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第四十七話・隊長の戦い方
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「賊多発地帯とはいえ。はあ……」
先頭のナカレンツアは手綱を引いて愛馬の足を止める。
狭い道を塞ぐように、武装した者がふたり並んで立っている。
「どうです?」
隊長の馬に並ぶのは、赤犬族を背負った隊員。
「……二人だけのようですね。物陰などに潜んでいる気配はしません」
「貴方なんで、赤犬族の子を背負っ……賊は二人だけという、副隊長殿の言葉を信じて差し上げましょう」
「副隊長だったんですね」
前副隊長が引き抜かれたので、臨時ですよ。などのんきに会話している成り立てほやほや副隊長を無視して、ナカレンツアは馬の歩を一歩進める。
賊の一人が腕を突き出す。
「おっと! 止まってもらおうか」
「お前ら、すげえ血のにおいがするぜ? 怪我人がいっぱいいるんだろう? 荒事は避けたいはずだ」
確かに。怪我人がいなければたった二人の族などそのまま馬で蹴散らしている。
賊は楽しげに笑う。
「お前らのような大きな街の維持隊を倒したとあらば、俺たち『怒涛の牙』の名は瞬く間に広がるぜ!」
「成り上がってやる! てめえらを踏み台にしてなぁ。さあ、死にたくなけりゃ大人しく……」
ナカレンツアはもう話を聞いていなかった。一分一秒を争う負傷者がいるのだ。ちんたらしていられない。ふざけた顔で耳をほじっていた隊長は、懐に手を突っ込む。
取り出したものを容赦なく賊の顔面目掛けて振るった。
「ああ? なんだこりゃ?」
ぼふっ!
赤い煙が広がる。
「!」
それの正体をいち早く悟ったニケは息を止め、ぎゅっと目を瞑る。
それとほぼ同時に、二色の悲鳴が上がった。
「ぬあ、ぎゃああああっあああ」
「つゃああああ! 目が! 目ぎゃ……」
陸に上がった魚以上にのたうち回る賊。
着物の袖で口と鼻を覆った副隊長引いた顔で訊ねる。
「一応聞きますが、あれって……」
「金星(きんぼし)唐辛子の粉末です。良い子は真似してはいけませんよ」
「「痛い痛い痛いいいいいっ!」」
ぴったり重なった悲鳴を上げ、「怒涛の牙」は近くの川へ死にもの狂いで走って行く。
道が空いた。
ナカレンツアは馬の横腹を蹴る。
「はい。では、行きますよ」
何事もなかったように進みだす隊長に、背後から歓声が上がる。
「流石隊長!」「最高にこすい!」「卑怯」「最低」「尊敬できない上司上位常連」「素晴らしい小物感」「かっこよくないぜ」
歓声ではなかったが、ナカレンツアは悦の表情で指揮者のように腕を振るう。
「なんとでも言いなさい。この私に卑怯卑劣で勝てる者などいませんよ」
胸を張るところなのだろうか。
怪我人を多く連れているとはいえ、無傷の維持隊に二人で挑んできたなんとかの牙もそうだが、この隊長も決して正義のヒトじゃないなと、ニケは呆れる。
正義など自分にとっての道しるべであればいいのだが、幼い男の子が抱く英雄像はもっとかっこいいものだ。
げんなりと犬耳まで垂れてしまう。
「しかし。えげつない武器ですね。誰が思いつくんでしょう、こんなの」
ナカレンツアは粉末唐辛子が入った袋を手のひらで弄ぶ。
「ひとつあげましょうか? 副隊長殿」
「ありがとうございます。いりません」
つまらなさそうに唐辛子爆弾を仕舞う。
これはキミカゲが着物の中にたくさんの薬草類を仕込んでいた話を、部下から聞いた時思いついたものだ。
何故それで目潰し爆弾を作ろうとなるのかは隊長の頭の中を見ないと分からないが、本人はいい出来だとご満悦。
……まあ、その代償は大きかったが。
寂しくなった頭部を摩り、はあぁと肩を落とすのだった。
寒村。蘇血(そち)村。
寒村と言うからどんなさびれた村かと思えば。
黄色や橙色。秋の花が揺れ、村を取り囲むように植えられた低木が治安維持一行を出迎える。
民家は二十件ほどでとても小さなお家だが、台風など来なかったかのように、被害を受けた形跡がない。
