ニケの宿

水無月

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第十八話・ライムの災難

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 ボスに呼び出されたヴァンリは目をぱちくりさせる。

「あれ? 競売は明日の夜ですよね?」
「そうなのだけれど。お得意様がねぇン? 青眼球を味見したいと仰せなのよぅ。あの方がお気に召したらそのまま譲るから、競売は取りやめにしておいたわぁン」

 座ったままでも海藻のように身体をくねっているアーデルカマーに、舌打ちしたい気分だった。
 もちろん表面上は安っぽい笑みを貼りつける。

「譲るんですか? 青眼球はかなり希少品ですよ? ふんだくってやりましょうよ」

 ボスは新商品の酒を揺らし、すいっと口に含む。

「ンもう、あんたも分かってるでしょ? あの方に恩を売っておけば繋がりが太く強固になるって……。これは『非風』にとってだぁいじなことよ。いいわね?」

 ヴァンリは恭しく頭を下げた。

「承知いたしました」
「あ、そうそう……。あの方は処女が嫌いみたいだから、青眼球の兎の子、適当に汚しておいてねン? ワタシはあんなみすぼらしい子、ごめんだからぁ? その辺はあんたに任せるわ」

 それだけ言うと締め出された。スーツを脱ぎかけていたから、このあとボス専用奴隷でお遊びになられるのだろう。カマー様は無茶な遊びを好むから奴隷が必ず死ぬんだよね。
 それの後処理をするのも俺の仕事かぁ。

 仕事が多いな。いや焦るな。ひとつずつこなしていこう。えーっと。兎ちゃんは牢に戻しておいたから、まず牢屋に行って……。

「あ、これはラブちゃんあたりにやらせればいいのか。仲間(手下)がいるって助かるなぁ。おーい。ラブちゃん。出番ぞー?」

 あちこち廊下をうろうろしながら名前を呼ぶも、一向に現れない。

「はへ? あれっ?」

 呼べばすぐに来るよう調教しておいたのに。どうした?
 そうだ。部屋にいるんじゃないかと廊下を引き返し、戸をちらっと開けてみるも、無人だし暗い。

「あれ? ラブちゃんどこ? これが神隠しってやつか?」

 どかどかと廊下を走る。最悪ボスにさえぶつからなけりゃいいだろと、牢番二名を轢いていく。その時転がった徳利を見てようやく思い出す。

「あ! そうだ思い出した。マムシ酒を作ろうと思って酒樽に沈めてきたんだった」

 ぽんと手を打つ。
 獣人版マムシ酒。思いついた時は自分天才かと戦慄したが、今の今まで忘れていたのでやはり自分は凡人なのかもしれない。
 酒蔵へ向かい、重い蔵戸を開けて息を切らしつつお邪魔する。酒蔵の見張りが「何してんだろうな……」みたいな目で見てくるも構ってられない。
 薄暗い蔵の中。ヒトより大きな樽がいくつも並んでいる。そのうちの一つに近寄り、踏み台に乗って蓋を開け中身を引っ張り出した。

(このくらいなら、ライムちゃん。自力で助け出せると思うんだけど……)
「ぶへーっ」

 大量の酒を口から吐いている。
 生きてくれているようでほっとした。ラリアットして沈めたからね。それはそうとマムシ酒になっているか好奇心で一口味見してみる。

 わくわくする。
 ぐびっ。

「……んー。やっぱ駄目か。ラブちゃんマムシじゃないしね。獣人でマムシ酒は無理か……。金の匂いがしたんだけど」

 ぺっと酒を吐き出し苦しげに咳き込んでいる蛇乳族の襟首を掴んで、無理やり立たせる。

「ほら! 仕事の時間だよ。さぼってんじゃないよまったく!」
「はわ~」
「え?」

 ラブコから聞いたことのない間抜けな声がした。
 ようやく顔を覗き込むと、信じられないほど真っ赤だった。口の端から涎を垂らし、かくんかくんとすわっていない首が、壊れたおもちゃの様に動く。

「ラブちゃん?」

 目は回っていて、二~三回頬を手の甲で軽く叩いてみるも「あへへへ。あへへへ」と笑うだけで会話不可能。
 完全に酔っぱらっていた。
 使い物になるわけがない。

「ちょっと! 誰、こんなことしたの。……こんなことしている場合じゃない。ライムを使おう」

 蛇男を引きずって蔵から出る。
 見張りが冷めた目で見送る。ヴァンリの姿が見えなくなってからこっそり、自分もマムシ酒ならぬラブ酒を口に含んでみるも、やはりおいしくないようでうえっと吐き出していた。

「ライムちゃん」
「あ、大兄……兄貴!」

 ヴァンリが引きずっている者を見るなりすっ飛んでくる。

「ああ、大兄貴。許して下さったんですね……。大兄貴にも良い所が、あ、兄貴? 兄貴?」

 着物が濡れるのも構わず、兄貴に膝枕をして顔を覗き込んでいる。ラブコはしっかり白目を剥いていた。
 ううっと泣き崩れるように、兄貴の上に突っ伏す。

「兄貴! 私が見捨てたばかりに……。こんな姿に。申し訳ありません」

 お葬式のような空気を醸し出すライムに、他の「非風」メンバーが悪ノリで合掌しだす。

「ラブコ。惜しい奴を亡くしたぜ」
「地獄でも酒飲んで元気でやれよ」
「嘘だろ……。お前がいなくなったら誰がヴァンリ様の無茶ぶりを引き受けるんだよ。嘘だと言え! ラブコ!」

 約一名、役者並みに熱が入っているせいで、全員が吹き出すのをぷるぷると堪えだす。
 震えている奴の頭をぺしんと叩き、ライムを掴んで牢屋へ早歩きで向かう。だがライムは兄貴の元へ戻ろうと、珍しく逆らうような動きを見せる。ええい、言うことを聞け。

「大兄貴。兄貴を着替えさせて寝かせてあげないと……。明日絶対に二日酔いになっているでしょうし、水分と愛梅おかゆ、ミシシジミ味噌汁の準備を」
「あとあと! ラブちゃんの奥さんか君は。ライムにお仕事あげますよ」
「奥さん……」
「なんだそのまんざらでもなさそうな顔は。君ら血の繋がりがなくて良かったね。ワンチャンあるんじゃない? ……ラブが同性もいけるなら、だけど」

 ライムは左右の人差し指の先を合わせる。

「兄貴は、男にも女にも興味を示さないんです」
「いるよね。そういう子。じゃあ、すぱっと諦めようや」
「で、ですから! 私と兄貴はそういうんじゃ……」

 ライムが何か言っているがもう無視して、牢へ突き飛ばす。

「ふぎゃ」

 ぐったり眠っているスミの横に顔から転んだ。どんくさいなあ。

「な、なにをふるんへふか。大兄ひ」

 顎をぶつけたらしい。

「ちょっと俺忙しいから、その兎ちゃん犯しといてくれる?」

 しれっと言われた内容に、ライムは目を点にする。ヴァンリとスミをバッバッと交互に見ると、すごい勢いで着物に掴みかかってきた。

「あえ? あああ、ああああっ⁉」
「尖龍語で喋って」
「わわ、私そういうことを、したことないのででですが?」
「だからおもしろ……今後のために経験を積んでおくんじゃん?」
「面白いって言ったぁ」

 まだ何か喚いている末弟を蹴とばし、牢の戸を閉めて二人きりにする。

「出来ることを増やしていかないと、役立たずになるよ。じゃあ、頑張って。ライムは出来る子だと、信じてるよ」
「お、大兄貴!」

 焦って手を伸ばすも、がしゃんと錠が落ちた。
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