234 / 260
第五十六話・ぶちゅっ
しおりを挟む
「ここはヒトの目が多い。続きはどこか、路地裏などでしましょうか」
頭に赤犬族が噛みついているが、平然と歩き出す。
あっさり細い路地に連れてかれる。鬼が怖いのか、誰も野次馬根性を発動させなかった。
たむろしていた浮浪児たちが、鬼を見るなり我先にと散っていく。ニケは地面に下りると、温羅の足を蹴りつける。それでも止まらない。何で出来ているんだこの鬼。
息を荒くし、ぼうっとしているフリーに怒鳴る。
「フリー! 魔九来来を使っても構わん! 逃げろ」
どれだけ酸欠だろうとニケの声は拾う耳が、脳に命令を伝える。
「――お」
すぐさま唇が覆いかぶさってくる。
「んううっ」
「あの物騒な刀を呼ぶなど、野暮ですぜ」
涙で滲んだ金緑の瞳を間近で見つめる。
――ドスッッッ!
「「……」」
なにか、すごい音がした。
フリーとニケが呆然とする。温羅も、なにが起こったのか分からない表情で、恐る恐る眼球を上に動かす。
鬼の脳天に、黒い刀が深々と突き刺さっていた。
「は……はあ……?」
震えながら動揺する鬼が見つめる中、呼雷針は霧のように消えた。鬼の頭から冗談のように血が吹き出す。
「ああ、あ、ああああああ、あああああっ⁉」
鬼の腕からぽとっと零れたフリーをニケが受け止める。と、そのまま走って距離を開ける。
「フリー! 大丈夫かっ?」
「う、うん」
「お前さんの刀は? 呼ばなくとも降ってくるのか?」
「……さ、さあ? でもナイス」
ニケの頭に腕を回し、存分に抱きつく。
詠唱が完全ではなかったためか、普段ほどの迫力や勢いはなかったがそれでも降ってきてくれた。
(名前に「呼ぶ」が入ってるくらいだし、呼ばれたと感じたら降ってくるのか?)
そもそもあの刀はなんなのか。何故空から刀が降ってくる?
鬼の防御力をやすやすと貫通したのもそうだが、空から見れば点としか見えない鬼の脳天に、狙い違わずよく落ちてきたものだ。
脳みそごと串刺しになったというのに、温羅はもう回復したようだった。
「いてて……。勘弁してくださいよ、我が君」
こっちの台詞である。
「いきなり何するの! 口づけしていいよ、なんて言ってないでしょうが」
許可なくするなんて。キミカゲの授業を受けて来いと言いたい。
「へえ? 口寂しくなったからしたんですが? 我が君も気持ち良かったでしょう? それに、そこの赤犬族を傷つけてはいけないとは言われましたが、主を襲うなとは言われてませんからねぇ」
「そんなことまでいちいち言わなきゃいけないの? 口づけはお互いの合意の元でしなきゃいけないのが、常識なんでしょ?」
「どこの良い子ちゃんの常識です? 我には当てはまらねえですねえ」
「むがーっ」
こんなに真っ赤になってムキになっているフリーをはじめて見た。
水筒の水で口内を漱(すす)がせる。
「可哀そうに。口に変なもの突っ込まれて……。しっかりうがいしておけ」
「がらがらがら」
ぺっと水を吐いて、濡らした手ぬぐいで丁寧に唇を拭う。
遠慮なく口内口周洗浄を始める主に、鬼は苦い顔で笑うしかない。
「目の前でそこまで洗われると、流石に傷つくんですがね」
「もっと傷つけ。僕の物に勝手に触りやがって。強いからって調子乗んな」
塩の代わりに浮浪児たちが作った砂のお城をぎゅっとかき集め、鬼に撒いてやる。時速百六十九点一キロで飛行する砂玉。ボバッと鬼の顔面で爆発した。
「ふう。ばっちり洗ったよ」
にこっと笑うフリー。ニケはぱんぱんと砂のついた手を払うと、ぶちゅっと彼の唇に唇を押し当てた。
「……」
すぐに理解できず、数秒固まる。数秒後、フリーの顔は気持ち悪いほどにやけだす。
「んふふふふふっ。ふふふふふふっ」
怖くなったので、ニケは顔を離す。
だがすぐにしゃがんでいるフリーの背中や腕や顔に、顔や手のひらやお尻をこすりつけ、においを上書きしていく。
(ランランはいいけど、この鬼のにおいがついているのは許せん!)
