』って評価だったんだけど。すげー悪そうだね」
『どこの情報だ、それは』
「南側の人たち。服屋さんとか市場の人とか。紅茶くれた人とか」
レリスが世話になったそうなので、平和ボケしているだけではないか? とは言わないでおく。
『やめておくか?』
「卵を探さないと。一応、上陸だけしてみよう?」
『競売にかけられたばかりではないか貴様。警戒心どこに落としてきたのだ。旅をするのに一番必要だぞ、それ』
「う、ま、まあ。卵が最優先だろ?」
自分と同じくらい卵しか見てないレリスに、ロッドは頭が痛くなった。
『雑魚種族がのぼせ上がるな。貴様は貴様を最優先にして生きろ。紙っぺら耐久が』
「何も言い返せないけど……。卵の情報が手に入るかも」
『……』
少し悩む。
レリスの勘は馬鹿に出来ない。なんせ半分人間ではないのだ。勘の良さや魔払い(魔法解除)の力だけは神がかっている。
ロッドは何度目か分からない悔しさを滲ませた。
――嗚呼。どうして我は地上を歩けないのだ。
紙っぺらに頼らず、自分の力で成し遂げたい。偉大な海龍である自分が! 人間如きに縋らねばならん。ストレスで禿げそうだ。
自分一人なら。陸地を歩けたら、今頃卵を見つけ出しているかもしれん。家族を危険な目に合わせることもない。レリスは安全な、おじいの隣で我の帰りを待っていればいい。
不甲斐ない。こんな自分が許せるか。
――こいつ用の護衛でもおればなぁ……。
ロッドは目を閉じて深く頷いた。
『だが駄目だ』
「なんでさ」
『なんでって――
『よかろう。だが』
「無理するな、だろ? 了解だ」
海岸に身体を寄せるとレリスが飛び降りる。
数歩進むとすぐさま武装した者たちに囲まれた。顔と、香袋で正体は隠しているが獣人と虫人ばかり。人間は見当たらなかった。
獣人の一人が、爪を見せつけるように前に出る。黒い毛並みが特徴の完全獣人だ。どこか緊張した面持ちで、レリスから二メートルの位置で止まる。
「なんだお前らは。観光客か?」
いかにも無法者といった面構えだ。その辺の小悪党とは眼光の鋭さも空気の重さもまるで違う。
レリスが答える。
「観光客です」
念のため、すっとぼけておく。
「あなた達は何です? ここは立ち入り禁止でしたか?」
「動くな」
黒い完全獣人が近寄ってくる。
「お前……。どうして顔を隠している? 『自衛隊』じゃないだろうな?」
そこツッコまれると困る。レリスは眼前の彼らより顔を隠している。怪しまれるのには慣れているが、怪しい奴らに怪しまれたくない。
(自衛隊……って)
弱き者の味方を旗印に結成された組織。道案内や迷子捜索から、犯罪組織を壊滅させたこともある悪党の敵。市民の味方。
報酬は請求されるが「通報するぞ!」と言えば戦意を失わせる効果もある。正義を心に宿した強者の集まり。
おじいの現役時代からあるようなのでかなり歴史は長い。いつの世も、正義の味方は求められるという事か。なんとも頼もしく、有難い。
彼らはレリスを自衛隊が送り込んだ調査員とでも思ったのか。こんな目立つ調査員を送り込む者はいないと思うのだが。
「顔を見せろ」
帽子に伸ばされた肉球をさっと避ける。
「失礼。大きな傷があって。醜い顔を晒せないんです。気に障ったのなら帰りますから」
で、こっそり別の海岸から上陸させてもらう。……いや、この様子ならあちこちに見張りがいそうだ。鼻が利く獣人を欺いて上陸するのは難しいだろう。滅茶苦茶目立つ海龍もいることだし。
あまり「後回し島」を増やしたくないのだが、こればっかりは。
(はあ。俺が隠密に長けた種族だったらな)
無い物ねだりしてしまう。
海に戻ろうとしたが肩を掴まれる。
「駄目だ。身体検査をさせてもらう。何。自衛隊である証さえ出てこなきゃ見逃してやるよ」
「か、帰るって!」
別の獣人二名が、左右から腕を掴んでくる。
「アジトに来てもらう」
「またボスのペットが増えるな」
レリスは身を捩るがまったく振りほどけない。
黒い完全獣人の手が、レリスの帽子をはたき落とした。
――と、こういう風になる未来しか見えんからだ‼』
「うっ。言い返せない……」
話している間もじわじわと島から遠ざかっている。
それでも見られている。自衛隊とのごたごたでもあったのだろうか、あれだけ警戒している最中近づけば、最悪威嚇無しで攻撃してくることも考えられた。
のんびり情報を聞き出すなど無理だろう。
「じゃあ、後回し、か。……何かいい案が浮かんだり、協力者でも現れたりしたら戻ってこよう」
『これでいくつめだ?』
「後回しにした島? 八……今回で九島目だな」
どれもこれも治安が悪かったり麻薬が蔓延していたり、単純に毒の霧で覆われていたり獣人しかいなかったり、と。レリス一人では歩かせられない島だった。
レリスの勘が告げる卵の情報は惜しかったが、後回しにするほかない。
「……」
役に立てずレリスは反射的に謝りかけたが、「貴様が無能なのは今に始まったことではない」とロッドが過去に励ましてくれたのを思い出し、言葉を飲み込む。
それでも昔はちょくちょく詫びていたが、一年ほど前ついに「次謝ったら丸呑みにする」とガチ目なトーンで言われた。
(優しいなぁ)
ロッドは謝ってくるあほが鬱陶しかっただけなのだが、レリスはそう解釈した。
「市場でも聞いたけど、この海域は治安の善し悪しが極端みたい」
『先ほどのような、ギャングが仕切っているからか?』
「そうだね。……酷い場所だと王家より力を持っている組織もあるとか。ギャングたちさぁ、まるっと自衛隊に転身しないかな? かなり平和になると思うんだけど。なんで悪事を働く者の数の方が多いんだろ」
子どもっぽい考えに、ロッドは目を据わらせる。
『貴様はこの旅で何を見てきたのだ』
差別はあまりないが、貧困。病。飢え。……悪事を働きたくて働いているのではない。そうしないと生き残れないから、自分より弱い者を狙う。冷たく残酷で、弱肉強食の正しい姿なのだとしても。
「……分かってるよ。今のは愚痴だって」
安心を求めてしまう。
レリスは風に苦戦しながらも地図を広げた。
「治安良い場所を教えてもらって丸してきたから、そこから回ろう」
『ナビせよ』
「うん」
泳ぎ出すロッドの角にもたれ、地図を足で押さえる。腰の鞄から干した小魚を取りだし、齧る。
『背もたれにするな! ん。さっきの島で買ったのか?』
「そうそう。凍ってたけど、ようやく食べられそう。ロッドもいる?」
無言で口が開いたので、小魚を数匹放り込む。
「こんな小さいとお腹いっぱいにならなくない?」
『今日はもう食べなくていい』
「……ロッドさぁ? 小さい時は何も言わなかったけど、その図体で、なんで小食なの?」
『はあ?』
金の瞳が頭上に向けられる。
「いつもあんまり食べないじゃん」
風の音しか聞こえない。
遠くで、レリスたちとは逆方向に進む船が見えた。ロッドとレリスは同時に目を向ける。
「……さっきの島に行くのかな?」
『知るか。……だがまあ、そうなのだろうよ』
何を積んでいる船なのか。どうせ碌なものではあるまい。
「話し戻すけど、なんで食べないの?」
聞いても無視される。
「おーい」
『……』
人差し指で海龍の頭をつっつく。
「ロッド? 言わないと抱きしめるぞ? 嫌だろ~? 教えてよ」
『……』
ロッドの頭部に大の字でぺたりとくっつく。
寝そべったレリスが白い毛を撫でてくる。
「ロッド~?」
海龍は無視し続けた。
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