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第四十一話・キャンドルさん
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寝ているとはいえ、念のためおばば様に一声かけると老婆は目を覚ました。
白鳥族と狐男が止めるのも聞かず、わたくしが案内すると言って布団から飛び出す。
襖からちらっと視界に映ったが寝室にはたくさんの浮世絵が飾ってあり、それはきらっきらに美化された……やっぱ見なかったことにしよう。
とてとてと廊下を歩く。
「あの、本当に横になっていなくていいのですか?」
何枚もの着物に身を包んで誤魔化してはいるが、足首や腕などは触っただけで折れそうなほどに細い。歩いている姿を見ているこっちがひやひやする。フリーも、いつ倒れても受け止められるようにと腕を中途半場に前に出しているせいで、ゾンビみたいになってしまっている。
そんな巨人と幼子の心配をよそにおばば様――赤犬族のストロベリーキャンドルは皺だらけの顔で鼻息を荒くする。
「ご心配はいりません。サ……ニドルケ様。このキャンドル。命を懸けて最上級のおもてなしをさせていただく所存です」
「いえ本当に。適当で大丈夫です本当に。懸けないでください命」
金箔が散りばめられた襖を、わざわざ膝をついて開けてくれる。
「どうぞ。ニドルケ様」
「どど、どうも……」
引きつった顔で足を踏み入れる。過剰な低姿勢は客を引かせるだけだと学んだ。
「おお」
すっと、澄んだ空気に包まれる。そこまで広くはないが汚れひとつない畳に、長方形の机。背中に羽のある種族でものんびりともたれられる形をした座椅子。もたれる部分がフォークのようになっている。
障子戸を開ければ、整えられた庭を鑑賞できる縁側。天井には二本の棒が横向きに吊り下げられ、夢蝙蝠族が悠々と逆さまになれるようになっている。
――どんな種族が来てもくつろげるな。
さすがに全種族には対応できないが、宿ができる最大限の気配りはしてあるように思う。
ほへーと入り口付近で感動して足を止めていると、横をフリーが通り過ぎた。
外した笠を片手に、畳の上に遠慮の欠片もなくでーんと倒れ込む。
大の字。
「おおい」
いきなりくつろぎすぎだろう。蹴っ飛ばそうとして、もしかして体調が悪いのではと気づく。
「どうした? 頭ぼーっとするか?」
さっと額に手を当てる。熱くはなかったがフリーは目を閉じたまま話す。
「ちょっと眠いかも……」
「え? 具合悪いか? 吐き気は?」
「……うん」
何に頷いたのか。それだけ言うとフリーは眠ってしまった。
「お、おい」
荷物を置き、ゆさゆさと揺するも返事はない。どうしたのだろうか。
首都に来て色々あったし、その反動か。
(確か、夜もあまりぐっすりと眠れなかったものな……)
嘆息して肩を落とす。
紅葉街の静寂さが懐かしいくらい争う声や物音がしていたのだ。眠れなかっただけで? と以前なら呆れていたが、人族はもろいということを学んだ。数日眠らないだけで死んでしまうほどに。
(……またやっちまった)
フリーの鼻先をつついていると背後からかすかな音がした。のろのろと振り返ると、キャンドルさんが布団を敷いてくれていた。
いつの間に二組も敷いたのかと驚く。
「えっ? あ、あの!」
「お連れ様をこちらへ。ニドルケ様も、良ければお休みになってください」
キャンドルがフリーを抱き上げようとして、さすがに止める。だが、彼女は骨と皮しかない腕で軽々と百八十センチを持ち上げると、布団の上に寝かせた。
(おおー。お元気だな……)
そう言えば母も父をぶん投げていたし、この方は息子さんをぶっ飛ばしていたな。
