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第三十九話・優秀な助手
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倒れた祖父に孫が不安そうな顔を見せる。
キミカゲは構わず薬棚を指差す。
「ニケ君。薬持ってきておくれ」
「はい」
もう何の薬かどこにあるのかなど、言わずとも動いてくれる幼子に感動する。
保護者はむくっと起き上がる。
「何の薬だ? 熱を下げるものか?」
「よく眠れるお薬だよ。睡眠薬じゃなくてね? 寝るときに邪魔な、喉の痛みや不快な症状を抑える効果があるんだ。これでよく眠れるよ」
「? 素直に、風邪薬を出さないのか?」
「風邪を治す薬はないよ」
首を傾げる大きくなった保護者に、くすっとほほ笑む。
「君は体力お化けだったからね。あの注射以降、体調崩したことのない元気馬鹿には分からない話か」
「分からないが喧嘩を売られたということだけは理解した」
乱闘が始まりそうな空気だったが、ニケはしれっと割って入る。
「お持ちしました。この薬減ってきていますから、よければ作って補充しておきましょうか?」
キミカゲは存分に黒い頭を撫でる。
「気が利くね。おまけに働き者だし。いやあ、助かるよ。いい子いい子。お願い、しちゃおうかな?」
保護者は撫で回されているニケを見て、しわだらけの顔をしかめた。
「おい。わしはあんたが作る薬しか信用しておらんぞ。こんな、どこの誰とも知らぬ、しかも子どもが作った薬など、孫に飲ませられん」
至極真っ当な意見だが、キミカゲはだるそうに肩を揉む。
「だあってー、疲れるし肩凝るんだもん。誰だよ最初に草花から薬作ったやつは。まったく」
この場にいる全員の視線がキミカゲに突き刺さる。
「さ、次は君だね。こっちおいで」
「むう……」
納得いってなさそうな保護者おじいちゃんを押しのけ、少女に手招きする。
「君はどうしたのかな?」
少女は額の少し上を両手で押さえる。
「あのね? ごっつんしちゃったの」
「寺子屋で友達と遊んでいる時に、転んで机にぶつかったみたいで。あの! なんでこんなに顔が真っ赤に? ど、どこか、なにか、なにかがっ?」
母親が補足説明してくれる。お茶を飲んで落ち着いていたのに、慌てだしたのか舌が回っていない。
自分の娘なのだから、当然か。
キミカゲはチラッとニケを見る。視線を受け取ったニケは、ぼさぼさ頭のまま冷やすものを取りに行った。
「触るよ? いいかな?」
「あい」
舌足らずな声で頷く少女の顔を、両手で包み込む。それを保護者おじいちゃんが帰らずにじっと見ている。
「……おや? 帰らないのかい?」
「話がある」
「さっさと帰って、お孫さんを布団で横にさせてあげなさい。君には分からないだろうけど、風邪って辛いんだよ?」
「そ、そうなのか?」
おじいちゃんは孫に目を向ける。
「辛いか?」
「……ねむい、です」
目を擦る小さな孫を抱き上げようと腕を伸ばし、ハッと我に返る。
ニケは濡らした手ぬぐいを少女に渡していた。
「では、いったん帰って孫を寝かしてくる。これ。ここで寝るでない。自分の足で歩きなさい」
「……はい。じいさま」
キミカゲは呆れ顔でため息をつく。
「素直におぶってあげなよ。無駄に体力あるんだから」
「わしは、甘やかさん主義だ」
「『わしがずっと側にいるぞ』って言って、ちゅー百連発すれば言うことなしだね」
「できるかっ! そんなこと」
ぷりぷり怒って帰っていく。それでも、しっかりと小さな手を握っていた。
やれやれと思い、頭に手ぬぐいを乗せている少女に向き直る。
「ごめんね? お待たせしちゃって。それで、気持ち悪いとか、手足がしびれるとか、あるかい?」
少女は少し考え込む。
「おでこがいたいの。てあしは、しびれてないよ?」
