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第四十三話・獣の面の従者
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三十分前。
キミカゲが街の一部を破壊し、治安維持隊に連行された。
この報せは瞬く間に紅葉街全体へ広がった。
それを知った街民の反応は驚いたり興味薄かったりと様々だったが、一部の人たちには落雷に打たれたような衝撃となる。
それは、彼の薬で命を繋いでいるものや、症状を和らげている患者たちである。
薬が手に入らなくなるのではと不安に襲われたり、絶望で膝から崩れ落ちたりと。病は気からというが、人々に精神的大打撃を与えることとなった。
病の苦痛と死への恐怖心から数人が羽梨へ駆け込み、アキチカも知ることとなる。
居館の一室で瞑想を行っていた神使は、何かを感じてやおら顔を上げた。精神を統一し呼吸を整え、座りながら心を無にする座法修行。雑念が少しでも混じっていれば神の声は聴こえない。雑念を排することは一朝一夕で出来ることではないし、終わったあとはどっと疲れるが、神の目であり口でもある彼にとって疎かに出来ない大切な日課だ。
その半ばであったこともあってか、彼の身には常以上の鋭気が満ちている。
「……どうした?」
若輩でありながら深みのある声が、静かな緊張を伴って室内に響く。
「――失礼いたします。我が、主よ」
二本の燭台に乗せられた蝋燭だけという頼りない明かりの中、その者は現れる。扉から反対方向の壁からすり抜けるように出てくるため、アキチカはこの従者のことを幽霊か何かだと割と本気で思っていた。
古くさい獣の面をつけた、背の高い男。……多分、男。顔を見たことがないし、なんと彼(彼女?)声が毎日違うのだ。男のような低い声の日もあれば、幼女を思わせるような「どっから声出してんだ」と思うほど高い声の時もある。そもそも年齢や名前すら知らない。聞いても教えてくれない。
何もかも不明な人物を何故傍に置いているのかというと、彼は代々ホーングース(王の剣)を輩出している家の出なのだ。アキチカは王ではないが、魔除けの結界や神通力を失うわけにはいかず護衛をつけようと話になった際、「ゴールグース(神の剣)」になると自ら名乗り出たのが彼――ワイズハートだった。
この名は、何も教えてくれない彼にキレた少年時代のアキチカが、適当に付けた名だ。
闇に溶け込む墨色の衣装に身を包み、片膝をついて忍者のように控えている。基本、アキチカの言葉には全て従ってくれるし、危険があれば守ってくれる。だが彼に対する情報はちっとも増えない。アキチカはもう諦めの境地だった。
ため息を押し殺し、紫の瞳に彼を映す。
「座法の最中に君が入ってくるのは珍しいね。いや、初かな」
「申し訳、ございません」
今日のワイズハートは年老いたようなしゃがれた声だった。一気に老人と話している気分になってくる。
「怒ってるわけじゃないけど、何事?」
この修行の大事さを知らない彼ではない。よほどの出来事が……と身構えるアキチカに、ワイズハートは微かに頷く。
「主とキミカゲ様は、仲がよろしかったですよね?」
「――……ん? え?」
聞き間違いだろうか? いけない。修行のし過ぎで幻聴を聞いたかもしれない。頭を振って額に手を当てる。たまに集中しすぎて熱が出ることがあるが、今は平熱だった。
咳払いし、暗闇に目を向ける。目を凝らすも闇と同化しすぎて見つけられない。
「ごめん。ちょっと耳の調子が……。もう一回言って?」
「キミカゲ様と、仲が、よろしかったですよね?」
アキチカは真顔でスウーーーと息を吸い込んだ。
あれ? この従者はかなり有能な部類の人物だったのに、いつのまにポンコツ化していたのだろう。真剣に「お前の目は節穴か?」と言いたい。あのおじいちゃんと仲が良かった時などあっただろうか。太い注射針から逃げ回った記憶はある。追いかけ回された挙句、口に苦薬を押し込まれたこともある。