年老いてもニケ以上の力を振るうおばば様に、開いた口が塞がらない。本当に病院に担ぎ込まれる寸前だったのだろうか。このお方。
キャンドルはニケを見て、少し息が上がった様子でにこりとほほ笑む。
「お食事ができましたらお持ちいたします。それまではゆるりとなさってください」
「あの、ありがとうございます。こやつ少し、身体が弱くて」
「ふふっ。うちの食事を召し上がっていただければ、すぐに元気になりますわ」
それでは、と出て行こうとするおばば様を引き止める。
「あの~キャンドル様」
「ベリ子で構いませんよ。ファイマちゃんも……あ、いえいえ。ファイマ様もわたくしのことを、そう呼びますから」
ストロベリーキャンドルだから、あだ名ベリ子か。幼い頃につけた感がしてなんともほほ笑ましい。
「では、ベリ子さん」
「はい」
ファイマにもした質問をもう一度。
「僕って、祖母に似ているんですか?」
笑顔のままベリ子さんはさぁーっと青ざめた。ぺこぺこと頭を下げる。
「も! もも、申し訳ございません! 初対面でいきなり失礼をっ。ひ、人違いをしてしまって」
「あ、えっと。お気になさらず」
軽く手を振ると、救われたように顔を上げる。
「……はい。とても似ておられます」
「そうですか」
「可憐で気品あふれる御方でした。今でもそのお姿を、はっきりと思い出せますわ」
うっとりと頬を染めているが、この方が好きだったのは祖父のはずでは? 首を傾げそうになるも、まあいいかと流す。気にはなるがどうせ自分には関係のない話だ。
ベリ子が出て行くと、室内は水の流れる音だけとなる。どこかに池や小川でもあるのだろう。実に心落ち着く。
(水音っていいな。マネできるかな?)
置いてある客用の浴衣――尾がある種族用のもの――に着替えると、隣の布団ではなく、フリーの腕の中にいそいそと潜り込む。フリーが寝ている間に温泉で汗を流すのもいいが、ひとりではつまらない。静かでいいと思うがやはり隣にいてくれないと。
スミの家のものとは比較にならないふかふかのお布団。
横になりながら、じっとフリーの寝顔を見つめる。
(いつもは僕の方が先に寝てしまうから。フリーの寝顔ってあまり見る機会ないな)
寝るときはフリーと翁しかいない空間になるので、思いっきり甘えられる貴重な時間なのだ。なので、一秒でも長く起きて心ゆくまで堪能しようとするのだが、気がついたら誰よりも早く眠っている。
フリーに抱きしめられると気持ち良くて、信じられないほど安らいでしまうからだ。
(当たり前だけど、まつげも白いな。覚醒したときは……黒かったな。でも、おそろいだと喜べなかった)
色が変わっただけでフリーであることには違いない。そのはずなのに。心の奥ではあれをフリーだと認められなかった。フリーなのにフリーの中に違う気配が混ざっているような気色悪い感覚。
しかし、ニケはその「気配」と何度か会ったことがあるような気がするのだ。
「……?」
思い出そうとしても、思い出せない。なんだろう。その気配の主はすぐ近くにいるような気もするし、手が届かないほど遠くにいる気もする。
「はあ。考えても分からんな」
気のせいかもしれないのだ。ニケは頭を振ると、余計なことを考えないようにフリーの二の腕にしがみついた。筋肉? 知らんな、といいたげなやわらかい肉。もみもみするとひんやりしていて気持ちいい。涼しくなれば筋トレをし出すから、やわらかいのは今だけだと思うとちょっともったいない気もする。
もみもみ。もみもみ。
フリーはいつもニケの頬をふにふにしているのだ。このくらいいいよな?
そこで、ふと思う。
(あれ? 僕がなんか可愛いことをしていたら、フリーはいつもじっと見てるよな。もしかして今も、起きてる?)