「うんうん。突き指とかは、しなかったかい?」
「すきゆび?」
「あっ、えっとね? 手の指、痛くない?」
左手のひらを指差す。少女は首を横に振った。おさげがぶんぶんと揺れる。それをニケが目で追いかけている。
「ふむ」
「あの、キミカゲ様? 娘は……?」
保護者の母親は先ほどキミカゲがおじいちゃんとのんきに話していたのを見て、大した怪我ではないと思ったのか、ぐっと落ち着いていた。
「この子は、顔が赤くなりやすいとか、あるのかな?」
「は、はい。この子は赤丸(果実)みたいにすぐ顔が赤くなっちゃって、すごく可愛いんです!」
ぐっと力説するがキミカゲ達の顔を見て、母親はすぐに両手で口を塞ぐ。娘まで振り返って目を点にしていた。
「……あ、赤くなりやすいみたいです」
真っ赤になって小さくなる母親に、キミカゲは頷く。
「うんうん。可愛いよね。ニケ君。塗り薬出してくれるかな?」
「はっ、はい」
ニケは薬棚に近づくも、すぐに戻ってきた。キミカゲの隣で正座する。
「あ、あの。こういう場合は、どの薬を……選べばいいんですか?」
「おっと。桃色の花の絵が貼ってある箱があるだろう? あれ持ってきて」
「はい」
いけないいけない。ニケが優秀すぎてつい雑な指示を出してしまった。
ニケは持ってきた箱をドスンと床に置く。
「ごめんね? 重い物を」
「いえ。まったく重くないです」
体力やその他諸々の格の差を思い知り、おじいちゃんは地味に凹んだ。
キミカゲは箱に腕を突っ込み、中を見ないでたくさんあるうちの一つを取り出す。
「薬を塗るからね? ちょっとぴりっとした痛みが走るよ?」
「うえっ? ……かあしゃん」
痛みが怖くなったのか、母親の手を握る。
若い母親はしっかりと握り返した。
「大丈夫よ。お母さんがいるからね!」
「……うんっ」
微笑み合う母娘。
ニケは視線を逸らせなかった。
キミカゲはぽんっとニケの頭に手を乗せる。
「翁?」
「ニケ君。愛してるよ」
「……。……っ、…………はい」
うつむき気味に頷く幼子のぼさついた頭を、さらにくしゃくしゃにかき混ぜる。
ニケが照れたような顔で髪を直す横で、薬指で塗り薬を掬い取り、なるだけやさしくたんこぶに塗り込んでいく。
「っ」
少女は手を強く握っただけで、何も言わなかった。
「はい。おしまい。よく頑張ったね」
「ほわあ……」
力が抜けた娘の背を支える。
「ありがとうございます。キミカゲ様」
ふたを閉めながら、キミカゲは何でもないように言う。
「このくらいの薬なら、他の薬師でも作れるさ。わざわざほかの病院より高い金をとっている私のところに来なくても、いいんだよ? 家計も楽じゃないだろう?」
この言葉に、母親はしっかりと首を横に振る。
「いえっ! 私は『安心』も買いたいのです。キミカゲ様を、キミカゲ様の薬を、信用してます。それに! 女の子ですよ? 私が一日一食になっても、絶対に娘の顔に傷を残しませんっ」
強い瞳に、思わずのけぞり返りかける。
「ふふっ。それは失礼したね」
「高い金をとっているって。それだけいい薬草を使っているのですから、薬代が高いのは当然じゃモガモゴ」
ニケの口を塞ぎ、薬の入った袋を渡す。鈴蘭の絵が描いてある紙袋。一度薬代を見直そうと安物の無地紙に変更したとき、受け取った患者さんが皆一様にがっかりした顔を見せたのが忘れられない。この鈴蘭紙袋も安くないのだけれど……。ま、それで元気になってくれるなら、いいか。
「塗り薬と、熱冷ましの薬も入っているから。もし夜中に熱を出した場合、飲ませてあげてね」
「はい。ありがとうございます」
「せんせー。ありがとー」
会計を終え、手を振って帰っていく母娘。
キミカゲも手を振って見送る。ニケはばっちりとお辞儀を決めていた。
……姿が見えなくなると、キミカゲは即行で戸を閉めた。目を丸くするニケの前で、鍵(戸が開かないように立て掛けるつっかえ棒)まで差し込む。そのままふらふら玄関を上がり、新品の畳の上でごろりと横になった。
