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第十一話・授業 終了
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「はい。口、胸、お尻と来て、最後は性器です」
「「「しぇいき?」」」「けーき?」「ペポラしゃま、またたまごぼうろ作って~」
子どもたちの集中力が切れてきたかも知れない。
ペポラに小突かれ前を向く。
キミカゲは人差し指を立てる。
「今言った場所は、見せても触らせてもいけません。自分だけの、大事な場所なんだよ」
大切なことなので、何度でも言おう。
フリーが手のひらで口を隠したのが面白かった。きちんと聞いている証である。
クリュは不思議そうに首を傾げる。
「何故です? 父上はたまに上半身裸でうろうろしてるです。いけないことなんです?」
先生はグッと親指を立てた。
「うん。万死に値する」
「……っ!」
オキンが口を全開にして振り返った。吹き出しそうになったペポラが顔を背ける。
もちろん冗談だが、知らないヒトの前や外でやっていたら話は別だ。
「今言った場所は見たり聞いたりすると、不快になるヒトがいるからね。この話はお外でしてはいけません。分からないことがあったら……」
親に聞きましょうね、と続けたいが、この子たちは親元を離れて暮らしている。
「……えーっと」
悩んだ末、キミカゲは甥っ子と自分を交互に指差す。
「分からないことがあれば、オキンか私に聞いてね? きちんと答えるから。先生との約束ね?」
「「「はーい」」」
子どもたちは元気よく手を挙げる。その向こうでオキンがそっと着物の前を閉めていて、ペポラとはまた違う古参の者が「んぐぐ……」っと笑いを堪えて震えていた。
「先生」
背筋を伸ばしたフリーがぴっと手を挙げる。お手本のようにきれいな挙手だ。
「はい。フリー君」
「納得いきません!」
教師生徒すべての目線が集まる。声量下げて。
なんとなく言いたいことを察せたキミカゲは、冷や汗を流す。
「えっと……。どこか、分からないところがあったかな?」
「なんでお尻触っちゃいけないんですか?」
執務室が静まり返る。まるで邸宅から誰もいなくなってしまった如く。
気にせずフリーはどんっと床を叩く。
「そんな……。そんなこと……! ぷにぷにに触れないなんて、もう生きていけない! いやだ。いやだぁ……」
うずくまったまま涙を流す青年にニケは半眼になる。どうしてくれるんだこの空気。
それでも一応、飼い主としてフォローしようとした。
「あ、あー……。こ、こやつは子どものほっぺや、ふわふわした耳に触るのが好きなだけでして……」
言ってから、「あれ? これただのやばい奴じゃね?」と冷静になる。
ニケは焦る。
「ち、違うんです! あの、こやつは……そ、そう! 無理やり触ったりするわけではなく」
でも前、暑さでバグった際に無理矢理触っていたような……
ニケは項垂れた。
「くそっ! 庇いきれないだと? なんだこやつ」
頑張ったで賞をあげたい幼子の背中を、同情するようにリーンが軽く叩く。
キミカゲは引きつりそうになる口元を手で無理矢理抑える。
「あ、うん。さっきも言ったように、家族でも例外ではありません。嫌だと感じたら、はっきり『嫌だ』と伝えましょう」
「かはっ」
フリー君が死にそう。やばい。どうしよう。合意の上なら良いけど、子どもたちには難しいかもしれないし、紛らわしいことを言ってごっちゃに覚えてもいけない。
青い角の子が手を挙げる。みんな挙手してから発言して、先生は嬉しいよ。
「きみかげさまー」
「なんだい?」
「おいしゃさまにみてもらうとき、きものぬいだりするときありますけど。あれはいいんですか?」
良い質問だ。
ここで安易に「いいよ」と言ってしまうと、医者のふりした変質者に見せてしまうかもしれない。
立っているのが疲れたキミカゲはその場で胡坐をかく。
「信頼できる大人はいるかな?」
「しんらい?」
「頼れるヒト」
角の子は一本ずつ指を曲げていく。
「えっと。オキンしゃまとペポラさま。~さまに、~さま。キミカゲさまと、あとホクトしゃま?」
自分の名前が入っていたことに感動するおじいちゃん。それとホクトも。日が浅いのに子どもたちの信頼を勝ち取っていてすごい。
「そうだね。自分で判断がつかないときは、今あげたヒトに聞いてみるのもいいかもね」
このヒトの前で脱いでいいの? と聞けば、オキン達ならきちんと応じてあげられるはずだ。あ、でも出来ればオキンに聞くのは控えてほしい。相手が変質者だった場合、高確率で抹殺される。
角の子はぱしんと鱗の尻尾で畳を叩く。
「わかりました」
「うん。分かってくれて嬉しいよ」
なにも一度ですべて理解して行動しろとは言わない。子どもは一度で理解できるなんて、思わない方が良い。何度も何度も、根気よく伝えていくのだ。
「最後になるけど、もし危険な目に合ったら。たとえそれが未遂でも。通報してね? 「未遂だったしいいかも……」とか甘えた考えは今ここで捨てるように。ある場所で一度起こると、近いうちに同じような場所で犯罪が起きると、白亜紀から決まっています」
これは子どもたちより大人(ペポラ)の方が真剣に聞いている。クリュが拳を作っているので、たぶん通報するより自分でぶっ飛ばそうと思っているのだろう。
キミカゲはにこっと微笑み、本を閉じる。
「はい。授業はお終いです。お疲れ様でした」
「「「ありがとうごじゃいましたー」」」
お辞儀する子どもたちの後ろで、リーンとニケが小さく拍手してくれる。照れるな……。
――それはそうと、撃沈したままのフリー君はどうしたらいいのかな?