自分で自分の行動を可愛いなんて思ったせいで、自分を殴りたくなった。あとでフリーを殴ることにしてそろ~っと上を向く。一気に顔を見ないのはフリーはいつも目を見開いているから、急に目が合うと怖いからだ。
「……フリー? 起きてるか?」
「……」
声をかけてみるも、瞼が開かれることはなかった。寝息が聞こえるだけだ。
せっかく二組布団を敷いてくれたが、一つしか布団は使われなかった。
♦
枯葉五葉(かれはいつは)牢屋敷。刑務所ではなく未解囚を収監し、死刑囚を処断する拘置所に近い。服役目的ではなく、ひとまず入れとけな場所のため、囚人の生死は重要視されず、牢屋内は厳しく過酷なものとなっている。
命が羽のように軽くなる、人々から恐れられる場所だ。
収容されるのが決まった人物が絶望のあまり、自ら命を絶ったという話すら聞く。
獣人は身体が大きな種族もいるため、どの町も牢屋は広めに造られる。紅葉街の枯葉五葉は敷地面積約三千坪。テニスコートだいたい三十八面分だ。
広大な敷地を高さ三メートルの壁で覆い、平時で三百、治安が良いと言っても多いときは千人弱が拘留される。
「ほわ~……」
初めて入る枯葉五葉の建物を物珍し気に眺める。大きな街にあるだけあり、外から見た分は立派な造りだ。
眼鏡がないため、細部まで見えないが。
「おい。止まるな!」
思わず足を止めるキミカゲの背を、ナッツの部下が強めに押す。突き飛ばしたかったが怪我をさせるなと厳命されているため我慢した。
「ああっ」
それでもおじいちゃんにはきつかったのか足がもつれ転びかける。隣にいたもう一人が支えるが、そのまま無言で引きずっていく。
――牢は罪の重さではなく身分で異なる。
まず、将軍に謁見できるお目見え(お偉いさんに面会できる身分の人)以上の武士や高位の神官、僧侶が入る世話付きのもの。ようはVIP牢屋。揚がり座敷ともいう。
次に、待遇こそ他の牢と変わらないものの、中位以下の武士や医者等だけが収容され、極悪人と顔を合わせずに済む揚がり座敷。
一般庶民がすし詰め状態で収容される大牢。
待遇は良くないが牢慣れした囚人から隔離された、つまり酷いいじめ等を受けずに済む百姓牢。
そして、戸籍の無い無宿者(勘当や追放された人)用の最も治安の悪い二間牢(にけんろう)。この五つに分けられている。
だがその前に、連れてこられたのは何もない小屋。
「今から身体検査を行う」
ナッツの部下ではない鍵役(かぎやく)が現れる。牢内に金品や刃物、書物や火器を持ち込むことは固く禁じられているため、新参の囚人はここで入念にチェックされるのだ。
それを何故鍵役(牢の開閉を司る者)が行うのか。担当のヒトはお休みなのだろうか。
「脱げ」
白鳥族と狐男が止めるのも聞かず、わたくしが案内すると言って布団から飛び出す。
襖からちらっと視界に映ったが寝室にはたくさんの浮世絵が飾ってあり、それはきらっきらに美化された……やっぱ見なかったことにしよう。
とてとてと廊下を歩く。
「あの、本当に横になっていなくていいのですか?」
何枚もの着物に身を包んで誤魔化してはいるが、足首や腕などは触っただけで折れそうなほどに細い。歩いている姿を見ているこっちがひやひやする。フリーも、いつ倒れても受け止められるようにと腕を中途半場に前に出しているせいで、ゾンビみたいになってしまっている。
そんな巨人と幼子の心配をよそにおばば様――赤犬族のストロベリーキャンドルは皺だらけの顔で鼻息を荒くする。
「ご心配はいりません。サ……ニドルケ様。このキャンドル。命を懸けて最上級のおもてなしをさせていただく所存です」
「いえ本当に。適当で大丈夫です本当に。懸けないでください命」
金箔が散りばめられた襖を、わざわざ膝をついて開けてくれる。
「どうぞ。ニドルケ様」
「どど、どうも……」
引きつった顔で足を踏み入れる。過剰な低姿勢は客を引かせるだけだと学んだ。
