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第五十一話・俺ですって!
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「ううっ。尋常じゃなく寂しかったよ。もうどこにも行かないでね? 誰? この子たちに首都なんて勧めたの」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられるニケと、うま味がありさっぱりしたお茶をすするフリー。やっぱりキミカゲの淹れてくれるお茶は美味しいなと息を吐き、かわいそうなので「アンタだよ」というツッコミは控えることにした。
本日の営業が終了した午後。くすりばこの掃除開始。
の予定だったがニケは眠気に勝てず、フリーの背中ですやすや涎を垂らす。なので、清掃はニケをおんぶ紐で背負ったフリーとおじいちゃんで頑張った。
フリーがたまに「うっ、可愛い寝言が聞こえた」や「掃除している暇があったらニケの寝顔を見たい」と発作を起こすので少々時間がかかったが。
無事に終えることが出来た。
「きれいになったよ。ありがとう」
にこにこ笑顔のキミカゲを見て、眼鏡が前と違うなと感じる。
「いえ。そんな」
「いい子だね~」
掃除が終わると今度はフリーを抱きしめようとしたが、フリーはさっとキミカゲを避ける。
「……」
口を三角形にしたキミカゲが呆然と見てくるが、空気も読まず察しもしないフリーは気にせずゴミを出しに行く。
ゴミ捨て場で近所の方が、
「あら。しばらく見なかったね」「旅行? お土産は?」「よかったわ。キミカゲ様が可哀そうで可哀そうで」「ちゃんとご飯食べた?」
と声をかけてくれる。この街の一員に慣れた気がして嬉しかった。いい気分になったフリーは先輩の顔が見たくなり、ちょっと足を伸ばす。
(もう仕事は終わった時間だろうけど、先輩はまだ仕事場かな? それとも家?)
仕事場とリーンの家の中間あたりで一分ほど迷ったが、ディドールのところへ行くことにした。運が良ければリーンとディドールのふたりに会える。
「ふんふ~ん」
ご機嫌に鼻歌を奏で、背中にニケをくっつけたままディドールの花屋敷の戸を叩く。
ガラッ。
「お?」
叩いた瞬間戸が開き、ふんだんに花で飾られた女性が顔を出す。夏の間、緑色だった着物が落ち着いた土色に変わっている。着物に引き立てられ淡く揺れる白と薄桃色のコスモスに秋の訪れを感じていると、洗福(あらふく)の主人は琥珀色の瞳を見開いた。
「あら。フリーちゃん。帰ってたの? おかえり」
「さっき帰ってきました。ただいまです」
ディドールはひっくり返した空の植木鉢に乗ると、白い頭をよしよしと撫でる。目線が同じくらいになったおかげで、彼女の耳で揺れる黄色い欠片の飾りが見えた。
「おー。また一緒に仕事できるね。仕事出来そうだなと思ったら、いつでもおいでよ?」
「はい。ありがとうございます」
万が一、ディドールが植木鉢から落ちないよう両腕をスタンバイさせておく。
「えいえい」
「……」
「えいえいえいっ」
一通り撫でまわして満足したのか、ディドールは植木鉢の上に立ったままフリーの顔を覗き込む。
花瞳が間近に迫り、フリーはぐっとのけ反る。
「あの?」
「ねえ、フリーちゃん。今日帰ってきたのよね?」
「はい」
ディドールは植木鉢から下りると、人差し指を顎に当てる。
「あの子……リーンには会った?」
「先輩ですか? いえ」
白い髪を横に振ると、ディドールは顔を曇らせた。
「なにか、あったんですか?」
「んー……? 気のせいだと思うんだけど最近あの子、元気ないのよ」