ほっぺすーりすーり。すーりすーり。
「……」
手のひらでぺたぺたぺたぺた。
「……んふっ」
お尻しゅーりしゅーり。すーりすーり。
「あはははははははっ!」
目は笑ってないのに大口開けて笑い出したフリーに、ニケは十歩くらい離れる。温羅も一歩下がった。
「……なに笑ってんだ?」
「ニケが遠い! いや、あまりに可愛いものを見ると、にんげ、幽鬼族って笑うじゃん?」
幽鬼族に凄まじい風評被害が。
フリーはニケを捕まえようと手を伸ばし、じりじりと近寄る。
「ねえ。もう一回やって。もう一回。お尻すりすりして! お尻振ってるニケが可愛いからやって。お尻可愛いね! もっと見たいよふりふりしてほらああああっ」
「……」
険しい顔で後退りするニケ。
フリーが蜘蛛男に変化しそうになった瞬間、温羅がひょいと首根っこを掴んで主を持ち上げる。
「ふえ?」
「洋服店はこっちですぜ」
回れ右すると、そのまま歩いていく。ニケはちょっと離れてついていく。
「急に切り替えてどうしたの?」
(我が君を見ていると、本当に毒気が抜かれるぜ……)
「おーい?」
あと、もうちょっと高く持ってくれないと、つま先が引きずられるんだけど。
温羅はちょっと引いたような顔色だった。
「我が君が通報されそうな気がしたんで」
「君に言われたくないオブザイヤー」
頭に赤犬族が噛みついているが、平然と歩き出す。
あっさり細い路地に連れてかれる。鬼が怖いのか、誰も野次馬根性を発動させなかった。
たむろしていた浮浪児たちが、鬼を見るなり我先にと散っていく。ニケは地面に下りると、温羅の足を蹴りつける。それでも止まらない。何で出来ているんだこの鬼。
息を荒くし、ぼうっとしているフリーに怒鳴る。
「フリー! 魔九来来を使っても構わん! 逃げろ」
どれだけ酸欠だろうとニケの声は拾う耳が、脳に命令を伝える。
「――お」
すぐさま唇が覆いかぶさってくる。
「んううっ」
「あの物騒な刀を呼ぶなど、野暮ですぜ」
涙で滲んだ金緑の瞳を間近で見つめる。
――ドスッッッ!
「「……」」
なにか、すごい音がした。
フリーとニケが呆然とする。温羅も、なにが起こったのか分からない表情で、恐る恐る眼球を上に動かす。
鬼の脳天に、黒い刀が深々と突き刺さっていた。
「は……はあ……?」
震えながら動揺する鬼が見つめる中、呼雷針は霧のように消えた。鬼の頭から冗談のように血が吹き出す。
「ああ、あ、ああああああ、あああああっ⁉」
鬼の腕からぽとっと零れたフリーをニケが受け止める。と、そのまま走って距離を開ける。
「フリー! 大丈夫かっ?」
「う、うん」
「お前さんの刀は? 呼ばなくとも降ってくるのか?」
「……さ、さあ? でもナイス」
ニケの頭に腕を回し、存分に抱きつく。
詠唱が完全ではなかったためか、普段ほどの迫力や勢いはなかったがそれでも降ってきてくれた。
(名前に「呼ぶ」が入ってるくらいだし、呼ばれたと感じたら降ってくるのか?)
