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クォーツ島
荒れる海
しおりを挟む「おっまえなぁ……」
『ふんっ。貴様が生意気なのだ』
べしっと叩いても怯まず、もっふもふ白蛇モドキは偉そうに顔を背ける。
尋常ではなく咳き込んで水を吐き出し、目を覚ませば砂浜に映える背の高い木の下。ロッドのモフモフの上で横たわっていた。
もはや重さを感じるほどの疲労感に、しばらく動けそうにない。
反省する素振りもなく白蛇はばくぐしゃと、その木にぶら下がる硬い殻の果実を齧っている。ぽたぽたっと、いい香りの果汁が頬に落ちる。手の甲で拭い、ちょっと舐めてみると爽やかな甘さだった。
苦手な甘さに眉根を寄せる。
「人の上で食うな」
『なんだいたのか。小さくて見えなんだ』
呵々っ! と豪快に笑う蛇。
「……」
苛立ちと笑みが同時に浮かんでくる。笑みに青筋を浮かべていると軽鎧と槍を手にした複数の男性がぞろぞろと近寄ってきた。誰も彼も、槍を握りしめ顔が強張っている。
この町の兵士だろうか。気づいていないふりをしていると一人が声を張り上げた。
「そこの者!」
「はい」
レリスは素直に顔を向ける。ロッドは気にした風もなく食事を続けている。そのせいで果汁の雨が止まない。いちいち噛み砕かずに丸呑みにしてほしい。
あまり近づいてこない兵士の男性は、蛇とびしょ濡れの青年を交互に見遣った。
「海に魔物が出たと聞いた! 見たところ仲が良さそうに見えるが。その蛇は……なんだ?」
一人と一匹は「仲良くない」と叫びかけるが同時に言葉を飲み込んだ。これを言い出すと長くなる。
ロッドはケッと首を背け、レリスはフードを被りなおし、顔を隠しながら片手を上げた。
「ご心配なく。俺の家族です」
「……うむ。そうか。暴れさせないでくれよ」
「はい」
視線を合わせて頷くと、兵士の男性の頬がボッと赤く染まった。わたわたと狼狽えたように意味もなく槍を上下に振ると、やがて部下を連れて去って行く。部下もぼーっとレリスを見ていたが後ろ髪を引かれるように隊長に続く。
海辺の町だからか、すんなり引き下がってくれた。これが内陸の町ならこうはいかないだろう。これまでの騒ぎを思い出し、ため息をつきながら水が滴る前髪をかき上げる。
『我は蛇ではないぞ。これだから物を知らん人間は』
「そうだよな。もふもふ蛇だもんな」
『だから! 蛇ではない!』
ギッと睨んでくるがどうでもいいと無視する。
ロッドの体毛は不思議なほど早く乾くため、長時間潜っていてもさらさらのもふもふだ。思わず寝転びそうになったが、身軽に跳び降りるとゴミ拾いを始めた。
引きずり込まれた際、手放したゴミが打ち上げられている。果実の飲み物はどこかにいったようだ。
「まだ全部飲んでなかったのに」
『未練がましい奴だ。これでも飲んでいろ』
上空から頭と同じサイズの果実が降ってくる。片足を上げて慌てて避けた。ずぼっと砂に埋まる。
「お前。気をつけろよ。猿蟹合戦では果物は立派な鈍器なんだぞ」
『猿蟹……? 何?』
「前行った国で聞いたおとぎ話。お前も聞いてただろ」
『くだらん。飯は食ったのだ。もう行くぞ』
巨大蛇は水に潜っていく。
やれやれと、レリスは息を吐いて果実も拾っておいた。
人間たちの間では大きな船を造り、海に飛び出すのが流行っているようだ。
いわゆる大航海時代。
海を木造の巨大船が渡って行くのを、蛇の頭部に腰掛けた青年が見上げる。
「すごいよな……。あの重さでどうやって浮かんで、進んでるんだろう」
そもそもどうやって作るのか。
『ふん。所詮は笹船よ』
葉っぱをうまいこと折って作る船のことだ。川べりなどで子どもがよく遊んでいる。流石に木造船と比較するのはどうかと思ったが、人間以外から見れば船も笹船も同じようなものなのだろうか。しかもロッドは海を自在に泳げる化け物だ。長距離を泳げない生き物が必死に作った物などくだらないのかもしれない。
――でもこの前こっそりと、興味深そうに眺めてなかったっけか?
と思うも、レリスはツッコまないであげた。
あの船たちが向かうのはどこの大陸か。
肉食が盛んになり需要が増えた香辛料を求めてか。はたまたいつの時代でも価値のある金を求めてか。それか、単純にどこかの船を襲いに行くのか。
人間なら船を見れば商船か海賊船か、ある程度は判別できるのかも知れないが人間の世界に疎いレリスたちでは皆目見当もつかない。適当な予想を並べるので精一杯だ。
視界に船が入っているのが煩わしいのか、ロッドが速度を上げる。
ぐん、と身体が後ろに引っ張られ、さっきより激しく飛沫が顔に当たった。
片目を閉じていると、滑るように降下してきた海鳥がレリスの顔の真横を飛ぶ。
ロッドが気まぐれで、鳥たちに魚をやっているのでそれ目当てだろう。
孫にお年玉をたかられているおじいちゃんに見えなくもなく、レリスは手の甲で口元を隠してくすっと笑う。
「ミャアミャア」
『甘えおって』
鳥たちの言語が理解できるロッドは、尻尾で「水中から海面を」叩いた。数匹、魚が飛び散り、それを海鳥たちが銜えて飛んで行く。
それを見送り、落ちてきた羽を指で摘む。
「優しいね」
『黙るがいい。貴様と会話したい気分ではない』
「はいはい」
適当に返事をしつつ振り返る。雲が流れる青い世界にはもう、木造船の姿は無い。ロッドは泳ぐのが速い種族だ。レリスが乗っているため本来の速度は出せなくとも、船くらいは簡単に置いてけぼりにしてしまう。
風が強まる。摘んだ羽は手から離れ、濡れた服は瞬く間に冷えていく。
馬のような鞍も何もついていないので――ロッドが嫌がる――岩めいた角に身を預ける。血や神経は通っていないはずだが、海龍の角はほんのりとあたたかい。
ロッドは不快そうに睨んできた。
『角に触れるな』
「もたれてないと、風で飛んでいきそうなんだよ」
『無様だな』
風で飛んでいったレリスを想像したのか、蛇の口元がおかしそうに吊り上がる。
「お前ね……」
呆れ口調で呟き、レリスは身体を解すために、祈るように左右の指を組んで腕を前に伸ばした。
旅に出て何年経つだろうか。
人生が終わる前に世界中を巡れるか妖しいほどに、世界は広い。そう実感するし。痛感した。旅をしていて思ったのが陸地というか、海が果てしない。海龍でも全容を把握していないという。これは、相方が海の生き物だったのは幸運だった。乗ってみたいとは思うが、どうも自分は船での生活に耐えられそうにないからだ。
「ここから一番近いのはクォーツ島、って名前の島らしい」
「さっきの島と違って人は少ないんだって。情報収集と、休むのにちょうどいいかもな」
「小さい島で、嵐が多いって――」
相方がうんともすんとも言わないため一人で喋り続ける。ロッドは陸地には興味がない。大いなる海龍から見れば、陸地など「ちょっと盛り上がっているところ」という認識しかないようだ。そこで暮らす生き物にも文化にもとにかく関心が薄い。
ロッドは耳障りだと言わんばかりの表情をしながらも黙れとは言わなかった。ラジオのようにひたすら聞き流す。
やがて一人で喋るのにも飽いたのか、口数が少なくなり、レリスがうとうとし始めた時だった。
遠くで、ゴロゴロゴォ……と、腹に堪える重低音が響く。そちらに目をやると、黒い雲が迫っていた。黒角に手を添え、膝立ちになって雷雲を見つめる。
「まだ島に着いてないのに、もう嵐に巻き込まれそうだな」
『ふん。しっかり掴まっておくんだな。落ちても拾わんぞ』
波は、高さを増す。
十分もしないうちに雨が降り出した。叩きつける雨粒がレリスの視界を塞ぐ。
「なんで海ってこう……荒れるんだろうな」
(荒れているのか? これが)
海龍(ロッド)からすれば悪天候のうちに入らないようだ。不思議そうに首を傾げている。
――溺れない生き物に荒れた海を怖がれと言うのもおかしな話か。
レリスは絶対に声にして言わないが、内心で「頼もしいな」と強気に笑う。
ロッドは海面すれすれを泳いでくれているが、時折波に持って行かれそうになる。仕方なく角に抱きついた。即座に「チッ」と触るなアピールが聞こえる。
「文句言うなら鞍着けるぞ」
『何も言っていないだろうが』
「舌打ちしたろ……」
喋っていると海水を飲んでしまうのか、レリスは水を吐き出すと口を閉じた。
『我の頭の上で水を吐くとはいい度胸だ』
「いやお前……」
どっかの蛇だって人の頭上でばくばく果実を食っていたと思うのだが。
言い返すのは後にしてぎゅっと目を閉じた。口の中がしょっぱい。
目を閉ざしたせいで気づくのが遅れた。
豪雨の中に紛れ、人の声のようなものが耳先に触れる。
「……? 誰か、いるのか?」
風が暗い音を奏でる。
目を凝らせば、うねる波に隠されるように、小さな船が今にもひっくり返らんとしていた。
「いやぁ――。助け――」
「――こわいよぉ」
ズームして船の上を見れば、姉妹のような二人が帆の無いマストにしがみついている。
『はあ……』
気づいちまったか、と言いたげに吐息を吐いているので、ロッドはとうに気づいていたらしい。「教えろよ」と、こつんと頭部を小突く。
「助けに……いやまずは様子を見に行こう」
『嫌だ。面倒だ。関わるな』
ロッドにしてみれば陸地の生物、特に人間など波の高さくらいどうでもいい。
足早に、白い蛇は素通りしようとする。
穏やかなレリスの声から温度が抜ける。
「ロッド」
『口を閉じろ』
「俺たちだって。助けてもらったんだ。……覚えて、いるよな?」
『チィッ‼』
稲妻のような舌打ちをする。レリスは鼓膜が吹っ飛ぶかと思ったが、難破しかけの船の姉妹には福音のように届く。
姉妹が波の隙間に海龍を見つける。夜のように暗い海でも光って見えるほど白い身体。
姉と思しき人物が天に届けとばかりに声を振り絞る。
「お願っ! 助け――」
だがその声も、無情にも波が呑み込んでしまう。一瞬だった。小船も姉妹も、海面から姿を消す。
血相を変えたレリスが短く叫ぶ。
「ロッド!」
『うるさい』
首の向きを変えると、姉妹がいた場所に向かって突進する。波にもみくちゃにされ、それでもお互いの手を放さなかった姉妹を、巨大な口が丸呑みにした。
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