キミカゲは構わず薬棚を指差す。
「ニケ君。薬持ってきておくれ」
「はい」
もう何の薬かどこにあるのかなど、言わずとも動いてくれる幼子に感動する。
保護者はむくっと起き上がる。
「何の薬だ? 熱を下げるものか?」
「よく眠れるお薬だよ。睡眠薬じゃなくてね? 寝るときに邪魔な、喉の痛みや不快な症状を抑える効果があるんだ。これでよく眠れるよ」
「? 素直に、風邪薬を出さないのか?」
「風邪を治す薬はないよ」
首を傾げる大きくなった保護者に、くすっとほほ笑む。
「君は体力お化けだったからね。あの注射以降、体調崩したことのない元気馬鹿には分からない話か」
「分からないが喧嘩を売られたということだけは理解した」
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「お持ちしました。この薬減ってきていますから、よければ作って補充しておきましょうか?」
キミカゲは存分に黒い頭を撫でる。
「気が利くね。おまけに働き者だし。いやあ、助かるよ。いい子いい子。お願い、しちゃおうかな?」
保護者は撫で回されているニケを見て、しわだらけの顔をしかめた。
「おい。わしはあんたが作る薬しか信用しておらんぞ。こんな、どこの誰とも知らぬ、しかも子どもが作った薬など、孫に飲ませられん」
至極真っ当な意見だが、キミカゲはだるそうに肩を揉む。
「だあってー、疲れるし肩凝るんだもん。誰だよ最初に草花から薬作ったやつは。まったく」
この場にいる全員の視線がキミカゲに突き刺さる。
「さ、次は君だね。こっちおいで」
「むう……」
納得いってなさそうな保護者おじいちゃんを押しのけ、少女に手招きする。
「君はどうしたのかな?」
少女は額の少し上を両手で押さえる。
「あのね? ごっつんしちゃったの」
「寺子屋で友達と遊んでいる時に、転んで机にぶつかったみたいで。あの! なんでこんなに顔が真っ赤に? ど、どこか、なにか、なにかがっ?」
母親が補足説明してくれる。お茶を飲んで落ち着いていたのに、慌てだしたのか舌が回っていない。
自分の娘なのだから、当然か。
キミカゲはチラッとニケを見る。視線を受け取ったニケは、ぼさぼさ頭のまま冷やすものを取りに行った。
「触るよ? いいかな?」
「あい」
舌足らずな声で頷く少女の顔を、両手で包み込む。それを保護者おじいちゃんが帰らずにじっと見ている。
「……おや? 帰らないのかい?」
「話がある」
「さっさと帰って、お孫さんを布団で横にさせてあげなさい。君には分からないだろうけど、風邪って辛いんだよ?」
「そ、そうなのか?」
おじいちゃんは孫に目を向ける。
「辛いか?」
「……ねむい、です」
目を擦る小さな孫を抱き上げようと腕を伸ばし、ハッと我に返る。
ニケは濡らした手ぬぐいを少女に渡していた。
「では、いったん帰って孫を寝かしてくる。これ。ここで寝るでない。自分の足で歩きなさい」
「……はい。じいさま」
キミカゲは呆れ顔でため息をつく。
「素直におぶってあげなよ。無駄に体力あるんだから」
「わしは、甘やかさん主義だ」
「『わしがずっと側にいるぞ』って言って、ちゅー百連発すれば言うことなしだね」
「できるかっ! そんなこと」
ぷりぷり怒って帰っていく。それでも、しっかりと小さな手を握っていた。
やれやれと思い、頭に手ぬぐいを乗せている少女に向き直る。
「ごめんね? お待たせしちゃって。それで、気持ち悪いとか、手足がしびれるとか、あるかい?」
少女は少し考え込む。
「おでこがいたいの。てあしは、しびれてないよ?」
「うんうん。突き指とかは、しなかったかい?」
「すきゆび?」
「あっ、えっとね? 手の指、痛くない?」
左手のひらを指差す。少女は首を横に振った。おさげがぶんぶんと揺れる。それをニケが目で追いかけている。
