156 / 260
第四十話・無理に横文字を使わなくても良いと思うんだ
しおりを挟む
「リニューアルすることになりまして。他の宿を参考に見させてもらっているんですよ。で、良い宿がないか聞いたら、ファイマさんがここを」
「ほおー。おばば様が聞けば、全面的に協力しそうですね。それでおたくは? 荷物持ちですか?」
「従業員です」
「左様でしたか」
「リニューアルと言いたかったんだな。俺もたまに噛むから気にするな」と幼子を励ましている旦那を見つめ、狐耳はボリューミーな尻尾をふわんと揺らす。
「赤犬族同士、ああしてると親子に見えますねぇ」
「お兄さんは最小狐族ですか?」
「お兄さんって年じゃないですよ。おじさんですよおじさん。……それとどうして尻尾をガン見されているんで?」
何かついてる? とおじさんは自分の尻尾を抱え込みあちこち確認する。
羽梨(はねなし)の巫女は尻尾が大きくて巫女装束が前掛け状態になっていたが、このおじさんは下半身の部分がのれんのようになっている。後ろ半分を潔く撤去した巫女袴と違い布はあるが、それでもきわどいことに違いはない。
(俺も狐尻尾抱きしめてみたい~)
と見つめていると、ぽんぽんと膝を叩かれる感触。ニケかなと思い首をめぐらせると、むすっとしたニケだった。考えるより先に手がニケを抱き上げる。
「はあ~……。かわいい」
もちもちのほっぺに頬ずりしてご満悦。ニケはムスッとしたままだが、嫌がる素振りはない。
それをじっと見つめているトマを茶化すように笑う。
「どうしました? 旦那。そろそろ子どもがほしくなりました? その前に嫁さん見つけにゃ、ですよ?」
はっと旦那は我に返る。
「ふんっ。なんと言われようと嫁はもらわん。跡取りが心配なら、養子でもお前の娘でも構わんと言っているだろう。早くお前の娘を寄こせ。でないと他の者に跡を継がせるぞ」
「っか~。またそれですか」
「まあまあ。いいではありませんか」
そういって顔を出したのは、頭皮に毛が一本もないおじいちゃんだった。白衣を着ているので薬師なのだろう。
トマがサッと立ち上がる。
「先生。ご足労いただき、ありがとうございます」
「いえいえ。おばば様が自分の足でお立ちになられたと聞き、『そんなばかな』とすっ飛んできただけです。好奇心です」
そういうことを言わなきゃいいのにと狐男は呆れるが、トマは真面目に薬師を玄関まで送る。
「家まで送りましょうか?」
「いえいえ。ここで結構結構。それと……春夏秋冬の旦那さん」
「ん?」
薬師のおじいちゃんはトマの肩あたりで囁く。耳元でささやきたかったが、これで精一杯である。つま先立ちになった足が震える。
「初恋を忘れられないのは、お母様譲りですかな?」
「――は?」
おじいちゃんはニヤッと笑うと風のように去って行った。一瞬だった。呼び止める暇もなかった。
ぽかんとした旦那だけが取り残されたが、「なんだったんだ?」と頭を掻きながら休憩室に戻る。室内では、ニケと笠を被ったままの従業員が黄金色の尻尾に戯れていた。
狐男は助けを求めるように旦那を見上げる。
「旦那~。この子たち、子ども時代の旦那と同じことしてきます~」
「ははっ。ほほ笑ましいではないか」
笠の従業員は念願叶ったと言わんばかりに狐尾を抱きしめ、ニケは毛の中に両手をボフボフと突っ込んでいる。確かにどちらも子どもの時にやったことがある。
「すぅ―――、はあぁ―――。すう―――、ハァ―――」
「むむ。ランランよりかはしっかりした毛並み」
赤犬の子はいいとして、尻尾に顔を押しつけて深呼吸を繰り返している兄さんが怖い。暑いはずなのに背中に寒気がした。
「それで、宿の内装を見たいのだったな。今日は臨時休業の予定だったので、好きに見てくれて構わないぞ」
「いいんですか? お母様がその、このようなときに?」
ささっと尻尾から離れる幼子に頷く。
「ああ。サクラ様のお孫さんを追い返したとおふくろにバレれば、尻をぶっ叩かれてしまうからな」
ニケの前に座ると、真面目な顔を作る。
「それと――ニケ殿はまさか、ひとりで宿をやってるわけではないのだろう?」
