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バドモン島(別名 熊島)
無茶をした
しおりを挟むまた速度が増している気がする。
次は少し大きめの島が見えてくる。クォーツ島や冬島フェーレッテよりも大きい。そこそこ人が住んでいそうだ。
変わらず雪は降っている。
ロッドはようやく速度を緩めた。
『おい、レリス! 買った服はもう着たんだろうな?』
「いや、う~ん」
『どうした? まさか、着方が分からないなんて言うまいな?』
悩ましい声に眼球を上に向ける。
「着方はわか……。えっと、とにかく着てみるよ」
『何をちんたらしている?』
頭の上で、もごもごとレリスが動くのを感じる。
「着てみたんだけど……これは、駄目かも」
レリスが何を言っているのか分からないので、舌を伸ばして彼を持ち上げると、海から出した自分の身体に乗せた。
ふかふかに座るレリスは肌のラインがはっきり分かるぴっちりした黒の服に、同じ色のズボン。セット物なのか腕に濃い青のストールをかけていた。
「……」
『……』
ストールは色も良いし羽衣のようでレリスに……じゃなくて銀の髪と良く似合っていると思う。だが、そんなことはもはや気にならなかった。フードもついていなければ、胸に切れ込みがあり、顔と結晶が隠せない。
性器を除けば、隠さないといけないものが全部出ていた。
「……う、っ。う」
『お……おおう』
言葉を失くす二名。フードはともかく、胸の切れ込みは何なのか。人間の中では胸を出すのが流行っているのか。そこに心臓があるのではなかったか。急所を晒してどうするのだ。二人の頭上には疑問符が飛び交った。
「あー……多分これ、女性の服じゃないかな。それなら謎の切れ込みも理解できるよ」
『どのように理解できるのだ?』
「胸の谷間を見せたいんだと思う」
レリスの頬が朱に染まる。何を照れているのかさっぱりだった。
『谷間?』
「ほら。女性って……胸が男より、大きいじゃん……? それを、男にはそれが……」
何をごにょごにょ言っているのだろうか。しかも顔を覆って項垂れていってしまう。
『人間のオスは谷間? が好きなのか? 貴様もか? 谷間ってなんだ』
「……ごめん。忘れて」
『ああ?』
無理もない。童貞なのだ。嫌いなわけではないが、この手の話をすると頭が爆発しそうだった。あと、真顔でツッコまれると辛い。とても辛い。
理解できなかったロッドは考えるのをやめた。どうせケルツァが勧めた服だ。その辺の衣服より頑丈だろう。弱い人間にはちょうどいい。
『そうか。ではそれを着ておくと良い』
「ええっ⁉ ちょ……いやかなり抵抗が……」
『レリス。貴様は我が買ったのだ。言う事を聞くがいい』
「!」
瞳が凍り付き、ビクッとレリスの剥き出しの肩が跳ねる。
「……」
うつむくと、銀の髪が顔の横に垂れる。
そう言えばそうだった。ロッドに返しきれない金額で助けてもらったのだ。
彼が来なければレリスは今頃どうなっていたのか。あの血狂い皇帝とやらに殺され、皇帝はその血をワインのように美味しく飲んでいたのだろう。
そこまで考え、ゾッと鳥肌が立った。
ロッドには返しきれない恩がある。
余談だが――彼の反応にロッドは少々言葉がきつかったかとオロオロしていたが、レリスには見えてなかった。
レリスがぱっと顔を上げると、海龍はスンっと狼狽えた表情を消した。
「えっと。じゃあ……。ロッドのことは、ロッド様とか、ご主人様って、呼んだ方が良い?」
ロッドは今にも嘔吐しそうな顔になった。
『ごしゅ……? なんと気色悪い。オッッ……エ。逆流させる気か馬鹿モッ‼ ヴォェエ……』
こんなに気分が悪そうなロッドは初めて見た。顔色が酷い。
「ロッドが言うこと聞けって言ったんじゃん」
『言う事を聞けと言ったのだ! 呼び方を変えろなど言っとらんわ。この鳥肌どうしてくれる⁉ 我の命令に! ……従ってる貴様もキショイからもう好きにせよ』
