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二話 ふたりなら
しおりを挟むでっけー男なので野生動物以外何も心配してなかったが、まさかこんなことになるとは。
本人も傷ついたのか……まだ俺にくっついている。
居間で並んでテレビタイム。
テレビでは熊が出たニュースが流れていた。
「熊より怖かった」
「まあ。ある意味な。で? なにかされた?」
ぎゅっと俺の腕に抱きつき、肩に頬を押し当ててくるタクトくん。成人男性です。
彼はダボダボの服を好んで着るので、くっつかれると温かい。元来寂しがりやな俺は、甘えられるのは好きだったりする。
タクトくんはすんっと鼻をすする。
「ううん。……怖くて、パニックになって、叫びまくったら他の人が寄ってきてくれて。おじさんは逃げてった」
逃げると言うことは、そういうことですな。
「貴重品も? 全部無事? 確認した?」
「俺は、貴重品はパンツに隠してるし。鍵は、靴下の中。足首辺りにテープで巻いてる」
海外に行く時の装備の仕方じゃん。
「怪我がなくてよかったよ」
「ベリちゃん」
頭を撫でてやると気持ち良さげに目を細める。疲れた時は幻覚で尻尾が見えるときがある。大型犬のような仕草で和む。ひたすら和む。
「だからさ。ベリちゃん。今度ついてきてよ」
「……」
怖い思いをしたようだし、しばらくキャンプは控えるとでも言うのかと思いきや。
「うーん? 俺は護衛に向いてないと思うぞ? 空手とかもやってないし。キャンプの知識すらない」
「二人だと声かけられないでしょ?」
いっ……やあ。どうかな? 変な人は相手が複数でも、声かけるときはかけるし、絡む時は絡むよ。
「俺が強面だったらなぁ。人除けになるんだろうけど」
「可愛いもんね」
タクトくんの頬を左右に伸ばしておく。
「ごめんなしゃい!」
「二度と言うなよ」
名前に相応しい顔面とかよく馬鹿にされるのだ。困ったものだ。
白のハイネックセーターに黒の長ズボン。マネキンが着ていると大人っぽかったので選んだのだが、俺が着ても大人っぽく……思われているのか。
今度は俺がタクトくんにもたれかかる。彼は当然のように受け止めてくれた。この時、不思議なほどに心が満たされるのを感じる。俺が何かをして、受け止めてくれた人などいただろうか。
「護衛が欲しいなら、高校の時の、ほら! 山野先生誘ってみたら?」
登山が趣味の先生がいた。よく授業に遅刻し、何やってんだと思ったら遭難していたとか言う、生きているのが不思議な先生だ。もう定年したおじいちゃんだが、知識は豊富だろう。
親戚が進路相談に乗ってくれなかった時、味方になって何度も話を聞いてくれた恩師である。
良い案だと思ったのに、タクトくんの表情は浮かない。
「先生は好きだけど、ベリちゃんがいい」
「なんで?」
「抱きついても怒らないから」
すりすりと頭に頬ずりしてくる。重要なのはそこじゃないだろ……。
「俺はヤダよ」
「なんで⁉ な、なんで⁉」
そんな驚くな。
「虫いるじゃん」
「え……地球上にいる限り虫はいるって」
「娯楽もないし」
「そうだよ! スマホ使わない生活が出来て、リフレッシュできるよ」
「他当たってね」
「うううう……」
「夜空きれいなのにぃぃ」と泣いているが、俺は無理。虫が。それなのに虫の楽園(山)に行くのは辛い。倉庫暮らしの時、虫は天敵だったからね。
「虫が苦手なら、良い虫よけいっぱあるよ? ね? ね?」
「俺はスキンガードして蚊取り線香を焚いても蚊に刺されるんだ」
ため息交じりに言うと、何を思ったのかタクトくんが俺の頬にかぷっと噛みついていた。
「……」
「……」
何を思っての行動なのか説明してほしい。
ちゅうちゅうと吸われる。
「え?」
「ん? ベリちゃん美味しいのかなって思って」
タクトくんは蚊じゃないだろ。
アイアンクローで勘弁してやる。
「あっででででで!」
「タクトくんなぁ。よくそんなんで、痴漢で捕まらなかったな」
「? 彼女さんとベリちゃんにしかしないよ?」
なんで俺が彼女と並べられているのかは置いといて。
「ま、まあ。楽しそうだとは思うよ? テント立てたり川で遊んだり、外で飯食うの」
きらんっとタクトくんの目が光る。
「そうそう! そうだよ。楽しいよ。外で食べるとね、何倍も美味しく感じるの!」
「でも道具買い揃えるの、大変そうだし」
登山装備しか持ってない。
「なんで? 俺が教えるよ?」
もう逃がさないとばかりに腕の中に閉じ込めてくる。逃げないって。俺の家なんだから。……タクトくんが「帰る場所」にしてくれた、大切な家なんだ。
「んー? じゃあ、買い物ついてきてよ?」
ばっと両腕を上げた。
「やったー! ベリちゃんゲットー!」
同行人ゲットって言いなさい。
「どうせ買うなら良いもの買いたいな」
「俺のよく行く店に行こうよ」
なのでつい、彼には甘くなってしまう……。
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