ニケの宿

水無月

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第二十七話・本物のホクト

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「ジェリー! 無事か?」

 帰るなり、話を聞いて身体を拭くこともせず飛んできたオキンが顔を出す。ついてきた数人の黒羽織同様、障子を開けると部屋がなかった状態に固まる。
 律儀に障子を閉めて寝室の戸を開けると、妹が顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
 お兄ちゃんはすぐに駆け寄った。ニケは逃げた。

「ジェリー」
「オキンぢゃん! せまがったよううう」

 しがみついてくる妹に「濡れるぞ」と困った顔をみせるも、そっと包み込むように抱きしめてやる。
 竜の、いや、兄の腕の中。ここより安全な場所もそうないだろう。安心したのか、妹はべしべしとびしょ濡れの兄を叩く。

「ばがああああ。もっど早く来いっ」
「ジェリー。怪我はないか?」

 ぶんぶんと、桃色頭が横に振れる。

「無いよおおぉ、ぐずっ」
「そうか……」

 大きな手で少しぼさった妹の髪を撫でてやる。頭は良いが、強がりでワガママなくせに泣き虫な末っ子。嫁に出す気はないし怪我をさせたら殺す。
 オキンはフリーたちに目を向ける。

「で、これは何事だ? 貴様らも怪我はないか?」
「え?」

 問答無用で消されると思っていたフリーとそれにしがみついているニケは、目を丸くする。
 どうしてかベッドから起きてこないキミカゲもこちらに向かって手を振っている。怪我はなさそうだ。リーンも……。

「おっ」

 リーンが握っている物体に目を止める。

「き、貴様それはもしや、例の星霊ではないか?」

 潰れかけのヒトデを見て目を輝かせる兄に、ジェリーはムッと頬を膨らませる。

「俺の心配しろばかっ」
「む? これ。ジェリー。俺ではなく、私と言うようにと何度も……」
「うるしゃいっ。おーれ! おーれ!」

 言うことを聞かないなぁ……。反抗期か。まあ今は妹のことを第一に考えてやらねば。怖い思いをしたようだし。
 血が出るほど下唇を噛んで、星霊のことをあれこれ聞き出したい気持ちを押さえる。
 片手で妹を抱き上げ、部屋を出る。廊下で空を見上げて現実逃避しているペポラの肩を叩く。元気そうなジェリーを見て、球体男はホッとしていた。

「一応、怪我がないか見てやってくれ」
「…………うっす」

 一旦妹を預け、振り返る。

「夜も遅い。話は明日聞こう。貴様らは……」

 流石にこの部屋で寝ろ、というのは酷だな。

「別の部屋を用意するから、そこで眠るがいい」
「キミカゲ様は今、動かせないよ」
「え?」

 ペポラの話を聞き、オキンは頭が痛くなった。ぎっくり腰かあ。

「はあ……。リーンよ」
「はい」

 握ったまま姿勢を正す。

「貴様はベゴールの部屋で休ませてもらえ。ニケとその……なんつったかな? 付属品よ」
「フリーです」
「貴様らはホクトの部屋で寝るといい」
「やったあ」

 喜んでいるフリーの前を通り、動けないおじいちゃんを抱えようとして、自分がびしょ濡れなことを思い出す。
 球体岩男に向かって手招きする。

「伯父貴をワシの部屋へ放り込んでおいてくれ」
「ま、まかせるんだど……」

 入ってくる岩男。大きな体を縮めているように見える。何かに怯えているのか?

「……」

 竜の瞳が室内を観察する。
 見れば、リーンと(フリーの頭上に逃げた)星霊が、じっと岩男を睨んでいる。喧嘩でもしたのだろうか。そうならないようにブレーキ役をつけているというのに。この短時間でなにがあったのやら。それも明日にしようもう眠いし精神的に疲れた。神使の顔を見ただけで疲れた。
 だが身内が騒ぎ出す。

「俺も。オキンちゃんの部屋で寝る!」
「ちょ、暴れるな暴れるな」

 抱っこされているのにお構いなしに暴れる妹。鰻(うなぎ)を彷彿とさせる動きだ。確か翼族だったはず。元気そうでよかったけども。
 「いくつになったのだ。一人で寝ろ」と常なら言うところだが、今宵だけだぞ?