こくんと頷き、思わず正直に答えてしまう。
「え? はい。ボクと姉とこの従業員の三名です」
「子どもだけですか? なんとまあ……」
そろそろ尻尾を放してほしそうに、狐男がフリーの着物を引っ張る。
トマは少し考えこむと、やがて決心したかのように口を開いた。
「なあ、ニケ殿。よければ俺の子にならんか?」
突然の申し出に、固まったニケとフリーは声も出ない。唯一、狐男だけは「言うと思った」という表情で尻尾を抱いてフリーから距離を取った。
先に硬直が解けたフリーがトマの犬耳に目を向ける。
「えっと……? それはどういう?」
「言葉の通りだ。俺は嫁がおらず跡取りがいなくてな。近々養子を、と考えていた」
ちらっと、狐男を睨む。
「そやつがさっさと娘を差し出さないのが悪い。四歳だったか? そろそろあれこれ教えていかなければ、良い女将になれんぞ」
「いやー。娘は猟師になりたがっていまして」
「そんな危険な仕事を娘にさせるな」
あんたの母親も猟師だろう、という声は無視して、ニケに視線を戻す。
「それで、どうだ? おふくろとも縁があるようだし、子どもだけでは不安だろ? ここにいれば俺たちが守ってやれる。……そういえば、姉がいると言っていたな? よければ見合い相手も紹介するぞ?」
鈍いフリーでも、トマが焦っているのが伝わってきた。
フリーは狐耳に目を向ける。
「あの、さっきからトマさんがあなたの娘さんに、勝手なこと言っていますが、いいんですか?」
ん? と顔をした狐男は、派手に吹き出す。
「んぶふっ……! 言っているだけですよ。旦那は俺の娘にゲロ甘なんでご心配なく」
トマは拗ねたように目を逸らす。
「ふんっ! せっかく愛らしく生まれたのだ、性格がお前に似ないことを願うぞ」
軽口を叩き合える和やかな空気に、ニケは一瞬真面目に考えたがすぐに頭を振った。
「ありがとうございます。お気持ちだけもらっておきますね」
「駄目か……」
両手を床につき、トマはがっくしと項垂れた。
からかっていた割に狐男が残念そうな眼差しを向けてくる。
「駄目ですか? あ、旦那の顔が気に入りませんか? 子どもだけなのでしょう? そんなん危険ですよ」
「顔っ? い、いえ」
違うと手を振り、ニケはフリーを指差すと自慢げに言う。
「極めてド阿呆ですけど、用心棒がいるので大丈夫です」
「なんか酷いことを言われた気がする。しかも指さされながら」
トマと狐男の目が、フリーに向かう。
「……この、ニケ殿より頼りなさそうなのがか?」
「ただの従業員では? 強そうな要素どこ?」
追加でさらに心えぐられた。
他人の家でふて寝するフリーに構わず、ニケは胸を張る。
「これまでもやってこられましたし。僕だってもうちょい背が伸びれば、もっと姉ちゃんに頼ってもらえるはずです」
だから大丈夫だと告げるニケに、トマと狐は不安そうな顔を見合わせる。
「用心棒ねえ」
トマは納得いかない顔で、寝転んでいるフリーを揺すって起こす。
腕まくりをし、腕を差し出す。
「どれ、腕相撲でもしてみないか? こう見えて俺は力には自信がある」
「……」
こう見えてって、どう見ても力があるようにしか見えません。三人の心が一つになった。
ヒスイのようにごついわけでも、オキンのようにバッキバキというわけでもないが、身体は大きく厚みがある。
「おばば様に鍛えられていますから、一般人にしては強いですよ」
どこか自慢げに言う狐男にニケの対抗心がわずかに燃える。景気よくフリーに「やれ」と命じたくなったが自重した。乱闘しに来たわけではないのだ。
ニケが断る前に、フリーが首を横に振った。
「無理です。勝てません。その前に、折れます腕が」
親指を立て自信満々に敗北宣言をする男に、トマはずるっと肩の着物がずれる。
「おいおい。そんなんでニケ殿を守れるのか?」
「もしかしてスピード特化型、とかですか?」
わくわくした様子の狐男に、フリーはふふんと腕を組む。
「走ったらよく転びます!」
トマは真剣にニケの両肩に手を乗せた。
「よかったら知り合いの維持隊を紹介しようか? 性格は適当な奴だが、金さえ払えばきちんと仕事するぞ?」
