ニケの宿

水無月

文字の大きさ
上 下
151 / 260

第三十五話・詰問部屋へ

しおりを挟む
 紅葉街の治安維持隊・「紅隊(くれないたい)」。その隊署。
 維持隊は自供させたら勝ち精神だったので、捕らえた容疑者はさっさと詰問という名の拷問をし、罪を白状させるのがいつもだった。
 これは過激派が多いのではなく、万年人手不足により犯人の一人にいつまでも人員を裂いていられないという、悲しくもすぐにはどうしようもできない理由がある。
 紅隊の隊長はキミカゲを誘拐しようとしたらしい大男を詰問部屋へ放り込み、自らはキミカゲの事情聴取を買って出た。
 これには隊員たちは「えっ」と驚いた。
 弱い者いじめが大好きな、もとい、仕事熱心な隊長が詰問を隊員に任せるなどこれまで無かったことだ。自白させることをゲームのように楽しんで彼が。熱でもあるのかと心配になった。

「さて。お話を聞かせてもらいましょう」

 取調室。机が置いてあるだけの小さな部屋に入り、紅隊の長・ナカレンツアは机の向こうに座っている人物をニヤニヤと見下ろす。
 座布団にあぐらをかいているキミカゲ。座布団など渡した覚えがないので、隊員の誰かが余計なことをしたのだろう。ナカレンツアは面白くなさそうに鼻を鳴らすと、対面席にどかっと腰を下ろした。
 おじいちゃんはにこっと微笑む。

「久しぶりだねぇ。ナッツ君。大きくなって」
「変なあだ名を付けるのは、やめていただきたい」

 さっそくこれである。この外見詐欺ジジイ。長い名前を覚えられないからと、こうして勝手にあだ名をつけてくるのだ。六文字くらい覚えろと大いに怒りたい。それと親戚の婆さんみたいなことを言うな。この歳(四十七)で子ども扱いは吐く。
 灰色鼠族特有の髭を摘まみ、高速貧乏ゆすりをする。それを見た会話を記録する隊員の顔は、不安一色だ。
 隊長は机に頬杖をつく。

「では、街破壊の言い訳を聞いましょうか」
「さっき話したと思うけど?」

 首を傾げるキミカゲに、いらっと眉が動く。

「さっくり過ぎて要領を得ませんでしたよ?」

 現場到着時、確かに何か与太話を聞いた覚えはあるが、あれで説明した気になっているのだからめんどくさい。このジジイと居候を始めたという赤犬族がいる様だが、よく発狂せずにすんでいるものだ。
 ナッツの苛立ちに気づかず、キミカゲは眉を八の字にする。

「それよりこれ、外してもらえないかい?」

 キミカゲは両手を顔の高さまで持ち上げる。その手首は、凶悪犯にするように縄できつく縛られていた。後ろではなく前で縛られている分まだ楽だが。拘束されていると不安になる。

「なんで縛られているの? 私。この街で一番弱い自信があるよ?」

 脆弱の化身・人族(フリー)といい勝負だと思っている。ニケのように足が速いわけでもない。どうあがいても逃げるのは無理だ。
 なので、拘束は不要だと主張するが、隊長はそれを鼻で笑う。

「それを決めるのはこちらです。貴方ではない。それに貴方は広場の大破壊を行った危険人物だ。拘束してもなにもおかしくはない」
「そうだね……」

 秒で言い負かされ、口を拗ねたように尖らせる。

「でも、危険人物とか初めて言われたよ。長寿以外に誇るところのないよわよわ種族だから、ちょっと嬉しいな」

 両手を合わせて(そもそも外せない)うっとりと天井を眺めるキミカゲに、隊長は机を強く叩く。

「なにを喜んでいるのですっ? 怪我人がいなかったことが奇跡ですよ? 広場だったとはいえ、被害を被った民家もあるのです。その者たちの気持ちを考えた発言をお願いしますよ!」

 ふたりに背を向けている記録係が大口を開けて手を止める。キミカゲのあまりの発言に、隊長が常識人みたいなことを言っておられる。

「ご、ごめん……」

 しゅんと肩を落とす。どちらが年上なのか分からない光景だった。
 隊長は持参した水筒でのどを潤す。中身は酒だろうか。

「で? 誘拐されればよかったとは言いませんが、いささか過剰防衛だったのでは? 特にあなたには、背後に最強がおられるでしょう? 大人しく誘拐されて助けを待つという手も取れたはずですよ?」

 喉が渇いたのか、キミカゲはじっと隊長の水筒を見つめる。

「うん……。でも、手足落とすって言われて、怖かったんだよ」

 過剰防衛と言われれば、何の言い訳もできないくらい星霊たちは強かった。
 夜宝剣は護り刀としては有名だったが、どういう機能が付いているのかはあまり知られていない。キミカゲも知らなかったくらいだ。地上で知っているものはごくわずかだろう。

 ――というか、説明しても大多数は信じない気がする……。

 こんなおもちゃみたいな見た目の剣から、神に匹敵する上位星霊が、子どもとは言え七柱も出てくるなど誰が信じよう。

「はあ。失礼ですがキミカゲ様は手足を失っても、再生はしないのですか?」
「ん? しないねぇ」

 目を閉じる。
 失くした身体の再生など、竜や鬼の領分だ。鬼は首だけになっても動いたという記録がある。だから、キミカゲは覚醒フリーと戦った黒鬼が死んだとは思っていなかった。

