211 / 260
第三十四話・首都に行く予定の子はいないかな?
しおりを挟む朝。
死んだような足取りで仕事に向かうフリーを見送り、ニケとキミカゲは紅葉街をぶらついていた。
もちろんただの散歩ではない。
「あっちです」
警察犬のように鼻をスンスンしていたニケがぴっと裏路地の入口を指差す。
「でかした。ニケ君」
ニケと一緒に路地裏に入ると、足音が聞こえたのか黒羽織の青年がこちらを振り返った。
「あれ? キミカゲ様?」
ウルフカットから突き出す、ニケのものより大きな耳。
丹狼族のホクトだった。
そばにミナミもいて、こちらは暴れる誰かを縄で縛っている最中のようだ。
邪魔になってはいけないのであまり近づかず、キミカゲがそろ~っとたずねる。
「えっと。何かあった?」
「引ったくり、っす。いま捕まえたとこなんすよ」
「はー。つっかれた……」
「ぐえっ!」
縛り上げられ地面に転がるひったくり犯の上にドスンと腰を下ろし、ミナミは鞄をホクトに放り投げる。すられた物だろう。
「ほーら。持ち主に返してきてくださーい」
「言われなくとも」
「失礼」と言って横を通り過ぎていくホクトを見送る。やはり忙しそうだ。
「珍しいですねー。キミカゲ様がこの時間、うろついているなんて」
少し親しみが籠ったような口調に、キミカゲは苦笑を滲ませ歩み寄る。背中にくっついていたニケがぴょんと着地した。
ミナミの片眉が跳ね上がる。
「おおお、おや。ニ、ニケさんもいたんですねー」
「逃げないでください。フリーは、今日はいませんから」
ものすごい勢いで後退ったミナミに、誰もいないと両手を広げてぶんぶんと振って見せる。
ミナミの目が真剣に周囲を見回す。フリーがいないとやっと信じてくれたのか、そろそろと戻ってきた。
「な、なんです? 今からこいつを治安維持にぶん投げに行くんですけど?」
と言って、つま先でひったくり犯を軽く蹴る。「うっ」と喚くが、それ以上何も言わない。きつそうな体勢なのにただひたすらミナミを見上げている。
子どもの前で暴力は控えてほしそうに顔をしかめるも、キミカゲは苦笑を滲ませる。
「黒羽織の子で、首都に行く予定の子はいないかな?」
「首都? ……藍結ですよねー?」
それがどうしたと、ミナミは首を傾げる。
「さあー? そういうことを把握しているのは、情報部の連中かボスくらいですかねー。なんせ人数多いですので。なんかありました?」
ニケが訳を説明すると、ミナミはしゃがんでくれた。
「はー、これは分身の術を使えないフリーさんが良くないですね。つってもうちに、暇な奴なんていませんよ」
「ですよね……」
しゅんとニケが足元に目線を落とす。その時だった。
ニケの黒耳が、何かを感じピンと立つ。
ミナミの背後で、ひったくり犯が音もなく起き上がったのだ。どうやってか縄を解いたらしく、瞬きを終えるよりも速くミナミに飛び掛かってきた。
「ミナミちゃ……!」
ニケの叫びにミナミは反応する。強化したフリー並みの速度で振り向いたが、どういうわけか彼は避けなかった。
――避けたらニケさんとキミカゲ様にぶつかるからね。
しかもこれはきちんと見張っていなかった自分の落ち度だ。なおさらふたりに怪我なんてさせられない。
身を守る術は、黒羽織全員一通りペポラから叩き込まれている。が、体術に優れているわけではないミナミが動けたのはここまでだった。
ひったくり犯――鮮やかな薄紅色の翼を持つ種族――はイノシシのように突進してきた。
そして、
「はあっ!」
しゃがんだミナミ目掛け腕を振り下ろす。シャン、と空を切る音。空振りに見えてそれは、ミナミの額を切り裂いていた。
「!」
きらりと一瞬、光が反射する。刃物でも仕込んでいるのか。
(暗器だと⁉ ただのひったくりではない――?)