「この不良品、早く返品してきなさい」
「あー」
狐耳に首根っこを掴まれ、部屋の外に捨てられそうになる。
背は高いのだ。これでフリーに威厳や威圧感的なものがあればこんな事態にはならないのだが。
(フリーにそんなもの求めても虚しいだけか)
それに、ふにゃふにゃしているフリーが嫌いかと言われれば、決してそんなことはない。
捨てられそうになっている足首を掴むと、自分の方にぐいっと手繰り寄せる。
「これでいいんです。僕には」
「おあー」
余裕で力負けした狐男までついてきたので、ぽいっとトマの方へ投げる。投げてから、ついクリュのようにやってしまったと反省した。
飛んできた狐耳を、トマは片手で受け止める。
「す、すげー力。流石赤犬族」
「まあな」
「いや、今のは旦那を褒めたんじゃなくて……」
喋っている途中の狐男をポイと後ろに捨て、ニケに向き直る。
「では、本当にいいのか?」
「ええ。僕は僕の宿を守ります」
はっきり告げると、トマはにかっと笑う。
「そうか! 残念だ。だが、何か困ったことがあれば、いつでも尋ねてくるといい。俺が……というか、おふくろが絶対に味方になるからな」
くすっと笑うニケを抱き上げ、自身の膝に座らせる。
「いいか? この先どんな不幸があっても、自分は一人だ、などと思うなよ? 助けてくれる者は案外いるものだ。たとえ有料だろうと、手は差し伸べてくれる。少なくとも、藍結に味方が一人はいることを忘れるな」
「……」
同族や子どもだけということもあり、随分心配してくれたのだろう。優しい言葉だった。
ニケはしっかりと頷く。
「……はい」
「しっかり者に見えるし、余計な言葉だったかな? さて、宿を案内しよう。ついでに昼食も食べていくといい。ああ、宿で一番豪華なものを振舞おう」
照れくさくなったのか、早口でまくしたてるとそそくさと厨房へ歩いて行った。
狐男は頭を摩りながら呟く。
「あ、俺が案内するんですね?」
「ほおー。おばば様が聞けば、全面的に協力しそうですね。それでおたくは? 荷物持ちですか?」
「従業員です」
「左様でしたか」
「リニューアルと言いたかったんだな。俺もたまに噛むから気にするな」と幼子を励ましている旦那を見つめ、狐耳はボリューミーな尻尾をふわんと揺らす。
「赤犬族同士、ああしてると親子に見えますねぇ」
「お兄さんは最小狐族ですか?」
「お兄さんって年じゃないですよ。おじさんですよおじさん。……それとどうして尻尾をガン見されているんで?」
何かついてる? とおじさんは自分の尻尾を抱え込みあちこち確認する。
羽梨(はねなし)の巫女は尻尾が大きくて巫女装束が前掛け状態になっていたが、このおじさんは下半身の部分がのれんのようになっている。後ろ半分を潔く撤去した巫女袴と違い布はあるが、それでもきわどいことに違いはない。
(俺も狐尻尾抱きしめてみたい~)
と見つめていると、ぽんぽんと膝を叩かれる感触。ニケかなと思い首をめぐらせると、むすっとしたニケだった。考えるより先に手がニケを抱き上げる。
「はあ~……。かわいい」
もちもちのほっぺに頬ずりしてご満悦。ニケはムスッとしたままだが、嫌がる素振りはない。
それをじっと見つめているトマを茶化すように笑う。
「どうしました? 旦那。そろそろ子どもがほしくなりました? その前に嫁さん見つけにゃ、ですよ?」
はっと旦那は我に返る。
「ふんっ。なんと言われようと嫁はもらわん。跡取りが心配なら、養子でもお前の娘でも構わんと言っているだろう。早くお前の娘を寄こせ。でないと他の者に跡を継がせるぞ」
「っか~。またそれですか」
「まあまあ。いいではありませんか」
そういって顔を出したのは、頭皮に毛が一本もないおじいちゃんだった。白衣を着ているので薬師なのだろう。
トマがサッと立ち上がる。
「先生。ご足労いただき、ありがとうございます」
「いえいえ。おばば様が自分の足でお立ちになられたと聞き、『そんなばかな』とすっ飛んできただけです。好奇心です」
そういうことを言わなきゃいいのにと狐男は呆れるが、トマは真面目に薬師を玄関まで送る。
