電車の中で・・・

水無月

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学校の中で ①

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〈蛍川視点〉



 めっきり学校がつまらなくなった。
 同じクラスの時は史君で遊んでいたら良かった。授業中は彼の横顔を眺めて、休み時間になるたびに話しかけてきてくれて、腫れの日は中庭でお弁当を食べて、並んで帰る。宿題のある日はそのまま夕方まで一緒。

『お前ら仲いいよな』

 クラスメイトにからかわれても、史君がうまいこと相手してくれる。彼は常に笑顔の中心にいて、どうして俺なんかを好きになってくれたのかがイマイチ分からない。
 理由を聞いても、

『だからやばいとこだって』

 どこなの? やばいとこって。
 思い出して頭を抱える。

 ――ぽふっ。

 悩んでいると後頭部に何かが当たった気がする。
 頭を手で押さえ足元に目を向けると、丸めた紙屑が落ちていた。

「?」

 振り返ると、一番後ろの席の男子がニヤニヤと笑っているのが見えた。

(またか)

 最近、よく彼に絡まれる。
 おそらく丸めた紙を投げて、蛍川にぶつけて遊んでいるのだろう。
 こういうちょっかいなどいつものこと。よくあることなので何も見なかったことにする。

 ――ぽすっ。
 ――ぽこっ。

 五分や十分に一度。忘れた頃に、紙屑が飛んでくる。痛くはないが頭や肩に当たると気が散る。

(何が楽しいんだろう……?)

 ちらっと振り向くと、目が合った。
 彼はにやっと笑うと、急に大声を出した。

「せんせー! 蛍川君がちらちら見てきて落ち着かないでーす」
「!」

 目を見開く。
 ばっと前を向くが、教師含めクラス中の視線が向けられていた。
 藤井先生は眠そうに、眼鏡をくいっと持ち上げる。

「……? 蛍川君? 授業に集中しましょうね?」
「……はい」

 小さく返事してうつむく。
 くすくすくすとクラスのあちこちから笑い声が聞こえ、蛍川は膝の上でぎゅっと拳を握った。



「あっちーなー。まだ六月にもなってないってのに。太陽さん頑張りすぎじゃね?」

 中庭で空を見上げて胸元のボタンを開けている栄田清史。俺の彼氏。かなり適当でいい加減で趣味がおかしいけど、

「ほたるんは? 日陰行かなくて大丈夫か?」

 何もせず座ってたらとてもきれい。
 痴漢されたくて――最近は俺のために――身なりを整えており、今朝も遅刻しそうなのに「紫外線滅びろ!」と言いながら日焼け止めクリームを塗っていた。同じ制服に身を包んでいるはずなのに、王子様のように煌めいて見える。……自分でも惚れたフィルターがかかっている気はする。
 最近はお母さんと喧嘩していないようで、彼のお弁当にはちゃんと具が入っている。

「ほたるん? 聞いてる?」

 ハッと我に返る。
 いけない。ばっちり見惚れていた。

「え? ああ。何?」
「日陰に移動しなくて、大丈夫か? 暑くない?」
「うん。大丈夫。夏に山で、じいちゃんに火の上を歩けるようになる修行させられてるし」
「…………」

 栄田は顔に出やすいので引いているのがよく分かる。

「史君もやる?」
「絶対やらない。なにその拷問。誘うな」

 真顔の彼がとても面白くて、小さく笑ってしまう。
 蛍川は自分の豪華弁当に目を落とす。

「史君さあ」
「ん?」
「無理して俺と弁当食べなくていいよ」

 ブロッコリーを口に入れようとした彼の手が止まる。

「どういう意味?」
「クラスの人と、食べないのかなって」

 なんだそんなことかと、栄田はにこっと微笑む。

「高校の友人なんて、高校生の間しか用はないし。それならほたるんと飯食ってる方がいいじゃん。楽しいし。俺が」
「……そう」

 だんだん分かってきたが、彼は妙にドライなところがある。好きなもの以外はとことん興味がない、というか。

(それだけ、俺のことが……ってことだよね)

 わずかに頬が赤くなる。
 海老を箸で摘まむ。

「海老。食べない?」
「え? 良いの? ちょうだい」

 たまに俺の弁当をチラチラ見てくるのが可愛くて、つい分けてしまう。
 彼の弁当箱に海老を移していると、足音が聞こえてきた。複数の。

「おっ。蛍川じゃーーん」
「本当だ。教室に居ないから、便所で飯食ってんのかと思ってら」

 ケラケラ笑っている。
 先ほど、授業中に紙を投げてきた男子とその取り巻き二人。三人いるのに二人しか喋らないなと思い、見たくもない顔を見ると熱でもあるように頬を赤くしてぽーっとしていた。
 視線を追うと栄田を見ている。……もお。これ以上きれいにならないでよ!

