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番外編・ぱつぱつほっぺが見たいんだ
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他愛もない日。
床に広げた布の上に薬草を種類別に並べていると、四つん這いでフリーが近寄ってくる。この時点で他愛もない日から「そこそこ良い日」になった。
「ん?」
彼はほっぺやもふもふのない大人には興味を示さない。ゆえに私に近づいてきてくれるというのは流れ星より珍しい現象だ。はわわわわ……。どうしたんだろう。お腹でも痛いのかな? それとも薬草に興味が?
そわそわしながら彼の言を待つ。
「キミカゲさん」
「はいっ」
しゃっと背筋を伸ばすよ。
「ニケって食べ方がきれいですよね」
「…………ん?」
「ニケです」
がっくりと項垂れた。分かってたよ。どうせニケ君の話題かほっぺの話題かリーン君の話題のどれかだって。
キミカゲさんなんだかしなしなになったなと思いつつ、膝を抱えて体操座りになる。
「あれって、なんでですかね? 今まで子どもはニケかイヤレスしか知らなかったんで驚いたんですけど、子どもって結構食べ方が、きたないってわけじゃないですけど。豪快ですよね」
「ああー。そうだね。サクラちゃんが……じゃなくてニケ君のおばあさまがいいとこのお嬢様だったからね。そのせいだよ」
懐かしいなぁ。奥さんに恥をかかせまいと頑張りすぎちゃって何故かお嬢様言葉で話していたアビー(ニケ祖父)とか最高だったね。相手に合わせようとする心は好ましいんだけど、なーんか不器用なんだよね、あいつ。サクラちゃんは私より笑ってたからお似合いの夫婦だと思ったよ。
「息子(ニケ父)にきっちり教育を施していたから、それがニケ君に受け継がれたんだね」
「ほほう。んー……」
「どうしたんだい?」
うつむく彼の顔を覗き込む。
「いやあの。ニケが飯を思いっきり頬張ってる姿が見たいなぁ……っと」
「ん?」
ニケ君は一口が小さいから、私も頬張ってるとこ見たことない。
フリーはわなわなと両手を震わせる。
「さっき帰り道で、おむすびを食べてるお子様を見かけたんですけど、これでもかと頬がパンッパンに膨らんでて。口の周り米粒でいっぱいで……はあああああああ」
「…………」
ちょっと距離を取る。
フリーはうっと口を押さえる。
「あんな……あんな可愛い。あんな可愛い、思いっきり、ううっ、頬張ってるのが、かわいい……」
フリー君の語彙力がえらいこっちゃ。
「えっと? つまり?」
「ご飯を頬張って口をもごもごさせてるニケが見たいんです」
きりっと鋭い目つきになったかと思うと、すぐにふにゃっと顔が崩れる。
「先輩はお祭りの時に見たって言うんですよ! お寿司頬張ってるニケを。ず、ずるい! 俺その時肩車してたのに! 悔しくて先輩を襲いかけましたよおおおんっ」
「おち、落ち着いて」
白衣に縋りついてくる百八十センチ。
「どうしたらニケの頬張りフェイスが見れると思いますか⁉」
「……っ」
引きつった顔をのけ反らせる。
人族はもっと知能が高かったはず、あ、いやいやそれよりフリー君の悩みだ。一緒に考えてあげなきゃ。
「ニケ君に直接言ったらいいんじゃないかい?」
「!」
それだ! と言いたげに瞳が輝いている。人族ってもっと知能が(略)。
「ありがとう! キミカゲさん」
「いいんだよ」
この子と話していると感情の上下が激しいけど、この笑顔が見れたからもうなんでもいいや。
「ご飯思いっきり頬張って~!」
目の前でぱんと両手を合わせて謎のお願いをしてくる白髪男。
魚を七輪で炙っているニケは団扇を動かす手を止める。
「またお前さんは。どこで頭ぶつけてきたんだ。早く翁に診てもらってこい」
団扇でフリーの顔を扇ぐ。きゅっと目を閉じたフリーの顔が面白い。
「いやあの実はですね」
説明を一応聞いたが、フリーはフリーだった。
「ああ? このままの僕の何が不満だ?」
「不満なんかないよ~。ただニケの栗鼠ほっぺが見たいよぉぉ」
おんおん泣く年上にニケの炎の瞳がどんどん冷めていく。
「見てどうしたいんだ?」
「え? 見たいんです」
フリーだもんな。深い理由なんかあるわけなかったな。
ニケはどうしたもんかと扇ぎながら天井を見る。
「あんまりやりたくはないな。祭りとか羽目外しているときはいいけど、家族との食事中はふざけたらめっちゃ叱られたから。僕も姉ちゃんも」
「ニケのお父さん。そんなに厳しかったの?」
「まあ、な」
でも怖いとは思わなかった。出かけた際知人などに会うと決まって嫁自慢をしていたから。それを毎回遠い目で聞いてあげている知人たちも、今思うと優しいヒトだったんだな。
焼けた魚を器に乗せ、んっとフリーに手渡す。
「この話は終わりだ。飯にするぞ」
「ああああああああん!」
おぎゃーと泣きながら皿を運ぶ背中を見てため息をついた。
夜。布団の上でニケはすうーっと息を吸い込む。
「むうっ」
ぷくーっと膨らんだ頬。両手で触ると空気が詰まってパンパンだ。
うむ。これならフリーも満足するはずだ。
もう一回やっとこ。
「ぷくーーう」
「ニケ。お待たせ……」
膨らませると同時に戸が開く。
静霊が布団の上で跳ねるとどっか行った。
フリーの顔から表情が抜け落ちる。
視界には布団にちょこんと座り、目を点にしてほっぺをぱんぱんにしたニケが……
隣の部屋から「ぎゅむーっ。おぎにゃあああ(翁)」と助けを求めるような可愛い悲鳴が聞こえたが、まあまあいつものことなので構わず明日の用意を続けた。
番外編 END
床に広げた布の上に薬草を種類別に並べていると、四つん這いでフリーが近寄ってくる。この時点で他愛もない日から「そこそこ良い日」になった。
「ん?」
彼はほっぺやもふもふのない大人には興味を示さない。ゆえに私に近づいてきてくれるというのは流れ星より珍しい現象だ。はわわわわ……。どうしたんだろう。お腹でも痛いのかな? それとも薬草に興味が?
そわそわしながら彼の言を待つ。
「キミカゲさん」
「はいっ」
しゃっと背筋を伸ばすよ。
「ニケって食べ方がきれいですよね」
「…………ん?」
「ニケです」
がっくりと項垂れた。分かってたよ。どうせニケ君の話題かほっぺの話題かリーン君の話題のどれかだって。
キミカゲさんなんだかしなしなになったなと思いつつ、膝を抱えて体操座りになる。
「あれって、なんでですかね? 今まで子どもはニケかイヤレスしか知らなかったんで驚いたんですけど、子どもって結構食べ方が、きたないってわけじゃないですけど。豪快ですよね」
「ああー。そうだね。サクラちゃんが……じゃなくてニケ君のおばあさまがいいとこのお嬢様だったからね。そのせいだよ」
懐かしいなぁ。奥さんに恥をかかせまいと頑張りすぎちゃって何故かお嬢様言葉で話していたアビー(ニケ祖父)とか最高だったね。相手に合わせようとする心は好ましいんだけど、なーんか不器用なんだよね、あいつ。サクラちゃんは私より笑ってたからお似合いの夫婦だと思ったよ。
「息子(ニケ父)にきっちり教育を施していたから、それがニケ君に受け継がれたんだね」
「ほほう。んー……」
「どうしたんだい?」
うつむく彼の顔を覗き込む。
「いやあの。ニケが飯を思いっきり頬張ってる姿が見たいなぁ……っと」
「ん?」
ニケ君は一口が小さいから、私も頬張ってるとこ見たことない。
フリーはわなわなと両手を震わせる。
「さっき帰り道で、おむすびを食べてるお子様を見かけたんですけど、これでもかと頬がパンッパンに膨らんでて。口の周り米粒でいっぱいで……はあああああああ」
「…………」
ちょっと距離を取る。
フリーはうっと口を押さえる。
「あんな……あんな可愛い。あんな可愛い、思いっきり、ううっ、頬張ってるのが、かわいい……」
フリー君の語彙力がえらいこっちゃ。
「えっと? つまり?」
「ご飯を頬張って口をもごもごさせてるニケが見たいんです」
きりっと鋭い目つきになったかと思うと、すぐにふにゃっと顔が崩れる。
「先輩はお祭りの時に見たって言うんですよ! お寿司頬張ってるニケを。ず、ずるい! 俺その時肩車してたのに! 悔しくて先輩を襲いかけましたよおおおんっ」
「おち、落ち着いて」
白衣に縋りついてくる百八十センチ。
「どうしたらニケの頬張りフェイスが見れると思いますか⁉」
「……っ」
引きつった顔をのけ反らせる。
人族はもっと知能が高かったはず、あ、いやいやそれよりフリー君の悩みだ。一緒に考えてあげなきゃ。
「ニケ君に直接言ったらいいんじゃないかい?」
「!」
それだ! と言いたげに瞳が輝いている。人族ってもっと知能が(略)。
「ありがとう! キミカゲさん」
「いいんだよ」
この子と話していると感情の上下が激しいけど、この笑顔が見れたからもうなんでもいいや。
「ご飯思いっきり頬張って~!」
目の前でぱんと両手を合わせて謎のお願いをしてくる白髪男。
魚を七輪で炙っているニケは団扇を動かす手を止める。
「またお前さんは。どこで頭ぶつけてきたんだ。早く翁に診てもらってこい」
団扇でフリーの顔を扇ぐ。きゅっと目を閉じたフリーの顔が面白い。
「いやあの実はですね」
説明を一応聞いたが、フリーはフリーだった。
「ああ? このままの僕の何が不満だ?」
「不満なんかないよ~。ただニケの栗鼠ほっぺが見たいよぉぉ」
おんおん泣く年上にニケの炎の瞳がどんどん冷めていく。
「見てどうしたいんだ?」
「え? 見たいんです」
フリーだもんな。深い理由なんかあるわけなかったな。
ニケはどうしたもんかと扇ぎながら天井を見る。
「あんまりやりたくはないな。祭りとか羽目外しているときはいいけど、家族との食事中はふざけたらめっちゃ叱られたから。僕も姉ちゃんも」
「ニケのお父さん。そんなに厳しかったの?」
「まあ、な」
でも怖いとは思わなかった。出かけた際知人などに会うと決まって嫁自慢をしていたから。それを毎回遠い目で聞いてあげている知人たちも、今思うと優しいヒトだったんだな。
焼けた魚を器に乗せ、んっとフリーに手渡す。
「この話は終わりだ。飯にするぞ」
「ああああああああん!」
おぎゃーと泣きながら皿を運ぶ背中を見てため息をついた。
夜。布団の上でニケはすうーっと息を吸い込む。
「むうっ」
ぷくーっと膨らんだ頬。両手で触ると空気が詰まってパンパンだ。
うむ。これならフリーも満足するはずだ。
もう一回やっとこ。
「ぷくーーう」
「ニケ。お待たせ……」
膨らませると同時に戸が開く。
静霊が布団の上で跳ねるとどっか行った。
フリーの顔から表情が抜け落ちる。
視界には布団にちょこんと座り、目を点にしてほっぺをぱんぱんにしたニケが……
隣の部屋から「ぎゅむーっ。おぎにゃあああ(翁)」と助けを求めるような可愛い悲鳴が聞こえたが、まあまあいつものことなので構わず明日の用意を続けた。
番外編 END
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