「家まで送りましょうか?」
「いえいえ。ここで結構結構。それと……春夏秋冬の旦那さん」
「ん?」
薬師のおじいちゃんはトマの肩あたりで囁く。耳元でささやきたかったが、これで精一杯である。つま先立ちになった足が震える。
「初恋を忘れられないのは、お母様譲りですかな?」
「――は?」
おじいちゃんはニヤッと笑うと風のように去って行った。一瞬だった。呼び止める暇もなかった。
ぽかんとした旦那だけが取り残されたが、「なんだったんだ?」と頭を掻きながら休憩室に戻る。室内では、ニケと笠を被ったままの従業員が黄金色の尻尾に戯れていた。
狐男は助けを求めるように旦那を見上げる。
「旦那~。この子たち、子ども時代の旦那と同じことしてきます~」
「ははっ。ほほ笑ましいではないか」
笠の従業員は念願叶ったと言わんばかりに狐尾を抱きしめ、ニケは毛の中に両手をボフボフと突っ込んでいる。確かにどちらも子どもの時にやったことがある。
「すぅ―――、はあぁ―――。すう―――、ハァ―――」
「むむ。ランランよりかはしっかりした毛並み」
赤犬の子はいいとして、尻尾に顔を押しつけて深呼吸を繰り返している兄さんが怖い。暑いはずなのに背中に寒気がした。
「それで、宿の内装を見たいのだったな。今日は臨時休業の予定だったので、好きに見てくれて構わないぞ」
「いいんですか? お母様がその、このようなときに?」
ささっと尻尾から離れる幼子に頷く。
「ああ。サクラ様のお孫さんを追い返したとおふくろにバレれば、尻をぶっ叩かれてしまうからな」
ニケの前に座ると、真面目な顔を作る。
「それと――ニケ殿はまさか、ひとりで宿をやってるわけではないのだろう?」
こくんと頷き、思わず正直に答えてしまう。
「え? はい。ボクと姉とこの従業員の三名です」
「子どもだけですか? なんとまあ……」
そろそろ尻尾を放してほしそうに、狐男がフリーの着物を引っ張る。
トマは少し考えこむと、やがて決心したかのように口を開いた。
「なあ、ニケ殿。よければ俺の子にならんか?」
突然の申し出に、固まったニケとフリーは声も出ない。唯一、狐男だけは「言うと思った」という表情で尻尾を抱いてフリーから距離を取った。
先に硬直が解けたフリーがトマの犬耳に目を向ける。
「えっと……? それはどういう?」
「言葉の通りだ。俺は嫁がおらず跡取りがいなくてな。近々養子を、と考えていた」
ちらっと、狐男を睨む。
「そやつがさっさと娘を差し出さないのが悪い。四歳だったか? そろそろあれこれ教えていかなければ、良い女将になれんぞ」
「いやー。娘は猟師になりたがっていまして」
「そんな危険な仕事を娘にさせるな」
あんたの母親も猟師だろう、という声は無視して、ニケに視線を戻す。
「それで、どうだ? おふくろとも縁があるようだし、子どもだけでは不安だろ? ここにいれば俺たちが守ってやれる。……そういえば、姉がいると言っていたな? よければ見合い相手も紹介するぞ?」
鈍いフリーでも、トマが焦っているのが伝わってきた。
フリーは狐耳に目を向ける。
「あの、さっきからトマさんがあなたの娘さんに、勝手なこと言っていますが、いいんですか?」
ん? と顔をした狐男は、派手に吹き出す。
「んぶふっ……! 言っているだけですよ。旦那は俺の娘にゲロ甘なんでご心配なく」
トマは拗ねたように目を逸らす。
「ふんっ! せっかく愛らしく生まれたのだ、性格がお前に似ないことを願うぞ」
軽口を叩き合える和やかな空気に、ニケは一瞬真面目に考えたがすぐに頭を振った。
「ありがとうございます。お気持ちだけもらっておきますね」
「駄目か……」
両手を床につき、トマはがっくしと項垂れた。
からかっていた割に狐男が残念そうな眼差しを向けてくる。
「駄目ですか? あ、旦那の顔が気に入りませんか? 子どもだけなのでしょう? そんなん危険ですよ」
「顔っ? い、いえ」
違うと手を振り、ニケはフリーを指差すと自慢げに言う。
「極めてド阿呆ですけど、用心棒がいるので大丈夫です」
「なんか酷いことを言われた気がする。しかも指さされながら」
