龍と旅する。

水無月

文字の大きさ
19 / 131
バドモン島(別名 熊島)

無茶をした

しおりを挟む



 また速度が増している気がする。



 次は少し大きめの島が見えてくる。クォーツ島や冬島フェーレッテよりも大きい。そこそこ人が住んでいそうだ。

 変わらず雪は降っている。

 ロッドはようやく速度を緩めた。

『おい、レリス! 買った服はもう着たんだろうな?』
「いや、う~ん」
『どうした? まさか、着方が分からないなんて言うまいな?』

 悩ましい声に眼球を上に向ける。

「着方はわか……。えっと、とにかく着てみるよ」
『何をちんたらしている?』

 頭の上で、もごもごとレリスが動くのを感じる。

「着てみたんだけど……これは、駄目かも」

 レリスが何を言っているのか分からないので、舌を伸ばして彼を持ち上げると、海から出した自分の身体に乗せた。

 ふかふかに座るレリスは肌のラインがはっきり分かるぴっちりした黒の服に、同じ色のズボン。セット物なのか腕に濃い青のストールをかけていた。

「……」
『……』

 ストールは色も良いし羽衣のようでレリスに……じゃなくて銀の髪と良く似合っていると思う。だが、そんなことはもはや気にならなかった。フードもついていなければ、胸に切れ込みがあり、顔と結晶が隠せない。


 性器を除けば、隠さないといけないものが全部出ていた。


「……う、っ。う」
『お……おおう』

 言葉を失くす二名。フードはともかく、胸の切れ込みは何なのか。人間の中では胸を出すのが流行っているのか。そこに心臓があるのではなかったか。急所を晒してどうするのだ。二人の頭上には疑問符が飛び交った。

「あー……多分これ、女性の服じゃないかな。それなら謎の切れ込みも理解できるよ」
『どのように理解できるのだ?』
「胸の谷間を見せたいんだと思う」

 レリスの頬が朱に染まる。何を照れているのかさっぱりだった。

『谷間?』
「ほら。女性って……胸が男より、大きいじゃん……? それを、男にはそれが……」

 何をごにょごにょ言っているのだろうか。しかも顔を覆って項垂れていってしまう。

『人間のオスは谷間? が好きなのか? 貴様もか? 谷間ってなんだ』
「……ごめん。忘れて」
『ああ?』

 無理もない。童貞なのだ。嫌いなわけではないが、この手の話をすると頭が爆発しそうだった。あと、真顔でツッコまれると辛い。とても辛い。

 理解できなかったロッドは考えるのをやめた。どうせケルツァが勧めた服だ。その辺の衣服より頑丈だろう。弱い人間にはちょうどいい。

『そうか。ではそれを着ておくと良い』
「ええっ⁉ ちょ……いやかなり抵抗が……」
『レリス。貴様は我が買ったのだ。言う事を聞くがいい』



「!」



 瞳が凍り付き、ビクッとレリスの剥き出しの肩が跳ねる。

「……」

 うつむくと、銀の髪が顔の横に垂れる。



 そう言えばそうだった。ロッドに返しきれない金額で助けてもらったのだ。



 彼が来なければレリスは今頃どうなっていたのか。あの血狂い皇帝とやらに殺され、皇帝はその血をワインのように美味しく飲んでいたのだろう。

 そこまで考え、ゾッと鳥肌が立った。

 ロッドには返しきれない恩がある。


 余談だが――彼の反応にロッドは少々言葉がきつかったかとオロオロしていたが、レリスには見えてなかった。


 レリスがぱっと顔を上げると、海龍はスンっと狼狽えた表情を消した。

「えっと。じゃあ……。ロッドのことは、ロッド様とか、ご主人様って、呼んだ方が良い?」

 ロッドは今にも嘔吐しそうな顔になった。

『ごしゅ……? なんと気色悪い。オッッ……エ。逆流させる気か馬鹿モッ‼ ヴォェエ……』

 こんなに気分が悪そうなロッドは初めて見た。顔色が酷い。

「ロッドが言うこと聞けって言ったんじゃん」
『言う事を聞けと言ったのだ! 呼び方を変えろなど言っとらんわ。この鳥肌どうしてくれる⁉ 我の命令に! ……従ってる貴様もキショイからもう好きにせよ』
「大金払って俺を買ったのに?」