「おお」
すっと、澄んだ空気に包まれる。そこまで広くはないが汚れひとつない畳に、長方形の机。背中に羽のある種族でものんびりともたれられる形をした座椅子。もたれる部分がフォークのようになっている。
障子戸を開ければ、整えられた庭を鑑賞できる縁側。天井には二本の棒が横向きに吊り下げられ、夢蝙蝠族が悠々と逆さまになれるようになっている。
――どんな種族が来てもくつろげるな。
さすがに全種族には対応できないが、宿ができる最大限の気配りはしてあるように思う。
ほへーと入り口付近で感動して足を止めていると、横をフリーが通り過ぎた。
外した笠を片手に、畳の上に遠慮の欠片もなくでーんと倒れ込む。
大の字。
「おおい」
いきなりくつろぎすぎだろう。蹴っ飛ばそうとして、もしかして体調が悪いのではと気づく。
「どうした? 頭ぼーっとするか?」
さっと額に手を当てる。熱くはなかったがフリーは目を閉じたまま話す。
「ちょっと眠いかも……」
「え? 具合悪いか? 吐き気は?」
「……うん」
何に頷いたのか。それだけ言うとフリーは眠ってしまった。
「お、おい」
荷物を置き、ゆさゆさと揺するも返事はない。どうしたのだろうか。
首都に来て色々あったし、その反動か。
(確か、夜もあまりぐっすりと眠れなかったものな……)
嘆息して肩を落とす。
紅葉街の静寂さが懐かしいくらい争う声や物音がしていたのだ。眠れなかっただけで? と以前なら呆れていたが、人族はもろいということを学んだ。数日眠らないだけで死んでしまうほどに。
(……またやっちまった)
フリーの鼻先をつついていると背後からかすかな音がした。のろのろと振り返ると、キャンドルさんが布団を敷いてくれていた。
いつの間に二組も敷いたのかと驚く。
「えっ? あ、あの!」
「お連れ様をこちらへ。ニドルケ様も、良ければお休みになってください」
キャンドルがフリーを抱き上げようとして、さすがに止める。だが、彼女は骨と皮しかない腕で軽々と百八十センチを持ち上げると、布団の上に寝かせた。
(おおー。お元気だな……)
そう言えば母も父をぶん投げていたし、この方は息子さんをぶっ飛ばしていたな。
年老いてもニケ以上の力を振るうおばば様に、開いた口が塞がらない。本当に病院に担ぎ込まれる寸前だったのだろうか。このお方。
キャンドルはニケを見て、少し息が上がった様子でにこりとほほ笑む。
「お食事ができましたらお持ちいたします。それまではゆるりとなさってください」
「あの、ありがとうございます。こやつ少し、身体が弱くて」
「ふふっ。うちの食事を召し上がっていただければ、すぐに元気になりますわ」
それでは、と出て行こうとするおばば様を引き止める。
「あの~キャンドル様」
「ベリ子で構いませんよ。ファイマちゃんも……あ、いえいえ。ファイマ様もわたくしのことを、そう呼びますから」
ストロベリーキャンドルだから、あだ名ベリ子か。幼い頃につけた感がしてなんともほほ笑ましい。
「では、ベリ子さん」
「はい」
ファイマにもした質問をもう一度。
「僕って、祖母に似ているんですか?」
笑顔のままベリ子さんはさぁーっと青ざめた。ぺこぺこと頭を下げる。
「も! もも、申し訳ございません! 初対面でいきなり失礼をっ。ひ、人違いをしてしまって」
「あ、えっと。お気になさらず」
軽く手を振ると、救われたように顔を上げる。
「……はい。とても似ておられます」
「そうですか」
「可憐で気品あふれる御方でした。今でもそのお姿を、はっきりと思い出せますわ」
うっとりと頬を染めているが、この方が好きだったのは祖父のはずでは? 首を傾げそうになるも、まあいいかと流す。気にはなるがどうせ自分には関係のない話だ。
ベリ子が出て行くと、室内は水の流れる音だけとなる。どこかに池や小川でもあるのだろう。実に心落ち着く。
(水音っていいな。マネできるかな?)
