ニケの宿

水無月

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第二十四話・藍結の入院室

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 「ねぇねぇ! あの鈴音族さんも維持隊に突き出しちゃうの?」「あんなにもふもふなのに?」「もふもふしてからじゃ、駄目?」と駄々をこねる白髪をほっぺちゅーで沈め、あとは維持隊に任せておいた。

「前回も犯罪組織が立て続けに襲われた事件があったのだが、それも君のおかげかね?」
「知らんな」

 軽い事情聴取の最後にこんなことを聞かれたが、もちろん温羅に心当たりはない。本人は気まずそうな顔をしていたが、まさかこんなモヤシがやったなど誰も思わず、フリーに同じ質問は飛んでこなかった。

 スミが目を覚ましたのは、レンタル服などを諸々返し終え、やっと一息つけた頃だった。

「助けに来て、くれたんだな……」
「当っ然ですよ!」
「ランランの件では散々迷惑をかけちゃいましたからね。やっと恩を返せたかなって、思ってます」

 藍結の薬師の元へ駆け込み、ここは入院室。くすりばこよりも広く、長身と横幅お化けがいるのにまだまだ余裕がある。だだっ広い畳の部屋で、落ち着く香りのお香がふんわり流れている。

 特に何もしていないのに威張っているフリーと、その膝に座っているニケ。温羅は退屈なのかエア素振りをしていた。

 少し大きめな患者用の寝衣に身を包んだスミは、ゆっくりと身を起こす。

 外は真っ暗で、昼に比べ気温は落ち着いている。身体はあちこち痛み、嫌でもされたことを思い出してしまう。それでも特段不快感はないのは、気持ち良かっ――

 光速で首を振って雑念を振り払う。

「なあ? 自分は、露骨折れてなかった?」

 頭上で絡まったうさ耳を解くスミに、答えたのはニケだった。

「先生が言うには、細かいヒビが肋骨全体に入っているとのことで。動いたら駄目ですよ。なに普通に起き上がってんですか」
「そのくらいなら、大丈夫だっ……うっ。やっぱ痛い」

 胸を押さえるスミの背中を支え、そっと寝かせてやる。
 フリーの表情が曇る。

「骨のヒビって、どのくらいで治るの?」
「我は二分もあれば治ります」
「僕は三日もかかるな」
「深いヒビなら自分は一週間だな」

 フリーがスクワットしている鬼を指差す。

「温羅さんだけズルくない? 二分て何」
「鬼のことは考えるだけ無駄だぞ」

 あと、それを言うなら鬼に勝ったお前さんはなんなんだ。
 青い目がフリーを映す。

「ニケはともかく、フリー君も助けに来てくれるとはね。自分は、フリー君に嫌われていると思ってたから」
「はあ? 紅葉街に持って帰りたいくらい好きですけど?」

 スミは「紅葉街……か」と呟く。

「なあ、ニケ」
「はい」
「……紅葉街なら、青い目も受け入れてくれる、かな?」

 ニケは目を丸くし、フリーは期待に目を輝かせた。

「……全員が受け入れるとは限りませんが、善玉神使殿がおられますから問題はないと思いますよ?」
「仕事、見つかると思う?」
「翁に聞いてみないと分かりませんが、においが平気ならくすりばこ。人手不足の、洗濯屋の洗福も受け入れてくれるはず」
「オキンさんのとこは?」

 口を挟むフリーに、駄目だと腕でバッテンを作る。可愛い。

「竜と狼がいるところに衣兎族を放り込んでみろ。ショック死したらどうする」

 不穏な単語が聞終えたせいか、うさ耳がへにょっている。スミは鼻先まで掛け布団を持ち上げる。

「そうそう。スミさんが良ければ、僕の宿で働きませんか?」
「「え?」」

 さらっと言うニケに、青年共の声がダブる。

「ニ、ニケの、あの宿に?」
「はい。ちゃんと給料もお支払いします。スミさんの、ひとり雪まつりが客寄せやお客様の目を楽しませるのに良いなっと思ってまして」

 スミの故郷でもある凍光山。青い目を迫害しなかった懐かしい、常冬の山。

「……雪像、作っちゃっていいの?」
「夏エリアの周囲なら魔獣も寄ってきませんし、どうぞご存分に」
「……」

 首を横に動かし、開け放たれた障子の向こう。暗い空に目を向ける。と、そこでフリーが「あっ」と声を上げた。
 身を乗り出して夜空を指差す。

「見てみて! いま、キラッて、星が流れた」

 リーンの話を思い出したニケが、縁側にすっ飛んで行く。
 見上げると星がまた一つ。流れては消えていく。

「おおっ。流れ星だ。はじめて見た」

 戻ってくるとフリーの腕を掴んで縁側に引きずっていく。

「見ろ。フリー! 流れ星にお願いすると叶うらしいぞ」

 ぴょんぴょん飛び跳ねるニケに、スミが苦笑し、温羅がへっと笑ってくる。

「……あ」

 ハッと気づいたニケだが何も言い返さず夜空を見上げ、祈るように両手を合わせる。

「スミさんの怪我が早く治りますように」
「ニケ……」

 倒れたままのフリーも「手を合わせればいいのか」とニケを見てその真似をする。

「スミさんを紅葉街へ持って帰れますように!」
「おい」

 ほら温羅さんも、とフリーが誘おうとしたが歌舞伎連獅子のように赤い髪を振り回し、エアギターで盛り上がっているのでそっとしておいた。

 魔獣すら夜空を見上げると言われるアリスコーヒー流星群。この日は「魔獣被害による悲鳴がゼロだった日」として、歴史に小さく書かれ未来まで細々と語り継がれていく。

 魔獣被害がゼロで、人害がゼロでなかったのは悲しいことだ。スミ以外にも、酷い目にあった者はたくさんいただろう。

 星はこの後も、スミをいたわるように流れ続けた。
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