「仕方あるまい」

 約一時間後。風呂から出てさっぱりしたオキンは、自分の布団で眠っている家族の寝顔を眺め、ちょっとだけ仕事を片付けると就寝した。



 枕だけ持ってホクトの部屋へ。
 ペポラのような古参勢とベゴールのように長という立場の者以外は、個室は与えられないようだ。約一名、例外はいるが。

「すごい音だったっすね。大丈夫っすか?」

 出迎えてくれたホクトは寝間着姿だった。起きていたのか寝衣に乱れがなくカリガネソウの模様が良く似合っている。
 ニケは眠気を堪えてお辞儀する。

「すみません。夜遅くに。お邪魔します」

 このホクトは本物だろう。フリーがしがみついているし。

「うひゃああああ。耳触らせてえええ! 尻尾でも可!」
「……熱烈っすね。フリーさん。ニケさんも入ってくださいっす」

 ひとつの部屋を四人で使っているようだ。四人分の布団は敷いてあるものの夜更かしするつもりだったのか、畳の上に酒瓶やつまみが置いてある。
 変態をひっぺがし座布団の上に置いて、その上にニケを座らせる。「ちゃんと挨拶せんか」と、ニケがフリーの頬を伸ばして躾していた。

「おい。五つも布団敷くスペースねえぞ」

 困ったなぁと声を上げるのは同室の者。成人男性四人でちょい狭い程度の部屋なのだ。誰かの机やらを片付けなければ五つも布団を敷けない。しかし机は仕事道具や荷物がいっぱい乗ってごちゃついており、すぐには動かすのは難しい。一つだけすっきり整理整頓された机があるが、ホクトのだろうか。性格が出ている。
 ホクトが自分の机を片そうとして、それを断ったのは半分瞼の下りたフリーだった。

「あ。俺とニケはホクトさんのお布団で寝るので、敷かなくていいですよ」
「え?」

 フリーはそう言うと一枚の布団の上に膝歩きで移動する。もちろんニケと枕を抱いたまま。

「これがホクトさんの布団ですよね? おやすみなさーい」

 カリガネソウ柄の布団に潜りこむと瞼を閉じてしまった。

「ちょ、フリーさん!」

 机移動を中断してフリーの肩を揺するが、もう寝息が聞こえていた。しっかりと抱きしめられているニケは夢で何かを食べているのか、口をもにょもにょと動かしている。

「……ああ」

 ガックシと肩を落とすも、怒りではなく苦笑が浮かんでいた。

(ニケさんはもう寝ている時間だし、フリーさんも夜更かししないっすからね……)

 眠かったのだろう。これは起こせない。
 仕方なく布団を肩まで引っ張り上げてやり、四つある部屋の明かりをひとつ消す。カリガネソウが描かれた風流な行灯の火が消える。
 それだけで、かなり暗くなった。
 しかし。ホクト達はこれから一日の反省会や愚痴で盛り上がる予定だった。……が、もう眠ってしまった方がいいだろう。寝ている子がいるのに騒ぐのは良くない。
 そう思い振り向くと、同室三人がフリーたちを見下ろしていた。

「すげー……」
「白髪だ」
「初めて見たじゃん」

 一人がフリーに手を伸ばしたのを、ホクトがはたき落とす。

「ちょい待ちっす!」
「いてっ。な、なにすんだよ! ホクト」

 ホクトはこの部屋では一番の下っ端だ。手の甲を叩かれた者が睨みつけるが――

「寝てるからって油断するんじゃないっす! フリーさんはもふもふに妙な執着を見せるお方っすよ! 不用意に近づいたら危険っす」

「「「……お、おう?」」」

 ホクトの謎の気迫に呑まれ、頷く三人。
 三人とも見事な毛並みの持ち主。彼らはあっしが守らなければ。
 使命感に燃えるホクトに、三人は顔を見合わす。

(え、なに?)
(そんなやべえやつなの? この白髪のヒト)
(毒を持つ種族とかじゃん?)

 分からないが怖くなったので布団に入り、眠ることにした。酒とおつまみは明日食べよう。
 狭そうに布団で横になるホクトが、申し訳なさそうに狼耳を垂れさせる。

「さっきは叩いちゃって、ごめんなさいっす」
「いや。……いいんだ。おやすみ」
「おやすみっす」

 安堵の笑みを見せ、目を閉じるホクトにホッとする。下っ端とはいえ狼。彼に手を叩かれた際、強気に睨んで見せたが内心ビビっていたのは秘密だ。

(ふう……)

 ごろりと横を向き、頭まで布団を被った。



 一方。
 枕片手に敬礼する。

「ベゴールさん! お邪魔しゃっす」
「なんでだ‼」

 一人部屋が欲しくて、仕事頑張って出世したというのにああああああっ。
 ベゴールは神とボスとついでにこの世を恨んで絶叫した。
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