村の入り口で、なにか作業をしていた黒羽織がこちらに気づく。雨なのに、笠もなにも装備していない。
黒羽織がいなかったらどうすっかなーと思っていたナカレンツアは、歯軋りしながらも内心ほっとする。
馬から下りて、自慢の鼠髭を摘まむように撫でながら彼に近づく。
「失礼。ハチマキを見れば分かると思いますが、紅葉街の治安維持隊です」
「存じております」
可憐な声。
彼ではなく、彼女だった。上から下まで見ても何の種族か分からないが、黒羽織などそんな者ばかりだ。
ナカレンツアは特に気にせず、後ろの牛車を肩越しに親指で示す。
「怪我人が多くてですね。手を貸してもらえませんか?」
「……」
儚い雰囲気の女性の目が、牛車に向けられる。
これで断ろうものなら黒羽織などこんなものだと、部下たちと大笑いしてやるぞ。今宵の酒が美味くなりそうだ。
ひとりニヤニヤしていると、黒羽織はぺこっと頭を下げた。
「中へどうぞ。医学に長けたものが、おります」
「ッカーーーつまらねぇなあ! 知ってた! あなたたちはそう言うと思ってましたよおおおおっ。ッカーペッペッペッ!(ありがとうございます。助かります)」
「隊長。本音が暴走してます」
人当たりの良い笑みを浮かべながら口が表情を裏切っている隊長の肩を、追いかけてきた副隊長がポンッと叩く。
黒羽織は気にした風もなく、「呼んでまいります」と下がっていく。
彼女と入れ違いに、声で来客に気づいた誰かが走ってくる。
「あなた方は紅葉街の?」
一歩前に出た副隊長が対応する。
「その通りです。失礼ですが、村長を呼んでいただけませんか? 入村許可をいただきたいのです」
ナカレンツアが「なんで貴方が対応しているんです?」と言いたげに背中を肘で突いてくる。ニケは副隊長の頭上へ逃げる。
「村長はボクの父ですが、今は動けなくて。あの、どうぞ。お入りください」
「貴方は村長の息子さんでしたか」
村長とはいえ、そこまで裕福ではないのだろう。いかにも田舎者といったツギハギの多い着物姿で、純朴そうな子だった。
「……娘です」
目を泳がせる娘さん。隊長とニケの視線が副隊長に刺さる。
「なるほど……それは申し訳ありません。腹を切ってお詫びします」
「ええええっ? 気にしないでください」
「んもー」
短刀で腹を切ろうとする副隊長の腕を掴んで阻止する村長の娘とニケ。
ナカレンツアは呆れた顔で隊員に手で合図を送る。
ぞろぞろと村へお邪魔する一行。
花を荒らさないよう、維持隊の馬は村の外へ置いておく。いちいち馬を繋いでおかなくても、馬たちは茶馬(ちゃば)族の彼女(隊員)に任せておけばいいので楽だ。雨の中、馬と共に放置されることになるがこれも彼女の仕事なので。当人も誰も気にしない。
救急箱を片手に黒羽織が二名、こちらに走ってきた。
先頭のナカレンツアは手綱を引いて愛馬の足を止める。
狭い道を塞ぐように、武装した者がふたり並んで立っている。
「どうです?」
隊長の馬に並ぶのは、赤犬族を背負った隊員。
「……二人だけのようですね。物陰などに潜んでいる気配はしません」
「貴方なんで、赤犬族の子を背負っ……賊は二人だけという、副隊長殿の言葉を信じて差し上げましょう」
「副隊長だったんですね」
前副隊長が引き抜かれたので、臨時ですよ。などのんきに会話している成り立てほやほや副隊長を無視して、ナカレンツアは馬の歩を一歩進める。
賊の一人が腕を突き出す。
「おっと! 止まってもらおうか」
「お前ら、すげえ血のにおいがするぜ? 怪我人がいっぱいいるんだろう? 荒事は避けたいはずだ」
確かに。怪我人がいなければたった二人の族などそのまま馬で蹴散らしている。
賊は楽しげに笑う。
「お前らのような大きな街の維持隊を倒したとあらば、俺たち『怒涛の牙』の名は瞬く間に広がるぜ!」
「成り上がってやる! てめえらを踏み台にしてなぁ。さあ、死にたくなけりゃ大人しく……」
ナカレンツアはもう話を聞いていなかった。一分一秒を争う負傷者がいるのだ。ちんたらしていられない。ふざけた顔で耳をほじっていた隊長は、懐に手を突っ込む。
取り出したものを容赦なく賊の顔面目掛けて振るった。
「ああ? なんだこりゃ?」
ぼふっ!