「風邪……ですかね?」
ディドールはからからと笑い手を振るも、
「あの子は風邪引かないと思うわ」
でもすぐに眉が八の字になってしまう。
「どこか暗いっていうか。あたしと話している時は笑顔なんだけど、その笑顔が無理して作っている感じがするのよねー……。仕事中ずっとうつむいている時があるし。仕事終わるとサッと帰っちゃうのよ。以前は少しでもここ(花屋敷)に長居しようとするかわいい子だったのに」
「先輩……?」
先輩はいつでも可愛いですよと思いながら、いつも元気な彼の姿を思い出す。ニケとイヤレスのことで揉めた時以来、会ってはいない。
「あの、俺先輩の家に行って話聞いてきます。どのみち、挨拶に行く予定でしたし」
ディドールは悲しそうな笑みを見せた。
「お願いできる? あたしが聞いてもあの子強がって「なんでもないです」しか言わないのよね」
「……そう、ですか」
リーンがディドールを悲しませるなんて。世界よりディドールを大事にしていそうな彼が。よほど調子が悪いのかもしれない。
ぐっとフリーは拳を握る。
「俺、先輩にはいっぱい助けてもらったんです。今度は俺が、何ができるかは分かりませんけど」
言ってから、そうではないと首を振る。何が出来るかなんて考えるな。彼が困っているなら、手を伸ばし続けろ。
フリーは額に手を当て、敬礼する。
「行ってきます」
目を見開いた彼女は、ふふっと微笑んだ。
「はい。行ってらっしゃい」
花のような笑顔に見送られフリーは走る。リーンの家に近づいたあたりで、背後から声がした。
「おい」
「! ニケ。起こしちゃった?」
道の端で止まると、おんぶ紐を解く。解放されたニケはスタッと地面に、下りなかった。
「あれ?」
背中に掴まったままニケは言う。
「どこ行くんだ? 翁が心配するぞ? お前さん並みに心配性なんだから」
「えっと」
リーンのことを話すとしっかり者の幼子はふうと息を吐く。
「またヒトの心配か? 星影は弱くはない種族だぞ? ……まあいい。どうせお前さんは誰かの心配をし続けるんだろう。お前さん行ってこい。翁には僕が説明しておく」
「あ」
たたーっと走って行く可愛い背中に礼を言い、フリーは紅葉街のスラム近くへと向かう。
三種の治安維持神器が揃っているおかげか、首都の十二区と比べれば笑ってしまうような穏やかで乾いた空気だ。危険なことには変わりないが汚物の垂れ流しや、死体が転がっているなんてことはない。
(えっと。先輩の家は……っと)
入り組んでいるせいで何度か道を間違う。散々遠回りしてなんとか見覚えのある家にたどり着いた。
「っしゃあ! 着いた。先輩いるかな~?」
しばらく顔を見てないからすごく会いたかったのだ。わくわくしながら戸に手をかけ、少し開けたところで声をかけていないことを思い出す。いけない、いけない。急に開けたらびっくりしちゃうな。
咳払いし、軽く戸を叩いて名乗る。
「せんぱーい。俺です。フリーです。帰ってきました~」
「……!」
「えへへっ、先輩に会いたかったんですよ。俺、ニケほっぺが大好きですけど先輩のほっぺも触りたいなって思って、ひぇっへっへっ。先輩の肌、きれいですからね~うぇっへっへっ」
だんだん危険な笑顔になりながらも戸を叩き続ける。通行人がわざわざ距離を開けて通り過ぎていく。
「……」
「せんぱいー? 俺ですよ俺。フリーでーす。……ねえ、いるんでしょう? 返事してくださいよ。俺、先輩の顔を早く見たいんですから!」
どんどんどん。
戸を叩く力が強まっていく。それと、中から怯えるような気配が伝わってくる。リーンが怖がっている? 大変だ! やはり何か事情があったんだ。すぐに近くに行ってあげなきゃ!
「先輩っ。なんで無視するんですか? 俺ですって! なにか怖い思いをしているんですか? それなら俺に相談してください今すぐ。えへっへ。ほら! 先輩、早く!」
どんどんどんどんっ。
隣の家のヒトが「うるせえなぁ」と顔を出したがガンギマリフリーと目が合うと、無言で引っ込んでいく。包丁を持ったヒトと夜道で遭遇した顔色だった。
「……っ」
「開けてくださーい。しばらく離れていたから、俺もう我慢できなくて。先輩のあのさらさらの肌に触れたくて。はあはあはあ! 先輩を視界に入れないと気がおかしくなりそうではあはああははあああははっ」
周辺の家々から雨戸や鍵を閉める音が次々聞こえる。
戸を外しそうな勢いで揺らしていると、パンッと尻を叩かれた。
「誰……っ? あ、ニケ」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられるニケと、うま味がありさっぱりしたお茶をすするフリー。やっぱりキミカゲの淹れてくれるお茶は美味しいなと息を吐き、かわいそうなので「アンタだよ」というツッコミは控えることにした。
本日の営業が終了した午後。くすりばこの掃除開始。
の予定だったがニケは眠気に勝てず、フリーの背中ですやすや涎を垂らす。なので、清掃はニケをおんぶ紐で背負ったフリーとおじいちゃんで頑張った。
フリーがたまに「うっ、可愛い寝言が聞こえた」や「掃除している暇があったらニケの寝顔を見たい」と発作を起こすので少々時間がかかったが。
無事に終えることが出来た。
「きれいになったよ。ありがとう」
にこにこ笑顔のキミカゲを見て、眼鏡が前と違うなと感じる。
「いえ。そんな」
「いい子だね~」
掃除が終わると今度はフリーを抱きしめようとしたが、フリーはさっとキミカゲを避ける。
「……」
口を三角形にしたキミカゲが呆然と見てくるが、空気も読まず察しもしないフリーは気にせずゴミを出しに行く。
ゴミ捨て場で近所の方が、
「あら。しばらく見なかったね」「旅行? お土産は?」「よかったわ。キミカゲ様が可哀そうで可哀そうで」「ちゃんとご飯食べた?」
と声をかけてくれる。この街の一員に慣れた気がして嬉しかった。いい気分になったフリーは先輩の顔が見たくなり、ちょっと足を伸ばす。
(もう仕事は終わった時間だろうけど、先輩はまだ仕事場かな? それとも家?)
仕事場とリーンの家の中間あたりで一分ほど迷ったが、ディドールのところへ行くことにした。運が良ければリーンとディドールのふたりに会える。
「ふんふ~ん」
ご機嫌に鼻歌を奏で、背中にニケをくっつけたままディドールの花屋敷の戸を叩く。
ガラッ。
「お?」
叩いた瞬間戸が開き、ふんだんに花で飾られた女性が顔を出す。夏の間、緑色だった着物が落ち着いた土色に変わっている。着物に引き立てられ淡く揺れる白と薄桃色のコスモスに秋の訪れを感じていると、洗福(あらふく)の主人は琥珀色の瞳を見開いた。
「あら。フリーちゃん。帰ってたの? おかえり」
「さっき帰ってきました。ただいまです」
ディドールはひっくり返した空の植木鉢に乗ると、白い頭をよしよしと撫でる。目線が同じくらいになったおかげで、彼女の耳で揺れる黄色い欠片の飾りが見えた。
「おー。また一緒に仕事できるね。仕事出来そうだなと思ったら、いつでもおいでよ?」
「はい。ありがとうございます」
万が一、ディドールが植木鉢から落ちないよう両腕をスタンバイさせておく。
「えいえい」
「……」
「えいえいえいっ」
一通り撫でまわして満足したのか、ディドールは植木鉢の上に立ったままフリーの顔を覗き込む。
花瞳が間近に迫り、フリーはぐっとのけ反る。
「あの?」
「ねえ、フリーちゃん。今日帰ってきたのよね?」
「はい」
ディドールは植木鉢から下りると、人差し指を顎に当てる。
「あの子……リーンには会った?」
「先輩ですか? いえ」
白い髪を横に振ると、ディドールは顔を曇らせた。
「なにか、あったんですか?」
「んー……? 気のせいだと思うんだけど最近あの子、元気ないのよ」
「風邪……ですかね?」
ディドールはからからと笑い手を振るも、
「あの子は風邪引かないと思うわ」
でもすぐに眉が八の字になってしまう。
「どこか暗いっていうか。あたしと話している時は笑顔なんだけど、その笑顔が無理して作っている感じがするのよねー……。仕事中ずっとうつむいている時があるし。仕事終わるとサッと帰っちゃうのよ。以前は少しでもここ(花屋敷)に長居しようとするかわいい子だったのに」
「先輩……?」
先輩はいつでも可愛いですよと思いながら、いつも元気な彼の姿を思い出す。ニケとイヤレスのことで揉めた時以来、会ってはいない。
「あの、俺先輩の家に行って話聞いてきます。どのみち、挨拶に行く予定でしたし」
ディドールは悲しそうな笑みを見せた。
「お願いできる? あたしが聞いてもあの子強がって「なんでもないです」しか言わないのよね」
「……そう、ですか」
リーンがディドールを悲しませるなんて。世界よりディドールを大事にしていそうな彼が。よほど調子が悪いのかもしれない。
ぐっとフリーは拳を握る。
「俺、先輩にはいっぱい助けてもらったんです。今度は俺が、何ができるかは分かりませんけど」
言ってから、そうではないと首を振る。何が出来るかなんて考えるな。彼が困っているなら、手を伸ばし続けろ。
フリーは額に手を当て、敬礼する。
「行ってきます」
目を見開いた彼女は、ふふっと微笑んだ。
「はい。行ってらっしゃい」
花のような笑顔に見送られフリーは走る。リーンの家に近づいたあたりで、背後から声がした。
「おい」
「! ニケ。起こしちゃった?」
道の端で止まると、おんぶ紐を解く。解放されたニケはスタッと地面に、下りなかった。
「あれ?」
背中に掴まったままニケは言う。
「どこ行くんだ? 翁が心配するぞ? お前さん並みに心配性なんだから」
「えっと」
リーンのことを話すとしっかり者の幼子はふうと息を吐く。
「またヒトの心配か? 星影は弱くはない種族だぞ? ……まあいい。どうせお前さんは誰かの心配をし続けるんだろう。お前さん行ってこい。翁には僕が説明しておく」
「あ」
たたーっと走って行く可愛い背中に礼を言い、フリーは紅葉街のスラム近くへと向かう。
三種の治安維持神器が揃っているおかげか、首都の十二区と比べれば笑ってしまうような穏やかで乾いた空気だ。危険なことには変わりないが汚物の垂れ流しや、死体が転がっているなんてことはない。
(えっと。先輩の家は……っと)
入り組んでいるせいで何度か道を間違う。散々遠回りしてなんとか見覚えのある家にたどり着いた。
「っしゃあ! 着いた。先輩いるかな~?」
しばらく顔を見てないからすごく会いたかったのだ。わくわくしながら戸に手をかけ、少し開けたところで声をかけていないことを思い出す。いけない、いけない。急に開けたらびっくりしちゃうな。
咳払いし、軽く戸を叩いて名乗る。
「せんぱーい。俺です。フリーです。帰ってきました~」
「……!」
「えへへっ、先輩に会いたかったんですよ。俺、ニケほっぺが大好きですけど先輩のほっぺも触りたいなって思って、ひぇっへっへっ。先輩の肌、きれいですからね~うぇっへっへっ」
だんだん危険な笑顔になりながらも戸を叩き続ける。通行人がわざわざ距離を開けて通り過ぎていく。
「……」
「せんぱいー? 俺ですよ俺。フリーでーす。……ねえ、いるんでしょう? 返事してくださいよ。俺、先輩の顔を早く見たいんですから!」
どんどんどん。
戸を叩く力が強まっていく。それと、中から怯えるような気配が伝わってくる。リーンが怖がっている? 大変だ! やはり何か事情があったんだ。すぐに近くに行ってあげなきゃ!
「先輩っ。なんで無視するんですか? 俺ですって! なにか怖い思いをしているんですか? それなら俺に相談してください今すぐ。えへっへ。ほら! 先輩、早く!」
どんどんどんどんっ。
隣の家のヒトが「うるせえなぁ」と顔を出したがガンギマリフリーと目が合うと、無言で引っ込んでいく。包丁を持ったヒトと夜道で遭遇した顔色だった。
「……っ」
「開けてくださーい。しばらく離れていたから、俺もう我慢できなくて。先輩のあのさらさらの肌に触れたくて。はあはあはあ! 先輩を視界に入れないと気がおかしくなりそうではあはああははあああははっ」
周辺の家々から雨戸や鍵を閉める音が次々聞こえる。
戸を外しそうな勢いで揺らしていると、パンッと尻を叩かれた。
「誰……っ? あ、ニケ」
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