だがすぐに視界は真っ赤に染まり、使い物にならなくなる。
「ミナミちゃん!」
「ニケ君。離れて」
自分たちが邪魔になると判断したキミカゲが、助けに行きかけたニケを抱えて表通りに走る。助けを、ホクトを呼ぼうとしたのだ。
声を出そうと息を吸い込んだと同時、石に躓き派手に転んでしまう。
「痛っ」
「わうう!」
気合いで庇ったために、ニケに怪我はなかった。
息を吸い込んでいたために、結構な大声が出る。それにびっくりしつつも、すぐさま通行人や客引きをしていた者が駆け寄ってくる。
「キミ、カゲ、様……ですよね? 大丈夫ですか?」
「おいおい。なにしてんだよ」
修理を頑張っていた牛の角を持つ大工まで屋根から心配げに下りてくる。治安の良さが生んだ善良な市民。だが、今はそれが仇となる。
「みんな! ここから離れて!」
「へ?」
差し出された手を振り払うように叫ぶも、ぽかんとなるだけだ。
狂気はすぐそこに迫っていた。
「キイイハハハハハアァ―――ッ!」
奇声を上げながら、翼族が裏路地の影から飛び出してきた。
「わっ」
「なんだなんだ?」
キミカゲの叫びが効いたのか、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。そのせいで狙いがキミカゲに定められる。
「翁!」
ニケが庇うように前に出ようとするより速く、逃げたはずの牛の若者が戻ってきた。
「なにしやがる!」
「!」
甘牛(かんぎゅう)族のシャレにならない突進をもろに受け、翼族の軽い身体は枯葉のように宙に舞う。
「―――っ、がはっっっ!?」
吐血をまき散らし、どさっと地面に落ちた。
ぴくぴくと、ひったくりの足が痙攣している。
「……っ?」
牛の若者はなにがなんだという表情だったが、キミカゲとニケを拾い上げると他の市民同様、その場を離れる。
「ぐっ……キエアアアアァァッッ!」
その背後で、翼族が雄たけびを上げる。目は血走り、明らかに正気ではなかった。異様な姿に牛の若者はぎょっと目を剥く。
「な、なんだ、あいつ!」
「振り向かないで。逃げて!」
キミカゲの声で止まりそうだった足が動く。
肋骨が砕けていてもおかしくないというのに、なんと翼族は立ち上がった。
「キエエエエエ!」
再び地を蹴る。
牛以上の俊足で若者を襲おうとしたとき、裏路地の隙間から伸びた半透明の蛇が翼族の足に絡みついた。
「?」
がくんと足が後ろに引っ張られる。
足を取られたというのに転びはしなかった。その翼を広げ、倒れかけの姿勢のまま空中で制止する。
「……ああん?」
おかげで牛が逃げてしまった。
血走った目で振り返ると、刻んでやったはずの男が自分を捕らえていた。血で潰れた片目を瞑り、暗い路地では見えにくい縄――鞭だろうか――で、これ以上行かせまいと力を込めている。
「この、手羽先野郎……っ」
「ふん」
翼族も腕力がない方の種族だ。それは自分がよく分かっているため、素直に綱引きをするつもりはない。仕込み刃で鞭を切断すればいいだけ。これであの男は無手となる。そうなればなぶり殺しだ。
「ん?」
笑ってやろうとした相手をよく見ると、頭に巻いていた貝殻柄の布が外れている。
染められたものだろう。汚い黒髪から猫耳のように突き出す、水晶のような角。
翼族の口が三日月のように吊り上がった。
「やはりお前だァ……。会いたかったぞおおおっ。天氷族うううぅ!」
8
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
王子様と魔法は取り扱いが難しい
南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。
特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。
※濃縮版
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる