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第五十一話・黒鬼族
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ニケはホッとして白い背から降りる。
「おい。フリー。覚えているだろうな?」
フリーは正座する。
「はい。鞄から目を離さない。知らないヒトについて行かない。変なヒトに絡まれる心の準備をしておく。ニケから離れない」
ニケは上出来だと言わんばかりに頷く。
「全部覚えてたな。その通りだ」
「――落ちよ」
天から舞い降りた黒雷が地表に刺さる。ニケは突然の魔九来来に、腕で顔を庇いながら目を見開く。村長の娘さんにもらった花が空に飛んでいく。
刀身に曇天を閉じ込めたような、辛気臭い黒い長刀。
「ど、どうしたんだ? なんでこ……刀を?」
驚きを隠せないニケ。咄嗟に刀の名前が出てこなかった。何かあったのかと周囲を見回す。
呼雷針を掴んで立ち上がると、フリーはそれを肩に担ぐ。
「『操縦士』を見かけたら三枚に下ろしておくね。大丈夫。ディドールさんの知り合いの魚屋さんに教えてもらったから」
「仕事場で何しとんだ、お前さん」
仕事しろ。
人通りが少ないとはいえ、表通り。
ざわざわし出した周囲に、ニケはフリーの手を掴んで裏路地へと駆けこんだ。
即叱りつける。
「あほなのっ? 阿呆だったわ。こんな人前で力を使うなたわけ! 僕が前言ったことを忘れたのか、このナマズ!」
「ナマズッ? いやいや。護身用だって。何かあってから呼ぶより、呼んでおいた方がいいでしょ?」
「その力に、代償があるのを忘れたのか?」
痛みを堪えるように睨んでくる幼子に、フリーは冷静に告げる。
「覚えているよ。以前、首都でニケを護れなかった自分を、俺は許せない」
「……」
また、そういうことを言う。
「はあ~」
ニケはガシガシとこめかみあたりを掻く。
「そんな抜身の刀持って、大会会場には入れんぞ? 王の孫娘が来るんだ。国境より警備厳しいぞ今日は」
フリーは大人しく聞いているが、言っても無駄なんだろうなという思いが頭をよぎる。
「いいか? フリー」
それでもめげずに「だから大人しく仕舞っておけ」と、言おうとした時だった。
「久しいな。我が君」
大太鼓のような声。
ニケとフリーの脳裏に、瞬時に嫌な思い出がよみがえる。祭りの灯り。襲われているリーン。黒い人。
ばっとそちらに首を向けると、それは――いた。
ほぼ黒に近い肌に、溶岩のように発光する髪の毛。朱色の花吹雪が散る袖のない華美な着物。リーンの粒角のとは比べ物にならないほど禍々しく、鍾乳石のような雄々しい黒い角。
いつぞやの黒鬼(こっき)族の綺羅である。
見た目の筋肉量だけならあのオキンをも上回る太い腕。
(あれは! フリーに覚醒を使わせた、はた迷惑な)
ずりずりと、白い歯を見せ裏路地の通路を狭そうに進んでくる鬼から目を離せない。
(腹に穴……空いたんじゃ? 生きていたのか)
キミカゲは生きていると予想していたが、ニケはとっくにくたばったものだと。というか、ほぼ忘れていたのに出てくるな。
竜とはまた違う、不穏な気配にニケの足がじりっと下がる。その時だった。
「呼雷針第二形態――」
黒い閃光と共に白い影が、目にも留まらぬ速度でニケの視界の脇を通過する。ニケの黒髪や着物が前にはためく。
「雷鎧(らいかい)」
その影がフリーだと気づいた時には、落雷のような轟音が鳴り響いていた。
「――ちょ、待ッ??」
何か言った気がするが落雷音にかき消され、鬼の顔面に鎧で覆われた脚が命中する。重量百キロはありそうな鬼が、バネ仕掛けのように凄まじい勢いで吹き飛んでいく。表通りを横切り、蜘蛛の巣状に伸びる水路に叩き落とされた。
水路の底に何かがぶつかったような音が響き、船を横転させそうな水飛沫が上がる。
「「……」」
ザアッと飛沫が雨のように地表を叩く。眼前を黒い物体が通過した首都の人々は、口を開けたまま固まっていた。
一瞬の静寂。
そろりそろりと水路から遠ざかる都人。ニケは色んな感情がどっと押し寄せ、目を白黒させるしかない。
フリーはそんなニケを大事そうに抱え上げると、高速で走り去った。
ほかの地区よりはまだ土地勘のある「十二区」。
ごりごりのスラム街だが、以前来た時よりも汚臭がせずゴミも散らばっていない。祭りに向けて、役人やらが掃除を頑張ったのだろう。とはいえ多少ゴミが残る地面にニケを下ろし、ふうっと汗を拭った。
「びっ……くりしたー……」
「僕がな?」
いろんな出来事が同時に起こると、脳が処理できなくなるな。この一分くらいの間に、何がいくつ起きたんだ。
ニケはフリーの手足を見つめる。
地味な色の手甲に具足。西洋の鎧を思わせるデザインなのが気になるも、ニケが一番気になったのはそこではなかった。
「なあ、それ。雷が周囲に迸るから危険、とか言ってなかったか? 全然落ち着いているじゃないか」
フリーはちらっと腕の手甲に目を落とす。
「そう、だね。雪崩村では溢れ出そうになる水を無理に押しとどめるような……無理してた感覚だったけど。今は、なんでだろう。自在にコントロール出来る……」
覚醒したことと何か関係があるのだろうか。それか単に、使い慣れてきただけか。ニケには判断がつかない。きっとフリーもよく分かってないだろう。
(僕も魔九来来使えるけど普段そんなに使わないし。ぱっと火を点けたら「はい、お終い」だしな)
火の魔九来来は便利なので料理や明りが欲しいときに使うが、雷は日常では使い道はないだろう。
(そもそも僕の魔九来来「第一」とフリーの「第一」。同じ第一なのに威力が違いすぎるのは、なんでなの?)
やはり、普段から長時間使っているとそうでないヒトの差だろうか。のんきに構えていないで、魔九来来について調べてみるべきか。
フリーは第二形態を維持したまま、目線を合わせるように屈む。
「どうする? 綺羅さんがいるなんて思ってもみなかったよ。か、帰る?」
魔九来来のことでのめり込みそうだった思考を一旦、振り払う。
「僕も思っていなかったな」
命を懸けて追い払うのがやっとだった相手だ。フリーにとってはトラウマだろう。ニケとしても再会して嬉しい相手でもないが、
「なんか、言いかけていたような……」
「どうしよう。どうしようか? 首都の維持隊のところに駆け込む?」
「落ち着け馬鹿者。深呼吸しろ」
そわそわして落ち着かない様子のフリーの頬をぎゅっと摘まむ。こやつはすぐにパニックになるんだから。
「すうぅ……はああーーーー」
翁から教わった呼吸法を実践している。偉いぞ。
頬から手を放すとフリーが寂しそうな顔をした。
「維持隊に駆け込んだところで、対処できるのは精鋭玉蘭くらいだろう。しかも彼らは今、国王の孫娘の方に行ってていないだろうし」
「でもその、ぎょうらんなら相手できるってこと?」
「玉蘭、な? ぎょくらん。言ってみ?」
「ぎょ、玉蘭」
「うん。さてなぁ。僕も彼らが戦っているところを見たことないから多分だが。玉蘭の上澄みの方でも、さっきのお前さんみたいに鬼を蹴っ飛ばすとかは難しいと思う」
フリーは背後をチラッと振り返る。追いかけてきてはいない様子。
「そうなの、かな?」
「お前さん。自分が出来ることは全生物が出来ると思ってないか? そんなことないからな? そんなことないって言ってみ?」
「そ、そんなことないです」