授業が終わっても先生には課題(フリー)が残っていた。
子どもたちを部屋に帰し、残ったのはキミカゲとフリー、ニケ、リーン。ペポラもいるが仕事に戻ってしまい、クリュは父の仕事っぷりを見学するために残っている。
コヒュー、コヒュー、とかすれた呼吸音だけが聞こえるミイラのように干からびた身体を揺する。
「フリー君。気をしっかり持って」
(ほっぺに触ると寿命が延びるって、マジだったのかもしれない……)
呆れながらも、仰向けでくたばっているフリーの顔に、自分の頬を押し当てる。
むにっ。
「好きッ」
「むぎゅう」
一瞬で復活を遂げた元ミイラがニケをがばっと抱きしめる。
フリーの蘇生方法を熟知しておられる。
ずっと冷めた顔のリーンが白い背中を蹴ろうとして、キミカゲの目があるのでやめた。ぺしぺし叩く程度にしておく。
「おい。復活したんなら起きろ。仕事場で寝転ぶな。お前図体でかいのに」
「うええ……。だって、死刑宣告されたんだもん……」
ニケを抱いたまま起き上がる。ぼさった髪はキミカゲがせっせと直してくれた。
「ありがとうごじゃいまひゅ……」
「よしよし。あのね? 絶対に触れるなって意味じゃないんだよ? 合意の上ならなにも問題ないよ?」
「え? そうなの……?」
そうでないと子ども作れないからね。口、胸、お尻、性器(水着ゾーン。またはプライベートゾーン)に触れずに子作りしてください、と言われても「????」にしかならない。
それに触れ合いも、相手と絆を深め、気持ちよくなれる最高のものだ。親子なら親が子に「母さんたちのところにきてくれてありがとう」と感謝を伝え、「あなたには価値がある」と愛情を伝えることも出来る。子どもの自己肯定感を高める究極の授業である。
一時期、薬師をやめて寺子屋などで教師を本業にしようと思ったこともあるけど、やはりある程度実績がない人物でないと親御さんがお子さんを預けてくれないと思い、断念した。
懐かしい記憶を振り払い、疲労を滲ませた顔でキミカゲは頷く。
「相手に触れる前に、触れていいか聞いてね? フリー君なら、出来るよね?」
「……」
「目を逸らすな」
ぎゅっとニケに頬を押され、無理やり視線を合わせられる。
「くうっ。だって……魅力的なふわふわやほっぺが目の前に現れたら、理性を失ってしまうやもしれん!」
「修行が足りん」
フリーはしゅんと肩を落とす。
「……善処します」
「お前。本当にニケさんがいないと生きていけないよな」
「いやあ」
褒めてないわ、と白い肩をはたく。
「……ふふっ」
垂れてきた髪を耳にかける。
もっと若い子たちとこの時間を堪能していたいのに、時間が来た。体力切れである。
ニケがふと気づく。
「翁? なんか、汗が……。汗かいてますよ?」
赤い瞳がじっとこちらを見てくる。大きくて、可愛いなぁ。
心配ない、と笑おうとして出来なかった。おじいちゃんの細い身体が、畳の上に倒れる。
「「「しぇいき?」」」「けーき?」「ペポラしゃま、またたまごぼうろ作って~」
子どもたちの集中力が切れてきたかも知れない。
ペポラに小突かれ前を向く。
キミカゲは人差し指を立てる。
「今言った場所は、見せても触らせてもいけません。自分だけの、大事な場所なんだよ」
大切なことなので、何度でも言おう。
フリーが手のひらで口を隠したのが面白かった。きちんと聞いている証である。
クリュは不思議そうに首を傾げる。
「何故です? 父上はたまに上半身裸でうろうろしてるです。いけないことなんです?」
先生はグッと親指を立てた。
「うん。万死に値する」
「……っ!」
オキンが口を全開にして振り返った。吹き出しそうになったペポラが顔を背ける。
もちろん冗談だが、知らないヒトの前や外でやっていたら話は別だ。
「今言った場所は見たり聞いたりすると、不快になるヒトがいるからね。この話はお外でしてはいけません。分からないことがあったら……」
親に聞きましょうね、と続けたいが、この子たちは親元を離れて暮らしている。
「……えーっと」
悩んだ末、キミカゲは甥っ子と自分を交互に指差す。
「分からないことがあれば、オキンか私に聞いてね? きちんと答えるから。先生との約束ね?」
「「「はーい」」」
子どもたちは元気よく手を挙げる。その向こうでオキンがそっと着物の前を閉めていて、ペポラとはまた違う古参の者が「んぐぐ……」っと笑いを堪えて震えていた。
「先生」
背筋を伸ばしたフリーがぴっと手を挙げる。お手本のようにきれいな挙手だ。
「はい。フリー君」
「納得いきません!」
教師生徒すべての目線が集まる。声量下げて。
なんとなく言いたいことを察せたキミカゲは、冷や汗を流す。
「えっと……。どこか、分からないところがあったかな?」
「なんでお尻触っちゃいけないんですか?」
執務室が静まり返る。まるで邸宅から誰もいなくなってしまった如く。
気にせずフリーはどんっと床を叩く。
「そんな……。そんなこと……! ぷにぷにに触れないなんて、もう生きていけない! いやだ。いやだぁ……」
うずくまったまま涙を流す青年にニケは半眼になる。どうしてくれるんだこの空気。
それでも一応、飼い主としてフォローしようとした。
「あ、あー……。こ、こやつは子どものほっぺや、ふわふわした耳に触るのが好きなだけでして……」
言ってから、「あれ? これただのやばい奴じゃね?」と冷静になる。
ニケは焦る。
「ち、違うんです! あの、こやつは……そ、そう! 無理やり触ったりするわけではなく」
でも前、暑さでバグった際に無理矢理触っていたような……
ニケは項垂れた。
「くそっ! 庇いきれないだと? なんだこやつ」
頑張ったで賞をあげたい幼子の背中を、同情するようにリーンが軽く叩く。
キミカゲは引きつりそうになる口元を手で無理矢理抑える。
「あ、うん。さっきも言ったように、家族でも例外ではありません。嫌だと感じたら、はっきり『嫌だ』と伝えましょう」
「かはっ」
フリー君が死にそう。やばい。どうしよう。合意の上なら良いけど、子どもたちには難しいかもしれないし、紛らわしいことを言ってごっちゃに覚えてもいけない。
青い角の子が手を挙げる。みんな挙手してから発言して、先生は嬉しいよ。
「きみかげさまー」
「なんだい?」
「おいしゃさまにみてもらうとき、きものぬいだりするときありますけど。あれはいいんですか?」
良い質問だ。
ここで安易に「いいよ」と言ってしまうと、医者のふりした変質者に見せてしまうかもしれない。
立っているのが疲れたキミカゲはその場で胡坐をかく。
「信頼できる大人はいるかな?」
「しんらい?」
「頼れるヒト」
角の子は一本ずつ指を曲げていく。
「えっと。オキンしゃまとペポラさま。~さまに、~さま。キミカゲさまと、あとホクトしゃま?」
自分の名前が入っていたことに感動するおじいちゃん。それとホクトも。日が浅いのに子どもたちの信頼を勝ち取っていてすごい。
「そうだね。自分で判断がつかないときは、今あげたヒトに聞いてみるのもいいかもね」
このヒトの前で脱いでいいの? と聞けば、オキン達ならきちんと応じてあげられるはずだ。あ、でも出来ればオキンに聞くのは控えてほしい。相手が変質者だった場合、高確率で抹殺される。
角の子はぱしんと鱗の尻尾で畳を叩く。
「わかりました」
「うん。分かってくれて嬉しいよ」
なにも一度ですべて理解して行動しろとは言わない。子どもは一度で理解できるなんて、思わない方が良い。何度も何度も、根気よく伝えていくのだ。
「最後になるけど、もし危険な目に合ったら。たとえそれが未遂でも。通報してね? 「未遂だったしいいかも……」とか甘えた考えは今ここで捨てるように。ある場所で一度起こると、近いうちに同じような場所で犯罪が起きると、白亜紀から決まっています」
これは子どもたちより大人(ペポラ)の方が真剣に聞いている。クリュが拳を作っているので、たぶん通報するより自分でぶっ飛ばそうと思っているのだろう。
キミカゲはにこっと微笑み、本を閉じる。
「はい。授業はお終いです。お疲れ様でした」
「「「ありがとうごじゃいましたー」」」
お辞儀する子どもたちの後ろで、リーンとニケが小さく拍手してくれる。照れるな……。
――それはそうと、撃沈したままのフリー君はどうしたらいいのかな?
授業が終わっても先生には課題(フリー)が残っていた。
子どもたちを部屋に帰し、残ったのはキミカゲとフリー、ニケ、リーン。ペポラもいるが仕事に戻ってしまい、クリュは父の仕事っぷりを見学するために残っている。
コヒュー、コヒュー、とかすれた呼吸音だけが聞こえるミイラのように干からびた身体を揺する。
「フリー君。気をしっかり持って」
(ほっぺに触ると寿命が延びるって、マジだったのかもしれない……)
呆れながらも、仰向けでくたばっているフリーの顔に、自分の頬を押し当てる。
むにっ。
「好きッ」
「むぎゅう」
一瞬で復活を遂げた元ミイラがニケをがばっと抱きしめる。
フリーの蘇生方法を熟知しておられる。
ずっと冷めた顔のリーンが白い背中を蹴ろうとして、キミカゲの目があるのでやめた。ぺしぺし叩く程度にしておく。
「おい。復活したんなら起きろ。仕事場で寝転ぶな。お前図体でかいのに」
「うええ……。だって、死刑宣告されたんだもん……」
ニケを抱いたまま起き上がる。ぼさった髪はキミカゲがせっせと直してくれた。
「ありがとうごじゃいまひゅ……」
「よしよし。あのね? 絶対に触れるなって意味じゃないんだよ? 合意の上ならなにも問題ないよ?」
「え? そうなの……?」
そうでないと子ども作れないからね。口、胸、お尻、性器(水着ゾーン。またはプライベートゾーン)に触れずに子作りしてください、と言われても「????」にしかならない。
それに触れ合いも、相手と絆を深め、気持ちよくなれる最高のものだ。親子なら親が子に「母さんたちのところにきてくれてありがとう」と感謝を伝え、「あなたには価値がある」と愛情を伝えることも出来る。子どもの自己肯定感を高める究極の授業である。
一時期、薬師をやめて寺子屋などで教師を本業にしようと思ったこともあるけど、やはりある程度実績がない人物でないと親御さんがお子さんを預けてくれないと思い、断念した。
懐かしい記憶を振り払い、疲労を滲ませた顔でキミカゲは頷く。
「相手に触れる前に、触れていいか聞いてね? フリー君なら、出来るよね?」
「……」
「目を逸らすな」
ぎゅっとニケに頬を押され、無理やり視線を合わせられる。
「くうっ。だって……魅力的なふわふわやほっぺが目の前に現れたら、理性を失ってしまうやもしれん!」
「修行が足りん」
フリーはしゅんと肩を落とす。
「……善処します」
「お前。本当にニケさんがいないと生きていけないよな」
「いやあ」
褒めてないわ、と白い肩をはたく。
「……ふふっ」
垂れてきた髪を耳にかける。
もっと若い子たちとこの時間を堪能していたいのに、時間が来た。体力切れである。
ニケがふと気づく。
「翁? なんか、汗が……。汗かいてますよ?」
赤い瞳がじっとこちらを見てくる。大きくて、可愛いなぁ。
心配ない、と笑おうとして出来なかった。おじいちゃんの細い身体が、畳の上に倒れる。
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