「おい。無視すんなって」
「っ」

 本気で彼らのことを忘れていたせいで、足を軽く蹴られる。なぜか隣の栄田が青ざめていた。
 むすっと頬を膨らます。

「……なに?」
「ぶはっ! なに? だってよ!」
「無理して睨んでんじゃねーよ。怖いと思ってんのか?」

 食べかけの弁当箱を引っ手繰られる。

「あっ」
「なんだこの弁当箱。重箱かよ」
「便所に捨ててきてやるわ。お前、それ拾って食えよ?」
「げははははっ。きったねー」
「返してよ……」

 取り返そうと手を伸ばした時だった。

「プリンス助けて――――ッ!」

 腰を上げた栄田が口に両手を添えると大声を出した。
 彼の良く通る声に、中庭にいた全員がぎょっとする。もちろん蛍川と三人も。
 栄田の見ている方向に、明王子先生が歩いているのが見えた。先生は栄田の顔を見るとうんざりしたような表情を一瞬見せる。

「ほたるんがかつあげされてる! 助けて――――っ」
「ちょ、お前! やめろよ」

 堂々と先生に報告する栄田に男子の一人が掴みかかろうとするが、蛍川は片足を前に出して転ばせる。俺の史君に触らないで。
 不穏な単語に、明王子先生が身体の向きを変えてこちらに歩いてくる。
 PTAも恐れない教師に絡んできた三人は「やべ」と青ざめ、逃走を図ろうとする。が、

「逃げるな」

 怒鳴ったわけでもない静かな声。それでも三人はぴたっと動けなくなった。

「職員室に来い。栄田。蛍川。お前らもだ」



 二回目の応接室。
 「職員室に来いって言っておいて、なんでいつも応接室に通すの? ここも職員室だと思ってる?」と、栄田君がまたいらんことを言っている。

 通りかかった藤井先生がなだめに入るほど説教されたあと、生徒五人はようやく解放された。

 俺に絡んできた三人同様、説教嫌いな栄田は二キロほど痩せた顔つきだった。

「何で俺まで説教されるんだよ」
「黙って座ってなってば……」

 栄田が涙を拭うフリをする。

「可哀想にあいつら。叱られすぎてげっそりしていたのに、頭髪まで失うことになるなんて」

 栄田君が何を言ってるのかサッパリワカラナイナ。

「でもごめんな?」
「え?」
「俺彼氏なのに。びしっと助けてやれたらかっこいいのに。結局プリンス頼みになっちまって」
「……そんなの」

 気にしなくていいのに。
 彼は悔しそうにぐっと胸の前で拳を握る。

「もし俺が下手に前に出てあいつらに殴られたら。中庭が血の海になると思って」
「……。史君のなかで俺はどんな存在なの?」
「つーか、あの三人もなんなの? ほたるんの豪華弁当が羨ましかったのか?」
「さあ」

 栄田とは普通に話せるのに、他の人とはどう会話していいのか分からなくなる。分からないので、二度と絡んでこないように身体に教え込むことしか出来ない。

「史君」
「ん?」
「あいつらが……もし史君に絡んで来たらすぐに言ってね?」

 この前みたいなことはごめんだよ。頭髪とかぬるいこと言ってないで、栄田の視界に入らないようにしなきゃ。
 意気込んでいるとチョンチョンと肩をつつかれる。

「何?」
「なんかほたるん。怖い事考えてない?」

 俺といる時間が家族の次に長いせいか、若干考えが読まれている気がする。
 蛍川はふるふると首を横に振る。

「俺、何もしないよ?」
「何もしないって、何?」
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