置いてある客用の浴衣――尾がある種族用のもの――に着替えると、隣の布団ではなく、フリーの腕の中にいそいそと潜り込む。フリーが寝ている間に温泉で汗を流すのもいいが、ひとりではつまらない。静かでいいと思うがやはり隣にいてくれないと。
スミの家のものとは比較にならないふかふかのお布団。
横になりながら、じっとフリーの寝顔を見つめる。
(いつもは僕の方が先に寝てしまうから。フリーの寝顔ってあまり見る機会ないな)
寝るときはフリーと翁しかいない空間になるので、思いっきり甘えられる貴重な時間なのだ。なので、一秒でも長く起きて心ゆくまで堪能しようとするのだが、気がついたら誰よりも早く眠っている。
フリーに抱きしめられると気持ち良くて、信じられないほど安らいでしまうからだ。
(当たり前だけど、まつげも白いな。覚醒したときは……黒かったな。でも、おそろいだと喜べなかった)
色が変わっただけでフリーであることには違いない。そのはずなのに。心の奥ではあれをフリーだと認められなかった。フリーなのにフリーの中に違う気配が混ざっているような気色悪い感覚。
しかし、ニケはその「気配」と何度か会ったことがあるような気がするのだ。
「……?」
思い出そうとしても、思い出せない。なんだろう。その気配の主はすぐ近くにいるような気もするし、手が届かないほど遠くにいる気もする。
「はあ。考えても分からんな」
気のせいかもしれないのだ。ニケは頭を振ると、余計なことを考えないようにフリーの二の腕にしがみついた。筋肉? 知らんな、といいたげなやわらかい肉。もみもみするとひんやりしていて気持ちいい。涼しくなれば筋トレをし出すから、やわらかいのは今だけだと思うとちょっともったいない気もする。
もみもみ。もみもみ。
フリーはいつもニケの頬をふにふにしているのだ。このくらいいいよな?
そこで、ふと思う。
(あれ? 僕がなんか可愛いことをしていたら、フリーはいつもじっと見てるよな。もしかして今も、起きてる?)
自分で自分の行動を可愛いなんて思ったせいで、自分を殴りたくなった。あとでフリーを殴ることにしてそろ~っと上を向く。一気に顔を見ないのはフリーはいつも目を見開いているから、急に目が合うと怖いからだ。
「……フリー? 起きてるか?」
「……」
声をかけてみるも、瞼が開かれることはなかった。寝息が聞こえるだけだ。
せっかく二組布団を敷いてくれたが、一つしか布団は使われなかった。
♦
枯葉五葉(かれはいつは)牢屋敷。刑務所ではなく未解囚を収監し、死刑囚を処断する拘置所に近い。服役目的ではなく、ひとまず入れとけな場所のため、囚人の生死は重要視されず、牢屋内は厳しく過酷なものとなっている。
命が羽のように軽くなる、人々から恐れられる場所だ。
収容されるのが決まった人物が絶望のあまり、自ら命を絶ったという話すら聞く。
獣人は身体が大きな種族もいるため、どの町も牢屋は広めに造られる。紅葉街の枯葉五葉は敷地面積約三千坪。テニスコートだいたい三十八面分だ。
広大な敷地を高さ三メートルの壁で覆い、平時で三百、治安が良いと言っても多いときは千人弱が拘留される。
「ほわ~……」
初めて入る枯葉五葉の建物を物珍し気に眺める。大きな街にあるだけあり、外から見た分は立派な造りだ。
眼鏡がないため、細部まで見えないが。
「おい。止まるな!」
思わず足を止めるキミカゲの背を、ナッツの部下が強めに押す。突き飛ばしたかったが怪我をさせるなと厳命されているため我慢した。
「ああっ」
それでもおじいちゃんにはきつかったのか足がもつれ転びかける。隣にいたもう一人が支えるが、そのまま無言で引きずっていく。
――牢は罪の重さではなく身分で異なる。
まず、将軍に謁見できるお目見え(お偉いさんに面会できる身分の人)以上の武士や高位の神官、僧侶が入る世話付きのもの。ようはVIP牢屋。揚がり座敷ともいう。
次に、待遇こそ他の牢と変わらないものの、中位以下の武士や医者等だけが収容され、極悪人と顔を合わせずに済む揚がり座敷。
一般庶民がすし詰め状態で収容される大牢。
待遇は良くないが牢慣れした囚人から隔離された、つまり酷いいじめ等を受けずに済む百姓牢。
そして、戸籍の無い無宿者(勘当や追放された人)用の最も治安の悪い二間牢(にけんろう)。この五つに分けられている。
だがその前に、連れてこられたのは何もない小屋。
「今から身体検査を行う」
ナッツの部下ではない鍵役(かぎやく)が現れる。牢内に金品や刃物、書物や火器を持ち込むことは固く禁じられているため、新参の囚人はここで入念にチェックされるのだ。
それを何故鍵役(牢の開閉を司る者)が行うのか。担当のヒトはお休みなのだろうか。
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