「うん。つまり何が言いたいのかと言うと、ヒトが多いところでなら鬼も暴れにくいはずだ。多分。そんな道徳心があればだが。祭り会場に行こう。……なんか祭りの日になると、鬼と遭遇するな。まあいいか」
そこになら玉蘭もいるはずだ。
フリーは頷く。
「分かったよ」
遠くで、「おーい。待ってくだせぇ」と声が聞こえた。あの鬼の声だ間違いない。
後ろを見るとびしょ濡れの鬼がこちらに向かってくる。大きく手を振っている。やる気に違いない。
決めつけるフリーとは対照的に、のんびりとニケは顎に手を添える。
「やはり何か言っているな――」
「走れ!」
キュドンと雷が鬼に降り注ぐ。衝撃で飛んできた小石を、ニケは首を傾けて躱す。
「おおい! だから急に雷を落とすなと」
びっくりするだろうが。
「早く行こう!」
ニケを小脇に抱え、お祭り会場を目指す。会場の場所は知らなかったがあちこちに『ランランアート大会会場→』の看板が立て掛けてあるので、迷うことはない。
「……まったく」
ニケはチラッと背後を確認する。
黒い煙を上げた物体が、起き上がろうとしているところだった。
(タフだな。あの鬼……)
リーンやフリーに酷いことをしてくれた相手なので、特に同情の眼差しは向けない。
「祭りの前に、スミさんに挨拶したかったのに!」
「それは僕もだ。行くって手紙は出したが、一言声を……」
「そうか。我が君はランランアート大会に行くんですかい」
背筋が寒くなった。
フリーの顔が青ざめる。
信じられない気持ちで横を見ると、黒角の鬼が仲良く並走していた。
――強化した走りについてきてるううっ。
「いやっ」
毛虫が巨大西瓜に落ちてきたとき以上の嫌悪感に襲われ、乙女のような悲鳴を上げてしまう。
「落ち着いてくだせぇな」
また雷に襲われてはかなわんと、苦笑気味の鬼の手がフリーの顔に伸びる。ごつごつした手で口元を掴まれ、
「――んうっ」
声を封じられる。「走れ(詠唱)」が不発に終わり、空では雨雲もないのにピカッと雷光が一度だけ光った。
「おい。フリー。覚えているだろうな?」
フリーは正座する。
「はい。鞄から目を離さない。知らないヒトについて行かない。変なヒトに絡まれる心の準備をしておく。ニケから離れない」
ニケは上出来だと言わんばかりに頷く。
「全部覚えてたな。その通りだ」
「――落ちよ」
天から舞い降りた黒雷が地表に刺さる。ニケは突然の魔九来来に、腕で顔を庇いながら目を見開く。村長の娘さんにもらった花が空に飛んでいく。
刀身に曇天を閉じ込めたような、辛気臭い黒い長刀。
「ど、どうしたんだ? なんでこ……刀を?」
驚きを隠せないニケ。咄嗟に刀の名前が出てこなかった。何かあったのかと周囲を見回す。
呼雷針を掴んで立ち上がると、フリーはそれを肩に担ぐ。
「『操縦士』を見かけたら三枚に下ろしておくね。大丈夫。ディドールさんの知り合いの魚屋さんに教えてもらったから」
「仕事場で何しとんだ、お前さん」
仕事しろ。
人通りが少ないとはいえ、表通り。
ざわざわし出した周囲に、ニケはフリーの手を掴んで裏路地へと駆けこんだ。
即叱りつける。
「あほなのっ? 阿呆だったわ。こんな人前で力を使うなたわけ! 僕が前言ったことを忘れたのか、このナマズ!」
「ナマズッ? いやいや。護身用だって。何かあってから呼ぶより、呼んでおいた方がいいでしょ?」
「その力に、代償があるのを忘れたのか?」
痛みを堪えるように睨んでくる幼子に、フリーは冷静に告げる。
「覚えているよ。以前、首都でニケを護れなかった自分を、俺は許せない」
「……」
また、そういうことを言う。
「はあ~」
ニケはガシガシとこめかみあたりを掻く。
「そんな抜身の刀持って、大会会場には入れんぞ? 王の孫娘が来るんだ。国境より警備厳しいぞ今日は」
フリーは大人しく聞いているが、言っても無駄なんだろうなという思いが頭をよぎる。
「いいか? フリー」
それでもめげずに「だから大人しく仕舞っておけ」と、言おうとした時だった。
「久しいな。我が君」
大太鼓のような声。
ニケとフリーの脳裏に、瞬時に嫌な思い出がよみがえる。祭りの灯り。襲われているリーン。黒い人。
ばっとそちらに首を向けると、それは――いた。
ほぼ黒に近い肌に、溶岩のように発光する髪の毛。朱色の花吹雪が散る袖のない華美な着物。リーンの粒角のとは比べ物にならないほど禍々しく、鍾乳石のような雄々しい黒い角。
いつぞやの黒鬼(こっき)族の綺羅である。
見た目の筋肉量だけならあのオキンをも上回る太い腕。
(あれは! フリーに覚醒を使わせた、はた迷惑な)
ずりずりと、白い歯を見せ裏路地の通路を狭そうに進んでくる鬼から目を離せない。
(腹に穴……空いたんじゃ? 生きていたのか)
キミカゲは生きていると予想していたが、ニケはとっくにくたばったものだと。というか、ほぼ忘れていたのに出てくるな。
竜とはまた違う、不穏な気配にニケの足がじりっと下がる。その時だった。
「呼雷針第二形態――」
黒い閃光と共に白い影が、目にも留まらぬ速度でニケの視界の脇を通過する。ニケの黒髪や着物が前にはためく。
「雷鎧(らいかい)」
その影がフリーだと気づいた時には、落雷のような轟音が鳴り響いていた。
「――ちょ、待ッ??」
何か言った気がするが落雷音にかき消され、鬼の顔面に鎧で覆われた脚が命中する。重量百キロはありそうな鬼が、バネ仕掛けのように凄まじい勢いで吹き飛んでいく。表通りを横切り、蜘蛛の巣状に伸びる水路に叩き落とされた。
水路の底に何かがぶつかったような音が響き、船を横転させそうな水飛沫が上がる。
「「……」」
ザアッと飛沫が雨のように地表を叩く。眼前を黒い物体が通過した首都の人々は、口を開けたまま固まっていた。
一瞬の静寂。
そろりそろりと水路から遠ざかる都人。ニケは色んな感情がどっと押し寄せ、目を白黒させるしかない。
フリーはそんなニケを大事そうに抱え上げると、高速で走り去った。
ほかの地区よりはまだ土地勘のある「十二区」。
ごりごりのスラム街だが、以前来た時よりも汚臭がせずゴミも散らばっていない。祭りに向けて、役人やらが掃除を頑張ったのだろう。とはいえ多少ゴミが残る地面にニケを下ろし、ふうっと汗を拭った。
「びっ……くりしたー……」
「僕がな?」
いろんな出来事が同時に起こると、脳が処理できなくなるな。この一分くらいの間に、何がいくつ起きたんだ。
ニケはフリーの手足を見つめる。
地味な色の手甲に具足。西洋の鎧を思わせるデザインなのが気になるも、ニケが一番気になったのはそこではなかった。
「なあ、それ。雷が周囲に迸るから危険、とか言ってなかったか? 全然落ち着いているじゃないか」
フリーはちらっと腕の手甲に目を落とす。
「そう、だね。雪崩村では溢れ出そうになる水を無理に押しとどめるような……無理してた感覚だったけど。今は、なんでだろう。自在にコントロール出来る……」
覚醒したことと何か関係があるのだろうか。それか単に、使い慣れてきただけか。ニケには判断がつかない。きっとフリーもよく分かってないだろう。
(僕も魔九来来使えるけど普段そんなに使わないし。ぱっと火を点けたら「はい、お終い」だしな)
火の魔九来来は便利なので料理や明りが欲しいときに使うが、雷は日常では使い道はないだろう。
(そもそも僕の魔九来来「第一」とフリーの「第一」。同じ第一なのに威力が違いすぎるのは、なんでなの?)
やはり、普段から長時間使っているとそうでないヒトの差だろうか。のんきに構えていないで、魔九来来について調べてみるべきか。
フリーは第二形態を維持したまま、目線を合わせるように屈む。
「どうする? 綺羅さんがいるなんて思ってもみなかったよ。か、帰る?」
魔九来来のことでのめり込みそうだった思考を一旦、振り払う。
「僕も思っていなかったな」
命を懸けて追い払うのがやっとだった相手だ。フリーにとってはトラウマだろう。ニケとしても再会して嬉しい相手でもないが、
「なんか、言いかけていたような……」
「どうしよう。どうしようか? 首都の維持隊のところに駆け込む?」
「落ち着け馬鹿者。深呼吸しろ」
そわそわして落ち着かない様子のフリーの頬をぎゅっと摘まむ。こやつはすぐにパニックになるんだから。
「すうぅ……はああーーーー」
翁から教わった呼吸法を実践している。偉いぞ。
頬から手を放すとフリーが寂しそうな顔をした。
「維持隊に駆け込んだところで、対処できるのは精鋭玉蘭くらいだろう。しかも彼らは今、国王の孫娘の方に行ってていないだろうし」
「でもその、ぎょうらんなら相手できるってこと?」
「玉蘭、な? ぎょくらん。言ってみ?」
「ぎょ、玉蘭」
「うん。さてなぁ。僕も彼らが戦っているところを見たことないから多分だが。玉蘭の上澄みの方でも、さっきのお前さんみたいに鬼を蹴っ飛ばすとかは難しいと思う」
フリーは背後をチラッと振り返る。追いかけてきてはいない様子。
「そうなの、かな?」
「お前さん。自分が出来ることは全生物が出来ると思ってないか? そんなことないからな? そんなことないって言ってみ?」
「そ、そんなことないです」
「うん。つまり何が言いたいのかと言うと、ヒトが多いところでなら鬼も暴れにくいはずだ。多分。そんな道徳心があればだが。祭り会場に行こう。……なんか祭りの日になると、鬼と遭遇するな。まあいいか」
そこになら玉蘭もいるはずだ。
フリーは頷く。
「分かったよ」
遠くで、「おーい。待ってくだせぇ」と声が聞こえた。あの鬼の声だ間違いない。
後ろを見るとびしょ濡れの鬼がこちらに向かってくる。大きく手を振っている。やる気に違いない。
決めつけるフリーとは対照的に、のんびりとニケは顎に手を添える。
「やはり何か言っているな――」
「走れ!」
キュドンと雷が鬼に降り注ぐ。衝撃で飛んできた小石を、ニケは首を傾けて躱す。
「おおい! だから急に雷を落とすなと」
びっくりするだろうが。
「早く行こう!」
ニケを小脇に抱え、お祭り会場を目指す。会場の場所は知らなかったがあちこちに『ランランアート大会会場→』の看板が立て掛けてあるので、迷うことはない。
「……まったく」
ニケはチラッと背後を確認する。
黒い煙を上げた物体が、起き上がろうとしているところだった。
(タフだな。あの鬼……)
リーンやフリーに酷いことをしてくれた相手なので、特に同情の眼差しは向けない。
「祭りの前に、スミさんに挨拶したかったのに!」
「それは僕もだ。行くって手紙は出したが、一言声を……」
「そうか。我が君はランランアート大会に行くんですかい」
背筋が寒くなった。
フリーの顔が青ざめる。
信じられない気持ちで横を見ると、黒角の鬼が仲良く並走していた。
――強化した走りについてきてるううっ。
「いやっ」
毛虫が巨大西瓜に落ちてきたとき以上の嫌悪感に襲われ、乙女のような悲鳴を上げてしまう。
「落ち着いてくだせぇな」
また雷に襲われてはかなわんと、苦笑気味の鬼の手がフリーの顔に伸びる。ごつごつした手で口元を掴まれ、
「――んうっ」
声を封じられる。「走れ(詠唱)」が不発に終わり、空では雨雲もないのにピカッと雷光が一度だけ光った。
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