 少し揶揄ってやると、海龍はぐぬっと顔をゆがめた。

『フンッ! 我は過去に興味はない。顔や胸ならそのストールで隠せばよかろう!』
「はい。ご主人様」
『ギャアアァッ‼』

 爆音が轟いた。













 気温が下がり、海がまた荒れだす(人間基準)。

 海岸に辿り着くと、ロッドはぺいっとレリスを放り投げた。自身は疲れたように砂浜で横になる。

『さっさと服を買ってくるがよい』
「……そうするよ」

 口に入った砂を吐き出しながらレリスは辺りを見回す。うっすら雪の積もった砂浜に、人気はない。

 また人がちっとも住んでいない土地だろうか。レリスはうんざりしたがとにかく今は服がいるので人里を目指す。

「行ってくる」
『うむ』

 駆けていく背中を見送る。ロッドはいつもならすぐに海の中で聞き込みを開始する。なのに、潜らずじっとこちらを見ていた。

「?」

 恐らく、レリスがまたさっきのような目に合わないよう、自分はここで待機するつもりなのだろう。レリスにもその気持ちは伝わったため、「どうしたの?」と聞きに戻ることはしなかった。

(気を引き締めないと……)

 これ以上迷惑をかけたくない。

『……ふん』

 きっとつまらんことを考えているであろう家族の背中を見つめる。

 ロッドはレリスの姿が見えなくなると、長く息を吐き、肺を空にした。

 ――疲れた。

 家族を助けるためとはいえ、無茶をしたかもしれない。神秘を使いながら陸地を歩く。幼い龍にとっては自殺行為だ。

 海の中でなら何も問題はない。精霊や竜があつかう神秘。体内で生成される生命エネルギーとは別の力、神気をガソリンにして、超自然的な現象を操る。龍や精霊は神ではないが、解明されていないことが多いため『神気に似た力』とザックリした分類分けをされているに過ぎない。

 ロッドの場合は海に浸かっていれば神気がほぼ無限に湧き上がってくる。人間からすればズルいと言いたくなるが、人間だって魔法と使う力・魔力も食べて寝ればある程度回復はする。――それでもやはりズルいと思うのはもう、仕方のない事だろう。

 生物としてのポテンシャルが違いすぎる。

『……眠い』

 まぶたが下りてくる。

 雪雲を押しやって雨雲で雨を降らせた。ケルツァに冬島は危険な土地だと聞き、レリスに撤退の合図を送っても返事がなかったから。


 探しに行ったのだ。


 人間ならば半分しか酸素の無い土地で、牛を背負って歩くようなもの。


 巨体が、雪の下の地面にめり込み、湿った土が白い毛を汚す。視界もかすみ始めも、ロッドの頭には家族のことしかなかった。

 倉庫ばかりが立ち並ぶ中、一際大きな建物。ロッドからすれば小さな箱であるが、屋根に顔面を突っ込んでみた。

 ロッドの「雨降らし」は雨と言うより、ダムの放水。雨雲が滝を降らせる。流れ込んだ水が箱の中に入ったがどうってことはない。レリスが無事だったのだから。

 これで、レリスが競り落とされ誰かの所有物になっていれば、島ごと沈んでいただろう。



 龍の目の前で家族を奪うことは絶対に許されない。彼らは自分の物を奪われることを極端に嫌う。



 ロッドにとってレリスは抱き枕だ。子どもの頃からあれに身体を巻きつけて眠った。レリスもロッドをしっかりと抱きしめる。周囲に大人がいれば「そろそろ一緒に寝るのはやめない?」とか言ってくれるのだろうが。旅に出ている彼らにそんなことを言ってくれる者はいなかった。そのため成長しても何の疑問も抱くことはなく、ロッドはレリスを、レリスはロッドを抱いて眠る。


 例え枕だろうと龍から奪うという事は、逆鱗に鮮やかなアッパーカットを叩き込むのと同じだ。


 司会が言っていた、確かに彼らは幸福だったのだろう。


 寝息を立て始める龍の毛や角に、雪が積もっていく。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~

あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。 彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。 剣も魔法も得意ではない主人公は、 最強のメイドたちに守られながら生きている。 だが彼自身は、 「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。 自分にできることは何か。 この世界で、どう生きていくべきか。 最強の力を持つ者たちと、 何者でもない一人の青年。 その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。 本作は、 圧倒的な安心感のある日常パートと、 必要なときには本格的に描かれる戦い、 そして「守られる側の成長」を軸にした 完結済み長編ファンタジーです。 シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。 最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。

処理中です...