トマと狐男の目が、フリーに向かう。
「……この、ニケ殿より頼りなさそうなのがか?」
「ただの従業員では? 強そうな要素どこ?」
追加でさらに心えぐられた。
他人の家でふて寝するフリーに構わず、ニケは胸を張る。
「これまでもやってこられましたし。僕だってもうちょい背が伸びれば、もっと姉ちゃんに頼ってもらえるはずです」
だから大丈夫だと告げるニケに、トマと狐は不安そうな顔を見合わせる。
「用心棒ねえ」
トマは納得いかない顔で、寝転んでいるフリーを揺すって起こす。
腕まくりをし、腕を差し出す。
「どれ、腕相撲でもしてみないか? こう見えて俺は力には自信がある」
「……」
こう見えてって、どう見ても力があるようにしか見えません。三人の心が一つになった。
ヒスイのようにごついわけでも、オキンのようにバッキバキというわけでもないが、身体は大きく厚みがある。
「おばば様に鍛えられていますから、一般人にしては強いですよ」
どこか自慢げに言う狐男にニケの対抗心がわずかに燃える。景気よくフリーに「やれ」と命じたくなったが自重した。乱闘しに来たわけではないのだ。
ニケが断る前に、フリーが首を横に振った。
「無理です。勝てません。その前に、折れます腕が」
親指を立て自信満々に敗北宣言をする男に、トマはずるっと肩の着物がずれる。
「おいおい。そんなんでニケ殿を守れるのか?」
「もしかしてスピード特化型、とかですか?」
わくわくした様子の狐男に、フリーはふふんと腕を組む。
「走ったらよく転びます!」
トマは真剣にニケの両肩に手を乗せた。
「よかったら知り合いの維持隊を紹介しようか? 性格は適当な奴だが、金さえ払えばきちんと仕事するぞ?」
「この不良品、早く返品してきなさい」
「あー」
狐耳に首根っこを掴まれ、部屋の外に捨てられそうになる。
背は高いのだ。これでフリーに威厳や威圧感的なものがあればこんな事態にはならないのだが。
(フリーにそんなもの求めても虚しいだけか)
それに、ふにゃふにゃしているフリーが嫌いかと言われれば、決してそんなことはない。
捨てられそうになっている足首を掴むと、自分の方にぐいっと手繰り寄せる。
「これでいいんです。僕には」
「おあー」
余裕で力負けした狐男までついてきたので、ぽいっとトマの方へ投げる。投げてから、ついクリュのようにやってしまったと反省した。
飛んできた狐耳を、トマは片手で受け止める。
「す、すげー力。流石赤犬族」
「まあな」
「いや、今のは旦那を褒めたんじゃなくて……」
喋っている途中の狐男をポイと後ろに捨て、ニケに向き直る。
「では、本当にいいのか?」
「ええ。僕は僕の宿を守ります」
はっきり告げると、トマはにかっと笑う。
「そうか! 残念だ。だが、何か困ったことがあれば、いつでも尋ねてくるといい。俺が……というか、おふくろが絶対に味方になるからな」
くすっと笑うニケを抱き上げ、自身の膝に座らせる。
「いいか? この先どんな不幸があっても、自分は一人だ、などと思うなよ? 助けてくれる者は案外いるものだ。たとえ有料だろうと、手は差し伸べてくれる。少なくとも、藍結に味方が一人はいることを忘れるな」
「……」
同族や子どもだけということもあり、随分心配してくれたのだろう。優しい言葉だった。
ニケはしっかりと頷く。
「……はい」
「しっかり者に見えるし、余計な言葉だったかな? さて、宿を案内しよう。ついでに昼食も食べていくといい。ああ、宿で一番豪華なものを振舞おう」
照れくさくなったのか、早口でまくしたてるとそそくさと厨房へ歩いて行った。
狐男は頭を摩りながら呟く。
「あ、俺が案内するんですね?」
8
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説

八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった
根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる