ニケの宿

水無月

文字の大きさ
上 下
178 / 260

第四話・自宅に露天風呂

しおりを挟む
 もたもたと、リーンはやっと脱ぎ始めた。

「先に入ってていいぜ?」
「なんで?」
「心底不思議そうに言うな。前も言ったが脱いでいるところを見るな! 何が楽しいんだ本当に。お前だって嫌なことされたら嫌だろ?」

 ぷんぷん怒る先輩に真顔で返す。

「遅刻はいいんですか?」

 俯き、リーンはグッと拳を握る。

「よし分かった。……殴ってくれ」
「冗談ですよ。でも、ニケもキミカゲさんも心配してましたよ」
「あとで叱られてくる」

 結局二人そろって風呂場に入り、桶で身体を流す。

「自宅に大浴場があるってすげーよな。しかもお湯が滝みたいにずっと流れっぱなしだし。ここって火山地帯だっけ?」
「背中流しましょうか?」
「お前が背後にいると落ち着かないからいい」

 雨音を聞きながら身体を洗い、湯に浸かる。簡単な屋根と目隠しの囲いがあるだけでほぼ外なので風が心地いい。風で湯気が水面を転がるように散っていく。

「な、なあ。ちょっといいか? 変なこと聞くけど」

 ばしゃばしゃと湯を蹴って、幸せそうに顎まで浸かっている後輩に近づく。

「ぶっ! ちょ」

 そのせいで頭から湯を被ったフリーは手のひらで顔を拭う。

「んも~。なんですか?」
「……えっと……」

 言いづらいことなのか目が泳いでいる。
 黙って言葉を待っていると、リーンは何を思ったのかすぐ隣に腰を下ろした。肩が触れそうな距離だ。ほくろのあるうなじと濡れた肩が眩しい。瞬時にリーンへ伸びかけた右手を、理性(左手)がサメのように食らいついて阻止する。
 そんな水(湯)中の攻防に気づかず、リーンは手のひらを見つめる。

「あのよ。ニケさんに月花……ユメミソウの方が伝わるか? ユメミソウのにおいに似ているって言われたんだけど、お前は?」
「ん?」
「お、お前は俺の……体臭? くさいと思うか?」

 フリーは目をすがめる。

「なにか、失礼なこと言われたんですか? 呼びましょうか? 呼雷針」
「呼ぶな呼ぶな。そうじゃなくて……。俺も知らなかったんだけど、種族によって星影の体臭って、与える影響が違うようだから。お前はどうだ? 頭痛くなったりとか、気分悪くなったりとか、ないか?」
「ないですね」

 即答され、リーンの顔が引きつる。

「先輩が側にいて、嫌な気分になったことないです」
「えー。うー。あー……そう、か?」
「はい」

 笑顔で頷き、話は終わったと思ったのかざぱぁと湯から立ち上がる。

「じゃ、俺は先に出てますんで」

 ギョッとして後輩の左腕を掴む。

「おおおいっ? 終わってねえよ? 話」
「? そうですか?」

 あんまり湯に浸かっているとのぼせそうになるのだが、自分を見てくる先輩の上目遣いにやられて再び腰を下ろす。

(くそっ。上目ってなんでこんな魅力的に感じるんだろう。あらがえない!)

 頭を抱えているが後輩の奇行はいつものことなので無視する。

「それで、悩んだんだけどよ。俺、洗濯屋やめて本格的に光輪を探そうと思って」

 フリーは両手を湯に沈める。

「それって、オキンさんの下につくってことですか? あんなに嫌がってたのに」
「まあな。背に腹は代えられないし。それで、その……」
「じゃあ、競争ですね」
「え?」

 見開かれた目がこちらを見る。

「俺も光輪探しますんで、どっちが早く見つけるか。競争ってことで」
「……ああ」

 望んでいた言葉だったのか、リーンは嬉しそうなホッとしたような顔を見せてくれた。こういう表情は素直に可愛いと思う。
 フリーは良い笑顔で親指を立てる。

「俺が先に光輪を見つけたら」
「なんだよ? 褒美でも欲しいってか?」

 茶化すように笑うリーンに、フリーは急に真顔になった。

「俺が先に見つけたら、光輪叩き割りますんで」

 静寂の精霊が湯の温度を確かめるとどっか行った。

「なんでだよ! あれ? おまっ、俺の味方じゃなかったんか?」

 勢いよく立ち上がるリーンに白けた目を向ける。

「だって光輪発見したら帰るんでしょ? ふざけんなマジで」
「いや! おま、お前がふざけんな!」

 いかん。ニケさんが危惧した通りになってる。フリーの両肩を掴んで揺さぶる。

「光輪見つけたら俺に渡せよ? 壊すとか、余計なこと考えるな。いいな?」
「俺の全力を持って破壊します。先輩がいなくなるとか嫌すぎる」
「身体の一部を壊されるとか、俺も嫌なんだが⁉」

 しばらくフリーのほっぺを伸ばしたりぎゃあぎゃあ騒いでいたが、のぼせてきたので二人揃って湯から上がる。

「「……」」

 脱衣所で身体を拭う。身体を拭く用の布が一人何枚でも使用可能と、丁寧に張り紙がしてある。なんて贅沢なんだ。でも欲張らずに無駄遣いは避ける。
 布一枚で身体も髪も豪快に拭いているリーンが、むすっとした顔で見上げてくる。

「なあ。お前本当に頼むって。光輪って再生不可能なんだよ。骨や歯よりも頑丈だけどさすがにお前の雷には耐えられないぞ」

 言いながら眉が下がり八の字になってくる。先輩の困り顔って、いいな。もうちょっと虐めたら泣くだろうか?
 先輩の泣き顔はものすごく見たかったが自重した。

「しょうがないですね。我慢します。先輩を傷つけたいわけではないので」

 ぱあっと明るくなったリーンにさわやかな笑みを見せる。

「おおっ。そうか!」
「見つけたらくすりばこの木の下にでも埋めておきますね」
「お前。俺のこと嫌いだろ?」
「好きか嫌いかで言えば、大好きですね」

 なんやこいつと思いながら、湯上りの身体を浴衣で包む。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった

根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

処理中です...