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第四十四話・恩返し(飯)
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「いやなんで燭台持ってきてんのっ?」
「暗いでしょう」
「君、黒いから蝋燭の火だけが移動してるように見えるの! びっくりしたでしょ。あっ!そういや使天(神使の身の回りの世話をする者)たちがたまに話している「深夜に出没する火の玉」! あれ君のせいだろ」
「申し訳、ございません」
かなり早足なのにぴったりくっついてくるワイズハート。あーもー。次は「高速移動する火の玉」話で持ちきりになる気がする。使天(してん)たちになんて言えばいいの。
寝室に突入し、衣桁(いこう)にかけてある布を取っ払い、普段着の緑っぽい青の着物を手に取る。
「主?」
寝衣なら衣装葛籠に、と言いかけ、彼はどこかに出かけようとしているのだと悟る。
燭台を置いて駆け寄る。
「主。こんな時間に外出など、いけません」
言っても無駄なんだろうなと思いつつも仕事なので一応言う。
アキチカは両手を広げる。
「早くそれに着替えさせて」
それは使天の役目だが、ワイズハートも着物を着せるくらいはできる。
幼い頃は着物くらい一人で着ることができたが、神使になってからは全て使天がやってくれるのでアキチカは着物の着方をとっくに忘れていた。
両手を広げて待機している主にこっそりため息をつき、神衣を脱がせ普段着を着せていく。
最後に、角に紫の組紐を括り付け完了。使天はこのとき踏み台を使っているのだがワイズハートには必要ない。
「はい。終わりました」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと出かけてくるから」
先回りして出入り口の前に立ち、行く手を阻む。
「……どちらへ?」
「連行されたっていうキミカゲさんを見てくる!」
言うと思った。
「主。そんな、キラキラした笑顔で言うものでは……」
「指差して笑ってくる!」
これでもかと笑ってやると顔に書いてある。日頃の鬱憤晴らしにゲッラゲラ笑うであろう主が容易に想像できる。彼の薬には助けられたことがあると思うのだが。好かれる人には好かれるが、相性が悪いと本当に愛されないなあの薬師。
「……やめときましょうよ」
「なにその疲れたような声は。行くったら行く! このネタで三十年くらいは笑ってやる」
教育を間違えたかなと、天井を見上げ故郷を想う。
「どいてどいて!」
鹿キックを喰らいそうになり反射的に身を捩って避ける。その隙をついて主は廊下をすっ飛んで行く。あれで走っていないのだから驚きだ。薬師と追いかけっこをしているせいか主の(逃げ)足がどんどん速くなる。
「……ああ」
蝋燭の火を消すと、のろのろと追いかけた。
宿・春夏秋冬。一番格式高い部屋の机にずらっと料理が並ぶ。
白米だけで炊かれたご飯に香の物(漬物)。夏野菜をふんだんに使った汁物。ニケの膳には向日葵豚(ひまわりぶた)の暑さ十センチはあるステーキが湯気を立て、体力がつく空芋の煮物と回復を促す太刀椿(たちつばき)の実を使った茶碗蒸しがフリーの膳に。
なんだこの良い香りは、と鼻をくっつけそうになっているニケの対面で、涎を垂らしながらフリーは目を輝かせる。
「うわあ……いい香り。これ本当にお金はいらないんですか?」
ストロベリーキャンドルこと、あだ名ベリ子さんはにっこりと頷く。
「ええ。もちろんですわ」
ニケの祖父、アビゲイルに迷惑をかけるだけかけて、謝罪することも出来ずに年月だけが過ぎてしまった。心に錘(後悔)を残したまま死ぬのだと悔いていたらその孫が来てくれたのだ。これ以上の喜びはない。アビゲイルに出来なかった謝罪と感謝をニドルケにぶつけまくろう――ではなくて、返そう。
「食後に甘いものもお持ちしますので、どうぞごゆっくり」
満開笑顔で去って行くおばば様に「甘いものはいらないです」と言えなかった。
「嬉しそうだね~。ベリ子さん。寿命延びた顔してるね」
「寿命ってそう簡単に延びるものなのか? お前さん。体調はもういいのか?」
箸を取って手を合わせる。
「寝たら治ったみたい。ていうか、眠かっただけだよ。いただきまーす」
「それならいいんだ。いただきます」
会話もそこそこに二人同時に茶碗を掴むと豪快に食べ始める。すごくお腹が空いているのだ。朝食を食べていなかったせいだろう。朝早く家を出て宿で眠って、今は真っ昼間だ。
立ちふさがるように並べられた料理の数々も、食べ盛り男子が相手ではわずかな足止めしか出来ない。吸い込まれるように皿が空になっていく。
あらかた料理を平らげたところで、山のようにそびえるステーキに取り掛かる。存在感がすごい。熱々の鉄板に乗せられたそれは、いまだジュウジュウと音を立てている。
これは到底箸では掴めない。一口サイズに切ることも無理だ。正直素手でかぶりつきたいが、フリーの教育に良くない。
――くっ。どうすれば。
何かないかと机の上を見ると、小さな刃物が置いてあった。のこぎりのようなギザギザがついた小刀(ナイフ)。これだ! と掴み、肉の塊へ突き刺す。
「むっ」
切れ目から流れる肉汁。これだけの厚みがあるのに、中までしっかりと火が通っている。もう我慢できない。口に入る大きさに切り、ろくに冷まさずに箸で口内へ運ぶ。
「……あふっ、熱っ、おいしい!」
ぴんと耳が立つ。
な、なんだこの美味い肉は。肉が、甘いっ! しっかりしているかと思いきや、噛むたびに舌の上で溶けていく。暴力的なまでに広がる肉の味。ふりかけられた香辛料が脂身を引き締め肉の臭みを消し、甘さを引き立てる。
(おいちい)
もむもむと口を動かす。弾ける肉汁。永遠に咀嚼していたいが、次を早く口に入れろと脳がせっつく。
二口、三口と口に入れていく。
(うんまぁ~い)
とろけきった笑みだ。これほど上質な肉を口にしたことがない。魚の方が手に入りやすい環境にいたため、肉を口にすること自体が稀だった。そのせいもあってかニケは宙を舞うような心地になる。
「……はっ!」
気がつけば、鉄板の上はわずかな肉を残すだけとなっていた。
あと、一口しかない。
おそらく頼めばおかわりを用意してくれるだろうが、これほどの高級肉。さすがにそこまで図々しくなれなかった(だってベリ子さんを助けたのは祖父であって僕じゃないし……)。
「むむっ」
最後の食べられる天国をじっと見つめる。見ても増えないが記憶に残しておきたい。向日葵豚がこれほど美味だとは思わなかった。好きなものに順位をつけるなどナンセンスだが、魚を押しのけ肉が一番好きな食べ物になりそうだ。
た、食べるのが勿体ない。……ええい! 覚悟を決めろ。これほどの肉を冷ましてしまうなど悲劇でしかないぞ。
「くっ……いざっ!」
目を瞑り、がばっと口に押し込む。途端に広がる甘いにおいとピリッとした香辛料。これだけ食べても一切「飽き」がこない。ほあああ~。おじいちゃん、何があったのかは知らないけどベリ子さんを助けてくれてありがとう。
飲み込むというよりかは、溶けてなくなってしまうという方が正しい。あふれ出た唾液ごと、ごくんと飲み込む。
「っふああ~。……美味しかったぁ。ごちそうさま」
手を合わせると膨れた腹をぽんぽんと叩き、とろけきった表情で机に顎を乗せる。ぱたぱたと尻尾が揺れる。
ふぃ~。食った食った。さて、フリーはもう食い終わった頃かな?
一部始終をゲン〇ウポーズでガン見されていたと知るまで、あと一秒――
「暗いでしょう」
「君、黒いから蝋燭の火だけが移動してるように見えるの! びっくりしたでしょ。あっ!そういや使天(神使の身の回りの世話をする者)たちがたまに話している「深夜に出没する火の玉」! あれ君のせいだろ」
「申し訳、ございません」
かなり早足なのにぴったりくっついてくるワイズハート。あーもー。次は「高速移動する火の玉」話で持ちきりになる気がする。使天(してん)たちになんて言えばいいの。
寝室に突入し、衣桁(いこう)にかけてある布を取っ払い、普段着の緑っぽい青の着物を手に取る。
「主?」
寝衣なら衣装葛籠に、と言いかけ、彼はどこかに出かけようとしているのだと悟る。
燭台を置いて駆け寄る。
「主。こんな時間に外出など、いけません」
言っても無駄なんだろうなと思いつつも仕事なので一応言う。
アキチカは両手を広げる。
「早くそれに着替えさせて」
それは使天の役目だが、ワイズハートも着物を着せるくらいはできる。
幼い頃は着物くらい一人で着ることができたが、神使になってからは全て使天がやってくれるのでアキチカは着物の着方をとっくに忘れていた。
両手を広げて待機している主にこっそりため息をつき、神衣を脱がせ普段着を着せていく。
最後に、角に紫の組紐を括り付け完了。使天はこのとき踏み台を使っているのだがワイズハートには必要ない。
「はい。終わりました」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと出かけてくるから」
先回りして出入り口の前に立ち、行く手を阻む。
「……どちらへ?」
「連行されたっていうキミカゲさんを見てくる!」
言うと思った。
「主。そんな、キラキラした笑顔で言うものでは……」
「指差して笑ってくる!」
これでもかと笑ってやると顔に書いてある。日頃の鬱憤晴らしにゲッラゲラ笑うであろう主が容易に想像できる。彼の薬には助けられたことがあると思うのだが。好かれる人には好かれるが、相性が悪いと本当に愛されないなあの薬師。
「……やめときましょうよ」
「なにその疲れたような声は。行くったら行く! このネタで三十年くらいは笑ってやる」
教育を間違えたかなと、天井を見上げ故郷を想う。
「どいてどいて!」
鹿キックを喰らいそうになり反射的に身を捩って避ける。その隙をついて主は廊下をすっ飛んで行く。あれで走っていないのだから驚きだ。薬師と追いかけっこをしているせいか主の(逃げ)足がどんどん速くなる。
「……ああ」
蝋燭の火を消すと、のろのろと追いかけた。
宿・春夏秋冬。一番格式高い部屋の机にずらっと料理が並ぶ。
白米だけで炊かれたご飯に香の物(漬物)。夏野菜をふんだんに使った汁物。ニケの膳には向日葵豚(ひまわりぶた)の暑さ十センチはあるステーキが湯気を立て、体力がつく空芋の煮物と回復を促す太刀椿(たちつばき)の実を使った茶碗蒸しがフリーの膳に。
なんだこの良い香りは、と鼻をくっつけそうになっているニケの対面で、涎を垂らしながらフリーは目を輝かせる。
「うわあ……いい香り。これ本当にお金はいらないんですか?」
ストロベリーキャンドルこと、あだ名ベリ子さんはにっこりと頷く。
「ええ。もちろんですわ」
ニケの祖父、アビゲイルに迷惑をかけるだけかけて、謝罪することも出来ずに年月だけが過ぎてしまった。心に錘(後悔)を残したまま死ぬのだと悔いていたらその孫が来てくれたのだ。これ以上の喜びはない。アビゲイルに出来なかった謝罪と感謝をニドルケにぶつけまくろう――ではなくて、返そう。
「食後に甘いものもお持ちしますので、どうぞごゆっくり」
満開笑顔で去って行くおばば様に「甘いものはいらないです」と言えなかった。
「嬉しそうだね~。ベリ子さん。寿命延びた顔してるね」
「寿命ってそう簡単に延びるものなのか? お前さん。体調はもういいのか?」
箸を取って手を合わせる。
「寝たら治ったみたい。ていうか、眠かっただけだよ。いただきまーす」
「それならいいんだ。いただきます」
会話もそこそこに二人同時に茶碗を掴むと豪快に食べ始める。すごくお腹が空いているのだ。朝食を食べていなかったせいだろう。朝早く家を出て宿で眠って、今は真っ昼間だ。
立ちふさがるように並べられた料理の数々も、食べ盛り男子が相手ではわずかな足止めしか出来ない。吸い込まれるように皿が空になっていく。
あらかた料理を平らげたところで、山のようにそびえるステーキに取り掛かる。存在感がすごい。熱々の鉄板に乗せられたそれは、いまだジュウジュウと音を立てている。
これは到底箸では掴めない。一口サイズに切ることも無理だ。正直素手でかぶりつきたいが、フリーの教育に良くない。
――くっ。どうすれば。
何かないかと机の上を見ると、小さな刃物が置いてあった。のこぎりのようなギザギザがついた小刀(ナイフ)。これだ! と掴み、肉の塊へ突き刺す。
「むっ」
切れ目から流れる肉汁。これだけの厚みがあるのに、中までしっかりと火が通っている。もう我慢できない。口に入る大きさに切り、ろくに冷まさずに箸で口内へ運ぶ。
「……あふっ、熱っ、おいしい!」
ぴんと耳が立つ。
な、なんだこの美味い肉は。肉が、甘いっ! しっかりしているかと思いきや、噛むたびに舌の上で溶けていく。暴力的なまでに広がる肉の味。ふりかけられた香辛料が脂身を引き締め肉の臭みを消し、甘さを引き立てる。
(おいちい)
もむもむと口を動かす。弾ける肉汁。永遠に咀嚼していたいが、次を早く口に入れろと脳がせっつく。
二口、三口と口に入れていく。
(うんまぁ~い)
とろけきった笑みだ。これほど上質な肉を口にしたことがない。魚の方が手に入りやすい環境にいたため、肉を口にすること自体が稀だった。そのせいもあってかニケは宙を舞うような心地になる。
「……はっ!」
気がつけば、鉄板の上はわずかな肉を残すだけとなっていた。
あと、一口しかない。
おそらく頼めばおかわりを用意してくれるだろうが、これほどの高級肉。さすがにそこまで図々しくなれなかった(だってベリ子さんを助けたのは祖父であって僕じゃないし……)。
「むむっ」
最後の食べられる天国をじっと見つめる。見ても増えないが記憶に残しておきたい。向日葵豚がこれほど美味だとは思わなかった。好きなものに順位をつけるなどナンセンスだが、魚を押しのけ肉が一番好きな食べ物になりそうだ。
た、食べるのが勿体ない。……ええい! 覚悟を決めろ。これほどの肉を冷ましてしまうなど悲劇でしかないぞ。
「くっ……いざっ!」
目を瞑り、がばっと口に押し込む。途端に広がる甘いにおいとピリッとした香辛料。これだけ食べても一切「飽き」がこない。ほあああ~。おじいちゃん、何があったのかは知らないけどベリ子さんを助けてくれてありがとう。
飲み込むというよりかは、溶けてなくなってしまうという方が正しい。あふれ出た唾液ごと、ごくんと飲み込む。
「っふああ~。……美味しかったぁ。ごちそうさま」
手を合わせると膨れた腹をぽんぽんと叩き、とろけきった表情で机に顎を乗せる。ぱたぱたと尻尾が揺れる。
ふぃ~。食った食った。さて、フリーはもう食い終わった頃かな?
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