「大金払って俺を買ったのに?」
少し揶揄ってやると、海龍はぐぬっと顔をゆがめた。
『フンッ! 我は過去に興味はない。顔や胸ならそのストールで隠せばよかろう!』
「はい。ご主人様」
『ギャアアァッ‼』
爆音が轟いた。
気温が下がり、海がまた荒れだす(人間基準)。
海岸に辿り着くと、ロッドはぺいっとレリスを放り投げた。自身は疲れたように砂浜で横になる。
『さっさと服を買ってくるがよい』
「……そうするよ」
口に入った砂を吐き出しながらレリスは辺りを見回す。うっすら雪の積もった砂浜に、人気はない。
また人がちっとも住んでいない土地だろうか。レリスはうんざりしたがとにかく今は服がいるので人里を目指す。
「行ってくる」
『うむ』
駆けていく背中を見送る。ロッドはいつもならすぐに海の中で聞き込みを開始する。なのに、潜らずじっとこちらを見ていた。
「?」
恐らく、レリスがまたさっきのような目に合わないよう、自分はここで待機するつもりなのだろう。レリスにもその気持ちは伝わったため、「どうしたの?」と聞きに戻ることはしなかった。
(気を引き締めないと……)
これ以上迷惑をかけたくない。
『……ふん』
きっとつまらんことを考えているであろう家族の背中を見つめる。
ロッドはレリスの姿が見えなくなると、長く息を吐き、肺を空にした。
――疲れた。
家族を助けるためとはいえ、無茶をしたかもしれない。神秘を使いながら陸地を歩く。幼い龍にとっては自殺行為だ。
海の中でなら何も問題はない。精霊や竜があつかう神秘。体内で生成される生命エネルギーとは別の力、神気をガソリンにして、超自然的な現象を操る。龍や精霊は神ではないが、解明されていないことが多いため『神気に似た力』とザックリした分類分けをされているに過ぎない。
ロッドの場合は海に浸かっていれば神気がほぼ無限に湧き上がってくる。人間からすればズルいと言いたくなるが、人間だって魔法と使う力・魔力も食べて寝ればある程度回復はする。――それでもやはりズルいと思うのはもう、仕方のない事だろう。
生物としてのポテンシャルが違いすぎる。
『……眠い』
まぶたが下りてくる。
雪雲を押しやって雨雲で雨を降らせた。ケルツァに冬島は危険な土地だと聞き、レリスに撤退の合図を送っても返事がなかったから。
探しに行ったのだ。
人間ならば半分しか酸素の無い土地で、牛を背負って歩くようなもの。
巨体が、雪の下の地面にめり込み、湿った土が白い毛を汚す。視界もかすみ始めも、ロッドの頭には家族のことしかなかった。
倉庫ばかりが立ち並ぶ中、一際大きな建物。ロッドからすれば小さな箱であるが、屋根に顔面を突っ込んでみた。
ロッドの「雨降らし」は雨と言うより、ダムの放水。雨雲が滝を降らせる。流れ込んだ水が箱の中に入ったがどうってことはない。レリスが無事だったのだから。
これで、レリスが競り落とされ誰かの所有物になっていれば、島ごと沈んでいただろう。
龍の目の前で家族を奪うことは絶対に許されない。彼らは自分の物を奪われることを極端に嫌う。
ロッドにとってレリスは抱き枕だ。子どもの頃からあれに身体を巻きつけて眠った。レリスもロッドをしっかりと抱きしめる。周囲に大人がいれば「そろそろ一緒に寝るのはやめない?」とか言ってくれるのだろうが。旅に出ている彼らにそんなことを言ってくれる者はいなかった。そのため成長しても何の疑問も抱くことはなく、ロッドはレリスを、レリスはロッドを抱いて眠る。
例え枕だろうと龍から奪うという事は、逆鱗に鮮やかなアッパーカットを叩き込むのと同じだ。
司会が言っていた、確かに彼らは幸福だったのだろう。
寝息を立て始める龍の毛や角に、雪が積もっていく。
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