「ふむ」
「あの、キミカゲ様? 娘は……?」
保護者の母親は先ほどキミカゲがおじいちゃんとのんきに話していたのを見て、大した怪我ではないと思ったのか、ぐっと落ち着いていた。
「この子は、顔が赤くなりやすいとか、あるのかな?」
「は、はい。この子は赤丸(果実)みたいにすぐ顔が赤くなっちゃって、すごく可愛いんです!」
ぐっと力説するがキミカゲ達の顔を見て、母親はすぐに両手で口を塞ぐ。娘まで振り返って目を点にしていた。
「……あ、赤くなりやすいみたいです」
真っ赤になって小さくなる母親に、キミカゲは頷く。
「うんうん。可愛いよね。ニケ君。塗り薬出してくれるかな?」
「はっ、はい」
ニケは薬棚に近づくも、すぐに戻ってきた。キミカゲの隣で正座する。
「あ、あの。こういう場合は、どの薬を……選べばいいんですか?」
「おっと。桃色の花の絵が貼ってある箱があるだろう? あれ持ってきて」
「はい」
いけないいけない。ニケが優秀すぎてつい雑な指示を出してしまった。
ニケは持ってきた箱をドスンと床に置く。
「ごめんね? 重い物を」
「いえ。まったく重くないです」
体力やその他諸々の格の差を思い知り、おじいちゃんは地味に凹んだ。
キミカゲは箱に腕を突っ込み、中を見ないでたくさんあるうちの一つを取り出す。
「薬を塗るからね? ちょっとぴりっとした痛みが走るよ?」
「うえっ? ……かあしゃん」
痛みが怖くなったのか、母親の手を握る。
若い母親はしっかりと握り返した。
「大丈夫よ。お母さんがいるからね!」
「……うんっ」
微笑み合う母娘。
ニケは視線を逸らせなかった。
キミカゲはぽんっとニケの頭に手を乗せる。
「翁?」
「ニケ君。愛してるよ」
「……。……っ、…………はい」
うつむき気味に頷く幼子のぼさついた頭を、さらにくしゃくしゃにかき混ぜる。
ニケが照れたような顔で髪を直す横で、薬指で塗り薬を掬い取り、なるだけやさしくたんこぶに塗り込んでいく。
「っ」
少女は手を強く握っただけで、何も言わなかった。
「はい。おしまい。よく頑張ったね」
「ほわあ……」
力が抜けた娘の背を支える。
「ありがとうございます。キミカゲ様」
ふたを閉めながら、キミカゲは何でもないように言う。
「このくらいの薬なら、他の薬師でも作れるさ。わざわざほかの病院より高い金をとっている私のところに来なくても、いいんだよ? 家計も楽じゃないだろう?」
この言葉に、母親はしっかりと首を横に振る。
「いえっ! 私は『安心』も買いたいのです。キミカゲ様を、キミカゲ様の薬を、信用してます。それに! 女の子ですよ? 私が一日一食になっても、絶対に娘の顔に傷を残しませんっ」
強い瞳に、思わずのけぞり返りかける。
「ふふっ。それは失礼したね」
「高い金をとっているって。それだけいい薬草を使っているのですから、薬代が高いのは当然じゃモガモゴ」
ニケの口を塞ぎ、薬の入った袋を渡す。鈴蘭の絵が描いてある紙袋。一度薬代を見直そうと安物の無地紙に変更したとき、受け取った患者さんが皆一様にがっかりした顔を見せたのが忘れられない。この鈴蘭紙袋も安くないのだけれど……。ま、それで元気になってくれるなら、いいか。
「塗り薬と、熱冷ましの薬も入っているから。もし夜中に熱を出した場合、飲ませてあげてね」
「はい。ありがとうございます」
「せんせー。ありがとー」
会計を終え、手を振って帰っていく母娘。
キミカゲも手を振って見送る。ニケはばっちりとお辞儀を決めていた。
……姿が見えなくなると、キミカゲは即行で戸を閉めた。目を丸くするニケの前で、鍵(戸が開かないように立て掛けるつっかえ棒)まで差し込む。そのままふらふら玄関を上がり、新品の畳の上でごろりと横になった。
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