ニケの宿

水無月

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第四十二話・枯葉五葉

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「えう。え、えっとぉ……」

 じりじり壁際に下がるも、逃げ場などない。
 ナッツの部下三名がキミカゲを取り囲む。兎を追い詰めたような笑みを一様に浮かべていた。

「んん~? どうされたんですか? キミカゲ様」
「規則だからな? いくらあんたでも例外ってわけにはいかないぜ?」
「手枷は外してやるよ。その方が脱ぎやすいだろう?」

 縄が解かれホッとするも、だからといって暴れたところで簡単に取り押さえるだろうし、役人を傷つければ罪が重くなる。
 一人が手を伸ばし、キミカゲの腕を掴む。

「ひっ」
「ほら。鍵役を待たせるなよ?」
「悲鳴上げちゃって……。怖いんですか? いじめがいがありますね」

 三人がかりで着物を剥ぎ取りにかかる。禁制品が発見されれば即没収(鍵役の小遣い)となるため、衣服の中はもちろん、口、髪、足の裏まで確認される。大事な仕事なのだが、三人の顔には溜まりに溜まった憂さを晴らすまで玩弄し、怯える様を楽しんでやろうと、邪念が滲みまくっていた。舌なめずりする者までいる。

「……」

 なぜ自分ではなく関係のない三人が囚人を剥こうとしているんだろう、と鍵役は眉をひそめるも特に何も言わなかった。壁に軽くもたれ、腕を組んで見守る。

「ひー! やめてやめて」
「乙女じゃあるまいし。観念しろ」

 前合わせをぎゅっと握り締め身体を守るように身を丸めるが、六つの手からは逃げられない。鈴蘭色の着物を剥ぎ取られ、薄い襦袢(和装用の下着)一枚となる。
 すっかりへたり込んでしまったキミカゲの前で、剥ぎ取った着物を逆さまにする。金目のものが出ると期待しているのだろう。

「さて、何が出るかな?」
「あまり危険なものが出てきたら、罰を与えないとなぁ?」
「水責めもいいかもな――うわあっ」

 バラバラバラバラ。
 逆さにして振られた着物から、なにかが板張りの床にばら撒かれ三人は飛び上がった。

「な、なんだあ!」
「は、葉っぱ……?」

 着物から出てきたのは葉っぱに木の実に、小さな石ころ。
 子どもが森の中を歩いて「きれいだから集めた」収穫物のようだが、金目のものではない。がっかりすると同時に、一つを摘まんでキミカゲに突きつける。

「なんだこの葉っぱは? もしや大麻?」
「それは擦り傷に使うと良いよ」
「ではこの木の実はっ? 非常食か?」
「においが消えるから。口臭で悩んでいるヒトにおすすめだよ」
「これただの石ですよね?」
「それは水に溶けるから、その水で目を洗うと眼病予防に……」

 使い方次第では金になるだろうが、三人に薬草を薬に変える知識はない。彼らにしてみればただのゴミである。めげずに着物を漁るも、出てくるのは包帯や葉っぱに花びらばかりだった。

「どんだけ入ってんだよ……」

 小さな部屋とはいえ、床が散らかってしまった。鍵役が何も言わず箒で掃いていく。

「ああ。せっかく種類別にまとめたのに……」

 嘆くキミカゲに、軽くなった着物をポイ捨てした一人が近寄ってくる。

「着物はもういい。お待ちかねの身体検査といこうか」
「ああ、いや……あの。何も持ってないよ」

 両手を掴まれ、背後に回った男がするりと髪留めを解く。纏められていた白緑色の髪が腰に落ちる。
 それは海に行った土産にと、ニケにもらった黄色い欠片の髪留め。

「良いもの持ってんじゃ~ん。キミカゲ様よぉ」
「それは駄目。返して」

 返してくれるわけないと分かっているが、言わずにはいられなかった。手を伸ばそうとするが頭を鷲掴みにされる。

「はいはい。点検していくからな~? 口開けろ」

 太い指が二本、口内にねじ込まれ無理矢理口を開かされる。

「んっ……。んぐっ」

 指が上下にバラバラに動き、舌や歯をやさしく引っ掻く。
 喉近くまで指を差し込まれ、生理的な涙が浮かぶ。髪留めを懐に仕舞った男の手が、髪や着物の中に潜り込んでいく。