(正しい処置をすれば、取れた手足をくっつけることが出来る医学力を持っていた種族は……滅んじゃったしね)

 生き残りはいるがひとりでは子孫を残すことは出来ない。人族はフリーを最後に、本当にこの世から消えるだろう。
 それだけのことを彼らはしたのだ。

(でも医学書は残してほしかったな~)

 愚痴っても仕方なしと瞼を上げ、目の前の「獣人」を見る。

「もし再生するとしても、再生するんだから我慢しろ。なーんてことは、言わないよね?」

 笑顔を浮かべながらも恐る恐る問いかけると、ナッツは顎を撫でて顔を上に向ける。

「ええ。もちろんですとも! たーだーしー? あれほどの被害を出すなら、キミカゲ様ひとりの犠牲で済む方が良かったとは、思いますがねぇ?」
「そんな」

 ガーンとショックを受けるキミカゲ。記録係も顔には出さないが内心「おいおい」と汗を垂らす。
 両手を縛られたままキミカゲは喚く。

「達磨にされたら死んじゃうよ!」

 隊長は鼻をほじる。

「貴方ならなんとかできるのではありませんか?」
「薬師はそこまで万能じゃないよ?」

 頑張って治そうと努力する人の背中を、そっと押してあげる程度だ。その辺の自称薬師と比べれば、そりゃあ、まあね? 腕がいい自覚はある。だが、絶対助けられる保証はない。生き物なのだから。
 何かが癇に障ったのか、ナッツの大きな鼠耳がぴくっと動く。

「そうですね」
「分かってくれたかい? 過剰防衛と言われれば、過剰だったけど。私も手足失うわけにはいかなかったから。でも迷惑かけちゃったし。あ、あの、あれなら広場の穴埋めるの手伝うよ。ね?」

 だから釈放してほしいな~と、両拳を顎の下に当ててぶりっ子ぶると、隊長はおもむろに立ち上がり机を蹴り上げる。古い机はキミカゲの顔すれすれに通り過ぎ、壁にぶつかるとガラクタに変わった。

「……」

 目を見開いて硬直するキミカゲ。出かけた魂をヒュッと吸い込んで九死に一生を得た記録係。危ない危ない。走馬灯が駆け巡ったではないか。
 今ので彼に傷一つでもあれば、瞬間この建物は街から消えていたが隊長はどうしたというのか。乱心したのか。もしそうなら、お、おおおお終わりだ。
 仕事そっちのけで家族への手紙(遺書)を書き出す記録係など目に入っていない様子で、十手をキミカゲの眉間につきつける。

「貴方の! そういうところが! 気に食わないのですよ」
「え?」
「どこぞの神使や竜同様! 街人の支持を無駄に集めおって! 万能ではないというのなら、なぜそんなに……っ」

 ギリッと奥歯を噛みしめる。

「街人も街人ですよ? 我らではなく竜や神使ばかり崇め奉って、役立たずだの税金泥棒だの好き勝手ほざきまくる。そのくせ身に危険が迫れば我らに助けを求めるのですから! 滑稽以外の何者でもないですね」

 静まり返る室内に、ナッツの荒い息遣いだけが響く。
 呆然と見上げてくる白緑の瞳を忌々しく睨み返し、ばっと顔を背ける。水筒の中身を飲み干すと投げ捨てる。それがたまたまキミカゲの肩に当たるが、怪我はなかった。
 爆風やらで薄汚れた老人を見下ろし、嘲笑う。

「だから私は貴方が、貴方たちが嫌いです。貴方たちがいる限り、我々が賛美されることは無いですからねぇ」

 キミカゲは膝立ちになる。

「そんな! そんなことないよ? 君たちが頑張っていることは、ちゃんと知っているよ? そんなこと言わないで。ね?」
「だから……」

 隊長のこめかみに青筋が走る。

「憐れむなぁ!」
「うっ」

 横薙ぎに振るった十手が、眼鏡を弾き飛ばす。
 暗い笑みを浮かべるナッツは十手を舐める。

「ですので、貴方でたぁぁぁ~っぷりと憂さ晴らししてあげますよ。今の貴方は危険人物ですからねえ? ようは傷をつけなければいいんでしょう?」

 取調室の扉が開きナッツの部下が数人、踏み込んでくる。その全員がナッツ同様、キミカゲ達に恨みを持つ人物だ。
 彼らは眼鏡を拾おうとしたキミカゲの腕や髪を掴み、強引に立たせる。

「いっ! 痛いよ……」
「痛いですか? 良い顔ですねぇ。我らの気持ちが少しは分かるでしょう」

 覗き込んでくるぼやけたナッツの歪んだ笑み。そこにあるのは明確な悪意。彼らはキミカゲをいじめたいだけなのだ。

「こんなことをしていいのかい? 記録係がこの会話を記録しているんだろう?」

 助けを求めるように視線を向けるも、記録係は立ち上がると仕事は終わったとばかりに部屋を出て行った。

「……え?」

 間の抜けた声をこぼすキミカゲに、ぷっと吹き出す。

「もとよりこの場には、私の息のかかった部下しかいませんよ? 残念でしたねぇ?」
「……」

 何か言おうとして声にならず、やがて項垂れるキミカゲに良い笑顔で隊長は頷く。

「詰問部屋へお連れしろ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった

根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

処理中です...