赤い煙が広がる。
「!」
それの正体をいち早く悟ったニケは息を止め、ぎゅっと目を瞑る。
それとほぼ同時に、二色の悲鳴が上がった。
「ぬあ、ぎゃああああっあああ」
「つゃああああ! 目が! 目ぎゃ……」
陸に上がった魚以上にのたうち回る賊。
着物の袖で口と鼻を覆った副隊長引いた顔で訊ねる。
「一応聞きますが、あれって……」
「金星(きんぼし)唐辛子の粉末です。良い子は真似してはいけませんよ」
「「痛い痛い痛いいいいいっ!」」
ぴったり重なった悲鳴を上げ、「怒涛の牙」は近くの川へ死にもの狂いで走って行く。
道が空いた。
ナカレンツアは馬の横腹を蹴る。
「はい。では、行きますよ」
何事もなかったように進みだす隊長に、背後から歓声が上がる。
「流石隊長!」「最高にこすい!」「卑怯」「最低」「尊敬できない上司上位常連」「素晴らしい小物感」「かっこよくないぜ」
歓声ではなかったが、ナカレンツアは悦の表情で指揮者のように腕を振るう。
「なんとでも言いなさい。この私に卑怯卑劣で勝てる者などいませんよ」
胸を張るところなのだろうか。
怪我人を多く連れているとはいえ、無傷の維持隊に二人で挑んできたなんとかの牙もそうだが、この隊長も決して正義のヒトじゃないなと、ニケは呆れる。
正義など自分にとっての道しるべであればいいのだが、幼い男の子が抱く英雄像はもっとかっこいいものだ。
げんなりと犬耳まで垂れてしまう。
「しかし。えげつない武器ですね。誰が思いつくんでしょう、こんなの」
ナカレンツアは粉末唐辛子が入った袋を手のひらで弄ぶ。
「ひとつあげましょうか? 副隊長殿」
「ありがとうございます。いりません」
つまらなさそうに唐辛子爆弾を仕舞う。
これはキミカゲが着物の中にたくさんの薬草類を仕込んでいた話を、部下から聞いた時思いついたものだ。
何故それで目潰し爆弾を作ろうとなるのかは隊長の頭の中を見ないと分からないが、本人はいい出来だとご満悦。
……まあ、その代償は大きかったが。
寂しくなった頭部を摩り、はあぁと肩を落とすのだった。
寒村。蘇血(そち)村。
寒村と言うからどんなさびれた村かと思えば。
黄色や橙色。秋の花が揺れ、村を取り囲むように植えられた低木が治安維持一行を出迎える。
民家は二十件ほどでとても小さなお家だが、台風など来なかったかのように、被害を受けた形跡がない。
村の入り口で、なにか作業をしていた黒羽織がこちらに気づく。雨なのに、笠もなにも装備していない。
黒羽織がいなかったらどうすっかなーと思っていたナカレンツアは、歯軋りしながらも内心ほっとする。
馬から下りて、自慢の鼠髭を摘まむように撫でながら彼に近づく。
「失礼。ハチマキを見れば分かると思いますが、紅葉街の治安維持隊です」
「存じております」
可憐な声。
彼ではなく、彼女だった。上から下まで見ても何の種族か分からないが、黒羽織などそんな者ばかりだ。
ナカレンツアは特に気にせず、後ろの牛車を肩越しに親指で示す。
「怪我人が多くてですね。手を貸してもらえませんか?」
「……」
儚い雰囲気の女性の目が、牛車に向けられる。
これで断ろうものなら黒羽織などこんなものだと、部下たちと大笑いしてやるぞ。今宵の酒が美味くなりそうだ。
ひとりニヤニヤしていると、黒羽織はぺこっと頭を下げた。
「中へどうぞ。医学に長けたものが、おります」
「ッカーーーつまらねぇなあ! 知ってた! あなたたちはそう言うと思ってましたよおおおおっ。ッカーペッペッペッ!(ありがとうございます。助かります)」
「隊長。本音が暴走してます」
人当たりの良い笑みを浮かべながら口が表情を裏切っている隊長の肩を、追いかけてきた副隊長がポンッと叩く。
黒羽織は気にした風もなく、「呼んでまいります」と下がっていく。
彼女と入れ違いに、声で来客に気づいた誰かが走ってくる。
「あなた方は紅葉街の?」
一歩前に出た副隊長が対応する。
「その通りです。失礼ですが、村長を呼んでいただけませんか? 入村許可をいただきたいのです」
ナカレンツアが「なんで貴方が対応しているんです?」と言いたげに背中を肘で突いてくる。ニケは副隊長の頭上へ逃げる。
「村長はボクの父ですが、今は動けなくて。あの、どうぞ。お入りください」
「貴方は村長の息子さんでしたか」
村長とはいえ、そこまで裕福ではないのだろう。いかにも田舎者といったツギハギの多い着物姿で、純朴そうな子だった。
「……娘です」
目を泳がせる娘さん。隊長とニケの視線が副隊長に刺さる。
「なるほど……それは申し訳ありません。腹を切ってお詫びします」
「ええええっ? 気にしないでください」
「んもー」
短刀で腹を切ろうとする副隊長の腕を掴んで阻止する村長の娘とニケ。
ナカレンツアは呆れた顔で隊員に手で合図を送る。
ぞろぞろと村へお邪魔する一行。
花を荒らさないよう、維持隊の馬は村の外へ置いておく。いちいち馬を繋いでおかなくても、馬たちは茶馬(ちゃば)族の彼女(隊員)に任せておけばいいので楽だ。雨の中、馬と共に放置されることになるがこれも彼女の仕事なので。当人も誰も気にしない。
救急箱を片手に黒羽織が二名、こちらに走ってきた。
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