「――……あっ。んん……!」
「いや~。まさかあのキミカゲ様を、こんな風にめちゃくちゃに出来る日が来るなんてな。俺、この仕事やっててよかった」

 馬鹿を言う同僚に、苦笑しながら軽く膝で叩く。

「嘘つけ。毎晩酒飲みながら『やってられっかこんな仕事』って言っひっくり返っているじゃねえか」
「ひゃははは! そうだっけか?」
「俺も混ぜろよ。暇だわ」

 三人目がキミカゲの膝裏を掴み上げる。

「はいはい。足開いてキミカゲ様。って、暴れるなよ。点検だから、点・検」

 白い太ももをぐいっと押して、足の間に身体をねじ込む。
 においとむさ苦しさでなにも楽しくない身体検査。そっけなく簡素な部屋に、今日は艶っぽい声が響く。

「ん、んんっ……」

 散々かき混ぜられ口を閉じることも出来ず、飲み込めない唾液がこぼれ、顎へと伝う。

「やべぇ。下半身が滾ってきた」
「仕事中だぞ。しかし感度は良くないみたいだな。肌を触ってもびくりともしない」
「こっちもだ。もうちょっといいにおいしてほしいな」

 足の付け根付近に鼻を押しつける。あれだけの薬草を着物に仕込んでいたというのに、肌からはなんのにおいもしない。
 突っ込んでいた指を引き抜く。

「口の中、異常なーし」
「ん、はあ……はあっ……」

 力が抜けたキミカゲの身体をそっと床に寝かせる。
 男たちはにやにやしたまま見下ろす。

「しっかし、キミカゲ様はどうなっちまうかね? あんな荒くれ共の中に放り込んで」
「ま、ここは良くも悪くも平等だ。この外見だし、先輩囚人たちに可愛がられるだろうよ」

 牢内にトイレがあり、窓からは日光も入らず衛生環境は最悪。常に熱病や皮膚病、感染症が蔓延していて、汚い、臭い、狭いと、この世にある地獄。
 牢名主が権力を握っているため暴力が横行し、恐怖に支配され、娯楽も乏しい。
 そんな中に少女のような人物を放り込めばどうなるか。

「いや~。楽しみだなぁ。囚人共が理性を無くす瞬間を是非、見てみたいぜ」

 動かないキミカゲを軽く蹴っ飛ばすが、鍵役に背中を箒で突かれる。

「いでぇ!」
「意味のない暴力は控えてもらおうか」
「す、すんません……」

 鍵役の厳しい眼光に、三人纏めて怯んでしまう。
 だが、鍵役が箒を仕舞いに部屋を出て行くと、忌々しげに舌打ちをした。

「ケッ。あの仕事馬鹿が」
「まあまあ。それよか、いまのうちにもっと楽しんでおこうぜ」
「そうだなぁ。俺は鞭打ちの刑に処されるキミカゲ様が見たいぜ。どんな声で鳴くのか。考えただけでゾクゾクする」
「お前も変態だな」

 今のうちに~と、這って逃げようとしていたキミカゲを一人が抱き寄せる。

「あっ」
「おおっと。どこ行くんだ? 便所か? ここでしても構わねえぜ?」
「マジかよ。部屋汚すと怒られるぞ~」

 最後に残った薄い着物まで剥ぎ取ろうとしたところで、なにやら外が騒がしくなった。
 三人は首を扉へ向ける。

「あん? なんだ?」
「囚人が逃げ出したりしたか?」
「馬鹿だなぁ。逃げれば罪が重くなるってのに」

 ゲラゲラ笑っていると、足音と声はこちらに近づいているようであった。断片的にだが声が聞き取れる。

「――っ。お待ちください。――!」
 
 走っている足音がしたかと思うと、だんっと勢いよく扉が開いた。出て行った鍵役かと思われたが違った。

「キミカゲさんが連行されたと聞いてっ。参上!」

 ルンルン気分で飛び込んできたのは――紫枝鹿(しえだしか)族の青年、アキチカだった。
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