あ、もしかして子どもの時の話? 確かに昔は懐いていた頃(消し去りたい記憶)がある。
そうか。子どもの頃の話か。
「うん。良かったよ?」
過去形のアキチカに構わず、従者は微動だにせず告げる。
「なんでも街の一部を破壊し、治安維持隊に連行された……とのことです」
「へえ? 酷いことするヒトがいるんだね? でも、治安維持隊が捕まえたのか。やるじゃないか。で、下手人は誰?」
「キミカゲ様です」
アキチカは尻を乗せていた座布団を手に取ると、暗闇に向かってぶん投げた。闇に吸い込まれる座布団。ぼすっと間の抜けた音がしたので命中した、かもしれない。
「そんな冗談を聞かせるために? 君は僕の修行の大切さを、理解してくれているんだと勘違いしていたよ。――下がれ」
険しさを帯びた紫の瞳。ワイズハートは座布団のしわを伸ばすと、そっと隣に置いた。
「まことでございます。それに、主を笑わせたいと思ったなら、もう少し落語などを聞いて、勉強してからにしますよ」
「……その話、誰から聞いたの?」
「キミカゲ様の患者様たちからです。相当、不安がっておりました。キミカゲ様はこの街の、精神安定剤ですからね」
ワイズハートは仮面の奥から、そっと主を瞳に映す。
ひとつに結われた光悦茶(こうえつちゃ)色の髪の隙間から突き出す立派な鹿角。はっきりと大きな瞳はシャドークイーンのような紫で、ずるずると動きにくそうな神衣に身を包んでいる。
よほど神と相性が良かったのか、もしくは深く愛されたのか、歴代最高の力を持つ神使。と、肩書と角と身長だけは立派だが従者からすればまだまだ危なっかしく、目が離せない。
歩いていると転んで冬の川に突っ込むなどという珍事件がまあよくあるのだ。神でも予見できなかったのか、加護バリアが発動せず普通に風邪をお引きになったときは目が遠くなった。修行の一つの水垢離(みずごり)などで、主は冷たい水には耐性があると思っていたのだが……勘違いだったようだ。
アキチカは顔をしかめる。
「意味わからないんだけど? キミカゲさんにそんな力があるなら、オキンさんがこの街に留まる必要ないじゃん?」
拗ねた子どものような口調だ。言いながら「座布団返して」とふてぶてしく手を振る。彼がこんな話し方と態度をするのは自分とふたりきりの時だけなので、背筋が冷や冷やする。アキチカは「特別」を作れない。理由は至極簡単、女神が嫉妬するからだ。
なので、自分にだけ砕けた態度を見せてくれるのは従者からすれば光栄なことだが、それと同時に女神に目をつけられないかと生きた心地がしない。皆と同じように振舞ってほしいが、彼が「神使」ではなく「ただのアキチカ」でいられる時間も作ってあげなくてはならない。
年月を経ておっさんくらいの年齢になればそんな気遣いも不要になるだろうが、子どものうちは誰かが、自分一人くらいは支えにならなくては。たとえ女神に消し飛ばされようとも……それが自分の役目だと。
ワイズハートは音もなく近寄ると、座布団を差し出す。蝋燭の側に来てくれたのでやっと従者の姿が見え、アキチカはため息をついた。
「キミカゲさんじゃなくて、オキンさんが、じゃないの?」
「いえ。キミカゲ様です。患者様たちの話では詳細まで分からなかったので、ベゴール様に話を聞いてきました」
「君たち、仲良いよね……」
混血のべゴールリブラ。竜の黒羽織の一人。情報収集を担当している彼とこの従者は時々、情報交換をしている。
座布団を受け取ると、ワイズハートはさっさと元の位置に戻ってしまう。戻らなくていいよ。姿見えなくなるし声量上げないといけなくなるしモオオオ! 戻るの速いな。
ワイズハートは頭を振る。
「別に、仲良しではありません。ちょっと一緒に酒を飲んだり、酔っぱらって歌い出した彼を、家まで送り届けたりする程度の仲です」
「それを仲良しと言って、僕とキミカゲさんは仲良くないと言うんだよ。覚えとけ」
もう一回座布団を投げてやろうかと思ったが、話が進まないので自重する。
事の顛末を聞き、神使は立ち上がるとさっと部屋を出て行く。廃墟みたいに静かな部屋の中で秒針の張りが一周するくらいの間待っていると、アキチカは戻ってきた。
「星霊ってどんな見た目なの? 描いて」
紙と筆を差し出され、ベゴールの話を頼りに筆を走らせる。隣に腰を下ろしたアキチカがわくわくした様子で覗き込んでくる。身の安全のために神使に触れることは禁止されている。例外なのは巫女くらいだろう。触れると即神罰! というわけではないが、好んで神の怒りを買いたいものなどいない。なので、今すぐ離れてくださいと言いたい。
(まあ、いいか……)
神使に選ばれたせいで両親からも腫れ物扱いなのだ。以前、星影の少年が触れてきたと、アキチカは嬉しそうに話してくれた。……キミカゲに追い回され薬を飲まされた時は三十分ぐらいぐずぐず泣いていたのに。この差は何だろうか。ワイズハートには分からなかった。
「出来ました。こんな見た目だったと、聞」
シュパッと引ったくるとまじまじと見つめる。
「ンふっ」
にんまりと笑う。
「なにこれ。随分可愛い絵を描くじゃん」
「いえ……。お言葉ですが、本当にそのように、つぶらな瞳だったと聞いております」
「んふふっ……。そうだよね。んふっ、精霊ってなぜかつぶらな瞳の子が、お、多いよね」
笑いを堪え震える主の手から、そっと紙を取り返すと四つ折りにして懐へ。
「そろそろ眠る時間です。主よ。寝室までお送りいたします」
瞑想に戻ってしまう前に先手を打つ。彼は休んで体力を回復させることも重要な仕事だというのに、頑張りすぎてしまうところがある。
「……そう、だね」
早足で寝室へと引っ込んでいく。
おや、今日は随分と素直だ。こういうときは必ず何か企んでいるので、安易に見送らず燭台ごと持ってついていく。
キミカゲが街の一部を破壊し、治安維持隊に連行された。
この報せは瞬く間に紅葉街全体へ広がった。
それを知った街民の反応は驚いたり興味薄かったりと様々だったが、一部の人たちには落雷に打たれたような衝撃となる。
それは、彼の薬で命を繋いでいるものや、症状を和らげている患者たちである。
薬が手に入らなくなるのではと不安に襲われたり、絶望で膝から崩れ落ちたりと。病は気からというが、人々に精神的大打撃を与えることとなった。
病の苦痛と死への恐怖心から数人が羽梨へ駆け込み、アキチカも知ることとなる。
居館の一室で瞑想を行っていた神使は、何かを感じてやおら顔を上げた。精神を統一し呼吸を整え、座りながら心を無にする座法修行。雑念が少しでも混じっていれば神の声は聴こえない。雑念を排することは一朝一夕で出来ることではないし、終わったあとはどっと疲れるが、神の目であり口でもある彼にとって疎かに出来ない大切な日課だ。
その半ばであったこともあってか、彼の身には常以上の鋭気が満ちている。
「……どうした?」
若輩でありながら深みのある声が、静かな緊張を伴って室内に響く。
「――失礼いたします。我が、主よ」
二本の燭台に乗せられた蝋燭だけという頼りない明かりの中、その者は現れる。扉から反対方向の壁からすり抜けるように出てくるため、アキチカはこの従者のことを幽霊か何かだと割と本気で思っていた。
古くさい獣の面をつけた、背の高い男。……多分、男。顔を見たことがないし、なんと彼(彼女?)声が毎日違うのだ。男のような低い声の日もあれば、幼女を思わせるような「どっから声出してんだ」と思うほど高い声の時もある。そもそも年齢や名前すら知らない。聞いても教えてくれない。
何もかも不明な人物を何故傍に置いているのかというと、彼は代々ホーングース(王の剣)を輩出している家の出なのだ。アキチカは王ではないが、魔除けの結界や神通力を失うわけにはいかず護衛をつけようと話になった際、「ゴールグース(神の剣)」になると自ら名乗り出たのが彼――ワイズハートだった。
この名は、何も教えてくれない彼にキレた少年時代のアキチカが、適当に付けた名だ。
闇に溶け込む墨色の衣装に身を包み、片膝をついて忍者のように控えている。基本、アキチカの言葉には全て従ってくれるし、危険があれば守ってくれる。だが彼に対する情報はちっとも増えない。アキチカはもう諦めの境地だった。
ため息を押し殺し、紫の瞳に彼を映す。
「座法の最中に君が入ってくるのは珍しいね。いや、初かな」
「申し訳、ございません」
今日のワイズハートは年老いたようなしゃがれた声だった。一気に老人と話している気分になってくる。
「怒ってるわけじゃないけど、何事?」
この修行の大事さを知らない彼ではない。よほどの出来事が……と身構えるアキチカに、ワイズハートは微かに頷く。
「主とキミカゲ様は、仲がよろしかったですよね?」
「――……ん? え?」
聞き間違いだろうか? いけない。修行のし過ぎで幻聴を聞いたかもしれない。頭を振って額に手を当てる。たまに集中しすぎて熱が出ることがあるが、今は平熱だった。
咳払いし、暗闇に目を向ける。目を凝らすも闇と同化しすぎて見つけられない。
「ごめん。ちょっと耳の調子が……。もう一回言って?」
「キミカゲ様と、仲が、よろしかったですよね?」
アキチカは真顔でスウーーーと息を吸い込んだ。
あれ? この従者はかなり有能な部類の人物だったのに、いつのまにポンコツ化していたのだろう。真剣に「お前の目は節穴か?」と言いたい。あのおじいちゃんと仲が良かった時などあっただろうか。太い注射針から逃げ回った記憶はある。追いかけ回された挙句、口に苦薬を押し込まれたこともある。
あ、もしかして子どもの時の話? 確かに昔は懐いていた頃(消し去りたい記憶)がある。
そうか。子どもの頃の話か。
「うん。良かったよ?」
過去形のアキチカに構わず、従者は微動だにせず告げる。
「なんでも街の一部を破壊し、治安維持隊に連行された……とのことです」
「へえ? 酷いことするヒトがいるんだね? でも、治安維持隊が捕まえたのか。やるじゃないか。で、下手人は誰?」
「キミカゲ様です」
アキチカは尻を乗せていた座布団を手に取ると、暗闇に向かってぶん投げた。闇に吸い込まれる座布団。ぼすっと間の抜けた音がしたので命中した、かもしれない。
「そんな冗談を聞かせるために? 君は僕の修行の大切さを、理解してくれているんだと勘違いしていたよ。――下がれ」
険しさを帯びた紫の瞳。ワイズハートは座布団のしわを伸ばすと、そっと隣に置いた。
「まことでございます。それに、主を笑わせたいと思ったなら、もう少し落語などを聞いて、勉強してからにしますよ」
「……その話、誰から聞いたの?」
「キミカゲ様の患者様たちからです。相当、不安がっておりました。キミカゲ様はこの街の、精神安定剤ですからね」
ワイズハートは仮面の奥から、そっと主を瞳に映す。
ひとつに結われた光悦茶(こうえつちゃ)色の髪の隙間から突き出す立派な鹿角。はっきりと大きな瞳はシャドークイーンのような紫で、ずるずると動きにくそうな神衣に身を包んでいる。
よほど神と相性が良かったのか、もしくは深く愛されたのか、歴代最高の力を持つ神使。と、肩書と角と身長だけは立派だが従者からすればまだまだ危なっかしく、目が離せない。
歩いていると転んで冬の川に突っ込むなどという珍事件がまあよくあるのだ。神でも予見できなかったのか、加護バリアが発動せず普通に風邪をお引きになったときは目が遠くなった。修行の一つの水垢離(みずごり)などで、主は冷たい水には耐性があると思っていたのだが……勘違いだったようだ。
アキチカは顔をしかめる。
「意味わからないんだけど? キミカゲさんにそんな力があるなら、オキンさんがこの街に留まる必要ないじゃん?」
拗ねた子どものような口調だ。言いながら「座布団返して」とふてぶてしく手を振る。彼がこんな話し方と態度をするのは自分とふたりきりの時だけなので、背筋が冷や冷やする。アキチカは「特別」を作れない。理由は至極簡単、女神が嫉妬するからだ。
なので、自分にだけ砕けた態度を見せてくれるのは従者からすれば光栄なことだが、それと同時に女神に目をつけられないかと生きた心地がしない。皆と同じように振舞ってほしいが、彼が「神使」ではなく「ただのアキチカ」でいられる時間も作ってあげなくてはならない。
年月を経ておっさんくらいの年齢になればそんな気遣いも不要になるだろうが、子どものうちは誰かが、自分一人くらいは支えにならなくては。たとえ女神に消し飛ばされようとも……それが自分の役目だと。
ワイズハートは音もなく近寄ると、座布団を差し出す。蝋燭の側に来てくれたのでやっと従者の姿が見え、アキチカはため息をついた。
「キミカゲさんじゃなくて、オキンさんが、じゃないの?」
「いえ。キミカゲ様です。患者様たちの話では詳細まで分からなかったので、ベゴール様に話を聞いてきました」
「君たち、仲良いよね……」
混血のべゴールリブラ。竜の黒羽織の一人。情報収集を担当している彼とこの従者は時々、情報交換をしている。
座布団を受け取ると、ワイズハートはさっさと元の位置に戻ってしまう。戻らなくていいよ。姿見えなくなるし声量上げないといけなくなるしモオオオ! 戻るの速いな。
ワイズハートは頭を振る。
「別に、仲良しではありません。ちょっと一緒に酒を飲んだり、酔っぱらって歌い出した彼を、家まで送り届けたりする程度の仲です」
「それを仲良しと言って、僕とキミカゲさんは仲良くないと言うんだよ。覚えとけ」
もう一回座布団を投げてやろうかと思ったが、話が進まないので自重する。
事の顛末を聞き、神使は立ち上がるとさっと部屋を出て行く。廃墟みたいに静かな部屋の中で秒針の張りが一周するくらいの間待っていると、アキチカは戻ってきた。
「星霊ってどんな見た目なの? 描いて」
紙と筆を差し出され、ベゴールの話を頼りに筆を走らせる。隣に腰を下ろしたアキチカがわくわくした様子で覗き込んでくる。身の安全のために神使に触れることは禁止されている。例外なのは巫女くらいだろう。触れると即神罰! というわけではないが、好んで神の怒りを買いたいものなどいない。なので、今すぐ離れてくださいと言いたい。
(まあ、いいか……)
神使に選ばれたせいで両親からも腫れ物扱いなのだ。以前、星影の少年が触れてきたと、アキチカは嬉しそうに話してくれた。……キミカゲに追い回され薬を飲まされた時は三十分ぐらいぐずぐず泣いていたのに。この差は何だろうか。ワイズハートには分からなかった。
「出来ました。こんな見た目だったと、聞」
シュパッと引ったくるとまじまじと見つめる。
「ンふっ」
にんまりと笑う。
「なにこれ。随分可愛い絵を描くじゃん」
「いえ……。お言葉ですが、本当にそのように、つぶらな瞳だったと聞いております」
「んふふっ……。そうだよね。んふっ、精霊ってなぜかつぶらな瞳の子が、お、多いよね」
笑いを堪え震える主の手から、そっと紙を取り返すと四つ折りにして懐へ。
「そろそろ眠る時間です。主よ。寝室までお送りいたします」
瞑想に戻ってしまう前に先手を打つ。彼は休んで体力を回復させることも重要な仕事だというのに、頑張りすぎてしまうところがある。
「……そう、だね」
早足で寝室へと引っ込んでいく。
おや、今日は随分と素直だ。こういうときは必ず何か企んでいるので、安易に見送らず燭台ごと持ってついていく。
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