そもそもあの刀はなんなのか。何故空から刀が降ってくる?
鬼の防御力をやすやすと貫通したのもそうだが、空から見れば点としか見えない鬼の脳天に、狙い違わずよく落ちてきたものだ。
脳みそごと串刺しになったというのに、温羅はもう回復したようだった。
「いてて……。勘弁してくださいよ、我が君」
こっちの台詞である。
「いきなり何するの! 口づけしていいよ、なんて言ってないでしょうが」
許可なくするなんて。キミカゲの授業を受けて来いと言いたい。
「へえ? 口寂しくなったからしたんですが? 我が君も気持ち良かったでしょう? それに、そこの赤犬族を傷つけてはいけないとは言われましたが、主を襲うなとは言われてませんからねぇ」
「そんなことまでいちいち言わなきゃいけないの? 口づけはお互いの合意の元でしなきゃいけないのが、常識なんでしょ?」
「どこの良い子ちゃんの常識です? 我には当てはまらねえですねえ」
「むがーっ」
こんなに真っ赤になってムキになっているフリーをはじめて見た。
水筒の水で口内を漱(すす)がせる。
「可哀そうに。口に変なもの突っ込まれて……。しっかりうがいしておけ」
「がらがらがら」
ぺっと水を吐いて、濡らした手ぬぐいで丁寧に唇を拭う。
遠慮なく口内口周洗浄を始める主に、鬼は苦い顔で笑うしかない。
「目の前でそこまで洗われると、流石に傷つくんですがね」
「もっと傷つけ。僕の物に勝手に触りやがって。強いからって調子乗んな」
塩の代わりに浮浪児たちが作った砂のお城をぎゅっとかき集め、鬼に撒いてやる。時速百六十九点一キロで飛行する砂玉。ボバッと鬼の顔面で爆発した。
「ふう。ばっちり洗ったよ」
にこっと笑うフリー。ニケはぱんぱんと砂のついた手を払うと、ぶちゅっと彼の唇に唇を押し当てた。
「……」
すぐに理解できず、数秒固まる。数秒後、フリーの顔は気持ち悪いほどにやけだす。
「んふふふふふっ。ふふふふふふっ」
怖くなったので、ニケは顔を離す。
だがすぐにしゃがんでいるフリーの背中や腕や顔に、顔や手のひらやお尻をこすりつけ、においを上書きしていく。
(ランランはいいけど、この鬼のにおいがついているのは許せん!)
ほっぺすーりすーり。すーりすーり。
「……」
手のひらでぺたぺたぺたぺた。
「……んふっ」
お尻しゅーりしゅーり。すーりすーり。
「あはははははははっ!」
目は笑ってないのに大口開けて笑い出したフリーに、ニケは十歩くらい離れる。温羅も一歩下がった。
「……なに笑ってんだ?」
「ニケが遠い! いや、あまりに可愛いものを見ると、にんげ、幽鬼族って笑うじゃん?」
幽鬼族に凄まじい風評被害が。
フリーはニケを捕まえようと手を伸ばし、じりじりと近寄る。
「ねえ。もう一回やって。もう一回。お尻すりすりして! お尻振ってるニケが可愛いからやって。お尻可愛いね! もっと見たいよふりふりしてほらああああっ」
「……」
険しい顔で後退りするニケ。
フリーが蜘蛛男に変化しそうになった瞬間、温羅がひょいと首根っこを掴んで主を持ち上げる。
「ふえ?」
「洋服店はこっちですぜ」
回れ右すると、そのまま歩いていく。ニケはちょっと離れてついていく。
「急に切り替えてどうしたの?」
(我が君を見ていると、本当に毒気が抜かれるぜ……)
「おーい?」
あと、もうちょっと高く持ってくれないと、つま先が引きずられるんだけど。
温羅はちょっと引いたような顔色だった。
「我が君が通報されそうな気がしたんで」
「君に言われたくないオブザイヤー」
12
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説


完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる